第158話 ティールとファル
ーーーユリウス視点ーーー
学舎の会議の翌日
「やっぱり隊列は4列くらいがちょうど良いんじゃないか?」
「ただの移動ならそれでも良いですが、交戦間近を想定するならもっと拡げた方が宜しいのでは?」
僕はティールと2人で訓練の話をしながら街中を歩いていたら
「んっ? あれはミルムちゃんか、街中を歩いてるとは珍しいな」
アルスの妹のミルムちゃんと護衛のファルちゃんが歩いていた
「あっ! ユリウス! 1人で何してるの?」
「えっ? 1人?」
僕は隣を見る
さっきまで居たティールが居ない
「あ、あれ?」
僕は周りを見渡す
するとティールを見つけた……なんでお前樽の中に隠れてんの?
「どうしたの?」
「えっ? いや、別に、ミルムちゃんこそ珍しいね、どうしたの?」
「メイド達から評判のお店を聞いたから行ってきたの!! ケーキ美味しかった!」
「へぇ、どこどこ?」
「あっちの道を左に行った先!」
ミルムちゃんの指した先を見る
「これは良いことを聞いた、ちょっと僕も寄らせてもらおうかな♪」
「ケーキセットがお勧めだよ! ねっ! ファル!」
「あ、はい! 甘いのが苦手ならミートパイもありますから」
ミルムちゃんに呼ばれてファルちゃんが僕を見る
……さっきまでティールの隠れてる樽を見てたな……
「そっかそっか、ミートパイもいいなぁ……あ、2人共時間は大丈夫なの?」
「あっ! そうだった! これからレリスに勉強みてもらうんだった! 行こ、ファル!」
「わかりました! それでは失礼します」
ミルムちゃんとファルちゃんが去っていく
2人が見えなくなるのを見送ってから
「何やってんのお前?」
樽を覗きこむ
「い、いえ……その……た、樽に入りたくなりまして……」
「そんな変人は僕の知り合いに居ない筈だけど?」
「ぅ……」
「取り敢えず、話はお店で聞こうか」
そう言ってティールを樽から持ち上げる
そして2人で樽の持ち主である商人に謝罪してから店に向かった
・・・・・・・
「んで? なんで隠れたわけ? なんか後ろめたい事でもあんの?」
僕は紅茶を飲みながらティールに聞く
「いえ、そんな訳では……」
「ティール、お前さ、嘘つく時鼻が赤くなるんだぞ?」
「えっ!? 嘘ですよね!?」
ティールは鼻を手で隠す
「嘘だよ、でもお前も嘘ついてろ?」
「あっ……」
こんな古典的な嘘に引っ掛かるとは……どんだけ余裕ないんだよ
「さて、今度は正直に言えよ? 僕とお前の仲だ、悩みくらい聞かせろよ……僕はいまだに頼りないか?」
「そ、そんな事ありません! ユリウス様は立派になられました! ただ、その……私があまり弱味を見せたくないと言いますか……」
「何言ってんだか……ティールのカッコいいところもカッコ悪いところも可愛いところも見てるんだから今更だよ」
「ぅ……」
照れるティール……さっさと悩みを言えよ
「じ、実は……」
そして僕はティールの話を聞いた
・・・・・・・・
「なるほどね……」
ファルちゃんの事ね
「でもそれって仕方ないことだろ? 今までだって敵だった奴が仲間になった事はいっぱいあるじゃないか」
殺しあったサルリラとは親友になってるし
他の連中とも普通に接してるじゃないか
「それはそうですが……ほら、サルリラとかはお互いに割りきってると言いますか……ファルはまだ子供でしたし」
「……ティール、お前馬鹿だろ?」
「えっ?」
本来なら励ますなりした方が良いかもしれない
けど……ここは厳しくしていこう
じゃないとティールは気付かない
「確かにファルちゃんはまだ子供だよ? でもさ、彼女は彼女なりに覚悟を決めて任務に挑んだんだぞ? そんな彼女を子供だからって甘く見るのか? 1人の敵として見るべきじゃないのか?」
「…………」
「今のファルちゃんとは子供として接してもいいけどさ、あの時のファルちゃ……ファルは立派な暗殺者だったんだ……それをティールはしっかりと拷問した……それで良いんじゃないの? こうやって後からあーだこーだと悩むのは侮辱になるんじゃないの?」
少なくとも……死ぬ覚悟も決めてからカイト様を殺そうとしたんだろうし……
今回の件は、誰も間違えてはいないと僕は思う
暗殺は間違ってるとかそんな話は置いておいてな
「それでも……私は……」
「ティール、堂々としてろ、お前は仕事をしただけなんだから」
「…………」
俯くティール
そうしていたら店員がケーキを持ってきた
「取り敢えず……食うか?」
俺はケーキを食べる
ティールは結局ケーキを食わなかった
・・・・・・・・・
店を出て、城に向かう
午後からの訓練をするためにな
「…………」
ティールはずっと考え込んでる
……はぁ、これは時間がかかるか?
