第245話 通りすがりのヒーロー
ーーールミル視点ーーー
久し振りの休日、レムレが訓練で早朝から出ていったから
今日の家事を1人で終わらせて、無くなり始めた日用品の補充と、暇潰しの為に買い物に出た
「調味料は揃えた、壊れてた桶も新しいのを買った……後は……あ、包丁を買い替えるんだった」
包丁……あれ? 何処で買えたっけ?
前のはレムレが買ってきてたから……
「レムレの奴、何処で買ったって言ってたっけ?」
しまったなぁ……
取り敢えず、刃物だし……鍛冶屋とかで売ってないかな?
「んっ? あっ、丁度良いところに!」
視線を動かしていたら、見覚えのある顔を見かけた
カイト様が剣の生産を任せている、鍛冶屋の看板娘……名前は……確か『キュウ』だったかな?
キュウも買い物なのか、雑貨屋から出てきた
「おーい! キュ……」
「いってぇ!!!!」
私は彼女に声を掛けようとしたら、男がキュウにぶつかった
男の方から、キュウにぶつかるのをしっかりと見た
「ありゃ? 大丈夫?」
キュウはそうとも知らずに男に話し掛ける
「いでででで!! 腕が! 腕がぁぁぁ!!」
男はわざとらしく痛がる……しばいてやろうか?
「アニキ! どうしたアニキ!!」
「うわー、これはひどい怪我だ!!」
「えっ? えっ?」
男の仲間がゾロゾロと集まってきた
まずい、キュウの姿が見えなくなる
そうなる前に、私はキュウの側に駆け寄る
「あ、ルミルさん! こんにちわ!」
「……あんた、もうちょっと危機感をもちなさいよ」
この子は少し抜けてる所があるのよね……
「なんだ女! なんの用だ!」
さっきまで痛がってた男が怒鳴る
元気じゃん
「うるさい、女の子に因縁をかける奴を退治しにきただけよ」
「あぁ!? 因縁だとぉ!?」
「どうせ、怪我したとか言って、金銭を要求するつもりでしょ?」
『ぎくっ!?』
図星って顔を全員がする
もうちょっと隠す努力をしたら?
「う、うるせえ! こっちは腕が折れてんだ!!」
「いや折れてないでしょ、折れた腕を見たことある? グロいわよ?」
さて、相手は8人か
素手だけど……まあ勝てるか
「このあま!!」
「ふん!」
「がばっ!?」
腕が折れたと騒いでた男が殴りかかってきた
そんな男の股間を蹴る
『ひぇぇ!?』
周りの男達が青ざめる
「うわぁ、顔面真っ青……てか何で殴りかかってきたの?」
キュウが呟く
……いい加減状況を理解して欲しい
「キュウ、あんたコイツらに絡まれたのよ? 腕が折れたって金銭を要求される所だったの、酷いと捕まって、奴隷として売られる……何て事もあるんだからね?」
「えぇ!? そんな危なかったの!?」
まあ、流石に奴隷は無いか?
カイト様が、そういうのは厳しく取り締まってるし……他の領は知らないけど
「こ、このやろう!」
「やっちまえ!!」
周りの男達が襲い掛かってくる
・・・・・・・・
「ふん!」
「ルミルさん強い!!」
「う、うぐぐ……」
「ちくしょー……」
全員を潰した
周りの人達が拍手してくる……あんた達は見てるくらいなら助けとか呼びなさいよ……
「さて、兵士達を呼んで……コイツらを連行させるか」
一番近い兵舎は何処だったか……そう考えていたら
「なんだ? 遅いと思ったら女1人に負けたのか?」
「お、親分!!」
1人の男が現れた
随分と大柄だ
「あんたがコイツらの親分? さっさと回収してくれない?」
「ほぅ、お前、見覚えがあるぞ……確か、領主の所の兵士だよな?」
「兵士じゃないわね」
ティンク様の護衛は、立場的には部隊長と軍団長の間くらい……カイト様はそう言っていたからね
「私も、今思い出したわ、あんた確か手配されてる男よね? 人相書きを見たわよ」
「そうかい」
確か……『バール』だったかしら?
人攫いを繰り返してる犯罪者
なんでこんな奴が都にいるの?
見張りの兵士達は何をしてたの?
こんな奴を通して……警備の強化を申請しておこう
「それで? 次の獲物はキュウにしたわけ?」
「その女の事だよな? それなら『そうだ』と答えよう」
「随分と大勢で襲うわね、そこまでしないといけないわけ?」
「なんだ? お前はそいつの名前を知ってるのに、そいつの価値は知らないのか?」
「はっ?」
価値って何よ? 人を物みたいに言って……気に入らない
「その女は珍しい『ハーフ』だ、尖った耳、日焼けや南方の連中とは違う褐色の肌……他の大陸に居る異種族の特徴だ」
「……」
ハーフって何?
