第190話 『化物』から学んだ
ーーーヘルド視点ーーー
『ヘルド、もう敬語は止めろ』
『……えっ?』
昔、オルベリンに言われた事を思い出す
『お前はワシと同じ『将』という立場だ、同じ立場の者同士だ、敬語はいらん』
『し、しかしオルベリン様は……』
オーシャンの英雄であり……俺達にとっては憧れの……
『ヘルド、ワシは『特別』ではない、多くの仲間に助けられて今を生きている……お前も長く生きれば、ワシの様になれる』
『そ、そうですか?』
それは無理だろうと思ったが……
『わかったら、ワシに敬語は止めろ』
『……わかった』
………………
「なんで今、こんな事を思い出すんだ?」
俺はサタヌルスの兵を殺しながら呟く
「ひ、怯むなぁぁぁ!! 敵は9人だけだ!!」
サタヌルスの将が叫ぶ
……お前が1番ビビってるだろ?
「うぉぉぉ!!」
俺の右側から兵が斬りかかってくる
「はぁ!」
俺が動く前に、味方の兵の1人が敵兵を斬り捨てた
「なんだ、お前も残ってたのか?」
俺は兵士に話しかける
「お前が残るなら、同期の俺も残らないでどうするよ!!」
兵士……カシウスが答えた
「お前が殺りそこねた奴は俺達で始末する! お前は前だけ見てろ! ヘルド!!」
実に頼もしい事だ
「ああ、任せた!!」
俺は馬から降りて落ちてる槍を拾い……敵将に向けて投げる
ヒュオン!!
風を斬りながら槍は真っ直ぐ飛んでいき
「うぁぁぁぁ!?」
ドスッ!
敵将の左肩を貫いた
「ひ、ひぃぃぃ!! 死ぬぅぅぅ!!」
完全に戦意を喪失した敵将が逃げ出した……臆病な奴だな
「ま、待ってくださいぃぃぃ!?」
「えっ!? ちょ!?」
「うわわわわわ!?」
敵兵達も指揮官の逃走に驚き、追いかけるように逃げていった
これで敵軍は全滅……って言えたら楽なんだがな……
「ビビるな!! 出世のチャンスだぁぁぁ!!」
「うぉぉぉぉぉ!!」
指揮官が居なくなったのを幸いと突っ込んでくる敵兵
「まあ、雑魚は何人で来ても一緒だがな!!」
俺は突っ込んでくる敵兵を薙ぎ倒す
仕留めそこねて倒れたが生きてる敵兵をカシウス達が殺す
「おらおらおら!!」
ボキッと槍が折れる
直ぐに近くの剣を拾い敵兵を斬る
そして槍で突いてくる敵兵の槍の口金を掴み、一気に引き寄せて剣で敵兵を殺し、槍を奪う
そしてまた槍で敵兵を殺す
次々と屍の山が出来る……邪魔だな……
……あまり屍をぞんざいに扱いたくはないが……足をとられて殺られたくないしな……
「おい! 敵の亡骸を下に落とせ!!」
「はっ!!」
3人の兵士が近くにある死体を橋の下に落とす
この下はどうなってるかは知らないが……二度と弔われないのは確かだ……すまないな
「ひ、ひでぇ……」
敵兵が突撃を止めた……自分も死んだら落とされると考えて……足がすくんだか?
「どうした? 来ないならこっちから行くぞ!!」
俺は槍を振り回しながら突撃する
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」
「俺達じゃ敵わねぇぇぇ!!」
「逃げろ!! 逃げろ!!」
サタヌルス軍が逃げ出した
「……はぁ、はぁ……ふぅ……数だけだったな」
俺は息を整える
「今のうちに他の死体を片付けるか……」
俺達は死体を1ヶ所に纏めた
……さっきは余裕が無いから落としたが……今は余裕があるからな
後で埋葬されてくれ……
武器は回収させてもらうがな
・・・・・・・・・
ーーーゲルド視点ーーー
「アルス様!! アルス様!!」
小生はアルス様を探す
途中で会った兵から、森に入ったのを見たと聞いたのだが……
マーレスに他の者との合流を任せて来たのだが……
「……くっ、見つからないか……しかし足跡は残っている……」
馬の足跡ともう1つの足跡
アルス様とシャルスのものだと思うのだが……
「……辿ってみるか」
小生は足跡を辿る
そして……
「ここは……」
崖……一部が崩れている?
