第29話 カイト・オーシャン
ーーーオルベリン視点ーーー
「はぁぁぁ!!」
訓練所で坊っちゃんが木剣をワシに向けて振るう
「踏み込みが甘い!」
「くっ!」
ワシは坊っちゃんの木剣を左腕で受け止める
体重が乗っていないから簡単に止められる
「っ!」
後ろに跳び、距離を離す坊っちゃん
「はぁ!!」
剣を振り上げながら走り出し、勢いをつけて振り下ろそうとする坊っちゃん
「それだと胴ががら空きですぞ!!」
ワシは右手に持っていた木剣で突きを放つ
ドスッ!
「うぐぅ!?」
ワシの木剣が坊っちゃんの腹部にめり込む
「かぁ!!」
更に木剣を腹から離し、上に向けて振るう
バキッ!
「かっ!?」
木剣で坊っちゃんの顎に一撃を叩き込む
ドサッ!
倒れる坊っちゃん
「ふむ、大分頑丈にはなりましたな」
「殴られるのに……慣れてきたからな……でも、顎は……むり……」
そう言って気絶する坊っちゃん
やれやれ、あまり無理をしないでほしいのだがな……
ハッキリ言って坊っちゃんには戦いの才は無い
このまま鍛えれば自衛は出来るだろうが、戦で敵を殺せるかと言えば難しい
坊っちゃんの父である前領主、ベルドルト様は武人ではあったが……坊っちゃんはその才を受け継ぎはしなかったようだ
「誰か、坊っちゃんを運んでくれ」
メイド達に坊っちゃんの治療を任せる
「……ふぅ」
こうして坊っちゃんを痛め付けるのは心が痛む……
ハッキリと坊っちゃんには才能が無いと言えれば良いのだが……
「言えるわけがないな……」
いや、もしかしたら坊っちゃんは才能が無い事に気付いてるのだろう……それでも訓練を続ける
認めたくないのかもしれんな
「坊っちゃんには坊っちゃんのやり方があると思うのだがな……」
ベルドルト様は我らの前を走り、道を作って下さるような領主だった
坊っちゃんは我らの後ろで道を示す領主だ……それが坊っちゃんに合うやり方なのだ
「…………」
ワシは運ばれる坊っちゃんを見送ってから訓練所を出た
・・・・・・
「むっ?」
庭園を歩くとミルム様とティンク様が椅子に座っていた
向かいにはレリスが座って何やら話をしている
「ではメルセデスが何をしようとしてるのかはわからないのですね?」
「は、はい……」
……尋問か?
「レリス、何をしているのだ?」
ワシはレリスに声をかける
「雑談ですよ?」
「尋問ではないのか?」
「えっ?……そう見えました?」
「見えた!」
ミルム様の同意に申し訳なさそうにするレリス
……なんだ?尋問しているつもりでは無かったのか?……悪いことをしたな
「じいじじいじ!暇なの?」
ミルム様がワシを見上げながら嬉しそうに言う
「ええ、暇になりましたな」
「何かお話しして!!」
ふむ……そうですな……
「ではパストーレとの戦で千人斬りをした話を…」
「何回も聞いたからやだ!!」
…………武勇伝は駄目か
「あ、あの……」
「奥方様?どうされましたか?」
ティンク様が手をあげる
「わたし、カイトさんの話を聞きたいです」
「夫の過去が気になるのですか?」
レリスがからかう
「はい、とても気になります」
真面目に答えるティンク様……
「私も!!お兄様の話聞きたい!!」
ミルム様も同意する
「そうですな……」
わしはメイドが用意した椅子に座る
「では……話しましょう……坊っちゃんが産まれた頃の話からしましょうか」
「それ昔過ぎません?」
レリスが言う
「聞きたいです……」
「私も!」
「だそうだが?」
「…………」
では……話すかな
・・・・・・・・
焔暦127年、3月
「……むむむむむ」
ワシの目の前で唸る男性
「ベルドルト様、少し落ち着かれては?」
ワシは唸る男性……ベルドルト様にそう言う
「お、おお!落ち着いてるるる!」
「落ち着いてませんな……初陣の時より緊張しておりませんか?」
「し、仕方ないだろ!? 心配なのだよ! 妻が! 我が子が!! こんな時……男は無力だ……」
