第226話 西方からの脱出 3
夜になると木から降りてオーシャンを目指す
日が昇り始めたら、また身を隠せそうな所で隠れる
洞窟だったり、森の茂みの中だったり
その間に道中で手に入れた木の実を食べる
たまにシャルスが捕まえた兎等の獣を明るいうちに焼いておいて食べる
「本当に何から何まで任せて良かったのか?」
僕はシャルスに聞く
「良いって、まだ本調子じゃないんだろ? それに焼いてる間はアルスから離れなきゃいけないから、そっちの方が危ないだろ?」
そう、肉を焼くには火がいる
そうしたらどうしても煙などが出るわけで……シャルスは僕から離れて、1人で肉を焼いてくる
理由は、煙や火を見て、人がやってきたら直ぐに身を隠すためだ
見に来た人は焚き火と肉を見て、誰かがその場に居たのはわかるが、それがシャルスだとはわからない、旅人か何かだと思うはずだ
そのまま離れてくれたら良いが、肉が奪われたら仕方ない
僕とシャルスの存在がバレる方が問題だからね
そうやって食料を確保しながら僕達は進んでいた
朝を向かえた回数で日数を計算する
30回を向かえた頃だ
「そろそろ国境付近に着かないかな?」
「まだだと思うぞ? 夜の間しか進めてないし」
そうだよね、思うようにいかないよね
「多少なら無理も出来るくらいには回復したと思うし……そろそろ日中も進んでみない?」
僕はシャルスに提案する
「止めとこうぜ、アルスはともかく、オイラは目立つからさ」
「……そっか」
そう言えば僕は慣れていたけど、シャルスみたいな獣人はここだと珍しいんだった……
シャルスを見た人が騒いだら面倒だよな……
「今は慎重に進むべきだ、だからアルスも無茶はするなよ?」
「わかったよ……」
ここまで上手く進んできたんだし、大人しくシャルスの言うことをきいておこう
・・・・・・・・・
それから更に10日後
「やっとここまで来れたな」
「だね」
僕とシャルスは森の中から村を確認する
『ルヌス村』
僕の記憶が間違ってないなら、国境から1番近い村だったはず
つまり、漸く西方を抜けれるんだ
西方を抜けて、中央都市デルトまでたどり着けたら、もう隠れながら進む必要は無い
日中も堂々と移動できるし、なんだったらデルトで馬を手に入れても良い
そうしたらオーシャンまでは直ぐに帰れる!
「西方からの追手が全然無かったな」
「やっぱりアルスの死体を偽装したのが上手くいったんだろ」
僕が目覚めてからシャルスから聞いたけど
僕を見つける前に、男性の死体を見つけたらしい
シャルス曰く、『野犬に襲われて喰われたんだろ』って事らしい
そして、僕を見つけた後に、僕の鎧を脱がせて、その死体に着せたそうだ
偶然、体格が似てて、顔が都合よく野犬に齧られてて、誰かわからないからちょうど良いと思ったらしい
……正直罰当たりだけど、生き延びる為には手段は選んでいられないよね
……帰ったら教会で男性の冥福を祈るくらいはしておこう
そんな訳で、西方では僕が死んだことに……なってるはず
「このまま抜けれれば良いんだが」
「そんな事言ったら何かおきるかも知れないから止めてくれよ」
こうやって軽口を言い合うくらいには余裕も出来て来た
僕とシャルスは森の中を進む
…………ゾクッ!
「っ!?」
なんだ? 今凄まじい悪寒が……
「……マジかよ」
シャルスが呟く
「ど、どうした?」
僕はシャルスに聞く……けど、もう何が起きたのかわかった
わかってしまった……
身体が震える
全身に刺すような殺気が飛んでくる
僕はこの感覚を知っている
1度、体験している
「ふむ、やはり森の中を進んできたか……ここで野営をしていた甲斐はあったな」
前方からそう言って男が現れた
「アルス! 下がってろ!!」
シャルスが構える
「シャルス!」
僕が声を掛けると同時にシャルスが跳んだ
「うぉぉぉぉぉ!!」
「止めておけ、お前じゃ私には勝てん」
そう言って男はシャルスの鉤爪を避けて
ドスッ!
「がはっ!?」
シャルスの腹に膝蹴りを入れて
バキッ!
