第171話 メルセデスの子供達
バルドナの敗北から数日後
バルドナが敗走した話はヤークレンの兄弟達にあっという間に伝わった
『ペリン』
カシルナ・ヤークレンが本拠にしている都
「バルドナは不様に負けたか」
カシルナは兵からの報告を聞きながら本を読んでいた
「はっ! 多大な被害を被ったそうです!」
「そうかい、まあ自業自得だね……アイツは己の未熟さを理解していない……どうせ何の情報も集めずに挑んだんだろう?」
そう言ってからカシルナは本を閉じる
「君、もしバルドナから支援の要請が来ても拒否するように全員に伝えててくれ」
「えっ? は、はい……あの、よろしいのですか? 弟君なのですよね?」
兵は困惑した
弟から助けを求められても無視しろと言われたのだ
「弟だよ? でも助ける理由にはならないよね?」
そう言ってカシルナは近くのメイドに本を渡す
本を渡されたメイドはすぐに別の本をカシルナに渡す
「それよりも僕は忙しいからね、あと2分しかない貴重な休み時間を無駄にしたくないんだ……さっさとしてくれるかい?」
カシルナは兵に向かって微笑む
「は、はい!!」
兵士は部屋を飛び出した
カシルナに急げと言われたから飛び出したのではない
カシルナの微笑みに恐怖を感じたのだ
あんな冷たい微笑みがあるのかと、兵士は走りながら思っていた
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「キャットル」
キュルシ・ヤークレンが本拠にしている都である
「あらあら……バルドナお兄様が……あらまぁ……」
キュルシは驚いた表情をする
「西方同盟を嘗めるとそうなる……」
キュルシのお目付け役を任されている八将軍のワムーカが呟く
「お父様が警戒するわけですねぇ……」
キュルシは紅茶を飲む
「ふむ……キュルシ嬢、西方同盟は把握しておるか?」
ワムーカは試すように聞く
「はい♪ 『シルテン』『コイシュナ』『バルバルバ』『ロンヌール』『サタヌルス』……西方の領による同盟ですね、確か……今はシルテンのパルシットって人が盟主でしたよね?」
「そうだ、わかっておるな」
「情報は武器ですから♪ それに……パルシットって人には面白い噂がありましたね?」
キュルシは楽しそうに話す
「ふむ? 噂?」
「パルシットはまだ10歳の子供だとかぁ、前領主である『ナッツクーペ』を毒殺したとか♪」
「ほぉ、それは初耳だわい」
「なんでも、領主になってすぐに邪魔な相手を抹殺したとか……ふふ、話が合いそうです♪」
「お嬢とは馬が合いそうだな」
そして笑いあう2人
話の内容は恐ろしい事なのに……と、近くの兵士は震えていた
・・・・・・・
『ボルドー』
ガールニック・ヤークレンが本拠にしている都だ
東方に比較的近い場所にある
「そっか、やっぱりバルドナは負けたか……」
帰って来たばかりのガールニックは兵からの報告を聞きながら服を旅装から着替える
「どうなさいますか? 我々も挙兵してバルバルバを攻めますか?」
兵が聞いてくる
「そんな事はしないよ、僕達だけで挑めばバルドナの二の舞だ……まぁ、一応資金を援助して義理は果たそう」
そう言ってガールニックは近くに置いてる羊皮紙を破り、羽ペンにインクを付けて金額を書き込む
「『ベリアル』に渡してきて」
「はっ!!」
ベリアル……ガールニックに使える軍師である
「さてと……バルドナはどう動くか……カイトには警告したけど……もし父上が動いたら、カイトも動かないといけなくなるな……」
ガールニックは着替えを終え、玉座に向かう
「今は……僕に出来ることで時間を稼ぐか……」
ガールニックは今できる"最善"を思案するのだった
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『スルールカ』
マンルース・ヤークレンが本拠にしている都
「ぷっ! くくくく! マジで? マジで負けたの? だっせぇぇぇぇぇ!! はははははははは!!」
マンルースは報告を聞いて爆笑していた
「げほっ! ごほごほ!」
そして噎せた
「マーちん笑いすぎー!!」
八将軍の1人、ピーリルが愉快そうに言う
「だってバルドナの奴が負けたんだぜ? ほら、去年くらいにアイツ言ってたろ? 『父上の血を継ぐ俺は無敵だ(キリッ』って! それがぼろ負け!! こんなの笑うしかないだろ? って訳で……はははははははは!!」
ひーひーと息苦しくなりながらも笑うマンルース
「んで? バルドナの奴は何か言ってきたの?」
少し落ち着いたのか震えながら聞くマンルース
