第33話 結婚式
焔暦144年 4月
早朝
「……とうとう来たか」
俺はボソリと呟く
今日……俺とティンクの結婚式を行う
結婚式と言うが花婿と花嫁が神父に向かって誓いあう前の世界とは違って
パーティーを開いて皆に『結婚しました!』ってやるらしい
……今年に入ってからパーティー多くないか?
新年と誕生月と結婚式と……色々と大丈夫なのか心配になってきた
「あ、そう言えばキスとかするのか……」
前の世界では誓いの口付けとかあるけど……サーリストではどうなんだろ……もし必要だったら……
「……大丈夫なのか?」
俺は割り切れるけど……
ティンクは嫌だったりしないのか?
我慢させることになるんじゃ……
恋じゃないのにキスするとかティンクに失礼なんじゃ……
誓いの口付けは無しの方向にもっていけないかな……
「キスかぁ」
「キスですか?」
「どわぁ!?」
ティンク!?いつ起きた!?
「あの……カイトさんはキスが苦手なのですか?」
ティンクが聞いてくる
「いや、苦手とかじゃなくてな……」
な、何て言おう……
「私は……その……」
ティンクが赤くなりながら俯く
あれ?これって……
「したいです……」
小さな声だがそう言われた……
えっと……いいのか?
恥ずかしそうだが?
「大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫です!!」
なら……うん、乗り切れるか……
・・・・・・・
メイド達がやって来たから俺とティンクはそれぞれ別室で着替えをする
パーティー会場はいつもの通り庭園だ
まあ、今回は城門の外まで料理やらを並べてるらしい
街の方の料理人と臨時に雇って大量の料理を昨日から作ったそうだ……本当にお疲れ様です!!
予定としては
庭園で御披露目と挨拶
そのまま馬車に乗り街中を巡る
そして庭園に戻ってからパーティーだ
あー緊張する……結婚式……前の世界では経験しなかったからな……
「ふぅ……」
「緊張されてますね」
レリスが部屋に入ってきた
「そりゃあな……結婚だぞ?挨拶とか噛んだらどうしようか不安だ」
「レムレじゃないんですから大丈夫ですよ、カイト様は何回も演説したり宣誓したり号令したりしてるじゃないですか」
……そうだけどさ
「客人は?」
「ナリスト殿とゼルナ殿……それとヤークレンからの客人として」
「……待て、ヤークレンからも来たのか?」
「ええ、招待状を送りましたからね」
おいおいおい!?
「レリス……ティンクがヤークレンでどんな扱いだったか話したよな?」
「お聞きしました……しかし彼女の実家ですよ?招かない訳にはいきません」
「だけどな!」
「それに!我々も彼女を守りますから!」
「……確かにお前達が居たら彼女の身は安全だろう……だけど心は?言葉の暴力ってあるんだぞ?」
「そこは耐えてもらうしかありません」
「レリス……」
「カイト様、ヤークレンを招かないのは不義です、貴方がバカにされます……それは私には耐えられません」
「ティンクが傷付いたらどうする……結婚式だぞ?人生の晴れ舞台だぞ?」
「…………」
レリスの言いたいこともわかるが……でも折角の結婚式を嫌な思い出にしたくない……
「でしたら、ヤークレンの客人はティンク様に近寄れないようにしてみましょう……上手くいくかはわかりませんが」
「あぁ、頼む……すまないなレリス」
「いえ、カイト様がどれ程ティンク様を大事にされてるかわかりましたから」
レリスは愉快そうに笑った
・・・・・・・
さて、俺は一足先に庭園に出た
ティンクを待とうと思っていたらヤンユに
『お先に会場に行かれててください』
と言われた……なんかニヤニヤしてたぞ?
