第154話 父親の心構え
ヘイナスの門を通り
街に入ったところで俺とティンクは馬車から降りた
「あれ? 馬車のまま城に向かわないんですか?」
テリアンヌが馬から降りながら聞いてくる
「久し振りのヘイナスだからな、どうせだから歩いて行こうと思ってな」
俺はティンクの右手を左手で握る
そして街中を歩いて城に向かう
「カイト様! お久し振りです!」
「おお、爺さん元気そうだな! 腰は大丈夫か? また無理してギックリ腰になるなよ?」
「大丈夫です!」
「おお! カイト様だ!」
「帰ってきたんですか!」
「こっち見てぇぇぇ!!」
最初の爺さんを皮切りに民がドンドン声をかけてくる
「皆元気そうだな!」
俺は民の声に答える
ふぅ、人気者は大変だ……なんて思ってみたり
「凄い人気ですね」
「それだけ慕われてるって事だよ」
テリアンヌとルミルの会話が聞こえる
「パストーレならテリアンヌも同じ様な扱いだからな?」
マーレス……対抗心を持つなよ……
そんな感じで、いつもより時間はかかったが……無事に城に到着した
「カ、カイト様!?」
城門の兵が驚く
なんだ? 俺が来ることを聞いてなかったのか?
「やあ、ヘルドは城に居る?」
「はい! 城内にて忙しそうに働かれております!!」
「そっか、じゃあ中で探すかな……」
「いえ! 我々がお呼びしますので! カイト様はくつろいでください!」
そう言って兵は城に駆け込み、複数の兵やメイドを連れて来た
兵の2人とメイド数人が俺達を案内する
他の兵は城の庭や城門の近くを走っていった……多分ヘルドを探してるんだろうな
「皆様、こちらに……」
メイドの案内で俺達は応接室に案内された
「客としてここを使うのは初めてだな……」
俺は応接室に入って呟く
「なんか……新鮮ですね!」
ティンクが続ける
俺とティンクは長椅子に座る
護衛の4人は応接室のあちこちに立つ
ルミルは俺とティンクの後ろに
ゲルドはドアの近くに
テリアンヌは壁に掛けられてる絵を見上げている
マーレスは窓から外を見てる
俺が「座ったら?」って言ったら遠慮された
「あの、この絵の人はどなた様ですか?」
テリアンヌが聞いてくる
「ああ、それは父上……ベルドルト・オーシャンの絵だ、確か……領主を継いで間もない頃の絵だったかな?」
「この人が……」
テリアンヌは珍しそうに見てる
「なんだ? 気になるのか?」
「はい、父様が良く話していたので……」
「メルノユが?」
そう言えばベルドルトとは親友とか言ってたな
「一緒にお酒を飲んだ話とか、船に乗って一緒に落ちて大変だったとか……」
「へぇ……そんな事がね」
「カイト様はその様な話は聞いていないのですか?」
「父上は昔の話はあまりしない人だったからな……酔った時は結構喋る人間とはオルベリンから聞いていたが……俺の前では酒を一切飲まなかったからな……」
カイトの記憶を辿るが……浮かぶのは立派に領主の務めを果たすベルドルトの背中ばかりだ
「…………」
後で墓参りに行こう……
酒を持っていって……うん、そうしよう
バンッ!
