第201話 軍師の策・発動
ーーーバンダルフ視点ーーー
「ふむ、順調だな。」
俺は馬に跨がりながら呟く
ヒール様の命令で、弱っているオーシャンに侵攻する
このイーリアス盆地までにある村は占領出来た
奪った食料で兵糧は充分
オーシャンの連中が軍を送ってくる気配もない
「村は見捨てて、都の守りに集中してると見た」
それなら村をドンドン占領するだけだ
更に食料と金品を強奪し、本国に輸送して、増援を出してもらう
そうすれば……1つか2つは都を奪えるだろう
そこを拠点にして、本国との連携をしっかりとすれば……
「コイシュナが東方を手に入れられるな……」
漸く……漸く他の領を出し抜ける
西方同盟……結ばれた当時は強い結束だったが……それは当時の領主達の仲が良かったからだ
今は全員が3代以降の領主達だ
今の西方同盟は……お互いに睨みあっている
上手く他の領を出し抜こうと隙を探している
ヒール様はそれを理解しているから、今回の侵攻を決めたのだ
「ふふふふ……」
思わず笑みがこぼれる
勝てる戦だと思うと気が楽だ
「……それにしても……止まないな、この雨……」
昨日から急に降ってきた雨
勢いが強いから、行軍の速度が落ちてしまう……
「バンダルフ将軍!」
「どうした?」
兵士の1人が山を指差す
「あの山だけ、妙にはげてませんか?」
「……確かに、他の山よりも緑が少ないな、どうせ木材を手に入れるために伐採したんじゃないのか? 気にするな」
木だけにな!!
……つまらんな、口に出すのは止めておくか
ーーーレルガ視点ーーー
コイシュナ軍が少しずつだがこちらに向かってくる
「ふむ……1……2……約3万くらいですかね……」
小僧が望遠鏡で覗きながら呟く
「……困りましたね」
そう呟く
なんだ? 予想よりも多くてビビっているのか?
「予想よりも少ない……5万くらいは居ると思ったのですが……」
「…………」
随分余裕があるみたいだな
「それで? これからどうするんだ? あの速度なら……一時間くらいにはこの山の麓を通るぞ?」
「何もしません」
「……何?」
「ここで待機です」
小僧は信じられないことを言いきる
「おい、何をふざけている? 何もしないだと?」
俺は小僧の胸ぐらを掴む
「このままコイシュナの軍を通らせるのか!! それがお前の言う策なのか!!」
「半分……違いますね……あの、苦しいんで放してもらえませんか?」
俺は手を放す
小僧は咳き込み、呼吸を整える
「コイシュナ軍はイーリアス盆地を抜けれませんよ……そうですね……あと……30分くらいですかね、それで全てわかりますから……今は待ってくれませんか?」
「………30分だな?」
俺はそう言うと兵士に砂時計を持って来させる
「小僧、これは砂時計と言ってな……この砂は30分で全て落ちる様に出来ている……この砂が全て落ちたときに、何も起きなかったら……わかっているな?」
俺は剣に手を掛ける
「……ええ、わかりました……その時は将軍のご自由に」
そう言うと小僧はコイシュナ軍の方を見る
俺は砂時計を見る
中の砂はサラサラと落ちていくのだった
・・・・・・・・・・
ーーー???ーーー
大丈夫……必ず成功する……
わたしはこの時の為に学んで来たんだ……
大丈夫……大丈夫……
・・・・・・・・・・
ーーーレルガ視点ーーー
あれから随分と時間が経った
俺は砂時計を見る
残りの砂は……後5分くらいか?
俺は剣を抜く
「…………」
この砂が落ちきった瞬間に、俺は小僧の首を斬る
その為に構える……
「…………」
小僧は前を見たまま動かない
「…………」
砂は後3分くらいか?
サラサラ……落ちていく
後1分……
「…………10……9」
「?」
小僧が数字を数え始める
なんだ? 自分が斬られる時間を数えてるのか?
「8……7……」
「…………」
ゴゴゴゴゴゴ……
んっ? なんだ? 地面が……揺れてる?
地震……って感じではないな……
「6……5……」
「レルガ様! あれを!!」
兵士達が騒ぎだす
「どうした! っ!?」
「……4……3……」
俺は目を疑った
山……俺達が居る、この山以外の他の山から濁流が流れてきていた
大量の水が迫ってきている!!
「おい! 小僧!」
「…2……1……」
小僧は振り返り、ニヤリと笑った
「0」
そう言った瞬間に……
ドン!!
ザバン!
ザザザザザザザ!!
大量の濁流や土砂が……コイシュナ軍を飲み込んだ……
「…………」
「なんとか、間に合いましたね♪」
そう言って小僧は砂時計を見る
砂が……今、落ちきった
・・・・・・・・・
ーーーバンダルフ視点ーーー
何が起きた?
俺はどうなっている?
「ごぼっ!? がぼ!」
水だ……泥水に沈んでいる……
「ぐぼぼぼぼ!!」
何とか鎧を脱ぎ捨て、必死に浮かぼうとする
「ぶっ! ぼはぁ!!」
顔が水から出たのを感じて、口を開いて呼吸をする
目を開く……目の前に木が流れてきていた
俺は木にしがみつく……そして周りを見渡した
「……どうなっている……なんなんだこれは!!?」
3万の軍が……壊滅していた……
俺と同じように木などに掴まって何とか助かった者も居れば……
流れてきた水や岩で致命傷を負ったのか……死んだ兵が流されていった
これだけは理解できた……
3万の軍が……一瞬で壊滅したのだ……
「なんで……なんでだ!! なんでこんな時に洪水なんて起きる!! 」
カイト・オーシャン!!
