第193話 ささえるもの
ーーーカイト視点ーーー
俺はいったい何をしているのか……
負けた……
西方同盟との戦に負けた
それは別にいい……常に勝てるわけなんてないのだから
いつかは負けることもある
今回は特に勝てる理由なんて無かった
それがわかってて……なんですぐに撤退しなかったのか……
交戦してからなんて考えるんじゃなかった……国境を越えた時点で退けばよかったんだ
なんでバルドナの企みに気づけなかった……
もっと早く気づければ……
「…………」
前を見る
ヘイナスの玉座の間……
ここから始まったんだ……
『坊っちゃん!!』
オルベリンが居て……
『カイト様!』
ルーツが居て……
『カイト様!!』
ヘルドが居た!!
たまにアルスがやって来て……
「……皆……居ないんだよな……」
あの時居た皆が……居ないんだ……
もう……
「…………」
泣いている場合じゃないのに……
行動を起こさないといけないのに……
『後悔』
『懺悔』
『恨み』
『恐怖』
黒い感情が身体中を駆け巡る
「…………」
立ち上がりたくても足が動かない
身体に力が入らない……
…………死にたい
…………死ねない
…………なにもしたくない
…………なにかしないといけない
頭に浮かぶ考えを必死に否定する……
ずっとそんな事ばかりしている……
どれだけ時間が経ったのかわからない……
あぁ、俺って力だけじゃなくて……心もここまで弱かったんだな……
「…………」
ふと、ステータスを確認してみる……
最近全く確認してなかったステータス
何故……急に確認しようと思ったのか……
「………なんだよこれ」
意識を集中して、浮かんできたステータス
武力 30 E
知性 35 E
カリスマ 41 E
内政 50 E
全てが上がっていた
以前は全て20で止まっていたのに……
何故急に上がったのか……すぐに思い浮かんだのは……
「仲間を失ったら強くなるってか……ふざけるなよ!!」
失いたくないから強くなりたかったんだ!!
仲間を死なせなきゃいけないなら……俺は弱いままでいい!
「ちくしょう! …………ちくしょう」
・・・・・・・・・
どれだけ時間が経ったのだろうか……
目の前がボヤける
身体が限界を迎えてるのかも知れない
それでも……動こうとしない俺……
いい加減にしろと……
いつまでも泣いてるんじゃないと
頭ではわかっているのに……それでも身体は動かない
どうしたらいいんだよ……
誰か、教えてくれよ……
ギュウ……
「……えっ?」
不意に暖かい感触に包まれた……
……頭を抱き締められてる?
誰に? 全く気付かなかった……
…………
しかし、嫌だとは感じなかった……
むしろ、落ち着くと感じた……
…………
あれ……この匂い
この……感触……
まさか……ここはヘイナスだぞ?
彼女が居る筈が!!
俺は少し頭を動かして、チラリと上を見る
そして、俺を抱き締めてる相手の顔を見る
やはり……彼女だった
オーシャンで俺の帰りを待っている筈の……彼女だった
「……ティンク?」
「…………」
ティンクはなにも言わない
でも静かに微笑んで俺の頭を抱き締める
ティンクの胸元に俺の顔が埋まってる……
そしてティンクは俺の頭を撫でる
母親が泣いてる子供をあやすように……優しく……優しく……
・・・・・・・・
ーーーティンク視点ーーー
レリスさんがヘイナスに向かった
それを知ったのは……偶々街に出ていたミルムちゃんが、馬車で都を出ていくレリスさんを見たからだった
わたしとミルムちゃんはヤンユさんに聞いてみる
「申し訳ありません、今は何も答えられないのです……」
ヤンユさんはそう言って指で×をする
それならばとレルガさんに聞いてみる
「あー、奥様、俺は何も知りませんよ……」
眼をそらすレルガさん……
それが嘘なのはよくわかった
「……カイトさんに何かあったんですね?」
「…………」
レリスさんが都を離れる
それだけでただ事ではないのがわかります
そして……それはカイトさんに関する事だとも……
「答えるわけにはいかないので……」
そう言ってレルガさんは逃げようとしましたが……
「言った方がいいっすよ、ミルム様がしがみつく直前ですし……あっしも聞きたいっす」
ユーリちゃんを抱っこしながらサルリラさんが立ちはだかりました
「…………」
サルリラさんとわたしを交互に見て、今にも飛び付きそうなミルムちゃんを見て……
「はぁ……やっぱりこうなるか……」
レルガさんは何があったのかを言いました
「……それは……確かなんすか?」
「こんな事を冗談で言うと思うか?」
「……そう……すか……旦那……」
サルリラさんの瞳から涙が流れます
「……マァ?」
ユーリちゃんが手を伸ばしてサルリラさんの涙に触れます
「……大丈……夫すよ……ユーリ、暫く離れるっすけど……ちゃんと待ってるっすよ?」
「行く気か? ヘイナスに……」
「行くっす……旦那を迎えに行かないと……それに……」
サルリラさんが私達を見ます
「ティンク様も行く気満々っすからね」
「はい……わたし達も行きます!」
何ができるか……それはわかりません
でも、カイトさんが苦しんでるなら……傍に居て支えるべきです!!