「やあカイト!」
「ナリストさん、お久し振りです」
食事会以来だな
「久し振りだね、それにしてもビックリしたよ、レルガって奴が新年の挨拶をして帰ったと思ったら入れ替わりで結婚式の招待だからね」
「忙しいところをすいません」
「いや、めでたいことだからいいんだよ!!」
バン!と俺の背中を叩く
「それで?嫁さんはどこだい?どこの良い娘なんだい?」
周りをキョロキョロするナリスト
「ティンクはまだ準備中みたいです……どこのって言ったらヤークレンのって事になりますかね」
「ヤークレン?……あのヤークレンかい?」
「そのヤークレンです」
ガッ!と首に腕を回される
「どういうことだい?なんでメルセデスの娘と結婚する事になったんだい?」
そりゃあ驚くよな、大陸の半分を支配してるヤークレンの娘だからな
「簡単に説明するなら……」
俺は事情を話す
メルセデスに気に入られた事
同盟を結ぶ事になり、その証としてティンクと結婚すること
ティンクはヤークレンでは酷い扱いを受けていた事
ティンクを保護するために結婚することを承諾した事
「……あんたねぇ……人が良すぎないかい?」
「ほおっておけなかったんです……後悔はしてません」
「当たり前だろ、結婚して後悔するなんて相手に失礼だよ」
ナリストは俺の目を見て言う
「いいかい?結婚するなら妻を泣かせるんじゃないよ?長生きして、その……ティンクだったかい?その子を絶対に幸せにするんだよ!」
熱い目……俺はその目を見ながら
「勿論です」
力強く答えた
「姉上、そろそろ離してやれ」
ゼルナがやって来た
「ゼルナ、久し振り」
「ああ、久し振りだな……大丈夫か?」
ゼルナがナリストを俺から引き離す
「正直、首が締まってキツかった」
「そんなに強く閉めてないだろ?」
「貴女はその胸も凶器になることを自覚してください」
胸も締め付けてきて苦しかったぞ
「メイド達が動き回っている、そろそろ始まるんじゃないのか?」
ゼルナはナリストを引き摺って客人の席に向かった
「……確かに始まりそうだな……俺はどこに立てば良いんだ?」
レリスを探して俺の待機場所を聞いた
・・・・・・・
さて、指定された場所に立った
「皆様!花婿と花嫁の準備が整いました!」
レリスが進行する
「先ずは花婿、カイト様の挨拶です!」
全員の視線が集まる
「コホン……えー、本日は私、カイト・オーシャンの結婚式にご出席下さり……ありがとうございます」
さーて……何を言おう……
「花嫁との出会いは衝撃的でした、彼女と婚約をし、様々な事が有りましたがこうして結婚する事が出来ました!」
嘘は言ってない
「私は生涯をかけて彼女を幸せにしたいと思います!!ありがとうございました!」
てかティンクが来てないのに長く挨拶する意味ないよな?
短くしとこ
「はい!ありがとうございました!!」
レリスは持っている紙の束を捲る
「次は花嫁の入場です!」
城の扉が開く
「!?」
『おお!』
『美しい……』
周りからそんな声が聞こえた
しかし俺は気にしなかった……
……見惚れた
「さ、ティンク様……ゆっくり進むっす」
「う、うん」
ドレスを着たサルリラがティンクをエスコートしながら進む
ティンクは白いドレスを着ている……
彼女の白い肌と相まって……その、なんだ……上手く例えることが出来ない
幻想的というか……なんだ?
あー!!もう例えるのは止めだ!!
彼女から目が離せない!!それしか言えない!!
「カイト様、ティンク様の手を」
「あ、あぁ……」
いつの間にか2人が俺の前に立っていた
俺はティンクの手を取る
「…………」
「…………」
見つめ合う俺とティンク
「あの、カイト様?カイト様!!」
「あっ!な、なんだ?」
レリスに呼ばれる
「前に!前に進んでください!」
「あ、あぁ!!」
しまった!ティンクに夢中になりすぎた!!