「そうですな……しかし信じるしかありますまい……」
「そうだが……あーやはり心配だ!!」
これが当時40歳の男性の行動である……
「戦場では堂々としておりますのに……」
「戦場ではな!!」
『ふぎゃぁぁぁ!! ふぎゃぁぁぁ!!』
泣き声が聞こえてくる
「!?」
ベルドルト様が目の前の扉を見る
少ししてから扉が開く
「おめでとうございますベルドルト様! 元気な男の子です!」
医者が出て来て部屋にベルドルト様を案内する
ワシもついていき、部屋の壁にもたれかかり様子を見る
「う、産まれたのだ!!我が子が!!」
ベルドルト様が奥様に駆け寄る
「は、はい……貴方と……私の子です」
奥様は息切れをしながらベルドルト様を見ている……
疲労はしているが体調は良さそうだ
「ふぎゃぁぁぁ!! ふぎゃぁぁぁ!!」
奥様の腕には赤子が居た……
可愛らしい赤子が……
「おお!おおおおお!!」
嬉しそうに赤子を抱くベルドルト様
「名前は……決めているのですか?」
奥様がベルドルト様に聞く
「ああ、決めておる!! 『カイト』だ!!」
カイト……
「『八龍神話』ですかな?」
ワシが呟く
八龍神話……このサーリストを造り出したと言われる8匹の龍
光を造った『光龍レンメル』
影を造った『影龍ダルメ』
風を造った『風龍メーテ』
炎を造った『炎龍ボブルス』
雷を造った『雷龍ワルコ』
大地を造った『地龍ドルルス』
冷気を造った『氷龍アンテス』
そして……水を造った『水龍カイト』
「そうだ! 我が父から聞いたがオーシャンとは大海を示す言葉らしい! ならば水龍の名を名乗るこの子は大海を操る子だ!! きっと強く! 立派な領主になれるぞ!!」
そう言って赤子……カイト様を高く持ち上げるベルドルト様
こうして、カイト・オーシャンは産まれたのだ
・・・・・・・
焔暦132年 8月
カイト様はスクスクと育った
元気に走り回り、城の中を探検していた
何にでも興味を持つのか
「ねえねえ、なんで雲は出来るの?」
こんな風に聞いてくる事が多い
「そうですなぁ……ふむ……わかりませんな!!」
「えぇ……」
カイト様はワシの肩車で空を見る
「僕が領主になったらわかるのかな?」
「そうですな、色んな者に調べさせればわかるかもしれませんな!」
・・・・・・・
焔暦137年 7月
カイト様の本格的な教育が始まった
「次はこの計算をしてみましょう」
「えーと……」
教育係として雇われた少年ルーツから様々な事を学び
「はぁ、はぁ……」
「カイト様、まだ走りますよ!」
「う、うん!!」
将になったばかりのヘルドど共に鍛練をして
「いいかいカイト?領主とは」
「民の痛みを理解し、共に歩む存在であれ……だよね?」
「そうだ!」
ベルドルト様から領主の心構えを教わる
そうして己を鍛えるカイト様
しかし……
・・・・・・・
焔暦140年 3月
「なんでだよ……」
カイト様は落ち込んでいた
勉学を理解し、領主の役目も理解したカイト様
しかし武の方では成果が出なかった
どんなに鍛えても、技を磨いても……兵士から一本も取れない
いや、兵士だけではない……メイドなどの召し使いにも勝てなかった
弱かったのだ……
「これでは父上の期待に応えられない!!」
嘆くカイト様
「坊っちゃん……例え戦えなくてもベルドルト様は……」
「駄目なんだよ!!強くないと何も守れない!!私では……守れないんだ……」
ドンドン悪い方に考えるカイト様……
・・・・・・
「あの時の坊っちゃんはドンドン暗くなっていったな……」
「……カイトさんもそんな時があったのですね……」
ティンク様がそう聞いて頷く
「ベルドルト様が亡くなった後も凹んでいましたね……」
レリスが言う
「あ、私覚えてる! お兄様が元気なくて……お花あげたの! 凄く喜んでくれたよ!」
ほう? そんな事が?