運の良い奴め!!
・・・・・・・・
ーーーレルガ視点ーーー
「さて、それでは行きますか」
「……どこにだ?」
「彼等の救助に」
「……助けるのか? 敵だぞ?」
「敵だからこそ助けるのです……将軍、彼等を撃退するのが我等の勝利じゃないのですよ」
そう言うと小僧は兵士に指示を出す
兵士達はすぐに準備を始めた
そして……例の空間から、物を持ってきた……
それは……
「……イカダ?」
大量のイカダだった
「それでは、皆さん! お願いします! コイシュナ軍の生き残りを救助してきてください!! 彼等は装備を外して、丸腰の筈ですが、油断はしないで下さいね!!」
『おおおおおおお!!』
兵士達はイカダを押して、濁流にイカダを浮かせて飛び乗り、ドンドン漕いで進んでいった
殆んどの兵士が救助に出た後……
「ふぅぅぅ……」
小僧は濡れるのもお構いなしに座り込んだ
「なんだ? 疲れたのか?」
「……ええ、まあ、成功してホッとしてます」
小僧は苦笑しながら答える
「……自信があったんじゃないのか?」
「ええ、ありましたよ? でも……確実に成功する保証なんてありませんからね……」
「それにしては強気だったな?」
「だって……そうしないと……」
小僧は……年相応の笑顔で言った
「誰もわたしみたいな若造の策を試そうなんて思わないでしょう?」
「…………」
それを見て俺は漸く小僧……メイリーを理解した
コイツはずっと戦っていた
弱気な所を見せないように……俺に警戒されてても、絶対に弱さを見せないように戦っていたのだ
「ふん、全く……末恐ろしい小僧だな」
「……それ、誉めてくれてます?」
「さあな……」
それにしても……
「いったい何をしたんだ?」
こんな運よく濁流が起きるとは考えにくい
「数日前に雨が降りましたよね?」
「……ああ」
「それで、イーリアス盆地の山は土砂崩れが起きやすくなってたんですよ……勿論、普通はそんな簡単に土砂崩れなんて起きません……それでわたしは兵士達にこう指示したんですよ……周りの山の川を手分けして塞き止めて下さいと」
「…………」
「そして昨日からの雨……塞き止められた川はどうなると思いますか?」
「……決壊するな……だが、殆んど同時に起きるか?」
俺は濁流を見る……1つや2つの山からの濁流でここまではならない
周りの山、全てが同時に土砂崩れを起こしたとしか思えない
「同時に決壊する様に計算して、指示を出しましたからね……川の塞き止められる位置や岩の積みかたも詳しく♪」
「……いや、それでも…………いや、止めとこう、どう聞いても、俺には理解できそうにない」
「そうでしょうか? 学べば誰でも出来ますよ?」
「…………」
それを本気で言ってるのか?
「あ、そうだ、これでこの前の答えがわかりましたよね?」
「……大軍が太刀打ちできない事か?」
「ええ」
「……」
俺は目の前の濁流を見る
「……つまり、自然か?」
「そうです、どんな屈強な兵を連れた大軍でも、自然の……災害の前では無力なんです……だから、少しでも生存率を高めるために対策を練るんですよ」
メイリーは得意気に言ったのだった
・・・・・・・・
二時間くらい経った頃
雨も止み、濁流も弱まり、水が減り始めた頃に、兵達が戻ってきた
救助されたコイシュナの兵は殆んどが丸腰だった
下着姿の者や、裸の者もいた
まあ、鎧を着ていたら沈むから……脱ぐしかないよな
ドンドン連れてこられる敵兵
「ふむ……何人くらいですかね?」
メイリーが兵士に聞く
「今、手分けして数えてますのでお待ち下さい!」
なら待つか……
少し待つと
「終わりました! 3782人です!」
「結構減りましたね……まあ、何とかなるでしょう……あ、そうだ、レルガ将軍」
「なんだ?」
「あの濁流は偶然起きたことにしておいてください」
「……何故だ? お前の策だと言ったら、奴等の戦意は完全に折れるぞ?」
「それよりも、偶然起きた濁流に飲まれた彼等を善意で助けたって言った方が都合が良いので」
「??」
まあ、それで良いならそうするが……
「バンダルフ将軍! ご無事でしたか!」
「良かった! 将軍!」
コイシュナの兵達が騒ぎだす
1人の男が兵に肩を借りながらやって来た
「…………」
「…………」
俺は男の前に立つ
「……貴殿は?」
バンダルフと呼ばれた男が聞いてくる
「オーシャンの将、レルガだ」
「……俺は、コイシュナの将……バンダルフだ……」
バンダルフは寒いのか少し震えている
「……誰か、布でも掛けてやれ」
「はい!!」
兵士がバンダルフに布を渡す
バンダルフは布を羽織る
「……あの濁流が無ければ……俺達が勝っていた……」
「負け惜しみか?」
「…………」
バンダルフは悔しそうだ
「水が引き次第、オーシャンにお前達を連行する、後はカイト様に任せよう」
取り敢えず、裸の奴には見苦しいから布を羽織らせる
そして、水が引いたのを確認してから、俺達はオーシャンに戻るのだった
その時に……俺が思った事は……
(水死体や土砂の片付け……後片付けが大変だな)
後片付けの事だった