第164話 『化け物』と『砂豹』
翌日
早朝に俺がやる必要がある仕事を手早く終わらせ
レリスに後を任せる
その後、自室に戻ったら起床していたティンクと軽く話す
その時にミルムの事を任せていいか聞いたら
「わかりました! ファルンさんの案内はしっかりと果たして見せます! それとミルムちゃんの事も大丈夫です!」
と言ってくれた
頼りになるなぁ……
次はアルスとレムレ……それとゲルドにブライアンを鍛える事を頼んだ
丁度、訓練場で兵達の訓練をする予定だったから一緒にブライアンも混ぜてくれるそうだ
昨日のうちにレリスがある程度の説明をしていたから、話はスムーズに進んだ
そんな事前準備を終わらせて廊下を歩いていたらゼルナ達が起きてきた
「よぉゼルナ、良く眠れたか?」
「ああ、久し振りに安眠できた」
凄い寝癖の状態でゼルナが答えた
……なんだ? 朝は弱いのか?
「すまないが風呂を借りていいか? 寝癖をどうにかしたい」
「ああ、メイドに言ったら準備してくれるから……場所は覚えてるか?」
「一応な……わからなくなったら聞いてみる」
そう言ってゼルナはまだ眠そうな目をしながら歩いていった……
後でメイドに朝食を用意させておこう
「…………」
「あ、ファルンも入浴をするならメイドに声をかけてくれ」
「はい……そうします……」
こっちも眠そうな目をしているな
うーん、ひょっとして7時は普段は寝てる時間なのか?
……そういえば俺達がベススに居た時も活動するのは結構遅かったような……9時まで普通に二度寝出来たし
「起床時間も気に掛けてやるべきだったか……」
そこら辺の気遣いが足りなかったか……明日からは気を付けるとするか
「俺も準備するか……」
そう呟いて、俺は自室に戻った
・・・・・・・・
「ででででは! い、行ってきます!!」
「ああ、励んでこい」
ブライアンがゼルナに挨拶してから走っていった
そして、少し先で待機してオーシャンの兵と一緒に訓練場に向かった
さてさて、どうなる事やら
「ゼルナ様、私も行ってまいります」
ファルンがゼルナに言う
「ああ、楽しんでこい、お前の休息も兼ねてるんだからな」
「はい」
ファルンは歩き出して城門に向かった
先に出ていったミルム達が待ってるんだろうな
「ファルンの休暇も兼ねてるのか?」
「ベススじゃ気が休まらないからな……」
「……まだナリストさんの事を認めてない奴等が居るのか?」
「ああ、3人の将が姉上に忠誠を示したが……まだ5人程な……」
「いい加減認めればいいのに……頭の硬い奴の多いことだな」
「お前の方はどうなんだ? 内乱が起きたと聞いたが?」
「その内乱で邪魔な連中は消えたよ……取り敢えず、表面上は俺に従う連中だけになった」
「表面上か……」
「将達は信頼してるが……貴族連中がな……それに民にも俺を恨んでる奴は居るからな」
初めて、このオーシャンの都に来た時を思い出す
俺を恨んでいた子供……そういえば今はどうしてるのかね?
「上に立つと色々ある……お前はよくやってると思うぞ?」
「なに? 励ましてくれてる?」
「……少し上から目線だったな」
「いや、そういう風に接してくれる奴はいないから……俺としては気楽で嬉しいよ」
「……そうか」
「さてと……そろそろ行くか?」
「そうだな……楽しみだ」
俺とゼルナもオルベリンの屋敷を目指して移動する
徒歩でな、雑談でもしながらな
・・・・・・・・・
「成る程、だからファルンが一緒に来たわけか」
「ああ、彼女しか動けなかったからな」
道中、俺はチップスやルートゥが来ていない理由を聞いていた
簡単に言おう
チップスは物理的に来れなかった
ルノマレスまでなら大丈夫なのだが、ルノマレスからオーシャンに向かう為の馬車に彼は乗れないのだ……でかすぎて
なら馬に乗ればいいのだが……彼が乗っても大丈夫な馬は居なかったのだ……
走ってもふらついて危ないらしい
だからチップスはベススに残った
ルートゥはナリストの側を離れたくないと拒否したそうだ
ナリストが心配なのだろうっとはゼルナ談
まあ、ゼルナが離れるからな、今がチャンスだとナリストの命を狙う可能性は高い
だからルートゥが残るのは別におかしくないのである
本当はファルンもナリストを守りたかったが……流石にゼルナを1人で行かせるわけにはいかなかった様だ
えっ? ブライアン? 彼を戦力に数えるにはまだ早いだろ?