「がぁ!」
もう一発、シャルスに蹴りを入れた
シャルスは僕の側まで吹っ飛ばされた
くそ!、もう少し……もう少しなのに……
僕は男を睨み、男の名を口に出す
「カルスト!!」
「やはり、生きていたな、アルス・オーシャン……ここで貴様を捕らえて、我が主への土産としよう」
そう言うとカルストは長斧を両手に1本ずつ持ち、構えた
「くっ!」
僕は刀に手を掛ける
「止せ! 逃げるんだアルス!」
シャルスが立ち上がる、そして僕の前に立つ
「だがシャルス! 奴を倒さないとこの場から動けないだろ!」
「オイラが時間を稼ぐ! その間に逃げろ!」
「1人じゃ無理だろ! お前死ぬつもりか!」
「お前を失うよりはマシだ!」
「ふざけるな! お前が僕達を想うように、僕だって友を死なせたくないんだ!」
「……ええい! わからず屋!」
「御互い様!」
「死ぬなよ!」
「そっちもな!!」
僕とシャルスが構える
「話は終わったか?」
そう言うと同時にカルストが突っ込んでくる
「シャルス!」
「おう!」
僕とシャルスは各々左右に跳び、カルストの長斧を避ける
そしてカルストを挟み撃ちする形に立つ
これで、少しでも隙を作れれば……
「……ふん!!」
「うぉ!?」
「っ!?」
カルストが長斧を振る
その瞬間に、凄まじい風圧が襲ってきた、後ろに飛ばされそうなのを堪える
そう、堪える為に踏ん張ったのだ……
「アルス!」
「なっ!?」
その一瞬……踏ん張った一瞬のうちにカルストが僕との距離を詰めていた
「はぁ!」
ドゴォ!
「がっ!?」
カルストの蹴りが僕の胸元に入る
肺の空気が全部出ていくような感覚に襲われる
そして……
ドスッ!
「あっ……」
頭に強い衝撃……蹴られた?
意識が薄れる……咄嗟に舌を噛んで気絶を防ぐ
「ごふっ! げふっ!」
「ほぉ、気絶は避けたか……だが、もう動けまい? そこで仲間が殺されるところを見ていろ」
「待っ……ごほっ!」
「アルス!!」
シャルスが突っ込んでくる
「ふっ!」
カルストが長斧を振るう
駄目だ! 止まれシャルス!!
カルストの長斧が、このままだとシャルスの首を捉える!
叫ぼうとするが、口内の血が邪魔をする
やめろ! やめてくれ!!
「ぐっ!」
一瞬、一瞬だけ何故かカルストの動きが鈍った
「うぉぉぉぉ!」
その一瞬の猶予、シャルスはカルストの長斧を避けて懐に入り、鉤爪振るう
「ちっ!」
しかしカルストは鉤爪を防いで横に跳ぶ
そして、シャルスが僕の前に立つ
倒れている僕、その前にシャルス、少し離れてカルストという状態だ
「……今のは危なかった」
シャルスが呟く、シャルスの首から血が垂れていた
避けたように見えたけど……少し斬られていたみたいだ
「ふん、実力差がわかったか? アルス・オーシャンを置いていくなら、お前は見逃してやっても良いぞ?」
「断る!!」
「そうか、なら死ね」
カルストがまた突っ込んでくる
あ、この位置は駄目だ……僕がここに居るから、シャルスが長斧を避けることが出来ない!
「こいやぁぁぁぁ!!」
シャルスは受け止めるつもりだ!
でも、防げると思えない!!
シャルス! 僕の事は気にするな! 避けてくれ!!
カルストの長斧がシャルスに迫る
シャルスも鉤爪を振るうが
バキッ!
「っ!」
シャルスの両手の鉤爪が砕ける
しかし、カルストの右手の長斧を逸らす事が出来た
だが、左手の長斧が迫ってくる
もう、シャルスには防ぐ術が無い
「シャルスゥゥゥ!!」
僕は叫ぶ、それしか出来なかった
口から血を吐きながら、叫ぶしか出来なかった
ギィン!
その時、彼はやって来た
何処から来たのか、どうしてここに居るのか
それは僕には全然わからない
でも、確かに彼はやって来た
シャルスを後ろから引っ張り、僕とシャルスの前に立ち、剣でカルストの長斧を受け止めた
「良かった、どうにか間に合った様ですね!!」
そう言って彼は微笑んだ
「貴様! 何故ここに居る!!」
カルストが彼を見て後ろに退く
「何故? 妙なことを言う、アルス様とシャルスの救援に決まってるだろ? あの戦からずっと彼等を捜していた、漸く痕跡を見付けたと思ったら戦闘音、なら、駆け付けるのは当たり前では?」
そう言うと彼は僕とシャルスを見る
「シャルス、アルス様を支えて少し離れて、カルストの相手は……小生に任せてもらおう!」
そう言って、彼……ゲルドは剣を仕舞い、槍を構えるのだった