「キュウ、本当?」
「わ、わからない、私、両親の事も知らないし……」
「だそうだけど?」
「そうかい、本人は知らなくても、俺の眼は間違えない」
……コイツ、一切隙がない
どうする? 不意打ちは無理そう……さっき潰した連中も立ち上がって、囲まれたし……
「さてと、それじゃあついでにお前も捕まえるか……見た目は悪くない、それなりの値段で売れるだろう」
「オーシャンじゃ、人身売買は認められてないけど?」
「そんなの、律儀に守ってる奴が珍しいだろ? 何だったら、他の領で売れば良い……ヤークレンとかな」
「あっそう!」
「むっ!?」
私は桶をバールに投げる
そして一気に駆け寄り、バールが桶を右腕で弾いた瞬間に、顎に向けて拳を叩き込む
ゴスッ!
そんな鈍い音がする
手応えあり!
昔、オルベリンさんに教わった! 顎への衝撃で、脳がダメージを受けるって!
気絶するか……暫く立てなくはなる筈!
パシッ!
「!?」
バールは平然と私の右腕を左手で掴んできた
「良い一撃だな、だが俺には効かん」
「このっ!?」
「動くな!」
「きゃあ!?」
「っ!?」
キュウの悲鳴
振り返るとキュウが捕まっていた
「俺を倒せば逃げれると考えたみたいだが、選択を間違えたな、俺じゃなくて雑魚を狙っていれば良かったな?」
「ぐぅ!」
私の両腕を後ろに回して、バールの左手で両腕を掴まれ、拘束される
ちっ! 兵士達はまだ来ないの!?
これだけの騒ぎならそろそろ駆け付けてくるでしょ!
「救援なら期待するなよ? 俺は念入りに計画をするんでね、兵士が来ない時間も調べているし、周りの連中を黙らせる事もしてるんだよ、これは大掛かりな芝居って周りの連中には伝えてるんでね……平和ボケした連中はアッサリ信じたぞ?」
どうりで、周りの人達が騒がない訳だ……
「それと、俺は顎を始めとした急所は鍛えてるんでね、この程度じゃ効かねえんだよ」
「なに? あんた元軍人?」
「そういうことだ、関わらなければお前は平和に生きれたのになぁ?」
「この!」
「おい! 連れてくぞ!」
『うっす!』
どうする? 大声で助けを呼んでみる?
そうしたら、流石におかしいと気付くわよね?
「よぉ、もう芝居は終わりなのか?」
んっ? この声……
「なんだてめえ!」
「いやぁ、そいつら、俺の知り合いでな……芝居が終わったなら解放してほしいんだが?」
声のする方を見ると……
「うげぇ……」
「おい、人の顔を見て嫌そうな顔すんじゃねえよ」
最悪……なんでコイツにこんな所を見られるのか……
「それで? 芝居は終わったんだよな?」
ライアンどっかで買ったのか、串焼きを食べ終えて、そう言った
・・・・・・・・・・
ーーーライアン視点ーーー
鍛冶屋に向かいながら、適当に昼飯を買ってたら、なんか人が集まっていた
見に行ったら、何でも芝居をしてるらしい
珍しいと思って、前に行ったら……ルミルと鍛冶屋の看板娘が居た
「なんだ? アイツら芝居の手伝いでもしてんのか?」
そう思って見ていたら、どうも様子がおかしい
「……んっ? あの男……」
確か、大将が見てた人相書きに似た顔があったな……
あ、これ芝居じゃないな
「苦戦してるみたいだし……手を貸すか」
そう思って声を掛けたら嫌そうな顔された……
少し傷付いた
「いや~まだ芝居は終わってなくて……下がってくれないか?」
バールの奴がにこやかに言う
コイツ演技上手いなぁ
「そうか、それならしょうがないなぁ……因みに、これはどんな場面?」
「あ~ヒロインが捕まる場面だ、この後、連れていかれた先でヒーローに出会うって話だ」
「そうかい……それは長編になりそうだなぁ」
俺はそう言って、2本目の串焼きを食べきる
「そうそう、長くなるから、邪魔をしないで欲しいな」
「そうだな、長くなるな……それは困るから、話は変更だ」
俺はそう言うと、串焼きに使われていた串を、看板娘を捕まえてた男と、次に看板娘の近くの男に投げる
「ぐぁ!?」
「ぐっ!?」
看板娘が解放される
俺は、俺の近くに居る男を殴り倒す
「人攫いはここで全滅、ヒロインはここで助かるって話にな」
「ちっ! 動くな……コイツの腕を折るぞ?」
「ライアン、さっさと暴れて、腕くらいなんともないから!」
「了解っと!」
ナイフを取り出した男が突いてくる
俺はナイフを避けて、男を殴る
そして、ナイフを奪い、看板娘を捕まえようとしていた男に投げる
男の足に刺さり、男が転けた
「ちっ! やりやがる! お前何者だ!」
「あ? 通りすがりのヒーローだ!」
そう答えて、剣を抜いて迫って来た男を殴り倒し、気絶した男をぶん投げて、状況に対応出来ず、2つの意味で固まっていた3人の男達にぶつけた
「1、2、3以下省略っと、後はお前だけだぞ?」
「ちっ!」
「ぐっ!」
バールがナイフを取り出して、ルミルの首に当てる
ルミルの左腕が解放されたが……アイツ、マジで折りやがったな
腕を折られたのに、悲鳴を出さなかったルミル……すげえな
「近付くな! コイツを殺すぞ!」
「ライアン! 気にせずやれ! 死ぬ覚悟なんていつでも出来てるんだから!」
「あー、まあ、だろうなぁ」
ルミルが言ってる事は確かだろうなぁ
死ぬ覚悟は間違いなく出来てる
ただ、お前が死んだら、大将とかが泣くぞ?
