第167話 年末を迎えて
焔暦147年の……年末
ーーーカイト視点ーーー
「……はっ?」
俺は年末の最後の仕事として兵からの報告を聞いていた
全ての報告を聞き終えたら、俺の今年最後の仕事も終わりだった
その最後の最後の報告で俺は耳を疑った
「すまない……もう一回言ってもらえるか?」
俺は報告をしに来た兵に再度報告を聞いてみる
「はっ! 西区の『パンプキン』という宿屋の前で複数人のならず者を捕縛しました……しかし付近の損傷が激しく」
「うん……そこまではいい……それで? 被害の規模をもう一回頼む」
「はっ、パンプキンの壁が3ヶ所程、穴が開きました……それと隣の酒場の看板にも穴が……というよりはならず者の1人が貫通してました……それと向かいの商人の屋敷の木が2本ほど折れてました……付近にならず者が倒れてたので恐らく関係ありかと……」
「……どうしたらそんな被害が出るんだ?」
普通の喧嘩じゃそんな事にならないよな?
「捕縛ならず者で意識が戻った者に事情を聞いたのですが……『化け物が! 化け物が!』っと発狂してまして……」
「化け物ねぇ……オルベリンが関わってるとは思えないが……」
昔ならともかく、今のオルベリンは屋敷もあまり出ないぞ?
西区まで行ったとは思えないし……
「それとパンプキンの店主から聞いたのですが……」
「うん?」
「それをやったのは客の1人で……素手でならず者を倒していたと……」
「はぁ!?」
素手で? てか1人で?
壁にめり込ませたり看板に貫通させたりしたのか?
どんな人間だよ!?
「その客は誰かわかってるのか!!」
俺は立ち上がる
そんな芸当ができる人間は会ってみた方が良いと思った
……出来るなら軍に入れたい気もする……まあそれは人柄を見てからだな
「それが……もう都から出ていったらしくて……門番もその人物が馬車に乗って出ていったのを確認してます」
「……そうか」
俺は玉座に座る
残念だ……会ってみたかったな
「取り敢えず……捕まえた連中は暫く投獄させて……反省したら出してやれ、ついでに暴れる元気があるなら兵になるか勧誘してやれ」
「はっ!」
兵が玉座の間から出ていった
「やれやれ……」
「残念でしたね」
レリスが俺を見る
「そうだな……さてと、終わった話はもう止めよう、切り替えていくぞ……もう仕事は無かったよな?」
「ええ、お疲れ様です、ゆっくりとお休みください」
「ああ、そうさせてもらう……んー!!」
俺は立ち上がりながら身体を伸ばす
あー、ずっと座ってるのもキツいな……
久し振りに身体を動かしたい……
「…………」
あ、そうだ……訓練場を覗いてみよう
確かゼルナも今日は訓練場に行ってたな……様子を見てみよう
俺は訓練場に移動する
・・・・・・・・
訓練場に到着した……
「はぁぁぁぁぁ!!」
「ぬぅぅぅぅ!!」
「お、丁度やってたか」
中に入るとゼルナがマーレスと模擬戦をしていた
お互いにボロボロだな……何戦したんだ?
「はぁ!」
「ぐっ!」
マーレスの木剣が弾き飛ばされた
そして棒を喉に突きつけられた
「……俺の勝ちだな」
「……ちっ」
マーレスが両手を挙げて降参の意思を見せる
「これでゼルナさんの6勝4敗と……」
レムレが地面に印を書く
ゼルナの方が勝ち越してるんだな
「よぉ、お疲れさん」
俺は声をかける
「あ、カイト様! お疲れ様です!」
レムレが頭を下げる
「3人だけか?」
「他の皆は都の外まで訓練に出てます」
「そうか……それで? なんでゼルナとマーレスが模擬戦してんだ? 何回もしてるみたいだが?」
「ゼルナ様が模擬戦の相手を探されて、マーレスさんがそれに応じて……お互いに負けず嫌いなのか負けた方が再戦を求めて……」
「成る程ね……」
負けっぱなしは趣味じゃないんだな
「カイトか、お前の所は強い奴が多いな」
ゼルナがやって来た
マーレスは奥でぶっ倒れていた……体力切れた?
「だろ? 精鋭だ」
「ふっ、そういえば……」
「?」
ゼルナがレムレを見る
「やはり、君は以前使用人だった子か?」
「あ、はい! レムレと言います! 以前お会いした時はメイドをしてましたね!」
「そうだな……見覚えがあるとは思ってたが……成長したな」
「レムレはな、弓の腕前が軍で1番なんだぞ、射抜けない的は無いって感じだ」
「そうなのか?」
「えっ!? いや、そんな大それた事は……でも、自信はあります!」
おっ、強気だ
「ほぅ……その自慢の弓……是非とも見たいものだな」
「あ、えっと……じゃ、じゃあちょっと待っててくださいね!」
そう言うとレムレは的を取って戻ってきた
「これを持ってもらってても良いですか?」
「んっ?」
ゼルナは的の下の棒を持つ
「それじゃ離れてきますね! あそこから射ちます!」
レムレが指差した場所を見る
「……えっ? あそこって城の中だよな?」
レムレが指差したのは城の4階の廊下の窓だ
「走っていったぞ?」
ゼルナがそう言う
前を見るとレムレが城に入るところが見えた
少し時間が経ってから、レムレが窓から顔を出した……台にでも乗ってるのか、上半身が窓の向こうに見える
「なんだ? 何かやるのか?」
復活したマーレスがやって来た
「レムレが1発芸をする」
俺は半分くらいふざけて言う
「1発芸?」
マーレスが首を傾げてた時だ……
ドスッ!
