第174話 さぁ、駆けようか!
焔暦148年 4月
ーーーアルス視点ーーー
「…………」
僕は兵と訓練をしていた
都の外で馬で駆けたり、模擬戦をしたり……
でも、今日の訓練はいつもと違う
「ふむふむ……アルス様も立派な将ですな!」
「そ、そう?」
オルベリンが見物に来ているのだ
その影響か、兵達のやる気もいつもより高い
「でも珍しいね、見物したいなんて……」
「少し、昔を懐かしく想いましてな……久し振りに訓練の様子でもみたいと思ったのです」
「……そっか」
まあ、そんな事もあるだろうね
正直、僕もオルベリンにこうやって見られるのは悪い気はしないし
「最近の皆の様子はどうですかな?」
「ああ、皆ドンドン強くなってるよ、レムレは3本の矢を同時に射って的に全部当てたりしてるし、ユリウスはヘルドやゼルナに触発されたのか……最近はいつもより多く訓練してるし……シャルスはなんか分身出来るようになってたし……」
あれはビックリしたな……
ルミルもテリアンヌから聞いた話だと……斧を投げて手元に戻ってくるようになったとか言ってたな……
「ほっほぅ……期待以上に成長されてるようで……これなら領も安泰だな!」
愉快そうなオルベリン
「…………?」
僕はそんなオルベリンに……何か違和感を感じていた
良くわからないけど……何か……感じていたんだ
・・・・・・・・・
ーーーミルム視点ーーー
「~♪」
「嬉しそうですな、ミルム様」
「あ、じいじ! うん! 凄く嬉しいよ! もう少しで村も人が住めるようになるんだ! そうしたら本格的に仕事が始まるんだ!」
私はじいじに笑いかける
じいじも微笑み返す
「それにしても珍しいね? じいじが城に来るなんて……」
因みに、今はいつもの中庭だったり
じいじはあまり城に来ないんだけどなぁ……お兄様達も含めて私達から会いに行くし……
「散歩がてら、城内を見て回ろうと思いましてな……」
「そうなんだ! 案内しようか?」
「いえいえ、お手を煩わせるつもりはありません……満足したら屋敷に帰りますので」
「そう? わかった! でも……何かあったら言ってね? じいじは私にとってはお祖父ちゃんみたいなんだからね!」
「そう言われると、照れますなぁ!」
そう言うとじいじは嬉しそうに城に入っていった
「…………んん?」
なんだろ? 何か……変な感じ……
なんなんだろ?
・・・・・・・・・・
ーーーカイト視点ーーー
「……オルベリン? どうしたんだ?」
一仕事終えて、廊下を歩いていたらオルベリンが居た
城に居るなんて……珍しい
「おお、坊っちゃん……いえ、ここから城下を見ていたのです」
「街をか?」
「城下の……"全て"を……」
俺はオルベリンの隣に立つ
オルベリンが見ていた窓には街が見えていた……
そして遠いが平原や山も見える
レムレじゃないから、何がどうとか詳しくは見えないけどな
「……この全てが、坊っちゃんの手にいれたものなのですな」
「……まあ、統一したって意味じゃそうだな」
だからって全部俺の物! って訳じゃないけどな
「本当に……大きく、立派になられましたな」
「それは、領がか? それとも俺がか?」
「両方……ですかな!」
そう言って笑い合う俺達
「オルベリン、景色がみたいなら屋上の方が良く見えるぞ? 四方八方が見放題だ」
「いえ、ワシにはここで充分です……ここだから良いのです……」
「……?」
どういう意味だ?