だから普段からお花を渡すのですな
「でも1番キツかったのはあの頃かな……」
レリスが言う……そう、あの頃……ベルドルト様が亡くなり……領主を継いだ頃
・・・・・・
焔暦142年 5月
「申し上げます! パストーレによって砦が奪われました!」
「ガガルガに都を奪われました!」
「マールマールに砦を破壊されました!」
次々と奪われる領土
「くっ……どうすればいいんだ!!」
頭を抱える坊っちゃん
ベルドルト様が亡くなり、まだ本調子では無いだろうに……お痛わしい
「何か手を考えないと……」
ワシの隣で教育係から将として雇われたルーツが考える
「指示が有れば暴れるんだがな……」
ヘルドがそう言って槍を振る
「そうだな……いっそ進言を……」
ワシが坊っちゃんの前に行こうとすると
「失礼します!」
5人の男達が玉座の間に入ってきた
『レルガ』
『ジャックス』
『モールモー』
『ボゾゾ』
『メシルーク』
オーシャンの将ではないか……
あとはワシとルーツとヘルドを加えて8人……
それがオーシャンの将達だ
その5人が指示もなしに入ってきた
どうしたのだ?
「どうした? 何かあったのか?」
坊っちゃんが聞く
「カイト様、別れを言いに来ました」
レルガが言う
「えっ?……別れ?」
5人が膝をつく
「我々5人はオーシャンを去ることに決めました、今まで、お世話になりました」
「……そうか……わかった……」
静かに答える坊っちゃん……
立ち去る5人
「…………っ!」
坊っちゃんが玉座から立ち上がる、そして5人に手を伸ばす
……引き止めるのだろう
「…………くっ!」
そう思っていたが坊っちゃんは玉座に深く座った……
震えている拳……引き止めたいのに出来ないのだろう
「…………オルベリン、ヘルド……ルーツ」
我らを呼ぶ坊っちゃん
『はっ!』
我らは坊っちゃんの前で膝をつく
「こんな頼りない領主でごめん……君達も……いつでも私を見捨てていいからな?」
そう言った坊っちゃんの目は全てを諦めた眼をしていた
「何を言うのです!!」
ワシが何か言う前にルーツが叫ぶ
「私は貴方様の努力を知っています!!頼りないだなんて思いません!」
教育係として一緒に居たのだ……坊っちゃんの頑張りを見ていたのだろう
「ルーツ……」
「俺も!貴方についていきますよ!この広い世界を共に見るのでしょう?」
ヘルドも坊っちゃんと何か約束をしているのか……
「ヘルド……」
「坊っちゃん、ワシも貴方と共におりますぞ……雲がどうして出来るのか知るのでしょう?」
「オルベリン……うっ、ぐす……ありがとう……私、頑張ってみるよ……何をしてでも……このオーシャンを守ってみせるから!!」
・・・・・・・
「その後も領土を奪われましたが……パストーレに滅ぼされる直前の防衛戦にて……遂に才を発揮されたのです!!」
「お兄様凄い!!」
うむ!あの時の坊っちゃんはとても輝いていた!!
「思えばあの時から人が変わったかの様に活躍される様になりましたね」
レリスが言う
「しかし、根本的な所では変わっておらんよ、弱きを守り……共に歩まれておる」
今の坊っちゃんこそ……ベルドルト様の望まれた領主の姿でしょうな!
「カイトさんも……色々苦労されて、今があるのですね……」
ティンク様は少し涙を流している
「そんな坊っちゃんが選ばれたのです、奥方様はしっかりと坊っちゃんを支えてくだされ」
「はい!!」
元気よく頷くティンク様……うむ、いい返事だ!
「おーい!オルベリン!!」
意識が戻ったのか坊っちゃんがやって来た
「訓練の続きを頼む! もう少しで何か掴めそうなんだ!……んっ?なんで皆俺を見てるんだ? ミルム? なんでニヤニヤしてるんだ?」
「お兄様!雲ってどうして出来てるの?」
ミルム様は坊っちゃんに聞く……まだ調べていないのにわかるわけ……
「あぁ、海の水とかが蒸発して水蒸気って言う見えない気体になって空に上昇して、空で冷やされて見えるようになったのが雲だよ」
……なんと
「流石坊っちゃん……既に調べられたのですな!!」
「えっ?あ、うん……」
「このオルベリン!感服しましたぞ!!」
「お、おう……」
ワシの知らないところで成長される坊っちゃん!!
もしかしたら戦闘もワシの知らないところで成長されるかもしれませんな!!
「では参りましょう坊っちゃん!!」
「あぁ、頼む!」
ワシは坊っちゃんと共に訓練所に向かった
その後、眉間に一撃が入って坊っちゃんは再び気絶したのだった……