「行こうティンク」
「は、はい……」
俺はティンクの手を引き前に進む
そして敷かれたバージンロードを歩き、祭壇の前に立つ
祭壇には8匹の龍を模した像が置かれていた……
八龍神話……このサーリストを造った龍の伝説
宗教も龍を祀ってるらしい
「では……誓いの口付けを」
レリスの進行
「えっと……ティンク」
「はい……」
「とても……綺麗だよ」
不覚にもドキドキする……今のティンクが大人っぽく見える
「ありがとう……ございます……」
ティンクの頬が赤くなる
ゆっくりと近付く顔
そして…………
チュ
俺とティンクの唇が触れ合った
……柔らかいな
・・・・・・・
その後、馬車に乗り込む
馬が歩き出す
ゆっくりと進む
今乗ってる馬車はいつもの『箱馬車』タイプではなく屋根を取っ払った『軽馬車』タイプだ
御披露目だからな、民に良く見える様にする
「…………」
ティンクは俺の手を握る
「緊張してるのか?」
「は、はい……」
「…………ティンク」
「ひゃ!?」
俺はティンクを抱き寄せる
「カ、カイトさん!?は、恥ずかしいですよ!」
「緊張は治まったか?」
「あ……あう……」
ティンクが俺の背中に腕を回した
「落ち着くまでこうしてていいからな?」
「はい……」
こんな風にしながら街を巡った
……民達の目がスッゴい微笑ましいものを見たような目だったな
・・・・・
庭園に戻ってパーティーが始まった
「へぇ、可愛い娘だね」
ナリストがティンクを見ながら言う
「あ、えっと……」
「あっと、名乗ってなかったね……ナリスト・ベススだ、ベススの領主をしてるよ、よろしく!」
「あ!よ、よろしくお願いします!ティンクと申します!」
「ティンク、違うだろ」
「えっ?」
今まではまだ式を挙げてなかったからスルーしてたが……もうスルーしないぞ?
「『ティンク・オーシャン』だろ?」
「あ……はい……はい!!」
ティンクは嬉しそうに頷いて
「ティンク・オーシャンと申します!!よろしくお願いします!」
ナリストに挨拶した
「……素直な娘だね」
俺に耳打ちする
「だろ?」
俺はそう答えた
さて、ティンクとナリストが会話してる間に……
俺は周りを見渡す……ヤークレンの客人って誰だ?
八将軍か?それとも王族の?……メルセデスは無いな
「……んっ?」
1人の男がこっちに歩いてくる
……こいつか!
「ティンク!」
男がティンクを呼んだ
「えっ?」
ティンクが男の方を見る
おおっと!
「…………」
俺はティンクの目の前に立つ……ティンクと男の間に立つ状態だ
何か危害をくわえようとしたら俺が相手するからな!!
く、口なら負けないからな!!
しかし俺の警戒は杞憂だった
「ガールニックお兄様!!」
ティンクが俺の横に移動して嬉しそうに男を呼んだのだ
「……ん?」
俺は首を傾げる
「久し振りだねティンク!結婚おめでとう!」
「ありがとうございますお兄様!」
「……あー……ティンク?」
「あ、カイトさん!紹介します!ガールニックお兄様です!!」
ティンクがそう言うと
「初めましてカイト・オーシャン殿、自分はメルセデス・ヤークレンの三男で『ガールニック・ヤークレン』と申します」
ガールニックは優雅に礼をした
「あ、あっと……コホン……初めましてガールニック殿、カイト・オーシャンと申します」
俺も礼をする
……ひょっとしてティンクを唯一妹扱いしていた人?
