第242話 アルスの成長
ーーーカイト視点ーーー
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
俺はそう言って会談を終える
2人の人物が、執務室から立ち去るのを見送り
俺は一息つく
「さてと、これが吉と出るか凶と出るか……」
ふと、窓から外を見る
「そろそろ、アルス達が帰ってくる頃かな?」
アルス、帰ってきてから、元気が無かったから……息抜き出来たら良いんだが……
「っと、確認を終わらせた無いとな」
俺は、束ねられていた報告書に目を通す
「ふむふむ……」
大半は嵐での被害報告と、農作物などの収穫報告だ
「んっ? なんだこれ?」
しかし、1枚だけ妙な報告書があった
「……燃えている馬?」
燃えているって……なにそれ?
そんな馬が居るわけないだろ?
誰かが食おうとして焼いてるとかじゃないよな?
「そんなファンタジー系なのっていたっけ?」
俺は馬の生物を思い浮かべる
やっぱ、頭に直ぐに浮かぶのは、ユニコーンとかペガサスとかかな
でも……燃えてないよなぁ
「……目撃者が1人か2人なら見間違いですむが……20人も居るのか」
それなら見間違いじゃないよな?
全員が酒で酔っていたとかじゃないかぎり……
「カイナスの方か…………」
これは、機会を見つけて調べた方が良いかもしれないな
このサーリストの人達って迷信とか信じやすいし……
その馬が凶兆だとか言われはじめて、騒ぎがこれ以上大きくなったら困るしな
「本当に燃えている馬で、ヤバそうなら……討伐も考えないとな……」
後でレリスに詳しい情報を集めさせよう
俺は、その報告書を引き出しに仕舞い、他の報告書の確認に戻ったのだった
・・・・・・・・
ーーーアルス視点ーーー
「…………」
「…………」
「…………」
し、視線が痛い!!
今、僕達はオーシャンに向かって馬を走らせている
今日中にはオーシャンに辿り着くかなって距離まで戻ってきたんだけど……
「…………」
テリアンヌは何故か冑を被ったままだし!
「…………」
マーレスからは殺気がとんできてる!!
なに? 僕何かした!?
「テ、テリアンヌ……あのさ……」
「ひゃい!? あ、えと……どうしました?」
「その、冑を外さないの? もう着けてる理由無いよね?」
「えっ!? あっ、その……は、外す理由も……無いですよね?」
「そうだけど……僕は君の顔が見れなくて寂しいかな」
「っ!?」
半分本音を言ってみる
「その……見、見たいですか?」
「まあ、うん見たい」
僕がそう言うと、彼女は冑を外した……
蒸れて暑かったのか、顔は耳まで真っ赤だ
無理しないで良いのに……
「やっぱりその方が落ち着くね」
「そ、そうですか?」
さて、テリアンヌの方は一応何とかなった
問題は…………
「……………………」
マーレスの殺気が強くなってる!?
駄目だ、これは今はどうしようもないやつだ!
僕は早くオーシャンに着いてくれと願いながら、馬を走らせた
・・・・・・・
数時間後、漸く帰ってこれた
城に戻ると、丁度レリスと会った
「アルス様、お帰りなさいませ」
「うん、ただいまレリス……皆は?」
「カイト様は執務室で仕事をしています、ミルム様は2時間ほど前に出掛けられました……今日は任されている村にそのまま泊まるそうです」
「ミルムも頑張ってるみたいだね」
思えば、最近は遊ぶよりも働いてる姿を見る方が多い気がする……嵐の日は羽目を外していたけど……
「ティンク様は今は中庭で花の手入れをしている頃でしょう、他の将達は訓練などいつも通りに過ごしていますよ」
「そっか、変わりないなら良かったよ……じゃあ僕は先にレイミルの所に行くかな」
「わかりました、カイト様へは私から伝えておきましょう」
「ありがとう、頼むよ」
僕は医務室に向かう
そして、医務室で薬を作っていたレイミルに診察を頼む
「……外傷は癒えてますね」
そう言って、レイミルは僕の身体を診る
上半身を裸にしてる僕の身体を眺めて……
「少し触れますよ」
撫でるように身体に触れる
暫く触れた後に、身体の一部をトントンっと軽く指で叩く
「痛みは無いですね?」
「うん、全く」
「触られた感触は感じましたか?」
「少しくすぐったいかな」
「……ふむ、治っている? 妙ですね」
「えっ? 何かおかしいの?」
「早すぎます……私の診断が間違っていた……っと言われたらそこまでの話ですが……」
そう言うとレイミルは考え込む
「……まるで、生命力を前借りしてるような…………」
「そんなのあるわけないって……僕は元々、傷の治りが早いのは知ってるでしょ?」
「そう、ですね……しかし、アルス様……出来れば大きな怪我はこれからは負わないように気を付けてください」
「それは、出来る限りは気を付けるけど……軍人にそれは難しいんじゃない?」
「ええ、難しいですが気を付けてください……もし、何かしらの異変があったら、直ぐに私かカイト様に伝えてください」
「…………わ、わかったよ」
大袈裟だな……
「結局、完治してるって事で良いの?」
「はい、明日から普通にしてても構いません……ですが、訓練への復帰はまだ駄目ですよ?」
「治ったのに?」
「軽い運動から始めて、体力を取り戻すことからです」
「わかったよ……じゃあ僕は行くね?」
僕は服を着て、医務室を出た
「……私の気のせいだと、良いのですがね」
レイミルがそう呟くのが聞こえたのだった
・・・・・・・・・
さてと……今からどうするかな……
あ、そうだ、皆に土産でも配るかな?