それに戦った痕跡が……
「…………まさか、いや、そんな……」
落ちたのか? この崖から?
馬から降りて崖を覗く……
「……下には森……この高さなら或いは……しかし」
生存は絶望的だ……だが!!
「遺体を見るまで……諦めん!!」
小生は鎧と兜を脱いで、伝言用の紙を取り出し、指を軽く斬って、血で伝言を書く
『人探し、小生、必ず戻る』
名前は書かない……もし敵に奪われた時の事も考えてだ……
鎧と兜を馬にくくりつける、そして紙を挟む
「よし、皆のところまで走れ!!」
小生の愛馬が走る
奴は賢い……来た道を戻って、カイト様の元にたどり着く筈だ……
カイト様の元までが難しくても、仲間の誰かの元に行くはず……
仲間ならくくりつけた鎧で小生の馬だとわかる
そして伝言も小生からの伝言だとわかる
あの伝言だけで全てを察してくれたら助かるのだが……
「……考えても仕方ないな……取り敢えず小生は……降りるか」
小生は崖を降りる事にした
登るのは何回も経験しているが……降りるのはあまりなかったな……
・・・・・・・・・
ーーーブルムン視点ーーー
「いや~モルスが居ると楽でいいね~ヒヒヒ!!」
立ち塞がる敵はことごとくモルスに殺られた
今は逆に道を開けていくくらいだ
「うん? ブルムンはん! あそこ!!」
グラドスが何かに気付く
「んっ?」
自分はグラドスの視線の先を見る
お、ユリウスとティールだ
「おーい!!」
ユリウスが左腕を振る
右腕はぶらんぶらんとしていた……折れてる?
「マリアット!」
「あいよ!!」
マリアットが2人に駆け寄る
そして誘導して、合流した
「兵士達はどうしたんだい?」
マリアットが聞く
「先に行かせた! 捕まってないなら逃げ切ってる筈だ!!」
ユリウスが答える
「ユリウスはん、右腕は?」
「イカれた!! 帰ったら治療受けるさ!!」
普通に答えるねぇ……右腕だけじゃなくて頭もイカれたとかないよな?
「ティールも負傷してる! だから僕達は戦力になれないと思って欲しい!」
「大丈夫大丈夫、モルスが何とかするさ!」
マリアットがそう答える
呑気だなぁ
「んっ? なんだあれ?」
自分は後ろを見る
何か土埃が舞っていないか?
「誰か望遠鏡持ってない?」
「自分が預かってます!」
兵士から望遠鏡を受け取って覗く
「……うわ、なんか鉄槌持った奴が追って来てるんだけど!?」
「バルバルバの将だ! ブランクって奴で僕の右腕がイカれた原因!!」
「まだ追ってきてましたか!!」
厄介な相手なのはわかった!
少しずつだが引き離しているから……このまま放っておこう!
「このまま逃げ切る!!」
『おおおおおお!!』
もう4日くらい走り回ってるのに皆元気だな……
もう少しで橋にたどり着くから、それが希望を与えているのか……
『わぁぁぁぁぁぁぁ!?』
「なんだ!?」
前から叫び声!?
「全軍構えろ!! サタヌルス軍が前から来た!!」
モルスが叫ぶ
前を見るとサタヌルス軍がこっちに突撃している……多いなぁ
流石にモルス1人では倒しきれないのがわかる
兵士達とマリアットが構える
そしてサタヌルス軍と交戦して……
「オーシャン軍だぁぁぁぁ!?」
「にげろぉぉぉぉぉ!!」
「ひぃ!」
「あっちだぁぁぁぁ!!」
「そっちだぁぁぁぁ!!」
「……………」
「……………」
なんか散っていったんだけど?
何があったんだ?