「……はぁ、仕方ない、俺も行くか」
レルガさんはそう言って直ぐに出発する準備を整えてくれました
・・・・・・・・
わたしとミルムちゃんとヤンユさん
ファルちゃんとテリアンヌちゃんが馬車に乗り
ルミルちゃんとサルリラさん、レルガさんが兵士さんを連れて護衛として馬で並走してヘイナスに向かいました
夜になる頃にヘイナスに到着して、直ぐに城に向かいます
城に入ると……
「投石器を橋の傍に運んで! 西方の軍が攻めてきたら投石で橋を破壊します!」
レリスさんが色んな人に指示を出してました
「レリスさん!」
わたしが声を掛けます
「ああ、ティンク様は危ないですから城から離れずに……ティンク様!?」
驚くレリスさん
「なっ、なっ! ……ああ、そういう」
驚いていましたが、ヤンユさんとレルガさんを見て察したみたいです
「レリスさん、カイトさんはどちらに?」
わたしが聞きます
「……カイト様は玉座に……今は会わない方が良いと思いますが」
「何故ですか? 何が有ったのかは聞きました……そんな時だからこそ傍にいるべきでは?」
「……さっき追加の報告がありました……カイト様はその報告を聞いて完全に心が折れました……今は立ち直るって下さるのを待つべきです」
「……追加の報告とは?」
「…………」
レリスさんが言いにくそうにミルムちゃんを見ます
そして覚悟を決めたのか深呼吸をして……
「アルス様の死体が見つかったそうです」
「えっ?」
ミルムちゃんが聞き返します
「レ、レリス? も、もう一回言って? なんか聞き間違えしたみたいで……」
「ですので……アルス様の……死体が見つかったんです! アルス様は亡くなりました!!」
「嘘だ!! アルス兄様が死ぬはずないよ!!」
「事実です!! 受け入れてください!!」
「嘘……嘘だぁ……だって……だって……う、うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
ミルムちゃんが崩れ落ちます
ファルちゃんがミルムちゃんを抱き締めます……
「っ! ……ヤンユ、ミルム様を頼みます……」
「……わかったわ、ミルム様、こちらに……」
「うっ、ぐすっ!」
ファルちゃんに抱っこされてミルムちゃんが運ばれていきました
「……アルスくん……」
わたしも戸惑います……
でも、それならカイトさんを尚更1人には出来ません!!
「……カイトさんは玉座でしたね」
「……止めても無駄みたいですね」
「はい」
「…………」
レリスさんは首を横に振ると歩き始めました……
そして指示出しに戻りました
「……玉座はこっちでしたね」
「ついていきますか?」
レルガさんが聞いてきます
「いいえ、大丈夫です……わたしよりもサルリラさんをお願いします」
「……わかりました」
わたしは玉座に向かいます
・・・・・・・
重い玉座の間の扉を開けます
そして玉座に座るカイトさんを見つけます
「……カイトさん!」
わたしはカイトさんの目の前に立ちます
「…………」
カイトさんはわたしに気付いていないみたいです
ずっと俯いて……
「…………ぃ」
何か……呟いてる?