「こんにちは!」
「っと、こんにちは」
ファルちゃんが目の前に現れた
あれ? さっきまで居なかった様な……どこから現れた?
「…………」
ティール……気付いてない……
「ティールさん! こんにちは!」
ファルちゃんが下から覗きこんでティールに挨拶をする
「っ!?」
ティールは驚いて後ろに飛び退いた
「ティールさん! こんにちは!」
それでもめげずに挨拶するファルちゃん
さっきからこんにちはばかりだな……
「あ、えっと……」
戸惑うティール
僕はティールの側に行き
「ほら、ティール、挨拶されてんだから……」
ティールの左手を掴む
これで逃げられないな
「こ、こんにちは……」
戸惑いながらもティールは挨拶を返す
「♪」
ファルちゃんは返事を聞いてから満足そうに去っていった
なんだったんだ?
「ティール、いちいち戸惑うなよ?」
「そ、そう……ですね……」
……ダメだこりゃ
・・・・・・・
それから数日
どうやらファルちゃんは積極的にティールに挨拶をしている様だ
何回か現場を目撃した……今日はティールも何とか素早く返事を返せた
「いったいなんなんですか?」
ティールは中庭にあるテーブルに伏せながら呟く
「さあ? 僕が知るわけないだろ?」
僕は隣の椅子に座って答える
「でもさ、ああして積極的に来てるんだ、ファルちゃんは昔の事は気にしてないって事じゃないの?」
「そ、そうなのですか?」
ティールが僕を見る……うわ、大分弱ってるな
「そうだろ……そろそろ腹割って話したらどうだ?」
「…………」
「ティール、このままだとずっと引きずるぞ? 話してみたら案外気楽なもんだぞ?」
僕は父上との事で悩んでた頃を思い出す
「…………」
ティールはまた伏せる……
(おっと?)
ファルちゃんがやって来た
その後ろの方にミルムちゃんとティンク様達が花を見ていた
ファルちゃんが後ろからティールに声を掛けようとするのを僕は手で止める
自分の唇に人差し指を当てて、静かにする様にする
「?」
ファルちゃんは首をかしげるが従う
……流石暗殺者と言うべきか、こうして姿は見えてるのに気配を全く感じない
これを利用するかな……
「ティール、いい加減にしようよ」
「ユリウス様?」
ティールが僕を見る
「前も話したよな? 堂々としてろって……最近のティールは本当に酷いぞ? 今は戦も起きてないからいいけどさ、お前、その状態で戦えるのかよ?」
「…………」
「いい加減ハッキリさせよう、お前はファルちゃんが嫌いなの?」
「よく……わかりませんよ……関わってませんから……ただ、そうですね……少なくとも悪い印象は無いと……思います、ミルム様をしっかりと守ってますし……良い子だと……思います」
「そっか……じゃあ嫌いじゃないって事だな?」
「♪」
ファルちゃんが嬉しそうな顔をしている
「んじゃあ次は……ファルちゃんと仲良くしたい?」
「……ええ、少なくとも普通に話せるようには……なりたいですね」
「そっか……そのうち一緒にお茶できるくらいにはなろうぜ?」
「……そうですね」
「~~~っ」
ファルちゃんは話し掛けたそうにしている
まだ待てと目で指示する
「よし、最後だ……ファルちゃんに会ったら逃げずに向き合うと約束できるか?」
「……?」
ティールは僕を見て首をかしげる
「……ええ、約束……します」
そう答えた
「そっか……んじゃ後ろ見てみ」
「えっ? …………っ!?」
ガタッとティールは驚いて立ち上がる
「こんにちはティールさん!」
ファルちゃんが笑顔で挨拶する
「あ、こ、こんにちは……えっ?」
ティールはファルちゃんと僕を交互に見る
ティール、今だぞ? 今を逃したらもうチャンスは無いぞ?
