第259話 ユシリフ・バルバルバ
焔暦149年 1月
新年の挨拶を終えた俺は、玉座に座って一息ついていた
「ほんと、喋れるって良いことだよな……実感したよ」
「筆談は手間でしたからね」
俺のぼやきにレリスが同意する
「それで、次の予定は?」
「学舎の講師候補達との打ち合わせですね、それと入学の日程の確認などです」
「よし、早速進めるか、もう待たせてる?」
「1時間後ですので、大丈夫ですよ……少し休まれては?」
「じゃあ紅茶でも飲みながら、資料の確認でもしておくか」
新年からやることは多いんだよなぁ
そんなこんなで1時間後、会議室に行く
会議室には既に講師候補、てかほぼ決定してる8人が揃っていた
全員が俺を見るや否や立ち上がり、礼をする
「お疲れ様です、カイト様」
「やあムドーナ」
一番入り口に近かったムドーナが挨拶するから、俺も答えて椅子に座る
俺の隣にレリスが座り、後ろにライアンが立つ
「皆、そんな畏まらなくていい、楽にしてくれ」
俺はそう言うが、誰も楽になってくれない
まぁ、落ち着けないわな……
「さて、今日集まって貰った訳だが……勿体ぶらずに言おう、君達8人を学舎の講師にすると決まった」
『おお!』
8人が目を輝かせる
「さて、誰にどの教室を任せるかは後で決めるとして、俺は把握してるが、それぞれ初対面の者も居るだろう……レリスの隣から順番に自己紹介してくれ」
俺がそう言って、レリスの隣に座る女性を見る
最初は彼女に任せるべきだと思ったからだ
「わかりました」
彼女は立ち上がる
「初めまして皆様、私は『レーメル』と申します」
レーメル……ルーツの妹である彼女は、学舎の話を聞いたら真っ先に立候補してきた
彼女の知識なら、講師は問題なく果たせるだろう
そんな風に考えていたらレーメルの紹介が終わった
次の男性が立ち上がる
「次は自分ですな、『コーラン』と申します、今までは税の会計を任されていました」
コーランは文官の1人だ、学舎では算術の講師を任せるつもりだ
「私は『パナーシ』です」
次の男性、彼はガガルガのルスーンの下で働いていた人間だ、文字が綺麗だからとルスーンから推薦された
「ムドーナと申します」
そしてムドーナ……彼には歴史関係を任せるつもりだ
「ミーアと言います、よろしくお願いします」
そしてミーア……彼女にもしっかり働いて貰う
「はーい! 僕ですね! 『ミミアン』って言いまーす☆」
なんだコイツって視線を全員から浴びせられるミミアン
ふざけたようや男性だが、知恵はしっかりとあるから安心して欲しい
レリスが推薦するくらいだからな……元々はオーシャンで受けた報告を纏める役目をしていた
俺達が普段見てる書類は彼が纏めた物だ
「き、きき、『キレレット』ででででです!!」
「あの、その兜は?」
「ひ、ひひひ人見知りが激しくて!」
ムドーナの質問に答えるキレレット
「だ、大丈夫なんですか?」
「人見知りを治したいんだと言うからね……まあ対策は考えてるから安心してくれ」
「最後は私ですね? 『マーメルク』と申します」
そんな訳で自己紹介が終わる
因みに、全員貴族だが、家名は名乗らせてない
講師同士で家での力関係とか起きたら困るしね
「それじゃあ皆に任せるつもりの教室を話そう」
・・・・・・・・
会議は問題なく終わった
4月から学舎が始動する、とても楽しみだ
「文字が読めて当たり前の時代が来るといいんだが……」
「私達の代では無理でしょうね、時間がかかるでしょうし」
俺とレリスが話ながら廊下を歩く
「んっ? 大将止まってくれ」
「ん?」
俺の隣を歩いていたライアンが、俺の前に立つ
「ライアン?」
「誰か来るぞ」
「?」
「カ、カイトさまぁぁぁ!!」
曲がり角から兵士が飛び出てきた、ライアンが止めなかったらぶつかってたかもな
「どうした? そんなに慌てて……」
「バ、バ、バ」
「バババ?」
「バルバルバが来ました!!」
「!?」
バルバルバ、西方の領だ
「軍隊で来たのか? 数は?」
「あ、いえ、2人です、攻めてきた訳ではないです」
「2人?」
それは無警戒すぎない? 敵国だぞ?