そんな訳でゼルナの護衛としてファルンが同行してきたって訳だ……
まあ、襲撃も何も無かったらしいから、護衛の必要は今のところ無かったんだけどな……
「そういえば、俺もお前に聞きたい事がある」
「んっ?」
ゼルナが歩きながら聞いてくる
「ティンクと漸く一線を越えたようだな」
「……えっ? なに? そういうのわかるの?」
「何となくな……お前達をベススに招いた時は……お互いに遠慮してる様に感じていた……だが今はそうではなかった……なら一夜を過ごしたと考えるのが普通だろ?」
「あー、まあ……うん、そうだな」
そんなにわかりやすい?
「姉上が心配していたぞ? お前達が幸せな夫婦になれているのか」
「俺達の心配よりも自分の婚姻を心配してくれと伝えててくれ」
「それは断る、俺が殴られるからな」
「あ、やっぱりナリストさんには負けるのか?」
「そうだな、姉上には勝てる気がしないな……」
実力で考えたら圧倒的にゼルナの方が強いんだけどな……
なんて話してる間に
「到着っと、ここがオルベリンの屋敷だ」
「ほぉ……なんと言うか……予想より普通の屋敷だな……もっと禍々しいのを想像していたぞ」
「お前の中のオルベリンって何なんだよ?」
オルベリンは基本は好好爺だぞ?
「早速行くか、ノックして執事かメイドが来るから案内してもらおう」
俺はそう言いながら扉に近付いた……が
ガチャ!
扉が向こうから開けられた
「あ……」
「んっ?」
扉の向こうからは中年の女性が立っていた
村人その4みたいな感じの……モブみたいな感じのよく見る普通のおばさんだ
「…………」
女性はペコリとお辞儀をしてから俺達の横を通って行った
「……今のは知り合いか?」
ゼルナが聞いてくる
「いや、初めて会った……まあオルベリンの所には色んな人間が訪ねてるからな、今の人もその1人だろう」
ヘイナスを始めとした他の都からも訪ねてくるからな
それだけの人望があるって事だな
「おや? カイト様?」
執事が顔を出した、さっきの女性の見送りをしてたのかね?
「やっ、オルベリンは?」
「旦那様は中庭にいらっしゃいます……案内を……」
「いや、すぐそこだしいいよ」
俺はゼルナと一緒に中庭に向かう
中庭に着くと直ぐにオルベリンの姿を見つけた
「お、いたいた! おーい! オルベむぐぅ!」
「静かに……」
オルベリンを呼ぼうとしたゼルナに止められた
「…………」
オルベリンは俺達に気付いてないのか、こっちを見ずに木剣を振り上げ、上段の構えをする
……そして
「……はぁ!!」
振り下ろす
ビュ! っと風を斬る音
そしてブワッ! っと風圧が周りに飛ぶ
俺達の立ってる場所にまで伝わってきた
……隠居してるのに元気だな
「……これがオルベリンか」
ゼルナの呟き
「むっ? 坊っちゃん!?」
オルベリンが俺達に気付く
そしてゼルナに殺気を飛ばす
「貴様! 何者だ!!」
あ、これ誤解してるな
そうだな、振り返ったら俺が口を手で塞がれて捕まってるもんな……
賊か何かと思うかもな
「……俺はゼルナだ」
「……なに? ベススの『砂豹』か?」
「……砂豹?」
俺はゼルナを見る
「周りが勝手につけた呼び名だ」
「ふーん……」
オルベリンが化け物で
ゼルナは砂豹か……
俺も何か呼び名があったりしないのかね?
正直羨ましいぞ?
「取り敢えず離してくれないか? 誤解されてるから」
「そうだな」
ゼルナが俺を離す
そして俺はオルベリンの側に駆け寄って誤解を解く
オルベリンはゼルナが俺を簡単に離した事と、同盟国であるベススの人間だと知ってるからか、すぐに誤解は解けたのだった
・・・・・・・・
俺達は中庭にある椅子に座りながら話す
「直ぐに声を掛けられても問題ないのですがな!」
オルベリンは笑いながら言う
「オルベリンの武を見るには、いい機会だと思ってな……すまないなカイト」
「いやいや、いいって」
謝るゼルナを許す
てか謝る必要ないだろうに……
「それでゼルナ、ワシに何の用だ?」
オルベリンが聞く
「用は……ふむ、特には無い……ただ、会ってみたかった……」
「なら会いたいって用って事だな」
別にいいんじゃないのか?
