第234話 シルテンにて……
オーシャンに嵐がやって来ている頃
西方の領の1つであるシルテンでは……
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ーーーシルテン城ーーー
1人のメイドが台車を押しながら、廊下を歩いていた
台車にはカップとポット、そしてコーヒーミル等の道具が置いてある
他にあるのはお茶菓子のクッキーくらいだろう
それをメイドは運んでいた
そして、1つの部屋の前に辿り着く
コンコン
メイドは扉をノックする
「失礼しますパルシット様、コーヒーをお持ちしました」
メイドが言うと
『開いてるよー』
部屋の中から幼い声が聞こえてきた
「失礼します」
メイドが部家に入る
そして、目の前で机に向かっている主人を見る
「…………」
ふと、メイドが視線を動かす
目の前には主人であるパルシットが居る
そこから左に視線を移す
そこには女の子が居た、白髪で、紅い眼をしていた
女の子は夢中で紙に何かを書いている
更に視線を左へ、メイドから見て左手側に、2人の兵士が居た
1人は奇妙な鎧を着ていた
両腕の下に大きめの穴が開いていた、脇腹ががら空きである……鎧を着ている意味がなさそうである
更にもう1人、鎧の兵士の反対側に座ってる兵士だ
彼は鎧の兵士と違って、鎧は着てなかった
しかし、冑をずっとつけていた
メイドは (何故?)っと疑問に思いながらもコーヒーを淹れていく
少ししてから、コーヒーを淹れ終わる、カップに注ぎ、先輩メイドから教わった分量だけ、ミルクと砂糖を入れて混ぜた
「お待たせいたしました……」
「ありがとう」
パルシットの前にコーヒーとお茶菓子を置く
パルシットはコーヒーを一口飲む
「うん、美味しいよ」
そう言ってメイドに微笑む
まだ11歳程の少年である、幼さを感じる微笑み
メイドは母性を刺激される
「あ、そうだ、クッキーを何枚かあげるよ!」
パルシットはそう言って、数枚のクッキーを手に取る
そして、メイドに「あーん♪」っと言いながら1枚を人差し指と中指で挟んで差し出す
残りは薬指で掌に押さえ込んでいる
「えっと……い、いただきます」
メイドは少し戸惑いながらも、折角の好意なのだからと、クッキーをあーんされる
「んっ! 美味しいです!」
クッキーを食べて、甘さに眼を輝かせ、飲み込んでから感想を言う
そして、パルシットから差し出された数枚のクッキーを、受け取る
「では、後で取りに来ますので、飲み終えましたらベルを鳴らしてください」
「うん!」
メイドは台車を押しながら、部屋を出る
(良いところに就職出来たなぁ)なんて思いながら、メイドは廊下を歩くのだった
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ーーーパルシット視点ーーー
新人のメイドが執務室から出ていった
そして、気配が完全に離れたのを確認してから……
「毒も無さそうだし、皆で食べよっか?」
「やったぜ!」
僕がそう言うと、冑を被った男、『カンルンル』が嬉しそうにする
「にしても、パルシット様の演技は面白いですね、笑いそうになりましたよ」
鎧を着こんだ男『ターレック』がニヤニヤしながら言った
「僕はまだ子供だからね、使えるものは全部使うよ?」
僕はコーヒーを飲む、目の前で淹れさせたから、毒が入ってる心配はない
念のため、机の中に複数の解毒剤も入れてるし……
「パルシット様……出来ました……」
白髪の女の子、『ミーファ』が紙を差し出す
「じゃあ見てみようか……うん、だいぶ出来るようになってきたね」
僕はミーファの頭を撫でる
ミーファは嬉しそうに撫でられる
……ミーファの方が1つ上なんだけどね
「あ、ターレック、『ゴルンガ』の様子は?」
僕は1人の男の名前を出す
「この間のオーシャンとの戦に出れなかったのを、まだいじけてますよ」
「やっぱり? うーん、今度、僕が直接会うしかないかな……」
カンルンル
ターレック
ゴルンガ
そしてカルスト
この4人は僕の親衛隊だ、カルストが隊長を務めてる
ミーファはまだ成人してないから、親衛隊見習いだ
この5人……この5人だけが、僕が信用できると思ってる人間だ
他の奴は信用できない、信用してない
「美味い!」
カンルンルが冑の下で、クッキーを食べながら叫ぶ
もう少し静かにしてほしいな……
僕はそう思いながらコーヒーを飲み干す
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ーーーカルスト視点ーーー
「……暇だ」
私は読んでいた本を閉じる
パルシット様に謹慎という名の療養を言い渡され
暇をもて余していた
「…………」
私は左肩を見る
そして医者の言葉を思い出す
『これは、治りませんね……傷は塞がりますが、違和感は残るでしょう』
『そうか……慣れるしかないか』
『貴方がこんな傷をつけられるとは……相手は強敵だったのですね』
『…………』
「ああ、強かった……」
私はヘルドとの一戦を思い出す
ヘルドが放った最後の一撃
私の首を狙った一撃
咄嗟に反応していなければ……貫かれたのは喉元だった
左肩を犠牲にしなくては、勝てないと感じた
「あれほどの忠誠心を持った者は、久し振りに見たな」
まあ、私もパルシット様への忠心なら負けないが……
コンコン
「開いている」
そう思っていたら扉をノックする音
返事をすると、扉が開く
「来ちゃった♪」
そこにはパルシット様が立っていた
イタズラした子供みたいな笑顔だ
……何をしているのだこの方は?
「パルシット様、せめて護衛はつけてください」
「屋敷の前までは連れてきたよ、カンルンルとターレック」
「あの2人か……」
「それで、怪我の調子は?」
私は医者に言われた事を伝える
「そっか、なら傷が塞がったら復帰って事にしようか」
「はっ、そうさせていただきます」
私は跪いて答える
「ねえカルスト、今は2人っきりなんだからさ、昔みたいに振る舞ってよ……」
「……甘えたいのですか?」
「うん、抱っこして」
やれやれ、この方は……
まあまだ子供なのだから、仕方無いか
普段から大人っぽく振る舞おうとするから、ストレスも溜まってるのだろう……
私はパルシット様を抱き上げて、くるくると回る
「♪」
楽しそうなパルシット様
……本当なら、彼は領主なぞにならずに、普通の子供として生きる筈だったのに
『カルスト……僕はやるよ……シルテンを変えてやる』
あの時の事を思い出す
パルシット様が……ただの子供から変わった瞬間を……
私が……護らなくてはな……