第227話 西方からの脱出 4
「…………」
「…………」
御互いの得物を構えながら睨みあうゲルドとカルスト
「はぁ!」
カルストが距離を詰めて右手の長斧を振るう
「ふっ!」
カッ!
ゲルドは槍の太刀打で長斧を受け止めた
……受け止めた!?
そしてカルストはひだりての長斧を振るうと
ゲルドはカルストの右手の長斧を弾いて、槍の石突で長斧を受け止めた
そして弾く
カルストが後ろに跳んで距離を離す
カルストが着地する瞬間にゲルドの突きが放たれる
心臓を狙った突きだが、カルストは着地する時にそのままの勢いで後ろに転がり、突きを回避する
「……ふむ、もう少し試してみるか」
ゲルドはそう言うと一気に突っ込み、槍を振るう
カルストはゲルドの槍を紙一重で避ける
そして距離を詰めて左足で蹴りを放つ
ゴスッ!
「ふん!」
ゲルドは蹴りを胸元に受けるが、全く効いていない
逆にその衝撃を利用して後退した
「成る程、左腕……いや、肩か?」
ゲルドはそう呟くと……
「シャルス! アルス様を抱えて下がれ!」
「おうさ!」
シャルスが僕を抱き上げる
そして後ろにさがる
その瞬間、ゲルドとカルストがまたぶつかり合う
御互いの得物から火花を散らしながら、2人は戦う
一瞬で行われる猛攻
瞬きをする間に状況がドンドン変わる
ゲルドが優勢だったり
カルストが優勢だったり
御互いに距離を離して、1度呼吸をして、またぶつかったり
ゲルドが強いのは知っていたが、ここまでとは思ってなかった
そしてカルストもやはり強い
僕とシャルスを相手にしてた時は、手加減してたんだ
僕とは強さの次元が違う
僕だって、強くなったんだと思ってた
兄さんを守れるんだって……
オーシャンを守れるんだって……
でも違った……
僕は未だに守られる側だったんだ
「……ちくしょう」
涙が流れる
悲しい、てのもあるけど……それ以上に悔しい
悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて
何で、僕は今こうしている?
何で、見ているだけしか出来ない!!
何で、僕は戦えていない!
くそっ! くそっ!
「アルス、今は見てろ、悔しくても……今はただ見てろ」
シャルスが僕に言った
見上げるとシャルスも泣いていた
でも、ゲルドとカルストの戦いを見ていた
「……わかってる」
僕も2人を見る
少しでも、技を盗む為に
「はぁ!」
「ふん!」
カルストの長斧を同時に受け止めたゲルド
そして、ゲルドは槍を振るい、カルストの長斧を弾く
「ぬっ!」
やっと、やっとカルストに隙が出来た
ゲルドは槍を振るう
ビリッ!
カルストは身体を反らして槍を避けるが、避けきれずに服の左肩部分が破ける
「!?」
僕はカルストの露出した左肩を見て驚く
カルストの左肩は出血していた、巻かれた包帯が真っ赤になるほどに
「やはり負傷していたか、どうする? その状態で小生に勝てると思ってるのか?」
「この程度の不利で、お前に負けるとは思わんが?」
「だろうな、だが、無事に勝てるとも思うまい?」
ゲルドがそう言うと、カルストは一瞬、僕達を見る
「……そうだな、私の死地はここではない、今回は見逃すとしよう、アルス・オーシャンが生きているという事実さえあれば充分だ……」
そう言うとカルストは長斧を仕舞う
ゲルドも槍を仕舞った
そして、カルストは指笛を吹く
すると、馬がやって来た
カルストは馬に跨がると
「次は決着をつけよう!」
そう言って去っていった
「……ふぅ、アルス様、もう大丈夫です……傷を見せてください」
ゲルドは僕を見ながら微笑んだ
・・・・・・・・・
「あの崖を降りてきたのか?」
シャルスが聞く
「あぁ、そして、あの死体を見つけたが、アルス様の刀を差してなかったからな、シャルスも姿が無いから偽の死体と判断して、ずっと2人を探していた」
ゲルドは僕を担ぎながら話す
「それで、漸く痕跡を見つけて、辿って追い掛けた訳だ、上手く消していたから探すのに苦労したぞ」
ふふふとゲルドは笑う
「それでも見つけられた……消しかたが甘かった証拠だろ」
シャルスは言う
「多分、カルストもそれであそこに来たのかもしれない……もっと上手く消す方法を考えておくか」
シャルスは悔しそうだ
「まあ、それは後の課題として……よし、これで国境を越えた! もう西方も追い掛けては来れないな!」
「ふぅ……」
「助かった……」
僕達は漸く、気を抜けた
国境を越えたら、西方も大胆には行動できない
特にデルトは中立都市だ、無闇に軍を入れたら問題になる
兄さんがやったように、形だけでも使者を出さないといけないからね
「このままデルトに入りましょう、そこで宿をとり……アルス様は1度医者に診せましょう」
こうして僕達は西方を脱出し、デルトに行ったのだった
・・・・・・・
夕方にデルトに到着した僕達
僕は医者の治療を受けるが、本格的な治療は無理だった
そこまでのお金は手元に無かったからね
かなり重傷だから、出来る限り早めに治療を受けるように警告されて、傷薬を貰った
そして宿屋に行き、部屋に案内されて、漸く安心できる夜を迎えられた
「あとは馬を1頭買って、オーシャンを目指しましょう、馬さえあれば、数日以内には辿りつくでしょう」
「オイラは走るから問題ないな!」
シャルスは風呂上がりの身体を拭きながら言う
「食料も道中で手に入れた分を見ると充分ですね」
「あ、僕は調味料が欲しい」
「なら、明日、発つ前に買っておきましょう」
そんな風に話していたら、シャルスが思い出した様に言う
「あ、そう言えば西方がオーシャンに軍を出したってさ」
「!?」
僕はシャルスを見る
「な、それはいつ!?」
今の話し!?