バールの奴、本当に殺すだろうしな
さて、……どうするか……何か投げれるのは……おっ!
「それ以上近寄るなよ?」
「わかってる、ほら、何も無いだろ?」
俺は両腕を挙げる
「…………」
バールがルミルを連れて逃げようとする
その時、ナイフが首から離れる
今だ!
俺は、バールに見えないように、指で先端を摘まんで隠していた髭剃り用のナイフを指の力だけで投げる
「っ!?」
ナイフはバールの眉間に飛んでいく
バールは咄嗟に持っていたナイフでナイフを弾く
俺は走ってバールに向かい
「ルミル! 伏せろ!」
ルミルが頭を下げる
「このっ!」
バールがルミルを刺そうとするが、その前に俺がたどり着くのが速いと判断して、ナイフを俺に向けて突いてくる
「ふん!」
ボキッ!
「なっ!?」
ナイフは俺の眉間に刺さろうとして、折れた
驚くバール
俺はバールの左腕を掴み……握り潰す
ボキッ!
メキメキ!
「がぁぁぁぁぁぁ!?」
バールが叫ぶ
痛みでルミルを離す
「おいおい、ルミルは腕を折られても叫ばなかったぞ? お前はそんな叫ぶのか?」
「がっ、ふ、ふざけるなぁ! なんだ! なんだお前は!?」
バールの視線が折れたナイフ、潰れた左腕、俺、と移りまくる
「言ったろ? 通りすがりのヒーローだ」
そう答えて、俺はバールを殴り倒した
・・・・・・・・・・・
流石に芝居じゃないと気付いた民が兵士達を呼び、バール達は捕まった
「ルミルさん! 腕大丈夫ですか!?」
看板娘がルミルに駆け寄る
「大丈夫、関節が外れただけだから……はぁ、あんなのに捕まるとか……情けない」
「それよりも医者の所に行くべきだろ?」
「わかってるわよ、きゃあ!?」
俺はルミルを抱き上げる
「な、なにしてんのよ!? 下ろしなさい!」
「怪我人をほっとく訳にはいかねえだろ? 城の医者の所まで運ぶから、あっ、看板娘! 後で鍛冶屋に寄るから、そこに落ちてるナイフを研いでもらってて良いか?」
「あ、えっ? ああ、はい!」
看板娘が俺のナイフを拾う
それを確認して、俺はルミルを城まで運ぶ
「最悪……本当に最悪……」
ルミルがそう呟いていた
マジで傷付くぞ?
・・・・・・・・
城の医務室で、レイミルって医者にルミルを任せる
「うん、骨は大丈夫みたい、全治3週間くらいね……固定するから動かさないでよ?」
レイミルは木で作った鉄甲みたいなのをルミルの左腕にはめる
そして包帯を巻く
そこに……
「ルミル!!」
レムレが医務室に駆け込んできた
「ルミル! 怪我は!? 大丈夫なの!? 担ぎ込まれたって聞いたよ! 」
コイツが取り乱してるところ、初めて見たな
「大丈夫だから落ち着いて、関節が外れただけだから」
「それって大怪我だと思うけど!?」
「ほら、レムレ君、落ち着きなさい」
少し遅れて、ティールが入ってきた
「聞いたよ? 都に入り込んだ賊を捕まえたって?」
「私は何も……やったのはコイツ」
ルミルが俺を指差す
「はぁ……あんな奴に遅れをとるなんて……」
まだそれで凹んでんのかよ
「バール……『鉄人バール』、シルテンに仕えていた将だった男だ」
「だった?」
ティールの言葉に俺が疑問をもつ
「シルテンの領主がパルシットになった時に追放されたんだよ、実力はあったけど……素行に問題があってね、彼の悪さはガガルガでも良く聞いたよ」
へぇ、将をクビになって、人攫いになった訳か……
「そんな相手だったんだ、ルミルは丸腰だったんだろ? なら気にする事はない、マトモに戦ってたら、勝つのは君だよ」
そう言ってティールはルミルの頭を撫でる
「う~」
色んな感情が渦巻いてるみたいだな
「じゃあ、俺は行くわ」
嫌われてるみたいだし、治療も終わったから、俺はいない方が良さそうだ
俺は医務室を出ようと扉に手をかけた
「ライアン……助かった、ありがとう」
「……あぁ」
ルミルの礼に答えて、医務室を出た