「……あっ、父上の……」
俺はふと後ろを見た
そこにはベルドルトの肖像画が掛けられていた
ここ以外にも何ヵ所か肖像画は掛けられているが……
まあ、いいか……何か思うところがあるんだろう
「オルベリン、何だったら茶でも飲んでいくか? 最近ヤンユが育てた新人達も良い紅茶を淹れるようになってな」
「それは楽しみですな、では同行しましょう」
こうして俺とオルベリンはティンクを交えて3人でお茶を楽しんだのだった
・・・・・・・・
夜
オルベリンの屋敷
ーーーオルベリン視点ーーー
「…………」
ワシはベッドから夜空を眺めていた
何十年も見てきた星空
満月が輝き、星が輝き……
『ほらオルベリン! 見てみなよ!』
『はしゃぐなアルガン!』
アルガンと見た星空を思い出す
『ここからだ! ここから始まるんだ!』
アルガンの瞳は……星空に負けない位に輝いていた
「……ふふ、あの時はワシも若かったな……」
無茶もした
死にかけた事もあった
だが……生きてこれた
勝ち続けてきた
いつの間にか『化物』と呼ばれるようになっていた
『オルベリン……』
ベルドルト様はヘイナス城の屋上で泣いていた
星空を見上げながら泣いていた
『ベルドルト様……ここは冷えます』
『ああ……だが、もう少し居させてくれ……』
アルガンが亡くなった日……夜遅くにベルドルト様は泣いていた
『皮肉だな……父上が死んだというのに……空はこんなにも輝いている』
『……昔、アルガンが語ってました……死んだら星になる……夜空の星は自分達を見守ってくれていると』
『…………そうか、なら……父上も見守ってくれているのだな』
『はい、アルガン以外にも……共に戦った同志達が見守っているでしょう』
『……心強いな』
『そうですな』
それからベルドルト様は活躍された
アルガン以上に……オーシャンの名を大陸中に轟かせた……
『オルベリン! こっちだ!』
『おや? 奥様もご一緒ですか?』
奥様がワシに微笑む……その膝の上には赤子が眠っていた
『夜空を見たくなってな……ほら、オルベリンも座れ』
『では、失礼して……』
坊っちゃんが赤子の時も夜空を眺めた
『オルベリン! 早く早く!』
『こっちこっち!』
『じっじ! じっじ!』
『お待ち下さい! 坊っちゃん! アルス坊っちゃん! ミルムお嬢様!』
ベルドルト様に頼まれて……幼かった坊っちゃん達と一緒に星空を眺めた事もあった
「いつ見ても……変わらないな……」
『……なぁ、何で空を見てるんだ?』
『星を見ているのだよ……ほら、一緒に見よう』
『良いけどさ……楽しいのか?』
『ああ、楽しいぞ? お前もそのうちわかる』
『……ふーん』
「……今なら……わかるのかも知れんな……」
・・・・・・・・・・・
ーーーカイト視点ーーー
「…………んっ?」
目が覚めた、外は夜だ……ティンクは熟睡してる
「…………」
時計を見る……深夜の2時か
「…………」
なんだろ? いつもなら二度寝でもするのだが……
起きなきゃいけないような……
「……オルベリン?」
訳がわからない
でも、何故かオルベリンに会わなきゃいけない気がする
俺はティンクを起こさないようにベッドを抜け出し着替える
そして部屋を出て……城を出た
不用心だとは思うが……まあ、オルベリンの屋敷は近いから大丈夫だろ?
少し早足で歩きながらオルベリンの屋敷に着いた
「…………流石に迷惑だよな?」
扉の前に着いてから冷静に考える
こんな深夜に訪ねなくても朝になってからで良かったんじゃないのか?
「……うーん……んっ?」
なんか……中庭に気配を感じる……
「?」
俺は中庭に向かう
「……オルベリン」
中庭にはオルベリンが立っていた
鎧を着て、夜空を眺めていた
「おや? 坊っちゃん? どうされたのですか?」
「こっちの台詞だ……なにやってんだよ……」
俺はオルベリンの側に立つ
「星を……眺めてました」
「鎧を着てか?」
「ええ、昔を想うと……つい」
「全く……」
俺は夜空を見る
「…………」
「…………」
静寂……
てか、野郎2人で夜空を眺めるって……どんな状況だよ
「坊っちゃん……ありがとうございます」
「いきなりなんだよ?」
「この様な老いぼれを……最期まで気にかけてくださって」
「おいおい、当たり前だろ? オルベリンは家族なんだから……気にするさ」
……それに
「礼を言うのは俺の方だ……頼りなかった俺を見捨てず……ずっと支えてくれた……オルベリンが居たから、今のオーシャンがあるんだ」
最初の……パストーレが攻めてきた時も……皆の協力もあるけど……やっぱり1番はオルベリンが居たから勝てたんだ
カイナスへの援軍も果たしてくれたから余裕ができた
マールマールとの戦でも活躍してくれたし……
ガガルガとの戦でも……オルベリンがヘイナスを守ってくれたから安心して戦えた……
カイナスとの戦でも働いて貰ったし……
その全てが有ったから……パストーレとの戦にも勝てたんだ
「騎士冥利に尽きますな……」
隠居の時もそれ言ってたぞ?