耳に意識を集中してみます
そして、カイトさんが何を呟いてるのかが聞こえてきました
「すまない……すまない……俺が……俺が……俺の……せいで……」
「…………」
聞こえてきたのは懺悔でした
「…………」
こんな時、どんなことを言ったら良いのか……それは全然わかりません
励ますのか……慰めるのか……
貴方は悪くない、そう言えば良いのか
どの言葉も、今のカイトさんには届かない……そう思いました
言葉は浮かびません……でも、どうしたら良いのかはわかります
『ティンク、もうメルセデスに怯えるな、ヤークレンの連中に怯えるな……ここには居ないし、これからは俺が君を守る』
昔……初めて出会った日
お父様の居るヤークレン……『グレイク』から帰る道中で泊まった宿で……お父様に怯えるわたしにカイトさんはそう言って優しく抱き締めてくれました
怖くて……痛くて……怯えていたわたしを……
それでわたしがどれだけ救われたか……
だから……今度は……わたしが……
ギュウ……
わたしはカイトさんを抱き締めました……
カイトさんは座っているから……わたしの胸に顔が埋まりますが……
そんな事は気にせずに抱き締めました……
ただ……伝わって欲しかったんです……
『貴方は決して1人ではない』と……
・・・・・・・・・・
ーーーカイト視点ーーー
…………トクン、トクン
ティンクの鼓動が耳に響いてくる
一定のリズムで聞こえてくる
…………
「…………特別だった」
それは不意に口から溢れてきた
「皆には悪いけど……オルベリンもルーツもヘルドも……俺には特別な存在だったんだ……」
もう……枯れたと思った涙が再び溢れてきた
「オルベリンは……いつも道を切り開いてくれた……ルーツは色んな事を教えてくれた……ヘルドは……俺を……いつも……守って……」
「……はい……知ってます……」
「皆……死んだ……もういない……アルスも……もう!!」
「聞きました……全部……聞きました」
「俺の……せいで……皆!!」
「……カイトさん……辛いですよね……」
「…………」
「一緒に……逃げますか?」
「……えっ?」
「全部捨てて……一緒にどこかに逃げますか?」
「……逃げる?」
「はい……領主という立場を捨てて、1人の人間として生きますか? 勿論、わたしも一緒に行きます……」
「そんな事したら……」
「ええ、ただでは済まないと思います、色んな苦労が待ってるでしょうし……もしかしたら罪人として追われるかも知れませんね……でも、わたしは貴方と居ますからね? 何があっても傍に居ます」
ティンクの言ってることは本気だろう
俺が逃げ出したいと言えば……一緒に来てくれるだろう
マトモに暮らせるかもわからないのに……それでも来てくれるだろう……
「……それは……出来ない……」
「……何故ですか?」
ティンクが聞いてくる
わからないから聞くんじゃない……これは、俺に確認しているんだ
俺が知ってる答えを……俺の口から聞きたいんだ
「俺が逃げたら……皆の死が無駄になる……それに、俺が守るべきものを捨てるわけにはいかない……」
ティンクだけじゃない
ミルムや家臣達……
それにオーシャンの民……
俺は領主だから……領主として生きると……カイト・オーシャンとして生きると決めたのだから!!
「それに……」
俺はティンクから腕を離して、玉座の肘掛けに腕を乗せて、力を込めて立ち上がる
「……君にそこまで言わせるのが情けないからな」
「わたしは本気で言ったのですけど……」
「わかってる……ありがとうティンク……伝わったよ」
ティンクが俺に伝えたいことはハッキリと……
俺はティンクの手をひいて、玉座の間を出る
「……どうやら、ティンク様の方が貴方を理解していた様ですね」
そこにはレリスが壁に背中を預けて立っていた
少し悔しそうだな
「妻ですから!」
誇らしげなティンク
「もう……大丈夫ですか?」
「一応な……お、ヤンユ、ちょうどよかった、ティンクを休ませてやってくれ」
やって来たヤンユにティンクを任せる
「カイトさんは休まれないのですか?」
「これからレリスと話し合いだ、やることが多くてな……大丈夫、全部終わったらしっかりと休むから……先に行っててくれ」
「……わかりました」
ティンクはヤンユと一緒に歩いていく
俺とレリスは玉座の間に入っていった
「……切り替えられたので?」
歩いていたらレリスが聞いてきた
「……いいや、切り替えるなんて無理だ、今も引きずってる」
「…………それなら無理せずに」
「いいんだ、決めた……俺は全部引きずる事にした、罪も後悔も犠牲も……全てな」
彼等の死を……忘れることは一生無理だろう
「だから……ずっと引きずる……たまに立ち止まるかもしれないけど……ちゃんとこうやって歩くからさ……」
俺はレリスを見る
「ついてきてくれるか?」
「……聞くまでもないでしょう?」
レリスは苦笑する
「どこまでもお供しますよ……」
「それは良かった……っと!」
躓いて転びそうになる
しかし、レリスに支えられて転ばずにすんだ
「それに……私はこうして支えますから……1人で背負わせませんよ……私も背負いますから」
「……ありがとう」
俺は改めて……色んな人間に支えられているんだな……
そう実感させられた……