第202話 カイトへの恩
ーーーカイト視点ーーー
メイリー達がイーリアス盆地に向かって、数日が経過した
シャンリ村とペンム村の民達の受け入れも問題なく完了した
「準備の方はどうなってる?」
俺はレリスに確認をとる
「外壁の上に兵と例の発射器を設置してます……矢が尽きるまでは戦えるかと……」
発射器……昔、パストーレに攻められた時に使った矢を放つ兵器だ
あれから改良を続けて、漸く、マトモに矢を放てる様になった
「矢の製造はどうなってる?」
「街中の鍛冶屋で作らせてます、武具屋や滞在してる商人からも買い取りました……敵の規模にもよりますが……防衛するには充分な本数はあるかと」
「そうか……他の都の皆から連絡は?」
「ガガルガからは、土砂の撤去が完了したと……数日以内には到着するかと、パストーレでも、漸く港の修復が完了し、現在こちらに向かってるそうです、時間はかかりますが、全軍が数日以内に集まりますね」
「よし……よし、なんとか耐えれそうだな!」
少し心に余裕が出来る……
まあ、それでも何かトラブルが起きるかもしれないから……油断は出来ないが……
「……カイト様」
「んっ?」
レリスが口を開く
「あのメイリーという若者……何故試したのです?」
そう聞いてきた
「レリスも見ただろ? アイツの覚悟を……アイツの眼を見たら、ちょっと賭けてみたくなってな」
「……賭け……ですか?」
「ああ、メイリーが何を考えてるかはわからないが、策を成功させたら万々歳だ、もし、失敗したら……メイリーを処刑してそれで終わりだ……オーシャンの痛手にはならないだろ?」
兵を大量に貸してくれとか言われたら流石に断ったがな……500人だったら……まあ、大丈夫だと思ったわけで
「まあ、損害は少なく済みそうですね……それにしても何故、急にやって来たのでしょうね?」
「さあな、それは策を成功させて、戻ってきたら聞いてみるよ」
俺はそう言って玉座から立ち上がる
「ーーーっ!!」
そして身体を伸ばす……最近ずっと休まずに居たからか……身体中がポキポキと鳴る
「お疲れでしたら休まれたらどうですか? ここ数日程……ろくに寝てませんよね?」
「寝てない……っていうか眠れないんだよ……西方の連中がいつ来るかって考えてたらさ……」
もう失敗はしたくない……また将や兵を失いたくはない
だから、少しでも最善を尽くせるように動きまくる
後から『ああすれば良かった』『こうすれば良かった』なんて思いたくはないからな
「そうですか……」
レリスは外を見る
「少なくとも、こんなどしゃ降りの中を進軍してくるとは思えませんが……」
「その考えを逆手に、一気に進軍してるかも知れないぞ?」
「そう考え始めたらキリがないですね」
「……だな」
俺も外を見る
凄まじい雨だ……昨日までは雲1つ無い天気だったのに……
・・・・・・・・
翌日……
雨も止み、時刻は昼になる頃だ
「カイト様!」
バァン!!
っと、兵が扉を勢いよく開けて駆け込んできた
そして俺の前に来ると膝をつく
「どうした!」
レリスが聞く
兵が顔をあげる
……真っ青な顔色
汗も凄い……
ああ、これはメイリーの策は失敗したんだな
西方の連中が現れたんだろうな
「ほ、報告です!」
声を震わせながら兵が叫ぶ
「…………」
俺は兵の顔を黙って見つめる
「望遠鏡にて確認しました! レルガ様達が戻られました!! 西方の兵を多く捕らえた様です!」
…………
『…………!!』
ガタン!
俺は玉座から立ち上がる
レリスも眼を見開く
「もう一回言ってくれ……レルガ達が?」
「戻られました!! 現在此方に向かっています!」
「…………おい、レリス……どうやら賭けに勝ったみたいだ……」
「……驚きました……本当に果たすとは……」
これがチート軍師の力か?
頼もしい反面……恐ろしいぞ……
「…………」
俺は考える
メイリーは何故、俺の所に来たのか?
本当に俺の為に来たのか?
それとも……他の領から送られてきたスパイとか?
