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第152話 友として

 焔暦147年 3月


 漸く、戦後の処理が一段落した


「ふぅ……やっと落ち着ける」

「お疲れ様です♪」


 俺は自室のベッドの上でティンクに膝枕をされている


 時刻はまだ昼間だが……今日は半日で仕事を切り上げて、休むことにしたのだ

 そんな事していいのかって?

 俺がルールだ!!

 ……ってのは冗談だ、単純にやることが無くなって、今は報告待ちの状況なのだ


 そんな訳で久し振りにゆったりとした時間を過ごしている……


「~♪」

「ティンクどうしたんだ? 随分とご機嫌だな?」

「カイトさんとこうして過ごせるのが久し振りなので嬉しいんです♪」


 そう言って俺の頭を撫でる


「そうだな、今年に入ってからずっと夜中まで動いてたからな……」

「たまの息抜きに1度レリスさん達と酒場に行かれた時くらいですよね?」

「あ~怒ってる?」

「いいえ? 寂しかったですけど……帰ってきた後はいっぱい愛してくれましたし、気にしてませんよ?」


 そう言って俺の頬を撫でるティンク


「……まあ、なんだ、今日はずっと側に居るからな?」

「嬉しいです♪」


 ティンクは微笑み、俺の頬にキスをした


 ・・・・・・・・・・


 カイトがティンクと過ごしていた頃

 オーシャン城の食堂では事件が発生していた


 ーーーアルス視点ーーー


「……どうしたの?」


 シャルスと一緒に兵の訓練を終えて解散した後、遅めの昼食を済ませようと思って久し振りに食堂に来た

 そしたら何故か食堂の前に青い顔をして覗いていたレムレとユリウスを見つけた


「あ、アルス様……悪いことは言いません、逃げましょう!」


 レムレがそう言って僕の腕を掴む


「えっ? いや何で?」

「良いから逃げるぞ! 僕は死にたくない!」


 ユリウスがそう言って反対の腕を掴んだ


「ええ??」

「なんなんだ?」

「あ、バカ! シャルス!」


 シャルスが食堂に入る……そして……


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「!!?」


 断末魔が響いた……えっ!?


「ヤバイ! 殺られた!」

「ひぃ!?」


 ユリウスとレムレが真っ青になる……

 そして僕の腕を引いて食堂から離れようとした時……


「何処に行くつもり?」

「うわぁぁぁぁぁぁ!?」


 食堂から反対側……僕達の進行方向にルミルが立っていた

 顔色が悪いけど……だ、大丈夫か?

 因みに、悲鳴をあげたのはレムレだ


「レムレ……まさか自分だけ助かろうなんて思ってないよね?」


 ルミルがレムレの肩を掴む


「い、嫌だ!! 僕はまだ死にたくない!!」


 必死で抵抗するレムレ

 しかし近接戦闘ではルミルの方が強い

 あっという間に捕まって……


「さあ、一緒に地獄に行くよ!」

「嫌だぁぁぁぁぁ!!」


 連れていかれた


「レムレ、お前の犠牲は無駄にはしない!!」


 ユリウスが敬礼する


 なんか盛り上がってるけど……いまいち状況が理解できない


「よし、アルス! 逃げるぞ!」

「いや、だから食堂で何が起きてんの?」


 ユリウスに手を引かれる


「食堂にはな……テリアンヌちゃんが居る」

「テリアンヌが? 別に彼女が食堂を利用するのはおかしくないだろ?」

「食べる側ならな!」

「んっ? なに? テリアンヌが料理してるの? ミントは?」

「ミントさんは休憩中だ! 彼女が休憩して30分で食堂は地獄になった!」

「???」


 食堂から充分に離れた所でユリウスは止まる


「ここまで来たら大丈夫だな」

「ん~……なんでテリアンヌが料理してるの? 他にも料理人は居るだろうに……」

「あぁ、他の連中は兵達の賄いを配ってる……テリアンヌちゃんが料理をしてるのは……練習するためでな」

「練習?」


 僕はユリウスから詳しく聞く



 ・・・・・・・・


 ーーーユリウス視点ーーー


 あれは1時間くらい前だな

 レムレの弓の調整を中庭でしていたら……


「あれ? 2人とも何してんの?」


 ルミルちゃんがやって来た


「ルミル? 僕は弓の調整、ユリウスは暇人」

「ルミルちゃんこそどうしたの? 今はティンク様の護衛してる筈だよね?」

「そのティンク様は今カイト様と部屋で2人っきり……だから私とあの子の今日の仕事は終了したの」


 ルミルがそう言うと……


「待ってくださいよルミルちゃん!」


 テリアンヌちゃんがやって来た


「なになに? これから2人でお出掛けでもするの?」


 パストーレの領主だったテリアンヌちゃん、今はオーシャンに馴染もうと色々してる様だ


「いいや、これから食堂に行くのよ」

「昼食? よし、出来た!」


 レムレが弦を弾いて満足そうに頷いた


「私の料理の練習に付き合ってもらうんです!」


 テリアンヌちゃんが答える


「へぇ、料理の練習? なんでまた?」


 僕は聞いてみる


「その、恥ずかしながら私は家事全般が苦手でして……領主だった頃はメイド達に任せていましたけど……今はそうはいきませんからね」

「あれ? でもテリアンヌちゃんって城に住み込みだよね? マーレスと一緒で……メイド達が掃除とかしてくれるんじゃないの?」

「城のメイドはカイト様が雇ったメイドですから……何て言うか……遠慮しちゃうんですよね……」


 そんなもんなのか?