ドアが開いた
「ぜぇ、はぁ……カ、カイト様! わざわざ来て下さるとは、出迎え出来ずに申し訳ありません!!」
ヘルドが息を切らせながら言ってくる
「んっ? パックから聞いてなかったのか?」
「近々来られるとは、聞いてましたが、こんな、すぐとは思わず……」
「あ~……そうだな、確かに急だったな……」
報告を聞いた翌日だもんな……そりゃあ予想できないな
「すまないなヘルド、お前の都合をもう少し考えるべきだった」
「そんな! 俺がもっと」
「済んだ話はその辺にしとけよ!」
「黙れマーレス!!」
マーレスの横槍に怒鳴るヘルド
「落ち着けヘルド、マーレスの言い方も問題あるが……もう終わった事だし、この話題は止めよう……それよりも本題だ本題!」
俺はヘルドの手を引いて椅子に座らせて
「子供が産まれたんだろ? どうなんだ?」
俺もティンクの隣に座り直し、ワクワクしながら聞いてみる
「はっ! 数日前に無事に産まれました! 今は屋敷でサルリラと一緒に休んでいます!」
「そっか! 男の子か? それとも女の子?」
「女の子でした、これくらいの大きさで……とても元気に泣いて産まれましてな!」
ヘルドは両手を広げて大きさを表す……結構大きいな
「可愛いだろ?」
「そりぁもう!!」
力強く答えるヘルド
こりゃ親バカになるな
「その自慢の子供を見てみたいのだが……大丈夫か?」
ヘルドの都合を聞く
ヘルドの仕事が終わってないかもしれないし、サルリラが疲れで人に会えない状態かも知れない
子供を見たいが……まあ、ヘルドからこうして話を聞けただけでも充分だしな
「それは光栄です! 是非とも見ていただきたい!!」
ヘルドはそう言って立ち上がる
どうやら、子供の姿を見れそうだな
・・・・・・・・・
ヘルドに連れられて、屋敷に到着する
屋敷に入ってサルリラの居る部屋まで案内されて
「少々お待ち下さい、カイト様の事を伝えますので」
「ああ」
ヘルドが部屋に入っていく
そして話し声……嬉しそうなサルリラの声が聞こえた
そして……
「大丈夫です! どうぞ!」
ヘルドに招かれて部屋に入る
「久し振りだな、サルリラ」
「お久し振りっす! カイト様! ティンク様!」
部屋にはベッドの上で赤ん坊を抱っこしてるサルリラ
そのサルリラの側にはメイドが立っていた……以前会ったメイドだ
「サルリラさん! おめでとうございます!」
ティンクがサルリラに言う
「ありがとうございますっす!」
俺とティンクはサルリラの側に行き、赤ん坊の顔を見てみる
緑色の瞳が見つめ返してくる……見えてるのかな?
うっすらと生えてる髪は金色っぽい
「ヘルドの瞳とサルリラの髪が遺伝したっぽいな」
「可愛いです!」
ティンクの目が輝く
「ユーリ、カイト様とティンク様っすよ」
サルリラが赤ん坊に話し掛ける
「ぅ~ぶっ!」
赤ん坊は呻く
まあ、喋れるわけないからな
「名前はユーリにしたんだ?」
俺はヘルドに聞く
俺の用意した名前の1つだ
「はい! サルリラと話して決めました……ありがとうございます」
名前の事でまた礼を言われた
「サルリラさん、具合は大丈夫ですか?」
ルミルがサルリラに話し掛ける
「大丈夫っすよ、それよりも聞いたっすよ? 活躍してるそうじゃないっすか」
サルリラがニヤニヤしながら言う
ルミルは照れくさそうだ
「そういえば……そっちの子と男性は誰っすか?」
サルリラがテリアンヌとマーレスを見る
「ああ、彼女はテリアンヌ、パストーレの元領主で今はティンクの護衛をしてる……もう1人はマーレス……あ~妹大好き野郎だ」
「おい!?」
シスコンって言葉がサーリストには無いからな
でも間違ってないだろ?
「へぇ~パストーレの……可愛らしい子っすね!」
「あ、ありがとうございます……」
照れてるテリアンヌ……照れアンヌだな
……流行らんな、言うのは止めとこ
「ゲルド、お前も見たらどうだ? 可愛いぞ?」
「すいません、小生はあまり……」
ゲルドは少し離れた所に居る
なんだ? 子供嫌いだったか?
「うわ……意外と重い……」
いつの間にか女性陣はユーリを交代で抱っこしてた
母性とか刺激されるんだろうか?
