第195話 納得できない
カイトがオーシャン城でこれからの事を皆に伝えていた頃
西方では2つ、大きな動きがあった
ーーーコイシュナーーー
「あり得ない! 本当にあり得ない!!」
コイシュナの領主『ヒール・ワン・コイシュナ』は玉座で騒ぐ
「落ち着いてください、ヒール様」
コイシュナの軍師『パールトュル』が落ち着かせようとする
「落ち着けると思うかい? 捕虜を解放するんだよ?」
「あの場では貴方も納得されたのでは?」
「あんな空気で反対できるか!! シャンクルに言い負かされるだけだ!」
「そ、そうですけど……」
パールトュルもシャンクルの名を聞いて言葉につまる
「こっちはバルデッタとゴイナルを失ったって言うのに!! 折角捕らえた捕虜を解放するなんて……ああ、嫌だ嫌だ!」
「もう決まった事に駄々をこねても無意味ですよ! もう解放する準備を進めてるんですから!」
パールトュルは必死にヒールを説得する
「ぐぅぅ……」
黙るヒール……
落ち着いたか? とパールトュルは思ったが……
「『バンダルフ』を呼べ!!」
どうやら説得はもう無理な様だ、パールトュルは諦めたのだった
・・・・・・・
「お呼びで?」
バンダルフ
コイシュナの将である
「バンダルフ! 今すぐ3万の兵を連れてオーシャンに向かえ!」
「? よろしいので?」
バンダルフは首を傾げる
戦は殆んど終わった様なものだ、それなのに他の領を出し抜いて攻めるのは良いのかと疑問に感じたのだ
「構わない! 他の連中には上手く言っておく!」
「わかりました、ならば直ぐに……」
バンダルフは命令に従う
彼自身も、オーシャンを徹底的に潰したいと思っていたのだ、今回の命令は望むところであった
こうして、納得していなかったヒールの命令で、バンダルフは出撃するのだった
・・・・・・・・
ーーーシルテンーーー
「ここか?」
シルテンの将、カルストは都から少し離れた場所にある砦に来ていた
アルス・オーシャンの死体を確認するためだ
「こちらです」
兵に案内されるカルスト
そして棺を見つける
「棺に入れたのか?」
「はい、血の臭いがキツくて……こうしていないと蛆もわきますし……」
「そうか、確認が終わり次第、火葬してくれ」
「オーシャンに送らないので?」
「オーシャンに届く頃には腐敗が進んでるだろ? そんな物を送れる訳がない、骨で充分だろ」
そう言ってカルストは棺を開ける
開けた瞬間に凄まじい血の臭いと腐臭で顔をしかめる
「流石にキツイな……」
そう呟きながらカルストは死体を確認する
「成る程……これは酷いな」
死体はボロボロだった
元々潰れていたからか、頭は割れ、手や脚も曲がりまくっている
更に顔は獣に噛られたのか頭蓋骨が見えていた……顔だけだと誰か全然わからない
「この死体を噛った獣は狩ったのか?」
「はい、4匹程の狼が居ました、既に討伐済みです」
「ならいい」
人の味を覚えた獣は人を狙い始める
カルストはそれを気にしていた
「……」
カルストは気を取り直して死体を見ていく
「……確かに、この鎧はアルス・オーシャンの物だ」
アルスが着ていた鎧を覚えていたカルストは、鎧がアルスの物だと断言する
「体格もアルス・オーシャンと同じくらいだな……」
そう言うとカルストは棺を閉めた
「よろしいので?」
「ああ、燃やしてくれて構わない」
そう言うとカルストは歩き出す
「そうだ、そこの君」
カルストは近くに居た兵に声を掛ける
「はっ!」
敬礼する兵
「パルシット様に伝言を任せていいか?」
「伝言……ですか?」
「カルストは暫く休みを貰いますっとな」
「わ、わかりました」
カルストは砦を出る
そして馬に跨がり……走り出す
向かうのはロンヌールだ
「…………」