「今どこにいる?」
「城壁の所で止めてます!」
「………」
「追い返しますか?」
レリスが聞いてくる
「いや、会う方が良いだろう、2人だけだし、新年の挨拶って名目だったら、断わる方が後々面倒だ」
オーシャンはそんな余裕も無いとか思われたら困る
実際余裕は無いけど
「身体検査をして、武器は取り上げてから玉座に連れてきてくれ」
「はっ!!」
「レリス、念のため数人兵士を伏せておこう」
「わかりました、連れてきます」
「ライアン、もし襲ってきたら」
「任せろ!」
指示を出してから、俺は玉座に向かう
玉座の間に行くと
「バルバルバから人が来たそうですね」
「メイリー? 立ち会う気か?」
「はい、もしかしたら知り合いかもしれませんので」
「…………まあ、良いか」
何か変わるかわからんが、メイリーは無意味な事はしないだろうし
俺は玉座に座る
少ししてレリスが兵士を連れてきて、隠れさせる
「捕らえるのですか?」
「いや、襲われた時の念のための対策、何もされなかったらなにもしないさ」
レリスが俺の隣に立つ
「何でお前が居るんだ?」
「バルバルバの2人が知り合いだと思いましたので」
「余計な事はするなよ?」
「勿論です」
レリスとメイリーがそう話していたら、玉座の間の扉が開いた
兵士に案内されて、2人の人間が入ってきた
1人は女性だ、堂々とした姿で歩いてくる
……何故か男装してるが、胸元が大きく膨らんでいて、女性だと丸わかりだ……男装の意味なくね?
もう1人は男性だ……なんか疲れきってる……なんとなく察する
「やっぱりか……」
メイリーがボソリと呟いた
女性が俺の前まで歩く、そして両腕を大きく拡げて
「やぁカイト・オーシャン! 初めまして! 私はユシリフ、ユシリフ・バルバルバ!」
「お、おぅ?」
「そんな挨拶の仕方があるか!! ゴホン! 失礼しましたカイト・オーシャン殿、バルバルバの軍師長を勤めていますシャリオンと申します」
シャリオンは綺麗な礼をする
「ああ、初めましてシャリオン殿、貴殿の噂は聞いているよ」
…………
「それで、今回はどのような用件で?」
レリスが聞く
「ええ、それは……」
シャリオンが答えようとしたら
「前領主であるお祖父様、メーリス・バルバルバが挨拶してこいって言っててね、特に何か用事がある訳じゃないんだけどね」
「っ!」
シャリオンがユシリフを睨む……苦労してるな
「あー、用がないなら帰れって言うべきなのかな? 知ってると思うが、最近オーシャンとバルバルバは争った後でね……停戦してるとはいえね?」
「まあそんな冷たいこと言わずに! 私も君も同年代で領主なんだから、もっと気楽に雑談でもしようよ♪」
「そんな暇は無いんだが?」
「良いから良いから♪」
良くねえよ……
「……相変わらずですね、ユシリフ殿」
「やあメイリー♪ 相変わらず可愛いね、やっぱりオーシャンに居たんだね」
「メイリー、知り合いなんだな?」
「はい、会うたびに口説かれましたよ」
「……口説……あれ、ひょっとして俺今」
「口説かれてましたよ」
「見境無いな!?」
「♪」
・・・・・・・・・
そんな事があって
なんか、いや何で?
「何でこうなった?」
「♪」
何で? ユシリフとシャリオンと一緒に紅茶飲む事になったんだ?