数年がかりで信用を得て、ここぞという時に裏切る……
埋伏の毒みたいな感じか?
「…………レリス」
「はい」
「将を全員、ここに呼んでくれ」
「わかりました……殺るんですね?」
「……場合によってはな」
出来れば殺したくは無い
メイリーはちゃんと策を成功させた、彼は約束を守ったのだから
だから、彼を殺せば……それは不義だ……でも……
「アイツが信用できない……そう判断したら……」
スパイだったら、脅威だからな……
・・・・・・・・・
将が全員集まる
レリスが1人1人に耳打ちする
俺が合図を出したらメイリーを仕留めろと……絶対に逃がすなと
勿論、彼を信用できると俺が判断したら中止だ
将の何人かは「本当に殺るのか?」と聞いてきた
俺は頷いた、彼等の俺への忠誠心が下がるのは間違いないな……
そして準備が完了した頃に……レルガとメイリーが玉座の間にやって来た
「ただいま戻りました」
レルガが俺の前で膝をつく
「ああ、お疲れ様レルガ……報告をしてもらっていいか?」
「はい、西方の軍はコイシュナの軍でした、敵将はバンダルフ……敵兵は3万だったそうです」
「……だった、ていう事は?」
「コイシュナ軍は壊滅……生き残ったのは捕らえた3783人です」
お、おお……一気に減ったな……てかそんなに捕らえたのか!?
「どうやったんだ? 500人で3万の軍をそんなに減らすなんて……てか勝てるなんて……」
俺はメイリーを見る
「……イーリアス盆地にある山……その殆んどの川を塞ぎました」
メイリーが口を開く
「それで?」
「一昨日からの雨により、塞き止めた川を一斉に決壊させ……土砂と濁流により、コイシュナ軍を水攻めしました……多くの敵兵は流れてきた岩や木に潰され、運よく当たらなかった者も、水により溺死……今回捕らえた者達は、それでも必死に助かろうと行動した者達です……鎧を脱ぎを、武器を捨て、流されてる木にしがみつき、戦う体力が残ってない者達……そんな彼等を作っていたイカダで助け、捕らえました」
「……なるほどな、濁流を起こす程の水……川を一斉に決壊ね……あまり想像できないが、凄まじい計算をして川を塞いだわけか……」
簡単に出来る事じゃない……メイリー以外にはとても真似できないだろうな……
「なあ、メイリー……その話を聞く限り、お前は数日前……俺の所に来る前から雨が降ることをわかってた様に思えるんだが……どうなんだ?」
そうじゃないと……俺に500人の兵で良いなんて言わないだろ?
「ええ、カイト様に会う3日ほど前から予想はしてました」
「……そうか」
……ああ、三國志の呉の周瑜もこんな気持ちだったのかな?
赤壁の戦いで……諸葛亮が東南の風が吹くのを読みきった時はこんな気持ちだったのかな?
……恐ろしい
目の前に居るのは、成人したばかりであろう若い男だ
これからの活躍に期待できる……有望な男だ
だが、今の俺からしたら……いつ牙を剥き出しにしてくるかわからない怪物だ……
「…………」
合図を出したい……さっさと始末したい
そんな焦りが出てくる
必死に抑えて……俺は口を開く
「見事だなメイリー……君の策はとても常人には真似できない……君が軍師として仕えてくれたら……オーシャンに敗北は無いだろうな」
「……それでは!」
メイリーの眼が輝く
「だが……1つだけ聞かせてくれ……」
「なんでしょう?」
「……なんで俺の所に来たんだ? 君ほどの人物なら他の領でも雇われただろう? 西方でも南方でも……それこそ、ヤークレンでも」
メルセデスは間違いなく気に入るぞ?
「……それは……その……」
「……言えないのか?」
「いえ、そうでは無いのですが……ただ、言いにくいと言いますか……」
「…………」
俺はメイリーを黙って見る
「カイト様は覚えていらっしゃらない様ですので……」
「…………?」
俺が、覚えていない? 何の事だ?