あの死体は間違いなくアルス・オーシャンの鎧を着ていた
体格もアルス・オーシャンと思われる
それだけ揃えば、あの死体はアルス・オーシャンのものだと判断できる
だが、カルストには1つだけ疑問があった
「あの剣……あの死体は持っていなかった……」
あの死体は刀を腰に差していなかった
それがカルストは引っ掛かっていた
物取りに取られた? それなら鎧も奪われる筈だ
「…………」
カルストは確信した……アルス・オーシャンは生きていると……
それを確かめるため、彼はロンヌールに向かうのだった
・・・・・・・・
ーーー???視点ーーー
『彼を消したりはしないのですか?』
1人の男が玉座に座る男に問う
『……誰の事を言ってるのかな?』
玉座に座る男が聞き返す
『彼ですよ、ーーー様です、貴族の中には貴方よりも彼を領主にした方が良いと言ってるものおりまして……このままだと内乱を起こしかねないかと……』
男が答える
『……その貴族には私が説得して見せる……あの子を消すなんて許さない……』
『しかし……』
『レリス、この話を続けるなら、君でも許さない』
玉座の男はハッキリと答えた
『……わかりました、全く、甘いですね、カイト様は』
『君もそんなつもり無いでしょ? それに……半分とはいえ、血は繋がってるんだ……間違いなく僕にとっては弟なんだよ』
そう言って、玉座の男……カイト・オーシャンは玉座から立つ
『父上がアルスじゃなくて、私を領主にした真意はまだわからない……でもこうなった以上……私はあの子達を守るよ』
・・・・・・・・
そんな会話を昔聞いてしまった
領主にとって兄弟は邪魔な存在な筈なのに
兄さんは僕達を守ってくれたんだ
そんな兄さんを守るって誓ったのに……崖から落ちて……
僕は……
僕は?
あれ? 死んだんだよね?
でも、こうして考える事は出来てる……
世界が明るくなる
「…………」
眼が開いた
天井が見える
……家の中?
いや、それよりも……
「……僕……生きてる?」
身体中が痛い
でも……生きてる
「んっ?」
視界の端で何か動いた
頭を少し動かしてみる
「…………」
そこには女の子が居た
僕を見て目を見開いてる
そして……
「とうたーん!! ねこたん!! おきた!! おきた!!」
そう言って走って部屋を出た
女の子が出て直ぐに……
「アルス!!」
シャルスが駆け込んできた
「良かった! 気が付いたんだな!!」
「シャルス……ここは?」
「ここは『ロスト村』、ロンヌールにある村だ」
「何で僕はここに? 崖から落ちて……」
「下に森があっただろ? あの木が落下の勢いを殺してくれたんだ……それと、馬がお前の下敷きになったから……」
「……馬は?」
「死んだよ……」
「そっか……っく!」
「無理するなよ! 助かったけど重傷なんだから!」
シャルスに押さえられて寝かされる
「あれからどれだけ時間が経った? 兄さんは?」
「オーシャン軍は撤退したよ、カイトの旦那も死んだって噂は無いから無事に帰れたと思う、もう15日は経ってるな」
「そっか……兄さんは無事なんだね……」
他にも聞きたいことはいっぱいある
何でこのロスト村に居るのか
ここは誰の家なのか……
僕の鎧は何処にいったのか……
「それにしても、アルスって顔が広いんだな……」
「?」
「この家の主人はお前を知ってるみたいだったぞ? ボロボロのお前を見て、躊躇いなく匿ってくれたぞ」
「……えっ?」
いったい……誰だ?
そう思っていたら部屋に誰かが入ってきた
僕はその人物を見る……そして驚く
「お、お前は……」
「お久し振りです……アルス様」
「ジャックス……」
褐色肌の男……かつて兄さんに仕えて……レルガ達と一緒に出ていったオーシャンの将
ジャックスだった