第237話 サタヌルスにて……
ーーーサタヌルスーーー
西方の領の1つであるサタヌルス
ある者はここを『解放の領』と呼ぶ
また、ある者は『歌の領』と呼ぶ
更にある者は『芸術の領』と呼ぶ
サタヌルスは毎月、何かしらの催しをしている
芸術家が作品を御披露目し、気に入った者達が金で競い、落とす
オークションを催していたり
領全体で、大規模な音楽祭を開催したり
住んでる民達が常に笑っている用な所だ
故に、『解放の領』
そんな、サタヌルスの領主である『カンルス・サタヌルス』はと言うと……
「そして、オーシャンの将ヘルドは! 片腕を失くし、片眼を失いながらも! あのカルストに挑んだのです!!」
「……ふふ」
城下街の酒場で、他の客に饒舌に語る『ケイロス』の話に耳を傾けながら、酒を飲んでいた
「カルストってあれだろ? シルテンの『剛腕』だろ?」
客の1人がケイロスに言う
「そう! 2本の長斧を振るう、あの剛腕です! 噂通り……速く! 鋭く! 美しかった……」
ケイロスはワインを飲む
「しかし、私はカルスト殿よりも……あのヘルドに見惚れていました……血塗れで、泥にもまみれ、醜い筈の彼の姿が……私には美しく見えたのです!」
酒場の店主が、ワインをグラスに注ぐ
「燃えるような闘志……挫けない心……勝てないとわかっても挑む心意気!! 私は思わず震えてしまいましたよ!」
ウットリとした表情で語るケイロス
カンルスは(よっぽど気に入ったんだな)っと思いながら、思い出す
自分がまだ領主を継ぐ前、兵士として暮らしていた時
西方同盟の集まりで、カルストと会った事を……
(あの時は、この男だけは敵にしてはいけないと思ったなぁ……)
鍛えられた身体
刺す様な視線
そして、押し潰されそうな圧
もし、敵として戦場で会っていたら、漏らしていたかもしれない
そんなカルストに、ヘルドと言う男は挑んだのだ
死に体でありながら、挑んだのだ……
(カイト・オーシャン……彼にはそれだけの魅力があるって事だろうか?)
カンルスは炒められた豆をつまむ
(歳は……20から21くらいか? 全く、パルシットといい、最近の若者は怖いなぁ……)
「そして戻ってきたカイト・オーシャン! 彼はヘルドの死を理解すると叫んだのです!! 奴を殺せと!!」
いつの間にかケイロスの話も終盤だった
「さて、そろそろ戻るかな……」
「おや? カンルス様……帰られるのですか?」
「ああ、明日も仕事だからね、君もあまり遅くなるんじゃないよ?」
「ええ、わかっています」
カンルスは店主に代金を払う
自分の分と、ついでに酒場の客、全員分の代金を
そして店を出た
店を出ると、あちこちから音楽が聴こえてくる
様々な店が、客寄せに演奏をしているのだ
「…………」
カンルスから見て、左に行けば広場がある
そこには、様々な踊りを踊る人達が居る
情熱的に踊る者
色気を振り撒くように踊る者
社交界のパーティーの様に踊る者
様々な踊りだ
「観に行きたいが……そうしたら遅くなってしまうからなぁ」
カンルスは残念そうに右の道を歩く
歩きながら、すれ違う人達を見る
誰もがご機嫌だ
「♪」
鼻唄を歌いながら歩く者
店から聴こえる音楽に合わせて踊る者
犬や猫すら、尻尾を振り回してご機嫌だ
カンルスの存在に気付いた者は、楽しそうに挨拶をする
中にはハグを求める者も居た
カンルスはそれを受け入れる
ギュッと力強く抱き締め、お互いに頬にキスをして別れる
老若男女全てにだ
いつしかカンルスも、クルリと回ったりしながら歩いていた
そして、ある路地に入る
その瞬間にカンルスの表情が、真剣な表情に変わる
「……シャドウ」
「お呼びで?」
カンルスが名を呼ぶと、不気味な男が現れた
骸骨を被り、左腕は義手の男だ
「カイト・オーシャンに接触してくれ」
カンルスがシャドウを見ながら言う
「ふむ……暗殺ですか?」
「いや、殺してはいけない、ただ少し脅してみてくれ、そしてどんな反応をするのか、どんな発言をするのか……それを聴かせてくれ」
「わかりました……では」
シャドウが姿を消した
「…………」
カンルスはシャドウが居た場所を見る
数年前、『マールマール』が滅んだ時に接触してきた組織
カンルスは組織と契約した
サタヌルスを護るために……
「さてと、帰るかな」
カンルスは路地から出て、朗らかに笑いながら、帰路についたのだった