オーシャンに攻めてきてたのか!?
「結構前らしいぞ? なんか撃退したらしくて、西方の軍はボロボロだったってさ」
「そ、そっか、良かった……」
あ、焦った……
もう撃退してたのか、だからシャルスは落ち着いていたのか
「どうやら、カイト様は何とかなってる様ですね、敗戦で凹んでるかとも思いましたが」
「兄さんは強いからね」
心が!!
・・・・・・・・
翌日、僕達はデルトを発ってオーシャンを目指す
西方の追手も無く、賊の襲撃も無く
呆気ないくらい、オーシャンへの国境を越えて、イーリアス盆地を通る
「なんだこりゃ? 前はもっと木があったよな?」
シャルスが言う
「確かね……何があったんだ?」
イーリアス盆地は更地みたいになっていた
山は所々はげてるし、盆地自体も何か泥が乾いた様な感じになってて……
「まるで洪水があったような感じですね」
ゲルドがそう言うと馬を走らせる
「……」
ここらへんに確か村があったよね?
大丈夫かな?
イーリアス盆地を抜けて、野営をして
翌日、漸く、オーシャンの都が見えた
やっと、帰ってこれた
ドンドン近くなる都
「あれ? あれ、兄さんの馬車じゃない?」
「ですね、護衛もつけていますし、間違いないかと」
兄さんの馬車が都に入るところが見えた
後を追うように僕達も都に入る
兵士達が僕達を見て驚く、シャルスが簡単に説明する
僕とゲルドは馬を降りる、すると……
「アルス? アルスか!?」
ユリウスが声を掛けてきた
「よっ! ユリウス! 何とか帰ってきたよ!」
「お前! 生きてたなら手紙でも出せや!!」
「どうやって!?」
「アルス様!?」
「やぁレムレ! 久し振り!」
レムレの次はルミルとティール、そしてテリアンヌが声を掛けてきた
僕は皆と話しながら前を見ると、少し進んだ先に兄さんの背中が見えた
「ちょっと待って、詳しくは後で話すから!」
僕は待ちきれずに走り出す
兄さんの側に向かう
ティンクさんが僕に気付く
次にレリスが僕に気付く
そして、僕は
「兄さん!!」
兄さんを大きな声で呼んだ
・・・・・・・・
ーーーカイト視点ーーー
「そんな訳で、何とか無事に帰ってこれたんだ」
アルスの話が終わる
ジャックスに助けられて、夜のうちに移動して
カルストの襲撃をゲルドが撃退して
そして帰ってきた
「そうか……」
俺はアルスの頭を撫でる
「大変だったな、よく、帰ってきてくれた」
「う、うん……」
アルスは照れくさそうだ
「よし、アルスは完治するまで休んでおくんだぞ? レイミルが許可を出し次第、皆に伝えるから……そうしたら暫く五月蝿くなるぞ?」
「うん、予想は出来てるよ、取り敢えずミルムは抱き付くのを止めさせてね、もう子供じゃないんだから、あの突撃は死ねる……昔みたいに頭に飛び付かれたら、首が折れるよ」
「ははは、言っておくが、期待するなよ?」
俺はライアン達を連れて医務室から出た
・・・・・・・・
ーーーシルテンーーー
「へぇ、アルス・オーシャンが生きていたのか」
パルシットはカルストからの報告を聞きながら、書類を纏める
「はい、捕らえきれず、申し訳ありません」
カルストは頭を下げる
「気にしなくていいよ、元々死んだと思ってたんだし、生きてたって事実が知れたんだから充分だよ、それよりも……僕は勝手に行動した方を怒ってるよ」
「申し訳ありません」
「ダメ、許さない、謹慎処分ね、傷が塞がるまで城に来るの禁止」
謹慎とは言っているが、要するに治療に専念しろっとパルシットは言っている
「はっ!」
カルストは礼をするとパルシットの執務室から出ていった
「…………それにしても、珍しいなぁ、カルストがあそこまで熱くなるなんて」
パルシットはミルクと砂糖がたっぷり入った珈琲を飲むのだった
・・・・・・・・
ーーーカイト視点ーーー
「それでは明日からは」
「ああ、校舎の確認だな」
俺はレリスと明日の確認をしてから部屋に戻る
ミルムも落ち着いたのか、早くアルスに会いたいと言っていた
俺はもう少し待つ事と、抱き付くのは止めとくように伝えた
「ふぅ……」
「お疲れ様です、カイトさん」
部屋に着いて、椅子に座るとティンクが水をコップに注いでくれた
「ありがとう……」
俺は水を飲む
やっと、本当に落ち着けた気がする
西方に挑んでから……色々ありすぎたな
大事なものを失い
新たなものを得て
それでも、俺は進まないと行けない
「ティンク……」
「どうしました?」
「その、なんだ……これからもよろしく」
「本当にどうしたんですか? いきなり」
「いや、なんか伝えたくてさ……それだけ」
「…………」
ティンクが俺の膝の上に座る
そして俺に寄りかかってくる
俺はティンクを抱き締める
「あの時も言いましたが、わたしは何があっても傍に居ますから……」
「あぁ、傍に居てくれ……」
そう言ってキスをする
長く長く……
あ、駄目だ、最近ご無沙汰してたからか我慢できそうにない
「カイトさん……あの、せめてベッドに……」
「悪い、抑えきれない」
「もう、元気を取り戻してくれたのは良いですけど……」
「わかってる、今回だけ」
「はい、そうしてください」
こうして、久し振りに眠らない夜を過ごしたのだった
西方進攻編 完