「ティールさん! えっと……良い天気ですね!」
「そ、そうですね……」
曇りだぞ?
「えっと……これから予定はありますか?」
「い、いえ……今日は……その……」
こら、僕を見るな
全く……
「予定はないだろ?」
本当は報告書があるけど……僕が処理しておくよ
「それならこの後皆で街に出るのですけど……一緒に行きませんか?」
「あ、それは……その……」
…………どうやらファルちゃん色々と頑張ってるみたいだね
でも上手くいってないな……仕方ない、手を貸すか
「行ってきなよティール、んでまた例のお店に行ってきたら?」
「それは……その……」
……ふむ、今のままだと街に出ても駄目だな
ここで何とかしないとダメか
「ティール、挙動不審だけど……ファルちゃんが嫌いなのか?」
「そ、そんな訳では!?」
「ふーん、ファルちゃんは?」
「えっ? 仲良くなりたいと思ってます!」
お、ファルちゃんはハッキリ言うね
それならもう後は楽だ
「だとさティール……」
僕はそう言ってティールを見る
「…………わ、私も……その、ええ……仲良くしたい……ですね」
「♪」
ファルちゃんが嬉しそうに微笑む
これならもう大丈夫かな
「皆さんにティールさんも来ることを伝えてきますね!」
そう言ってファルちゃんはミルムちゃん達の元に向かう
「……」
ティールは複雑そうだが……覚悟を決めたみたいだ
「ティール、これから何をするつもり?」
聞いてみる
「そうですね……先ずは謝罪します」
「何について?」
「……今まで避けてた事を」
「ならよし」
昔の事を謝るって言うんだったら怒るところだったよ
「ユリウス様……ありがとうございます」
「大したことはしてないって……ほら呼んでるから行ってきな」
「はい!!」
ティールはファルちゃん達の元に向かった
その背中を見ながら……僕はある事を考えた
・・・・・・・・・
報告書を書き上げて、玉座の間に来た
「これが報告書です」
「確かに……」
レリスさんに報告書を渡して……僕はカイト様を見る
急がしそうにしてるな……まあそれでもちょっと話を聞いてもらうけど
「カイト様、少し良いですか?」
「んっ? どうした?」
カイト様は僕を見る
「頼みと言いますか提案なのですが……拷問を専門に担当する者を雇いませんか? 仕事も増えてきましたし、将にやらせるのは非効率だと思うんですよ」
僕はそう言うと
「なんだ、その件なら安心しろ、もうある程度は決めている……レリス」
「はい……数人ほど適性がある者を選んだ、そこから3人ほど雇う事になってる……決まってから公表するつもりだったが」
「あ、そうでしたか? それなら良かったです」
安心した僕は玉座の間を出ようと歩き出す
「ユリウス」
カイト様に呼び止められる
「はい?」
「お前、良い奴だな」
カイト様は微笑みながら言った
「……そうでしょ?」
僕はふざけ半分で答えてから出て言った
さて、後日談だが
ティールとファルはしっかりと話して、わだかまりを無くした様だ
今では会う度に軽く談笑できるくらいになっていた
そして正式に拷問を担当する者が雇われたって話が公表された
これでもうティールが拷問を担当する事は無いだろう……平時の間はな?
これで、僕も一安心だ
「ユリウス様? どうしたのですか?」
ティールが不思議そうに僕を見る
僕とティールはケーキを食べに店に来ていた
「いや、別に?」
僕はそう答えて……ケーキを食べる
ティールも美味しそうにケーキを食べた