ユシリフの言葉に流されて、談話室でお茶会……意味わからん
「メイリー、聞くがどんな感じで知り合った?」
「ええ、一時期バルバルバでお世話になってまして……彼、シャリオンの父であるシャンクル殿が、私の先生の1人でして」
「先生? そうだったのか?」
メイリー、シャンクルの弟子だったのか……そういえば詳しく聞いてなかったな……
「後日お前の事を詳しく聞かせてもらって良いか?」
「勿論です」
「それで? ユシリフ、何でお茶なんて」
「美しいお嬢さん、私と一緒に愉快な夜を過ごしませんか?」
「おいこら、話し聞けや! そしてヤンユは既婚者だ! 手を出すな!! 見境無さすぎる!!」
あっ、やべ、思わずツッコんでしまった
「それが君の素だね? そんな風に気軽に話そうよ?」
「……はぁ」
疲れる……
「んで? 本当に何の用件で来たんだよ? 本当にメーリスに言われたから来ただけか?」
「うん♪」
「さっさと帰れ!!」
こんなのが領主になったのか?
バルバルバ大丈夫? なにもしなくても滅びない?
「そんな怒らない怒らない♪ 可愛らしい顔が台無しだぞ?」
「こいついつもこんな感じ?」
「いつもです」
シャリオンが答える
少し同情する
「大体、言われたからって普通来るか? 俺が西方の事を嫌ってるのはわかるだろ?」
「えっ? なんで?」
「なんでって多くの兵や将を殺されて」
「それおかしくないかな? 侵攻されたのはこっちだよ?」
「それは……」
「それに死者はこっちも多く出てるんだよ? 私達を恨んだりするのは筋違いじゃないかな?」
「…………そんなこと、わかってる、でもな! ハイそうですって受け入れられる事じゃないんだよ!!」
「なんだなんだ? カイトは個人的な感情を優先しちゃうのかい?」
「!!!」
コイツ……
「なんだよ、俺を怒らせたいのか?」
「別に? でも君のその怒りは理不尽じゃないのって話」
ユシリフはそう言うと立ち上がる
「これ以上は本気で怒らせちゃうし、帰るよ♪ また会おうね♪」
「二度と会いたくないな……」
ユシリフは談話室を出ていく
「申し訳ありませんカイト殿、ユシリフはまだ未熟でして」
「…………いや、いい、苦労してるな」
シャリオンは苦笑した
ユシリフとシャリオンは帰っていった
本当に何しに来たんだ?
「メイリー、2人が来た理由、わからないか?」
「ユシリフ殿の考えは流石に読めませんね」
「そっか……」
本当に何だったんだ?
・・・・・・・
ーーーユシリフ視点ーーー
「何のつもりだユシリフ!」
帰りの馬車の中でシャリオンが怒鳴る
「怒らないでよシャリオン♪」
「簡単な挨拶だけして帰る! そうきめたよな!?」
「ん~だってムカついたんだもん」
「はっ?」
「気付かなかった? 玉座の間で、兵士が伏せられていたよ? それに、カイトは最初から私達を敵って見てた、それって理不尽じゃない? 私達、何も悪いことしてないよ?」
「それは……はぁ」
シャリオンはため息を吐く
「全く、お前さ、領主になったんだ……もうこんな好き勝手に行動しないでくれよ?」
「わかってる」
……まあ、お祖父様から言われた事はやったし
いいよね?
『どういうこと?』
『うむ、つまりな、カイト・オーシャンとユシリフ・バルバルバではなく、カイトとユシリフとして会ってきて欲しいんじゃ』
領主同士ではなく、ただの人として対等に接する
まあ、マトモな会話は出来なかったけど、こんな感じで良いよね?
・・・・・・・・・
ーーーシャンクル視点ーーー
バルバルバのコムラン城
メーリス様の寝室にて、メーリス様は休まれていた
「……シャンクル」
「はい」
「どうやら、ユシリフは上手くやったようだ」
「……わかるのですか?」
「うむ、儂には未来が見えるからの」
未来が見える……昔からメーリス様はふざけたように言っていたな
「未来が変わったのですか?」
「うむ……変わった、全てが消える未来が、ふふふこんな未来なら、生きて迎えたかった」
「何を言ってるんです、まだ長生きして貰いませんと、隠居して、色々するんでしょう?」
「そうしたいが……難しいのぉ、ユシリフ達が帰ってきた日に儂は死ぬ」
「そんな弱気にならずに」
「いやいや、弱気にはなっとらんよ、出来ることもやったし、変えられたから、後悔もない」
「メーリス様……」
・・・・・・・・・・
焔暦149年 3月
メーリス・バルバルバの訃報が大陸中に届いたのだった