「いえ、いまだに何も……『コルドュナ』に戻ってからは沈黙してるそうで……」
「ひ・き・こ・も・りぃぃぃぃぃぃ!! ぶっははははははははははは!! ヤバい! 死ぬ! 笑い死ぬぅ!!」
スルールカ城にマンルースの笑い声が響いたのだった
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『スカックラ』
メアリー・ヤークレンの本拠である
「そんな……バル兄が?」
報告を聞いたメアリーはショックを受ける
「ああ……」
そして青い顔をしながらうつむいた
「大丈夫か? メアリー……」
八将軍のダックが心配そうに聞く
「大……丈夫です……バル兄は生き残ったのですよね?」
「はっ! コルドュナに帰還されました!」
「そうですか……誰か! 今すぐコルドュナに使者を! バル兄に必要な物があるか聞いてください!」
「はっ!!」
兵は使者を用意するために玉座の間を出ていった
「メアリー、バルドナを支援するのか?」
「勿論です! 半分とはいえ……血を分けた兄妹です! 力を合わせないと!!」
「そうか……そうだな」
ダックは目の前にいるメアリーを哀れみの目でみる
メアリーは知らなかった……自分に居る妹は2人だと言うことを……
もし、彼女が末妹の事を知っていたら
メアリーは迷うことなく妹を保護していただろう
「…………」
そう思いながらメアリーを見つめるダックなのであった
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『ケイオスルーン』
アマーリス・ヤークレンの本拠である
「ひぃぃぃぃ!! バルドナが負けたぁぁぁ!! 次は僕の番なんだぁぁぁぁ!!」
アマーリスは半狂乱になりながら叫ぶ
「西方が攻めてくるぅぅぅぅ!! 死にたくないぃぃぃぃぃ!!」
泣き叫ぶアマーリス
「全く……いい加減にしなさい! こら! アマーリス!!」
八将軍のフレイヤが怒る
「フレイヤァァァ!! 僕をまもっでぇぇぇ!! じにだぐなぃぃぃぃ!!」
「落ち着きなさい! 西方が攻めてくるわけないでしょ!
ここはグレイクの近くにあるんだから!」
「あ、そ、そうだぁ! いざというときは父上が助けてくれるんだよね!?」
「……いや、あの人は動かないから……」
「………うわぁぁぁぁぁ!! おしまいだぁぁぁぁ!!」
「もぅ!!」
フレイヤは頭を抱えながら、アマーリスを落ち着かせるのだった
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『ナヤーク』
インフェリ・ヤークレンの本拠である
「けっ! そんな事をいちいちオレに報告するな!」
インフェリは兵に怒鳴ってから素振りを再開する
「し、しかしバルドナ様はインフェリ様の兄……何か行動を起こした方が……」
「うるせぇ! 負けたバルドナが悪いんだろ!! オレは今機嫌が悪いんだ! さっさと出ていけ!!」
インフェリの怒鳴られた兵は逃げるように部屋を出ていった
「ちっ! たくよぉ……」
インフェリは剣を振る
頭に憎い相手の顔を浮かべながら剣を振る
「カイト・オーシャン! ぜってえぶっ飛ばす!!」
やる気に満ちたインフェリだった
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『コルドュナ』
バルドナ・ヤークレンの本拠である
「ちくしょう! バルバルバめ!!」
荒れているバルドナ
大きな損害を受けたのだから仕方ない
「あんな風に俺をこけにしやがって!!」
バルドナはマッテリオ平原からの撤退をするときに更にひどい目にあったのだった
撤退した先でバルバルバの伏兵に襲撃されたのだ
何度も何度も何度も何度も……ヤークレン領に戻るまで続いたのだった
「ガリウスが居なかったら、くそ!!」
その伏兵もガリウスが次々と撃破していった
バルドナが無事に帰れたのはガリウスのお蔭である
「わかったろ? これが戦だ」
「ガリウス……」
荒れてるバルドナの側にガリウスがやって来た
「こ、今回はたまたま相手の策にハマってしまったが……次は!!」
「やめとけ、敗戦したばかりですぐに再戦しても殺られるだけだ」
「……このまま泣き寝入りしろっていうのか!!」
「ああ、そうしろ、今は力を蓄えるときだ」
「ふざけるな! そんな事できるわけ……」
「メルセデスはやっていたぞ?」
「!?」
「いいか? 勝ちたいんだったら準備をしっかりとしろ! 今回の敗因は明らかに相手を嘗めきったお前だぞ?」
「……くっ!!」
バルドナの反省会が始まるのだった