「ほぉ、ワシにな……」
オルベリンは愉快そうだ
「敵としては会いたくないが……武人としては会いたくてな」
あ、要するにゼルナはオルベリンのファンって訳か?
「そうかそうか……それで、ワシと実際に会った感想はどうだ?」
オルベリンは紅茶を飲みながら聞く
「とても、隠居した人間だとは思えないな……先程の殺気も凄まじかった……」
「……そうか?」
俺は特に何も感じなかったぞ?
「思わず逃げ出したくなる程だった……『バイアス』に初めて会った時もここまで感じなかったぞ……」
バイアスの所はボソッと呟いた
バイアス……ベススの都から少し離れた所にある山に住む竜
ナリストとゼルナの友達らしく、ベススに飛竜を提供している
ベススの秘密兵器だ
てか竜よりもビビらせてきたってのかよ……俺はバイアスの方が凄まじいと思うぞ?
「その時は……」
「そんな事が?」
おっと? 俺がバイアスについて考えてる間にオルベリンが武勇伝を語ってゼルナが聞いてる状況になってるぞ?
まあ、2人とも楽しそうだし……俺もオルベリンの武勇伝を久し振りに聞くかな……
・・・・・・・・
なんてやっていたら夕方だよ!!
途中で執事が食事を持ってきて昼食は済ませたけどさ!
まさかここまで長引くとは予想してなかったぞ!?
「むっ? もう暗くなってきたか」
オルベリンが空を見て漸く気付く
いや、気付くの遅いからな!?
「もうか……名残惜しいが戻るか」
そうしてくれ……俺の予定では昼からは都の案内をするつもりだったんだけどな……
「ふむ、その前にゼルナ……一太刀……どうだ?」
オルベリンは木剣を2本取り出し、1本をゼルナに差し出す
「!! ……願ってもない!」
ゼルナは嬉しそうに受けとる
「おいおい、大丈夫なのか?」
俺は2人を交互に見る
「大丈夫ですよ坊っちゃん、ワシもゼルナも無茶はしません」
「ああ、それに一太刀だ……死ぬような事はない」
待って、そこは怪我をしないって言って欲しかったんだけど!?
俺が言う前に2人は少し距離を離して向かい合う
もう止められる雰囲気ではない……
「さあ、いつでもいいぞ」
オルベリンが木剣を構える
「では……参る!!」
ゼルナ楽しそうだな……
ゼルナが走る
木剣を構えて……
お互いに間合いに入った瞬間に……
ドッ!
……何が起きた?
俺の目にはオルベリンとゼルナの木剣がぶつかってる所しか見えなかった
2人が木剣を振る瞬間が見えなかった
ゴォ!
「うぉ!?」
そして衝撃が走ってきた
空気が震えて、俺の身体が震えた
「…………ふむ、いい腕だ」
「光栄だな」
2人が動き出した……な、なんなんだよ……俺、まだ状況を理解できてないんだけど?
「カイト、城に戻ろう、この興奮が冷める前に身体を動かしたい……」
「お、おぅ……じゃあオルベリン、また来る!」
「ええ、いつでも来てくだされ!」
オルベリンに見送られながら俺達は中庭から離れた
中庭を出るときにオルベリンをチラリと見てみたら
「…………」
オルベリンの持っていた2本の木剣がポキリと折れた瞬間が見えた
……あの部分は……木剣がぶつかり合った部分か?
・・・・・・・・・
城に戻った後、ゼルナはすぐに訓練場に向かい、素振りを始めた
城に戻ってきていたファルンが言うには
「あんなに興奮しているゼルナ様は……初めてみました」
との事だ
まあ、喜んでくれたのなら俺も嬉しいが……
なんか、疲れたな……
「それでねそれでね! ……お兄様聞いてるの?」
「あ、悪い、聞いてなかった……」
「もう! 凄かったんだから!!」
……何が?
こうして、今日は終わっていった……