「うぉ!?」
ゼルナの持ってる的の真ん中に矢が刺さった
「おお、マジか……」
俺はレムレに視線を戻す……するとレムレが丁度もう1本矢を射ってきた
カッ!
『!?』
俺、ゼルナ、マーレスは驚いて目を見開く
レムレの放った2本目の矢は1本目の矢筈に刺さったのだ
つまり、1本目と全く同じ場所を射ぬいたのだ
「おいおい、あのガキこんな良い腕してたのかよ……」
マーレスが驚く
「見事だな……これ程とは」
ゼルナも感心している
「俺もこれはビックリだわ……更に腕を上げてるな……」
成長が速いと言うか……凄いとしか言えないな……
「はぁ、はぁ……ど、どうでした?」
レムレが戻ってきた、走ってきたみたいで息切れしている
「凄いな……どうやったらこんな事できるんだ?」
俺は聞いてみる
「えっと……く、訓練の成果だと思います」
そうか……俺はどんなに訓練しても出来ないと思うが……
「そう言えば、カイトは何の用でここに来たんだ?」
ゼルナが見てくる
「んっ? 仕事が終わったから、久し振りに身体を動かしたくてな」
俺は腕を回して、肩の柔軟をする
「そうか……なら1戦……やるか?」
「勿論!」
「えっ!?」
レムレが驚く……俺の弱さをよく知ってる反応だな
これでも鍛えてるんだぞ? いつまでも弱くは……
・・・・・・・・・
ーーーゼルナ視点ーーー
「…………」
俺は困惑していた……
俺の目の前でカイトは気絶していた
一瞬……一瞬で決着がついてしまった……
「だ、大丈夫か?」
俺は声をかける
「う……うう……」
……駄目だなこれは
「相変わらずこいつは弱いな……」
マーレスが呆れたように言う
「カイト様は指示を出す時に本領を発揮するんです!!」
レムレが抗議する
「それでもある程度は戦えないとあっという間にくたばるぞ?」
「今まで勝ってるから良いんです!」
2人が言い争う
俺は2人を無視してカイトを介抱する
「…………」
こうして腕を掴んでみるとよく分かる……
「よく……鍛えているな」
恐らく身体の方も鍛えてるだろうな……
なのに何故こんなに弱い?
まるで……全力を出せないみたいだった
「…………」
まあいい……カイト本人の問題だしな
協力を頼まれるまで……見守っておくか……
・・・・・・・・
ーーーカイト視点ーーー
「目が覚めたら癒しが目の前に……」
「カイトさん?」
どうやら俺はゼルナとの模擬戦で気絶したようだ……
いや~強いなゼルナ……瞬殺されたわ
ティンクが心配そうに俺の顔を覗き込む
膝枕されてた……どうりで頭が心地いい訳だ
「お早うティンク……」
「お早うございます……」
「あー、今何時だ?」
「もうすぐ年越しですね」
そんな時間になるまで気絶してたか……
「んっ? 服が寝間着になってるな」
「はい! ゼルナさんに運ばれたカイトさんを入浴させたりしました!」
「……えっ? 誰が?」
「えっ? わたしが……」
「そっか……意識の無い俺の身体を好き勝手にしたのか……」
「誤解を招く言い方はやめてくださいね?」
「すまん」
仕方ないだろ? こうでもしないと恥ずかしいんだから
「まあ、面倒をかけたな……助かったよ、ありがとう」
「い、いえ……妻として当たり前の事をしただけですから!」
「それでも俺が助かったのは事実だからな……何か礼をしないとな……何かしてほしい事とかあるか?」
「えっ? いえ……その……とくには……」
目が凄く泳いでるぞ?
「本当に?」
俺がもう一度聞くと
「すいません……あります」
そんな訳でティンクのお願いを聞いてみる……
「本当にこんなのでいいのか?」
「これが良いんです♪」
ティンクのお願いは……同じ布団に一緒に包まれる事だった
「好きな人と1つになって新年を迎える……やってみたかったんです」
「へぇ……」
去年も一昨年も一緒に寝て新年を迎えたんだけどな……
なんか違うんだろうな……俺にはよくわからないが……
そうしていたら……
カーン! カーン!
0時を知らせる鐘の音が聞こえた
「おめでとうございます、カイトさん」
「ああ、おめでとうティンク……今年もよろしく」
こうして新年を迎えたのだった