「カイト様も抱いてみますか?」
「いいのか?」
「どうぞっす!」
ヘルドとサルリラに言われた俺はルミルからユーリを受け取る
えっと……首が座ってないから頭を支えて……よしよし
「おお……おお……」
語彙力が死んだ
何て言うか……うん……何か言いたいが……上手く言えない!!
取り敢えず可愛いって事だけ言っておく
「…………」
ユーリが俺をじっと見てる……
いや、もしかしたら天井を見てる可能性があるが……てか目が見えてない可能性のが高いか……
「……あぶ」
「んっ?」
「ぶぶぶ」
「何か言いたいのか?」
「…………」
俺は赤ん坊に何を言ってるんだか……
さてと……そろそろサルリラに返すか
「よしよし……」
サルリラにそろりと渡す
すると……
「ふぎゃあ! ふぎゃあ!」
ユーリが泣き出した
「うぉ!?」
なに? 俺何かしちゃった!?
「どうしたっすか? んん?」
サルリラがユーリを見る
そしてお尻辺りを触る
「漏らした訳ではなさそうっすね……じゃあ、お腹が空いたんっすかね?」
そう言ってサルリラは躊躇いなく胸を出す
それを察知して俺とゲルドとマーレスは振り返ってサルリラから視線を外した
見てないからな? 見てないからな!!
「あ、やっぱりお腹空いてたっすね」
「わぁ、凄い吸ってる!」
チュウチュウとユーリが胸を吸う音が聞こえる
「わあ、まるでカイトさんみたい……」
「ティンク! そう言うことは言わない!」
爆弾発言やめい!!
「俺達は部屋を出とくよ、ゲルド、マーレス」
俺はその場を逃げるように部屋を出る
ゲルドとマーレスも続いて出る
「……吸ってんの?」
部屋を出て開口一番にマーレスが言う
「聞くな!」
「いでででで!」
マーレスの頬を思いっきり引っ張る
そうしていたらヘルドも部屋を出て来た
「んっ? ヘルド? もういいのか?」
「ええ、いつでも居れますから」
俺達は廊下に並ぶ
「カイト様、この後の予定はどうなってますか?」
ヘルドが聞いてくる
「もう夕方だしな……城に泊まるさ、んで朝に父上の墓参りをして……その後にオーシャンに帰るつもりだ」
「そうですか……」
「……なんだ? 何かあったのか? いつもより元気が無いぞ?」
俺はヘルドを見る
「いえ、もう済んだことですから……」
「それでも言ったらどうだ? スッキリするぞ?」
「…………」
ヘルドが俺を見る
「そうですな……実は……その、無力感を感じていまして」
「無力感?」
「ええ、サルリラがユーリを産むとき……凄く辛そうでした、俺にはその痛みや辛さ……それがどうしたら和らぐのか……それが全くわからず……オロオロしてるだけでした」
「そんなもんだろ? はっきり言って俺達は出産に関しては役に立てないぞ? 医者を呼ぶとか、道具とかを用意するくらいしか出来ないさ」
「そうですが……その、サルリラが苦しんでるのに、何も出来なくて……それが情けなくって……」
「…………ヘルド、それを後でサルリラに言ってみろ」
「……えっ?」
「何もできなかった……本当にそうだったのか、サルリラに聞いてみろ……それでお前のその悩みは解決するぞ」
「…………」
そう話したら、ティンク達が部屋から出てきた
「よし、俺達は城に向かう、ヘルド……お前は凄い奴だ、自信を持て」
俺はそれだけ伝えて屋敷を後にした
ーーーヘルド視点ーーー
カイト様を見送った後、俺はベルとユーリの元に向かう
「ほらユーリ! お父さんっすよ!」
部屋に入るとベルがユーリを抱っこしながら俺を見る
俺はベッドの端に座る
「……旦那? どうしたんっすか? 元気ないっすよ?」
お見通しか……
「その、だな……俺は出産の時に何もできなかったなって思ってな……」
俺は呟く……すると
「何言ってるんすか? 旦那は色々としてくれたっすよ?」