「んっ?」
窓から城門の方を見ると、シャンバルの姿が見えた
「シャンバル、来てたのか……」
いつも、大量の商品を積んだ馬車を城門の側に停めてるのに
今回は停めてないから気づかなかった
「まぁいいや、たまにはそんなこともあるでしょ」
あ、もしかして、商館を兄さんから買ったのかな?
そろそろ、費用が貯まりそうとか言ってた気がするし
「取り敢えず、土産を配るか……この時間なら……」
僕は先ずは食堂に向かう
パルンで買った塩を料理長であるミントに渡し
菓子類を食堂に置かしてもらった……ご自由にお食べくださいってやつだね
これで、食堂を理由する兵士達に行き渡ると思うし
「レムレ達はまだ訓練だよな……」
それじゃあ次は……
・・・・・・・
「あっ、アルス君、帰ってきたんですね」
「うんさっきね……」
そう答えて、僕は目の前の女性、義姉のティンクさんを見る
「何してるの?」
「庭いじりです!」
そう言って微笑むティンクさん
動きやすそうな格好で土まみれになってる彼女……
「最近始めたとは聞いていたけど……結構のめりこんでるね」
「はい! 楽しいですよ♪」
「それじゃあこれは丁度いいかな?」
そう言って、僕はティンクさんに苗を渡す
テリアンヌからお勧めされた物だ
「わぁ! 丁度新しい苗が欲しかったんですよ! ありがとうございます!」
「それは良かった、テリアンヌも一緒に選んでくれたから、彼女にもよろしく言っといてよ」
そう言って僕は、少し離れた所で斧の手入れをしているルミルの側に向かう
「ルミルは斧の手入れ?」
「はい、本当はティンク様の側にいる方が良いんでしょうけど……作業の邪魔になりそうなので……」
そう言ってルミルは苦笑する
「でも、手伝える時は手伝ってるんでしょ? テリアンヌから聞いてるよ?」
「それも私の役目ですからね」
ルミルは斧の手入れを終えたのか、斧を仕舞う
「遅れましたが……アルス様、お帰りなさいませ」
「うん、ただいま」
綺麗な礼をする彼女を見て、僕はほっとする
「あ、そうそう、これお土産」
「これは……髪留めですか?」
「うん、なんか最近、レムレと間違えられるのが悩みって聞いたから……ちょっとした事だけど、これで間違えられなくなるかなって……」
「……ありがとうございます」
ルミルは嬉しそうに微笑み、早速髪留めをつけてくれた
「うん、似合ってるよ」
「ふふふ♪」
・・・・・・・・
僕は中庭を後にする
次はどこに行こうか……そろそろ兄さんの仕事も終わったかな?
「よっ、色男」
曲がり角を曲がった先で、マーレスが壁に持たれながら立っていた
「いきなり何言ってんの?」
「いや、土産で女性の好感度を上げてるのを見てな」
「やましいことは何もしてないけど? ティンクさんは義姉だし、ルミルは子供の時からの友人だよ」
「そうかい、端から見たら、そんな風には見えなかったからな」
「そんな風に思ってるからじゃないの?」
「かもな、でもそれなら気を付けろよ? 俺とかだから冗談でこんな事を言ったが、隙を狙ってる貴族連中なら、お前とカイトを仲違いさせる為に無茶苦茶な噂を広め出すぞ」
「兄さんはそんな噂信じないよ」
「他の奴らは? ある程度付き合いがある連中なら、そんな噂を鼻で笑うが……新兵とか、あとは……ライアンやメイリーみたいな新入りとかは?」
「…………」
僕はただ、土産を渡しただけなのに……
「今、何でこんな事を言われなきゃいけないんだって思ったろ?」
「思ったよ……」
「お前はそういうのを警戒しなきゃいけない立場だって自覚しろって事だ」
「…………」
「領主の弟、跡継ぎの居ない今なら、カイトに何かあったら、お前が次の領主になるんだ……お前は隙だらけなんだよ」
「なんだよ……それ……立場なら理解してる、だから僕は……」
「カイトの為に命をかけるお前が? 俺には理解してるようには見えないな」
「っ!!」
お前に何がわかるんだよ!!