・・・・・・・・
ーーーヘルド視点ーーー
「……おいヘルド! あれ!!」
カシウスが前を見る
「あっ? あれは……モルス? おお! ブルムン達が来たか!!」
敵軍じゃなくて味方が来たのはありがたい
「おお! ヘルド!!」
モルスが俺達に気付く
そして橋の側で止まった
モルスを始めとした将達が前に出る
「何してんだあんた?」
ブルムンが聞いてきた
「お前達や他の連中が逃げ切れる様にここを守っていたんだ……おお、ユリウス達も居たか! アルス様も居るんだな?」
「えっ? アルス達は来てないのか!?」
ユリウスが驚く
「……なに? お前達と一緒に居たんじゃないのか?」
「いや、俺とティールはバルバルバ軍の相手をしてて……シャルスとゲルドとマーレスがアルスと一緒に居る筈なんだが……」
「お前達しかまだ来てないぞ?」
「そんな……くそ! いつの間にか追い越したのか!?」
ユリウスがそう言って引き返そうとする
「おいユリウス! 流石に止めるぞ!」
モルスがユリウスの左肩を掴む
「止めるな! アルス達を探さないと!」
「右腕が使えない状態でか? それに……奴等を突破できるのか?」
……奴等?
「なんだ? 逃げるのを諦めたのか?」
聞き慣れない声が聞こえた
「うわ……追いつかれた……」
「?」
俺は前を見る……バルバルバ軍か……
「ユリウス・ウィル・ガガルガァ!! 俺と戦え!!」
なんだこいつは……
「バルバルバの将でブランクって名前だそうです」
兵の1人が俺に言う
つまり敵だな
「ユリウス、下がってろ」
「ヘルド?」
俺は前に出る
「なんだ貴様は?」
ブランクが俺を見る
「オーシャンの将、ヘルドだ……相手なら俺がやるぞ?」
「いや、俺達だな」
モルスやマリアットが俺の隣に立つ
「……ふむ……流石に厳しいか」
ブランクは俺達を見回し
「……仕方ない、止めておくか」
「諦めるのか?」
挑発する
「無謀な事に兵を捲き込むつもりはないからな! ユリウス・ウィル・ガガルガ!! いずれ決着をつけるぞ!!」
そう言ってブランクとバルバルバ軍は退いていった……
・・・・・・・
ブルムン達と状況の確認をする
「ルーツが死んだ? マジで言ってるのか? 笑えないぞ?」
ユリウスが言う
「事実だ……アイツのお蔭で、カイト様は橋を渡れた」
「今のところ戦死した将はルーツだけか」
ブルムンは呟く
「まあ、被害は少ない方か……」
ブルムンがそう呟いた瞬間に……
「お前っ!!」
ユリウスが左腕でブルムンの左肩を掴む
「なんだい? 非情だとでも言うかい? これは戦だ、犠牲が出るのは仕方ない事だぞ?」
「ぐっ!!」
「ユリウス、止めろ」
俺はユリウスを止める
「ヘルド! 何も思わないのか!!」
「ブルムンの言ってることは正しい、誰が死んでもおかしくないんだ」
「……くっ!!」
ユリウスは悔しそうに手を離した
「……全く、若いんだから」
「ブルムン、今回は止めたが……次は俺が殴るからな?」
「……ヒヒ!」
はぁ、取り敢えず怪我人だけは先に行かせて……
「ヘ、ヘルド様!!」
橋の向こうから兵士が走ってきた……カイト様と一緒に行った兵だ
「どうした!!」
「カイト様が敵襲にあいました! レムレ様とガイルク様が交戦していますが多勢に無勢で……」
「!?」
向こうにも伏兵を仕込んでいたか!
いや、予想はしてたが……そんなに多いとはな!!
くそっ! もっと警戒していれば……いや……
「ブルムン! お前達はカイト様の救援に向かってくれ!」
「んっ? ここには残さなくて良いのかい?」
「伏兵の数がわからん!! 援軍は多い方がいい!! 急いでくれ!!」
「ヒヒヒ! 了解!」
ブルムンに俺の馬を任せる
「全軍! 橋を渡れ!! カイト様を助けに行くぞ!!」
『おおおおおおおお!!』
カイナス勢が駆け出す
「ユリウス! お前達も行け!!」
「だがアルスが……ヘルドも」
「怪我人は足手まといだ! 行け!!」
「……くそっ!」
ユリウスが橋を渡る
「ティール、頼みがある」
俺はティールを呼び止める
「なんですか?」
「もしだ……もし、俺が戻れなかったら、これをサルリラに渡してくれ」
俺は1枚の手紙をティールに渡す
「……わかりました、渡したくないからちゃんと戻ってきてください」
手紙が何の手紙か察したティールは受け取ってから走り出した
「さてと……お前ら! 後はアルス様達を待つだけだ!! 正念場だぞ!!」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』