「……坊っちゃん……ワシの我が儘を聞いてもらえますか?」
「なんだ?」
オルベリンは木剣を2本取り出し、1本を俺に差し出す
「ワシと、一戦……頼みます」
「……わかった」
オルベリンとの模擬戦……かなり久し振りに感じる
1回も勝てなかったけど……あの時とは違う……
俺もちゃんと鍛えてるんだ! それを見せてやる!!
……ステータスは変わってないがな!
俺とオルベリンは向かい合い、木剣を構える
「…………」
「…………」
流石だな……隠居した老人とは思えない気迫……
呑まれないようにしないとな……
「!」
ダン!
オルベリンが踏み込む
一瞬で目の前まで移動してきた!
そして上段から振り下ろしてくる
「っ!」
俺は木剣を横に構える
腕の力だけじゃない……身体全体で受ける
ガッ!
「ぐぅ!」
重い……とても重い一撃
だが、受け止めれた!
「はぁ!」
オルベリンが体勢を立て直す前に
俺は木剣を振るった
オルベリンの右手を狙って
カン!
「むっ!」
カラン……
オルベリンの右手から木剣が飛び
地面に落ちた
俺は自分の木剣をオルベリンの喉元に向けた
「…………」
「…………」
「……えっ、か、勝てたのか?」
「……お見事です、坊っちゃん」
オルベリンが誇らしげに微笑んだ
「そ、そっか……か、勝ったのか……」
俺は震える
嬉しいのかもしれないし、悲しいのかもしれない……
俺が勝った……それだけオルベリンは弱ってるって事だ……
「まあ、喜んで良いよな?」
「ええ、自慢しても良いのですぞ?」
「はは、そうだな」
俺は弾き飛ばした木剣を取りに行く
・・・・・・・・・
ーーーオルベリン視点ーーー
坊っちゃんが勝った
手加減した訳ではない……ワシは出せる限り全力で挑んだ……
昔と比べたら弱くなったかもしれないが……それでも勝てるつもりだった
簡単な話だ、坊っちゃんが強くなったのだ……
坊っちゃんは気付いてないかもしれないがな……
木剣を拾いに行く坊っちゃん
「……ああ、満足だ」
もう、何も心配いらない
戦いばかりの人生だったが
得るものも残すものも多い人生だった
悪くない……実に悪くない……
ワシは……幸せだった……
・・・・・・・・
ーーーカイト視点ーーー
木剣を拾う
「よし、取り敢えず屋敷に入ろう、春先とはいえ、冷えてきたし……」
そしてオルベリンの側に向かう
「…………」
「オルベリン?」
俺はオルベリンを見る
微笑んでいるオルベリン
「…………なんだよ……」
そして俺の眼から涙が溢れる
近付いてわかった……オルベリンは……
「満足そうな顔して……逝っちゃったか……」
覚悟はしていた……いつかはこうなると
でもさ……やっぱりいきなりすぎないか?
「もっと……話したいことも……教わりたいこともあったんだぞ?」
俺は泣くことしか出来なかった……
オルベリンの堂々とした亡骸を前に……泣くことしか出来なかった……
・・・・・・・・・・・
『…………むぅ? ここは?』
ワシは……屋敷に居た筈
『ここは……平原か? むっ?』
ワシは馬に乗っていた
『これは?』
どうなっている?
『どうしたんだ? オルベリン?』
『!? なっ……ベルドルト様!?』
ワシの隣にはベルドルト様が居た
ワシと同じように馬に乗っていた……
『何驚いてるんだ? おかしな奴だな』
『い、いえ……むっ!?』
身体の違和感に気付く……顔に触れる……
わ、若返っている!?
ど、どうなっているのだ?
まさか……過去に戻ったというのか?
そんなお伽噺の様な事が……いや、無いな、ベルドルト様は老けている……
ここが過去ならベルドルト様も若い筈だ
つまり……ここは……
『オルベリン! 何してるんだい? 行くよ!!』
目の前に男が現れた……
『……そうか……そうだな……逝くか、アルガン!』
いつの間にか周りには見知った者が現れていた
先に逝った同志達……迎えに来てくれたのだな!
『さぁ、駆けようか!!』
アルガンの号令
『ああ、駆けようか! どこまでも……どこまでも共に!!』
駆け出す
どこまでも……世の果てまで……駆けていく……
焔暦148年 4月
オルベリン 天寿を全うする