「お前に何がわかるんだよって顔だな、まあ、お前の事は確かに俺にはわからんよ……でもな、領主……主って立場がどれほど重要かは知っている……その後継者の存在の重要性もな」
「…………」
「これ以上は、俺が言っても……お前は理解できないだろうなぁ」
そう言うとマーレスの姿が消えた
「…………なんなんだよ」
何が言いたいんだよ!!
・・・・・・・
マーレスのせいで、頭がごちゃごちゃしてきた
兄さんに会いたい……そう思って、兄さんの執務室に向かう
執務室の前に居る、護衛の兵士達が僕に敬礼する
僕も礼を返してから、執務室の扉をノックする
「どうぞ!」
兄さんの声
「失礼します」
僕は執務室に入る
「ただいま、兄さん」
「おお、アルス、帰ってきたか! お帰り!」
兄さんは僕に微笑んでから、書類に視線を戻した……忙しそうだ
やっぱり、邪魔しちゃ悪いよね……お土産はヤンユに頼んで渡して貰うかな……
「どうしたんだ? そんな顔して」
兄さんが書類を机に置いて、僕を見る
「えっ?」
「何か悩んでるみたいな顔してるぞ?」
「そんなに顔に出てる?」
「ああ、お前は子供の頃から、顔に出やすいぞ」
「…………」
そうだったの?
そういえば、昔、レムレにも悩んでるのを見抜かれていたなぁ
「……ふぅ、よし! アルス!」
「んっ? なに?」
「身体の方はもう大丈夫か?」
「うん、レイミルから完治したって診断されたよ」
「なら、俺と模擬戦するか!」
「……へっ!?」
・・・・・・・・
そのまま、訓練場に僕と兄さんの2人で来た
兄さんは僕に木剣を渡す
「思えば、最近は全くやらなかったから」
兄さんが木剣を構える
「兄さん、大丈夫なの?」
僕が兄さんに負けるとは思わないけど……
「アルス、俺はオルベリンに勝った男だぞ?」
……オルベリンとの最後の模擬戦の話は聞いていたけど
「わかったよ……」
僕は木剣を構える
「いくぞ!」
兄さんが突っ込んでくる……動きは、昔と比べたら、だいぶ良くなってる
無駄も少ないし、力が弱い分、勢いをしっかりと利用しているのがわかる……
でも!
カァン!!
「軽いし、遅いよ!」
バキッ!
「いってぇ!?」
僕は兄さんの木剣を受け流して、そのまま左の脇腹を木剣で殴る
「くっ! なんの!」
兄さんが木剣を、左から右に振る
「単調だって!」
僕は踏み込んで体勢を低くする、木剣が頭上を過ぎる
そして、そのまま僕は兄さんに突っ込み、左の脇を狙って木剣を振る
バキッ!
「ぐぅ!? なんの!!」
その後も、兄さんの木剣を僕は防いで、何度も殴った……
「兄さん、昔よりだいぶ頑丈になったね」
「まぁ、な……」
ボコボコになった兄さん
……これ、やりすぎちゃったよね
だけど……兄さんの眼から闘志が消えていない
「うおおおおお!!」
兄さんがまた突っ込んでくる……
上段に振りかぶってるから、胴ががら空きだ
僕は右から左に、兄さんの脇腹を狙って木剣を振る
バキッ!
完璧に決まった……が
ガシッ!