「だから私が色々と教えてるの」


 ルミルちゃんが言う

 そっか、ルミルちゃんは兵になる前はメイドしてたっけ

 なら家事全般は得意だね


「そういうことなら……僕も少しくらいなら手伝うよ」


 レムレが立ち上がる


「いいんですか?」


 テリアンヌちゃんがレムレに聞く


「うん、丁度手も空いたしね」

「レムレもメイドさんだったからねぇ♪」

「ルミル、それを言うのはもう止めてね?」

「えっ? レムレ君も……えっ? でもレムレ君は……」

「はいそこ考えないで良いからね? さっさと行こう」


 ・・・・・・・・・


 ーーーアルス視点ーーー


「それで? なんでああなるわけ?」


 ユリウスに聞く


「ミントさんに事情を話して食堂を借りるまでは良かったんだ……悪戦苦闘しながらも料理をするテリアンヌちゃんは微笑ましかったよ……でもね……出来たのがね……殺人兵器だったんだ……」

「んな大袈裟な……」

「最初の犠牲者はルミルちゃんだった……隣で色々と教えたからね、責任を感じたのか真っ先に食べて……倒れた」

「…………だから顔色が悪かったのか」

「その次は水を飲みに来た数人の兵とレルガだ! 全員が……一口で倒れた!!」


 レルガァァァァ!?


「その次はレストちゃんだ! テリアンヌちゃんの手作りと聞いて……おもいっきり食べて……ぶっ飛んで壁にめり込んだ!!」

「それは食事で起きる反応じゃないよね!?」

「その辺りで僕とレムレは食堂から逃げたんだ……そしてアルス達が来たんだ……」

「……ルミルは裏口から回り込んだのか……」

「レムレ、君の犠牲は無駄にはしない!」


 くっ! っと涙を流すユリウス

 その僕達の……てかユリウスの背後で


「あんたも犠牲になるのよ!」

「うぉぉぉぉぉ!?」


 ルミルがユリウスを捕まえた


「ちょ! ルミルちゃん! お願い! 助けて! 離して!」

「女の子には優しくするんでしょ? テリアンヌの為にも食べなさい!! そして死になさい!!」

「いやぁぁぁ!! 死ぬのいやぁぁぁ!!」


 引き摺られるユリウス


「あ、アルス様、悪いことは言いませんから食堂には近づかないで下さいね? 後悔しますから」

「…………」


 僕はルミルと引き摺られるユリウスを見送った


 少ししてから遠くから「あべしっ!」っと言うユリウスの断末魔が聞こえた


「…………」


 お腹は減ってるが……死にたくはない


「外で食うかな……」


 街に出れば店は沢山ある

 美味しい物は沢山ある

 それなのに……


「なんで食堂に向かうんだろうなぁ……」


 僕の足は食堂(地獄)に向かっていた

 行ったら後悔する……それはわかってるんだ

 それでも何故か向かっている


 理由はわかっている

 テリアンヌだ


 あ、別に彼女に好意を持ってるとかそんなんじゃないよ?

 ただ、何て言うか……彼女は色々頑張ってるのを知ってるからね

 オーシャンにやって来て3ヶ月……彼女は敵の領主という立場だったから民から歓迎はされなかった

 無視とか露骨な差別は僕が知る限り無いけど……明らかに警戒されていた

 それでも彼女は頑張った……毎日毎日馴染もうとして……最近やっと認められた


 そんなテリアンヌが必死に作ったんだ

 不味いからって避けるのは失礼だと思ったんだ


 だから僕は彼女の料理を食べようと思う……

 それが友人として僕が彼女に出来る最高の歓迎だから


 僕は食堂の扉を開いた


「……うわぁ」


 前言撤回……今すぐ逃げたい


 扉の側の壁にレストがめり込んでるし

 天井にシャルスがめり込んで下半身だけがぶら下がっていた

 レムレは床に倒れてるし

 ユリウスは泡を吹いて何か回ってる

 奥の方にはレルガや兵が倒れてるのが見える


 地獄絵図だ


「……来たんですね」


 ルミルが僕を見て微笑む

 嬉しいような悲しいような……複雑な表情だ


「ああ、逃げるのは……失礼だろ?」

「アルス様……貴方は立派な人です」


 敬礼するルミル

 信じられる? 料理を食べに来ただけなんだぜ?


「あ、アルス君……」


 テリアンヌが皿にスープを入れてやって来た

 顔色が悪い……


「テリアンヌ、料理をしてるんだって?」

「はい……でも駄目なんです……どんなに作っても……教えてもらった通りに作っても……変なんです」

「大丈夫よテリアンヌ、ちゃんと成長してる……ほら、食べた時の反応が少しずつ普通に近付いてる」


 普通ってなんだろうね?


