第209話 基礎は大事
ーーーティール視点ーーー
特訓を開始して10日が経過した
「…………」
正直、経過は良くない
襲ってくる獣を狩るのは前から出来ていた……
だから狼も猪も大した相手ではない
「やはり、伸び悩みますね……」
私は両手を見つめる……
「ティール!!」
「んっ? ユリウス様?」
ユリウス様が駆け付けて来られた
「どうしました? 貴方はまだ腕が治っていないですよね?」
ユリウス様は右腕がまだ完治していない……
もう数日程様子を見てから、特訓を始めるとは聞いていたけど……
「ずっと洞窟に居るのも暇だからさ……ほらボゾゾは馬達の様子を見に行ってるし」
森の出入口にとめていた馬はボゾゾが近くの村に預けています
数日に1度ボゾゾが1人で様子を見に行って戻ってきます
「それで、私の特訓でも見ようかと?」
「まぁそんなところ」
「そうですか……構いませんが、楽しめるとは思えませんよ?」
「いいからいいから」
ユリウス様は近くの木に背を預ける
私は特訓を再開する
といっても、今は数本の丸太を放り投げて、槍で捌くくらいです
途中で獣が襲ってきたら狩る……それを繰り返しています
「やっぱり、ティールの動きは参考になるな、基礎がしっかり出来てるから、動きが綺麗だ」
「基礎が大事とは、昔から言われてる事ですからね……」
基礎さえ出来ていれば、誰でもある程度は強くなれます
「やっぱり仕官した時から基礎訓練をしてたのか?」
「ええ、基本毎日かかさず……負傷して動けない時くらいですかね? やらなかったのは」
「毎日か……途中でだれたりとかしないのか?」
「意味が有る事だとわかっていますからね……クラウス様の教えですよ?」
「……父上の?」
ユリウス様が眼を輝かせる
あっ……これは話すまで動きませんね
「私がまだ兵士だった頃の事です……」
仕方ないから話す
別に秘密にするような話でもありませんしね
・・・・・・・・・
『はぁ……はぁ……』
あれは私が性別を偽って入隊して間もない頃
『しゃあ! 俺の勝ちだ!』
『大丈夫か? ティールお前全敗だぞ?』
その頃は女性が軍に入るのは愚かだと云われていた
軽視されてたんですよね
だから私は性別を偽っていたのですが
『大、丈夫……』
新人の兵士は数人で1つのグループに分けられ、グループ内で一騎討ちをしたり、一緒に訓練をしたりして過ごしていました
私のグループは私を含めて5人
『ほら、立てるか?』
同じグループのジュルンが手を差し出す
『ありがとうございます』
その手を取り、立ち上がる
その後も訓練を続ける
『本当に良いのか? 俺達は戻るが』
『ええ、私はまだやり残した事がありますので』
グループの皆が帰宅するなか、私は1人残って訓練を続ける
ただでさえ他の皆より弱いのだ、少しでも追い付かないと……
この時の私は焦っていたのかもしれませんね
そんな風に鍛えても、成果はあまり出ませんでしたね
合同訓練でも、任務でも……私は足を引っ張っていました
『なぁ、ジュルンよぉ、なんでティールを庇うんだ?』
ある日、ジュルンが他のグループの人と話してるのを聞きました
『あんな弱い奴、さっさと切り捨てたらいいだろ? クラウス様とかに伝えたら何とかしてくれるだろ?』
『確かに、ティールはまだ弱いさ、でも根性は俺達の中じゃ1番あるぞ? 泣き言を言わずにずっとついてこようと必死だし……それを見てたらさ、放っておけなくてな』
『…………』
弱い奴……それが他のグループからの私への評価
『もっと……鍛えないと……』
ジュルンを始めとした仲間の為にも!
そう思って私は更に訓練の時間を増やした
深夜まで訓練をしていた時
『こんな遅くまで鍛えているのか?』
『……ク、クラウス様!?』
訓練場にクラウス様がやって来た
私は膝をつく
『ど、どうされましたか!? な、何かやらかしてしまいましたか!?』
『おいおい、そんなに怯えるな、たまたま寄っただけだ……誰もいないと思ったら君がいてね……兵士だよな?』
『は、はい! ティールと申します!!』
『ティール? ……ああ、君が例の……バルセ様から話は聞いているよ』
『!?』
バルセ様は私が女性だと知ってる数少ない人物の1人だ
『とても真面目な子らしいね……しかし、無理をするのは違うぞ? 休めるときは休むべきだ』
『も、申し訳ありません……』
『……ふむ、君は焦っているんだね?』
『!?』
私は顔を上げてクラウス様を見る
クラウス様の眼は、全てを見透かしてるかの様だった
『他の兵士から、君はとても弱いと聞かされてる……』
『…………』
『だが、さっきの訓練の動きを見てたら、とても弱いとは思えないが……』
クラウス様は少し考える
そして……
『よし、1回戦ってみるか!』
『えっ!?』
『どうしたんだい? 打ち込んできなさい』
クラウス様は両腕を拡げる
『し、しかし、クラウス様は丸腰で……』
『いいからいいから、訓練用の棒だし、当たっても大した怪我にはならないさ』
『わ、わかりました…………はぁぁぁ!!』
私は突きを放つ
『ふむ、成る程ね』
『!?』
気がついたら私は地面に倒されていた
『踏み込みが強すぎるよ、君は力ではなくて、技術で攻めるべきだ』
『ぎ、技術……ですか?』
『そう技術……今の突きだが……私の何処を狙ったんだい?』
『……ど、胴を……』
『面積が広いから、当てやすいと思ったのかな? 胴を狙うときはもう少し体勢を低くするんだ、重心を落としてね』
そういうとクラウス様は私を立たせる
『それと、狙うなら胴じゃなくて首か胸元……あとは眉間かな? そこを狙ってごらん……どこも上手く突ければ相手を殺せる急所だ』
『は、はい……』
『さぁ、もう1回!!』
こうしてクラウス様による個人授業が始まった
それからは自分でも驚くくらい成長できた
『はぁ!!』
『ぐぅ!?』
私の突きがジュルンの眉間に当たる
ひっくり返るジュルン
『ま、参った……』
『…………か、勝った』
『マジかよ、どうしたティール! ジュルンに勝つなんてやるじゃないか!!』
皆が集まってくる
『参ったよティール……さっきのは強力だった』
『は、はい!』
・・・・・・・・
『基礎訓練は欠かしていないんだな?』
『はい、基礎は大事だと教わりましたので』
夜、訓練場でクラウス様に話し掛けられる
『そうだな、基礎は大事だ……基礎がしっかりとしてるから、君は強くなれるんだ』
『……はい!』
そんな風に訓練を続けて、任務をこなしていたら
私やジュルンを含めたグループのメンバーは全員が将に昇進した
その後、ジュルン達はカイナスとの戦で戦死してしまったのですがね……相手がオルベリン殿だったから……仕方ないですけどね……
・・・・・・・・・
「父上がね……」
「はい、基礎の大切さをしっかりと教わりましたよ……」
「…………」
ユリウス様は俯く
そして直ぐに顔を上げて
「よし、さっさと腕を治して僕も鍛えよう! 父上を越えたいからね!」
「クラウス様を越える? 本気ですか?」
いつかは越えれるかも知れませんが……今はまだ難しいのでは?
「本気本気! 父上を越えたら、やっと僕は本当の将になれる気がするからね!」
「本当の将?」
何を言ってるのですか? 貴方はもう立派な1人の将ですよ?
私がそれを言う前に、ユリウス様は洞窟に戻ってしまいました
「…………」
だ、大丈夫なんでしょうか?