「えっ!?」
兄さんが左腕を木剣から離して、僕の木剣を掴んだ
「そりゃ!!」
そして、兄さんの木剣が、僕の左の首筋に触れる所で、止まった
「…………これ、決まっただろ?」
「その前に、兄さんはバラバラになってると思うけど?」
「良いんだよ、実際にはバラバラになってないんだから」
「えぇ……」
「模擬戦だからな、流石に戦ではこんな事しないさ、命が大事だからな」
「まあ、木剣で死ぬことは無いと思うけど……そのわりに、何で僕には寸止めなの?」
「そりゃあ、アルスは病み上がりだしな……治ってても、万が一があったら嫌だろ? 1度しか無い命……大事にしないとな!」
「!!」
…………
「兄さん、僕が死んだら……悲しい?」
「当たり前だろ? お前が死んだって聞かされた時は……本当にヤバかったんだぞ? もう立ち直れないかもしれないくらいだった」
「…………」
「ミルムも笑わなくなったし、皆暗い顔になってた……だから、お前が生きてて、帰ってきて……どれだけ嬉しかったか……」
「……そっか」
…………やっぱり兄さんは凄いな
それに、強い
「兄さん、僕は、これからは自分の身を優先しても良いのかな?」
「? なにいってるんだ? そんなの当たり前だろ? そりゃあ、状況によるかもしれないが……基本は自分自身を優先して良いんだぞ? お前だけじゃない、他の皆もだ」
「……うん、そうだね」
なんだろう、そう聞かされたら、身体が一気に軽くなった気がする
今まで、悩んでたのが嘘みたいな気分だ
「……アルス?」
「兄さん、ごめん、片付けお願いして良い?」
「? 別に構わないが?」
「ありがとう! あと、ちゃんとレイミルに診てもらってね!!」
僕は兄さんに木剣を渡して、訓練場を後にする
ーーーカイト視点ーーー
「…………?」
アルスが何か悩んでるみたいだったから、話の切っ掛けにしようと模擬戦をしたんだが……
なんか解決したっぽいな……スッキリした顔してたぞ
「そういえば、アルスに雑用を任されたのは初めてだな……」
…………少し、嬉しいかな
今まで、微妙にあった壁が無くなったような感じがする
・・・・・・・・
ーーーアルス視点ーーー
僕は馬に乗り、オーシャンの都から出る
目的地は近くにある森
そこにある、大きな木の前で、僕は馬から降りた
「…………よし!」
なんだろう、言葉じゃ上手く表せないけど……今なら……出来る気がする
身体中に力が溢れてる感じがする!!
「ふぅぅぅぅ……」
僕は居合の構えをとる
そして、スーから貰ったチヌラシを……
ヒュン!
抜いた
ズズズ……
そして斬った
ズズン!
目の前の木を、横に斬った
斬れた、太い木を、容易く……
「っっっしゃあ!!」
嬉しくって、手を高く掲げた
今は木だけど、次は岩を……そして鉄も斬ってみせる!!
「アルス君!! いきなり飛び出してどうしたんですか!?」
テリアンヌが馬に乗ってやって来た
そして馬から降りて駆け寄ってきた
「様子がおかしいから心配して……何ですかこの木は? 何で斬れてるんです?」
「僕が斬ったんだよ! 刀で!」
「へっ? アルス君が?」
「うん! 僕が! 出来たんだよ!!」
「うひゃう!?」
「まだまだ先は長いけど! やっと踏み出せたんだ!! これから僕はもっと強くなる!」
「わ、わかりました! わかりましたから!」
「誰よりも強くなって! いつかオルベリンも越えてみせるよ!!」
「嬉しいのはわかりましたから! そろそろ離してください! 私の心臓がもちません!!」
「へっ? ……あっ」
僕は今の状況を理解する
嬉しさのあまり、テリアンヌをおもいっきり抱き締めてた
テリアンヌは恥ずかしいのか真っ赤だ……
「ごめん、テンションが上がりすぎた」
「本当に気を付けてください……マーレス兄様が見てたら……多分斬りかかってましたよ」
「はは、そうだね……気を付けるよ」
僕はチヌラシを鞘に納める
「それにしても、凄い斬れ味ですね、断面がツルツルしてます」
「そういえば、国宝って言ってたっけ……この刀のお蔭ってのが大きいのかな……」
うーん、前から使ってる刀でも今度試してみるかな
もし出来なかったら……
暫くの目標は、その刀で木を斬れるようになる……かな?
「この木は後で大工の方達に回収して利用して貰いましょう」
テリアンヌはそう言うと馬に跨がる
「アルス君、帰りましょう、もう夕方ですよ?」
「そうだね、帰ろうか」
僕も馬に跨がる
そしてテリアンヌと並走しながら、都に向かった
…………勢いとはいえ、抱き締めちゃったなぁ
あれ? なんか、顔が熱いような…………
都に帰ったら、マーレスに捕まって色々としつこく聞かれた……