「……そうか?」
「そうっす! 医者を呼んでくれたっす!」
「当たり前だろ?」
「色々と準備してくれたっす!」
「それしか出来ないからな……」
「ユーリが産まれるまで……ずっと手を握ってくれてたっすよ?」
「何の助けにもなってないがな……」
「違うっす、凄く助けになったっす!」
「……えっ?」
俺はベルを見る
「旦那の手が……あっしを支えてくれたっす! 旦那の声が……あっしに勇気をくれたっす!」
ベルがユーリを俺に抱かせる
「だからユーリは無事に産まれたっす! 元気に産まれたっす! ……まだ情けないとか言うっすか? それなら旦那の良いところ言いまくるっすよ? 褒め殺しするっすよ?」
「……はぁ、全く……敵わんな」
俺はユーリを見る
俺と同じ瞳を持ち、ベルと同じ髪を持つ我が子
「そうだな、もう情けない事は言うまい……どうせならユーリにもカッコいい所を見せたいしな」
「素敵っすよ旦那!」
ベルにキスされる……不意打ちはやめろよ
カイト様の言うとおりだったな……俺の小さな悩みは吹っ飛んでいった
・・・・・・・・
ーーーカイト視点ーーー
城について、昔の自室で寛ぐ俺とティンク
食事も入浴も済み……後は寝るだけだ
「ティンク、明日は朝に父上の墓参りをするつもりだが……ティンクは」
「わたしも行きます!」
「おう、早いな」
最後まで聞かずに答えたよ……
「よし、なら早めに休もう……朝早くに行動するからな?」
「はい!」
俺は部屋の灯りを消す
月明かりだけが……部屋を照らす
ティンクと添い寝して……さて寝ようってなったのだが……
ゴソゴソ
「……ティンク? 何故俺の上に?」
「えっと……その……今日は……しないのですか?」
聞いてくるティンク
「いつもよりも積極的だな……」
「ユーリちゃんを見て……わたしも早く欲しいなって思って……」
「母性が刺激されたか?」
「そう、ですね……凄く刺激されました」
気持ちはわかる……俺もユーリを抱っこしたら……その、なんだ……子供っていいなって思った
「だから……その……えっと……」
「よし、ティンク……これからもっと頑張るから、睡眠時間が減ると思えよ? 遠慮しない俺は凄まじいぞ?」
「は、はい! 全部受け止めます!」
今までも励んでいたが……これからはもっと励もうと思う
……無理しない範囲でな?
・・・・・・・・・
翌日
俺とティンクはワインを片手にベルドルトの墓参りに来た
ここには俺とアルス達……2人の母も眠っている
因みに隣にはマイルスが眠っている
ベルドルトの墓に水をかけて洗う
そしてワインを供える
「…………」
そして黙祷
カイトの記憶からベルドルトの事を思い出す
領主としても……父親としても立派な人間だった
人を引っ張り、導いていた
……俺には彼のような事は出来ない
でも……同じ理想を持つ事は出来る
道が違うだけで、目的地は同じなのだ……
「父上……必ずオーシャンを守って見せます」
俺はそれだけを告げた
……不思議だ、ベルドルトと海人は他人の筈なのに
本当の親子の様に感じる……
……カイトの影響なんだろうな
墓参りを終えて……俺達は城に戻った
・・・・・・・
「じゃあなヘルド! また今度な!」
「はい! 次はこちらから参ります!」
ヘルドに見送られる俺達
サルリラも来たがっていたそうだが、休むように言っておいたそうだ
無理をさせてはいけない
「次は、カイト様の子供を見せてほしいですね」
「言うなぁ……まあ、頑張るよ」
そんな風に話してから俺とティンクは馬車に乗り込む
そしてヘイナスを出た
さてと……帰ったら色々と忙しくなるな……
「すぅ……すぅ……」
ティンクが俺の肩に頭を乗せて眠っている
昨日は遅くまで励んだからな……俺も眠いし……
俺も休もう……うん……そうしよう