第79話 パレミル平原での戦い 2
焔暦144年 2月
「……はぁ」
ブルムンは自分の屋敷の自室で頭を抱えていた
自分の主であるケーミストの無能さを嘆いていた
「まさか、占領した領地を食い潰すとは……ヒヒ、笑えねえ」
ガガルガとの戦に勝利し、半分以上の領地を奪った
ブルムンを含む将達はカイナスの食糧事情に悩んでいた
元々豊かではなかったのだが、ケーミストが領主を継いでから独占が始まり、食糧は更に不足していった
今回手にいれたガガルガの領地を利用して、その食糧事情を改善するつもりだった
しかしケーミストは親衛隊を利用して税と称して食糧や金銭を強奪した
ブルムン達は止めようとしたが……
『喧しい! 逆らうなら貴様らも処刑にするぞ!』
そう言われたらどうしようもなかった
自分達も命が惜しい、家族も守らねばならないのだ
そんな時だ
「ブルムン様、貴方様に会いたいと人が来てます」
雇っているメイドがやって来た
「ん? 誰だ?」
「わかりません……追い返しますか?」
謎の来客……不審だが追い返すのもなぁっとブルムンは考える
「ヒヒ、会ってみるかな」
ブルムンは剣を腰に差す
そしてメイドに応接室に通すように指示して、先に向かう
・・・・・・・
「お父様……」
「ああ、『キュリス』……どうしたんだい?」
途中で愛娘であるキュリスに会う
「剣を差してる……また戦?」
不安そうなキュリス
ブルムンは屈んでキュリスと目線を合わせる
「ヒヒ、大丈夫……暫くは戦は無いよ、安心して……ほら、庭の野菜でも見てきなさい」
「……うん!」
キュリスはブルムンの頬にキスをしてから庭に向かった
屋敷の庭では小さいが畑を作っている
その収穫があるから、ブルムンの家では一応食事が家族分用意できた
しかし、それも長くはもたない、いつか限界が来る
「なんとかしないとなぁ……」
そして応接室に向かった
・・・・・・・・
応接室で暫く待つと
「此方です」
メイドが1人の男を連れてきた
見覚えの無い男だ
「初めましてブルムン様」
男はブルムンに礼をする
「ヒヒ、取り敢えず座りなよ……」
男が言われて座る
メイドが水を男に差し出す
紅茶等も有るが……カイナスでは貴重品なので見知らぬ男には出せない
「失礼します」
男が座る
「それで? 用件は?」
ブルムンは男を警戒しながら話しかける
剣をいつでも抜けるようにしておく
「ああ、その……用件なのですが……」
男はチラリとメイドを見た
「君はキュリスの相手をしていてくれるかい?」
ブルムンは察してメイドを退室させる
「ありがとうございます」
男はブルムンに礼を言う
メイドが離れたのを確認してから男は口を開いた
「私はカイト・オーシャン様からの使いです、こちらを……」
男は服の裏側を破り、隠していた手紙を取り出した
それをブルムンの目の前に置き、両手を上げて後ろに下がる
自分は何もしませんという意思表示だ
「…………」
ブルムンはそれでも男を警戒しながら手紙を取る
蝋を剥がし、手紙を開封する
「…………」
そして手紙に目を通す
『背景、ブルムン殿
このような形での接触は不敬かも知れませんが
他に手段が浮かばなかったのでこのような手段を取らせて頂きました
先ずはその事についてのお詫びを申し上げます
さて、今回の用件ですが簡潔に書かせていただきますと
ケーミストを裏切って私の配下になってくれませんか?
カイナスでは食糧不足等で苦労されていると思われます
オーシャンではその様な事はありません
豊富な食糧の提供と、相応しい役職を用意して迎え入れたいと考えております
ご検討のほどをよろしくお願いいたします
カイト・オーシャン』
「…………」
この手紙はカイトから寝返りを求める内容だった
「ヒヒ、弱小領主が何を言うかと思えば……確かに食糧不足でカイナスは荒れてきているが、いつ滅ぶかわからない領に行くほど馬鹿じゃない」
ブルムンは灰皿に手紙を入れて燃やす
「返事は断るだ、残念だったな、ヒヒ!」
ブルムンは男を見る
「……そうですよね」
しかし男は動じていなかった
「?」
予想外の男の反応で首を傾げるブルムン
「いえ、カイト様は貴方に今回の事を伝えればそれだけで良いともうされていたので……」
「…………」
断られるとわかっていて手紙を送ったのか?