「突然ですがカイト殿、ティンクを少し預かってよろしいですか?少しお話がしたくて……」
「えーと……」
俺はティンクを見る
「……(こくり」
ティンクは大丈夫って顔で頷いた
「わかりました」
「ありがとうございます」
ガールニックはティンクを連れて行った
「……まあ待つしかないか」
俺は他の客人の相手をすることにした
・・・・・・・
ーーーティンク視点ーーー
ガールニックお兄様についていって人気の無いところに着いた
「ここなら良いかな……本当に久し振りだねティンク」
「はい!ガールニックお兄様もお元気そうで良かったです!」
ガールニックお兄様……私を唯一可愛がってくれた人だ
「どうだい?彼は君を大切にしてくれてるかい?」
「はい!とても大事にしてくださいます!」
「…………」
ガールニックお兄様は私の目を見る
「そうみたいだね……良かった……君が彼の妻になるって聞いて不安だったんだ……父上が気に入るなんて滅多にないからね」
「そうなんですか?」
「話が合う人くらいだよ?だから君を痛め付けてるんじゃないかって思っていたんだ……でも、幸せそうで良かったよ」
「心配をかけてしまいましたね……」
「君を苦しめていたら斬るつもりだったよ」
さらりと怖いことを言わないでください……
「っと!もっと話したかったけど……花嫁をあまり長く独占する訳にはいかないか……戻ろう」
「はい!」
・・・・・・・
ーーーカイト視点ーーー
「カイト殿、少し良いかい?」
ガールニックがティンクを連れて戻ったと思ったら俺が呼ばれた
なんだ?次は俺か?
なんかこう呼ばれると二者面談を思い出すな……
『高橋ー!入ってこい!』
なんて呼ばれてさ
っと昔を思い出してないで行かなきゃな
「じゃあ行ってくる」
「はい!」
ティンクと入れ替わって俺はガールニックと一緒に庭園を離れる
……………
人気の無いところに着いた
「先ずは……うん、ティンクを大事にしてくれて……ありがとう」
頭を下げられた
「えっ?いや!当たり前の事ですし!?」
「その当たり前を僕は出来なかった……父に怯え、あの子を守れなかった」
「…………」
「だから幸せそうなティンクを見れて……僕は嬉しかった……だから、ありがとう」
「……どういたしまして」
こう答えた方が良いだろう
「あの、それで他に話があるんですよね?」
人気の無いところに呼んだんだ……何かあるだろ?
「君は……父に挑むのかい」
「…………」
なんだ?メルセデスに腹を探る様に言われたのか?
「そうだと言ったらどうします?メルセデスに言います?」
「いや、言わない」
「……メルセデスにも言いましたが挑むつもりです」
「ヤークレンの総力を知ってもかい?」
「はい」
「…………そうか、本気なんだね」
「……」
「うん、君に覚悟はわかったよ……戻ろうか」
それだけだったのか?
・・・・・・・
「むぐぅ~!!」
庭園に戻ったらティンクがナリストに抱き締められていた
「なにやってるんです?」
「んっ?いやティンクが可愛いからついね」
「前から思ってましたがナリストさんって……スキンシップが激しくないですか?」
「そうかい?」
「食事会の時もアルスやミルムを抱き締めていましたし」
「そうだね……そう言えばカイトはまだだったね!抱き締めようか?」
「ぷはっ!」
ティンクを離すナリスト
「いや遠慮します、抱き締めるなら」
「ひゃう!?」
俺はティンクを抱き締める
「嫁にします」
「見せつけてくれるね~なんだい?自慢かい?」
「はい、自慢です」
くらえ!新婚ビーム!!
「楽しそうだね」
後ろでガールニックの呆れたような声が聞こえた
・・・・・・・
こうして騒いでる間に結婚式は終わった
客人にはそれぞれ部屋を用意した……のだが
『僕は任されてる領地があるので帰ります……ティンク、何かあったら頼って良いからね?』
そう言って帰っていった
ナリストとゼルナは部屋で休んでいる
そして俺とティンクは……
「…………」
「…………」
一緒に寝ていた
いや添い寝だよ?
添い寝だけど……なんか結婚式の後だと意識するなぁ
「カイトさん……」
「んっ?どうした?」
「その、これからもよろしくお願いします……」
「あぁ、よろしく!」
そうして話していたら……いつの間にか眠っていた