不信感が強まる
「ですので……秘密って事には出来ませんか?」
「……そうか……秘密か……」
「はい!」
………………駄目だな、俺はメイリーを信用出来そうにない……
心苦しいが……殺るしかないな
俺は合図を出そうとするが……
「…………勿体振らずにさっさと言え!」
「あいた!?」
レルガが立ち上がってメイリーの頭を殴った
「…………」
レルガのいきなりの行動に俺は動きを止めた
「メイリー、お前は勿体振って話さない様にしてるがな、重大な策以外でそんな事されても不審なだけだ! 理由がちゃんとあるなら、ハッキリと言え!!」
レルガは、まるで子供を叱る親みたいな感じで言う
……なんか随分と仲良くなったな?
「わ、わかりましたよ……」
メイリーは俺を見る
「カイト様、4年前の事を覚えてますか?」
「4年前?」
えっと……その頃は……
「確か……ガガルガに戦を仕掛けてた頃だな」
オルベリンにヘイナスの防衛を任せて、ヘルド達と一緒にガガルガに向かったんだよな……
サルリラの初陣でもある
今ではスッカリとオーシャンに馴染んでるユリウスやティール達と戦ったんだよな……
ボゾゾとも再会したなぁ……
「そうです……その時……そのぉ……メンユ村を覚えてますか?」
「メンユ村?」
メンユ村……ガガルガの方にある村だよな?
村の存在は覚えてるが……
「……んっ? 待てよ……確かメンユ村って……」
俺は思い出す……確か……そう!
「俺達が来た時に……賊に襲われてた村か?」
「そうです!」
うお!? 急に大声出すなよ!?
えらく興奮してるな!?
「わたしはその時に、貴方様に命を救われました!!」
「……えっ? 俺が?」
…………………………待てよ?
俺は立ち上がってメイリーに近寄る
そしてメイリーの顔をまじまじと見つめて
「…………ああああああああ!!? あの時の子供か!?」
「思い出してくれましたか!!」
自分でもビックリするくらいの大声が出てしまった
将達も俺の大声にどよめいてる
そうだよ、ハッキリと思い出した!!
メンユ村の民を助けるために兵を連れて村に入って!
賊に殺されそうな子供を俺の側に居た兵が賊を殺して助けたんだ!
「あの時、貴方に頭を撫でられて、大丈夫だと言われた時……わたしは貴方に仕ると誓ったのです!!」
そう言って頭を下げるメイリー……
そんな……それだけの為に俺の所に来てくれたのか……
俺は……こんな忠臣を殺そうとしたのか……
「顔を上げてくれメイリー……」
「はい!」
顔を上げるメイリー
俺はそんなメイリーに頭を下げる
「すまなかった! メイリー!!」
「??? 何故謝られるのです?」
「俺は……お前を殺そうとしていた! 俺の為に命を懸けて来てくれたお前を……策を成功させたお前を……俺は殺そうとした! すまなかった!」
「やはりですか……」
レルガが呟く……お前は気付いてたんだな
「そ、そうなのですか? ま、まぁ今思えばわたしは色々と怪しいですからね……仕方ないですね……」
苦笑するメイリー
「カイト様、大丈夫ですから頭を下げないでください、貴方は領主なんですから、そんな簡単に頭を下げたら駄目ですよ?」
「しかしだな……」
「わたしが大丈夫と言ってるんですから! 気にしないでください! 貴方のやろうとした事は間違ったことではないですから!」
「だが、俺の気がすまないんだよ!!」
俺がそう言うとメイリー少し困った顔をして……少し思案してから言った
「それでしたら、カイト様……改めて言いますが……わたしを軍師として雇ってくれませんか? それで全部水に流しましょう?」
メイリーを雇うのは策を成功させた時点で決まってたのだが?
まぁ、良い、このまま謝り続けてもメイリーを困らせるだけか……
今回のお詫びは、これからの待遇や報酬でしっかりと償うからな?
「ああ、これからよろしく頼む、メイリー」
「はい!」
俺はメイリーと握手する
そして彼を引き寄せ、抱き締める
「よく……来てくれた!!」
「……はい!!」
こうして、メイリーはオーシャンの軍師として雇われた
あ、軍師と言ってるが、レリスとはまた違う役職だからな?
そうだな……レリスが内政をメインにしてるなら
メイリーは戦をメインに働いてもらう
平時の時はレリスの助手として働いてもらうがな