「ルミルちゃん……ありがとう……」

「テリアンヌ、まさかそれを食べるつもり?」

「はい、捨てるのは勿体ないですし……責任を持って食べます」

「でもそれだと貴女が……」

「いいんです! 私だけ無事でいるわけにはいきません!!」


 そう言ってテリアンヌはスプーンを取った


「待った!」


 僕は駆け寄り、テリアンヌの手を握る


「ひゃ!? ア、アルス君?」

「それは僕が貰うよ」

「えっ、でも……」

「その為に来たんだから……ねっ?」


 テリアンヌからスプーンを奪う

 そしてスープの皿を持ち上げる


「…………」


 黒い……何を入れたらこうなるのかわからないくらい黒い

 焦げてる……訳ではなさそうだ

 匂いは……うん、そこまで酷くは無い

 恐らく味が問題なんだろう……皆も食べてからダメージを受けたんだ


「……いただきます」


 僕はぐいっとスープを飲む

 スプーンを奪った意味が無かったな


「あ! そんな一気に!?」


 ルミルの驚きの声


 喉を通るスープ

 良かった……シチューみたいにトロトロしたタイプじゃなくて……

 サラサラなスープはあっという間に僕の胃袋に入っていった


「……っ」


 飲みきってから一気に攻めてくる不快感

 これは……キツイ……だが……耐える!!


「ぐっ!」


 僕は膝をつく


「がっ……はぁ……」


 胸が……苦しい……


「くっ……うっ……」


 呼吸が……乱れる……


「……っぁ……はぁ! はぁ!」


 そして僕は耐えきった……


「ア、アルス様! 大丈夫ですか!?」


 ルミルが駆け寄ってくる


「み、水……」

「どうぞ!」


 テリアンヌがコップに水を入れて渡してくれる

 僕は水を飲み干す

 ふぅ……生き残った……


「テリアンヌ……ごちそうさま」

「あ、は、はい!」


 テリアンヌは嬉しそうに僕から空の皿を受け取る

 やったよ……僕は勝ったんだ!!


「なんだこれ?」


 出入口からそんな声がした

 僕達は声の主を見る


「なんで皆倒れてるんだ?」

「マーレス」


 マーレスは不思議そうにしながら僕達に近寄る

 そして空いている椅子に座る


「どうしたの?」


 ルミルが聞く


「んっ? いや、賊の討伐が終わったから昼飯を食いにな……お、テリアンヌ、エプロン似合ってるよ」

「ありがとうございます!」

「テリアンヌ、彼にもあげたら?」

「えっ? でも……」

「?」


 ルミルとテリアンヌの会話を聞いてマーレスは首を傾げる


「テリアンヌがスープを作ったんだ」


 僕はマーレスに言う


「へぇ! それは食ってみないとな! もらえるか?」

「は、はい!」


 テリアンヌがスープを取りに行く


「…………ぷぷ」


 ルミルが面白そうに笑う、こらこら、悪どい顔になってるぞ?


「お待たせしました!」


 テリアンヌがスープを置く


「……黒いな」


 マーレスは目を丸くする

 そしてスープをスプーンで口に運ぶ


「…………っ!」


 目を見開くマーレス

 そして、皿を掴み……スープを一気に飲み始めた

 僕と同じ判断をしたんだね


 スープをドンドン飲むマーレス

 そしてスープを飲み干す


「……ふぅ……テリアンヌ……スープはまだあるのか?」

「えっ? は、はい!」

「なら……おかわりだ!」

『!?』


 僕達は驚く


「え? い、いいんですか?」

 テリアンヌは聞く


「頼む」

「わ、わかりました!」


 テリアンヌは皿を受け取り……おかわりを注ぎに行った


「だ、大丈夫なのか?」


 僕は聞く


「いや、正直キツイ……だが、この様子だと残るだろ?」


 マーレスは倒れてる皆を見る


「テリアンヌが折角作ったんだ……残す訳にはいかない」

「なんで……そこまでするの?」


 ルミルが聞く


「俺は……お兄ちゃんだからな」


 そう言ったマーレスは何故かかっこ良く見えた


「もっ、持ってきました!!」


 テリアンヌがスープを持ってくる

 それをマーレスは一気に飲む


 ……それをスープが無くなるまで続けた


「これで最後です」

「そうか、っ!」


 マーレスは最後の一杯を飲み干す


「ご馳走さま……次はうまく出来るさ……」


 そう言って……マーレスは食堂から出ていった……あ、左に行った……医務室に向かったな……


「……ふぅ……取り敢えず片付けようか?」

「はい!」


 ルミルとテリアンヌは調理場に向かった


「…………お兄ちゃんね……」


 僕は天井を見上げる……シャルスはまだめり込んでる


「ミルムが料理が出来る方で良かった……」


 僕はそう呟いて、気絶してる皆の介抱に取りかかった












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