ブルムンは不思議に思った
男が帰っていった後もブルムンは思案していた
「豊富な食糧ね……」
マールマールを制圧しただけのオーシャン……
領主のカイト・オーシャンは何を考えてるのか、それを考えるがさっぱり理解できなかった
そのうち考えるだけ無駄だと判断したブルムンはそれからも普通に暮らしていた
・・・・・・・・
それから2か月後、ゲルドがオーシャンから大量の食糧を購入して輸送してきた
ブルムンはその食糧の量を見て驚く
今のカイナスの半年……いやもしかしたら1年分の食糧をオーシャンはアッサリと売ってきたのだ
つまりそれだけ食糧が余っているということだ
豊富な食糧……その言葉に嘘は無いことを理解した
それから更に1ヶ月後
オーシャンがガガルガを制圧したとの報が入ってきた
それを聞いてブルムンは考えた
無能なケーミストに従い、怯えながらも衰えていくか
勢いのあるカイトに寝返り、安定を求めるか……
「お父様ー!!」
手を振るキュリスに答えて手を振る
「ヒヒ、悩むことはないか」
生き残ること、それが重要だ
このまま苦しむくらいなら、裏切り者と罵られても安定した場所で生きる事を選ぶ
ブルムンはカイトに密使を送った
手紙はこの1文だけだった
『貴方様に従います』
・・・・・・・・・・
現在
ーーーカイト視点ーーー
「つまり、兄さんは2年前からカイナスの将達に密使を送って、寝返らせていたの?」
アルスが俺を見る
なんで教えてくれなかったんだって視線だ
「ああ、ブルムンを始めとして色々な奴にな、ケーミストに報告する心配もないし」
ケーミストは手紙を送られたって事実だけで処刑にしようとするからな
将達は手紙の事をケーミストに報告出来ないのだ
それで少しずつ時間をかけて説得したって訳だ
「因みに教えなかったのは、どこから情報が漏れるかわからなかったからな、誰かに聞かれても困るし……だから知ってるのは俺とオルベリンとレリスの3人それと、密使に使った兵数人だけだな」
「うーん……」
納得してないアルス
仲間はずれにされた気分だろうな
「それにアルス達はまだ訓練の途中だったろ? だから余計な事を言って悩ませたくなかったんだよ」
「わかったよ兄さん……でも次からは話してよ?」
「ああ」
俺はアルスをハグする
よしよし
「ヒヒ、仲が良いことで」
ブルムンが笑う
「まあな、さてと……2人に聞きたいことは……そうだな、今のカイナスの現状はどうなってる?」
「えっと……食糧不足が深刻化してまして……餓死している者も出てきてますね」
パーツが答える
「とうとうそこまでいったか……ケーミストは相変わらず?」
「はい、食糧を独占してます……民は痩せてますが、ケーミストと貴族達はまるまるですよ」
『…………』
ルミルとレムレが複雑そうな顔をしている
2人の村も元はカイナス領だったからな……
狩りが出来たからなんとかなっていたんだっけ?
「それで? 今回の侵攻の理由は?」
「オーシャンの新しい都が生意気だから奪え、なんて言ってましたね、ヒヒヒ!」
「予想通りだな……他にやることが有るだろうに……」
やっぱりケーミストは暗愚だな
先ずは食糧不足をなんとかするべきだろうに……
「それで、自分達はどうすれば?」
ブルムンが真剣な表情で聞く
「ああ、2人には……」
俺は2人に指示をする
・・・・・・・・
「ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒ!!」
指示を出し終わった時にブルムンが爆笑する
「そ、そんな、大掛かりにやる必要が、あ、あるので? ヒヒヒ!」
「あるんだよ、マールマールではワールに逃げられたりしたからな……ケーミストも身の危険を察したら逃げると思う……逃がさないためにもこうするんだ」
ワールの行方は未だに不明だ
ああいうのは逃がすと厄介だからな……出来れば確実に始末したい
「わかりました、ではボク達はカイナスに帰還します……あ、あの~流石に戦果無しだとボク達の命が危ういのですが……」
「それなら考えてる、食糧を持ってきているから持って帰れ、それとここに新しい都……『オーシャン』の簡単な情報がある、お前達はオーシャンの情報を集めて、食糧を奪ったって事で帰れば良い……これなら大丈夫だろ?」
「は、はい! 助かります!」
「あ、その為の食糧でしたか」
レムレが呟いた
「さて、それじゃそろそろ帰還して……」
「申し上げます!!」
兵が駆け込んできた
「どうした?」
「クラフトとカイナスの兵達が一斉に突撃してきました!!」
「……マジか」
「ヒヒ、クラフトが男気を見せちゃったか!」
愉快そうなブルムン
「兄さん、クラフトは味方じゃないの?」
「手紙は出してたが……返事がなくてな……毎回無視されてるみたいで……」
既読スルーだ既読スルー
「どうします? 事情を話しますか?」
パーツが言う
「うーん、今は多分聞く耳持たないと思うぞ? 捕らえてじっくり話せばもしかしたら……」
しかし約5万の兵の突撃だろ?
少し不味いな……
「オルベリン、クラフトを即行で捕らえられるか?」
「お安いご用です坊っちゃん!」
「よし、それなら……」
クイクイ
「んっ?」
左腕の袖を引かれる
振り返ると
「…………」
アルスが目を輝かせていた
僕がやりたいという意思を感じる
「あーアルス?」
「兄さん、僕も戦いたい!」
「いや、でも今回は時間が……」
「即行で捕らえるから!!」
「勝てるのか?」
「自信はあるよ!!」
「……………………」
俺は悩む
アルスの身に万が一があったら嫌だからだ
絶対に後悔する……
でもここで拒否するのはダメだよな……
アルスの意思も尊重したい……
「…………はぁ」
俺は項垂れて
「オルベリン、カイナスの兵の足止めって出来るか?」
「数分ならワシの存在だけで兵達は止まるかと」
「ならそうするか……ルミルとレムレはオルベリンのサポートをしてくれ」
『はい!!』
「さて、アルス……」
「はい!」
「クラフトの捕縛はお前に任せる……これだけは言っておく! 負けても構わない! ただ死ぬな!! 生きて戻ってこい! いいな?」
「うん!!」
アルスは意気揚々と冑を被り、前衛に向かっていった
「カイト殿は身内に甘いっと、ヒヒヒ!」
笑うなよ……
・・・・・・・
ーーーアルス視点ーーー
僕は馬に跨がる
右にオルベリン
左にルミルとレムレが並ぶ
後ろには5,000の騎馬隊
「よし、全員……突撃!!」
僕達は馬を走らせる
絶対に勝つ!!