第148話 東方統一 3
泣き虫だけど、頑固で
臆病なのに、勇敢で
弱いのに、強い
彼を本当に理解できるのはいつになるかわからない
だから、私は側にいる
『側に居てほしい』
彼はその一言で、私を人間にしてくれたのだから
・・・・・・・・・・・・
ーーーカイト視点ーーー
軍に戻ってオーシャンの都を目指して移動している
オルベリン達は馬車に乗り
ティンクは俺の馬の俺の後ろに乗ってしがみついている
「えっと?」
戻ってきた俺達を見て、テリアンヌは首を傾げていた
「おっと、紹介しておかないとな」
テリアンヌに近寄り
「ティンク、彼女はテリアンヌだ、これからは君の警護を任せる」
先ずはティンクに紹介する
「わたしの……警護ですか?」
「ああ、ほら、前も襲撃された事があったろ? そんな事もあったから専属の護衛が必要だと思ってな」
オーシャンはもう小さな領じゃない、東方を統一した一大勢力だ
当然、俺も狙われやすくなるが……俺は基本護衛が側にいるからな
ティンクには専属の護衛はいなかったから、何人か必要だ
彼女に何かあったら俺は耐えられないからな
「わ、わかりました、えっと……テリアンヌさん? よろしくお願いします」
ティンクがテリアンヌに挨拶する
「はい、よろしくお願いします……えっと……呼び捨てでも構わないですよ? 貴女の方が上の立場なんですから」
「えっ? あ、でも……慣れてないので……なら……テリアンヌちゃんで……」
うーむ……ぎこちないな……
「兄さん、そろそろ話してくれない?」
アルスが聞いてきた……
「ああ、そうだな」
俺の後ろでティンクとテリアンヌが会話している
俺はそれを聞きながらアルスと話す
「先ずは……レリスの今回起こした謀叛だが……アルス、謀叛って普通はどんな時に起こす?」
「えっ? 兄さんに不満を持った時とかじゃないの? 何かやらかしたの?」
「身に覚えが多すぎる……まあ、それは置いておこう……普通はそう、不満が爆発したりして起こすものだ……でも、今回の謀叛は違う」
「違う?」
「今回の謀叛は……そうだな、失敗するために起こした謀叛だ」
「……意味がわからないよ?」
そうだよな、説明しないとわからないよな
「つまり、レリスはこの謀叛が失敗するのを望んでいるんだよ」
「なんで? それなら謀叛なんて起こさなければいいじゃないか」
「いや、謀叛を起こすのは必要だったんだ」
「んんん?」
アルスが首を傾げる
「よーし、ヒントをやろう、ヒント1、俺がパストーレを攻めた理由」
「……東方の統一の為でしょ? 他の地方と戦うときにパストーレに背中を向ける形になるから……」
「そうだな」
「それとレリスの謀叛が関係あるの?」
「直接は関係ないさ、さあ考えろ」
「???」
アルスが考え込む
「ヒント2、敵は外だけではない」
オルベリンが馬車から顔を出して言った
「なんだ? オルベリンもわかったのか?」
俺はオルベリンを見る
「レリスとの付き合いは坊っちゃんよりも長いですからな」
そう言って笑うオルベリン
「敵は外だけではない??」
アルスが更に考える
「身内に敵が居るんですか?」
テリアンヌが会話に入ってきた
「しっ! それほぼ答えだから!」
俺は人差し指を口に当てて静かにする様にジェスチャーをする
「身内に……ああ!!」
どうやらアルスはわかったようだ
「えっ? マイルスが関係してるの?」
「呼んだか?」
「お前じゃない!」
反応したマーレスを追い返すアルス
「はい正解、この謀叛はマイルスを始末するために起こしたんだ……謀叛が起きたらアイツなら必ず関わるからな」
そして、謀叛が失敗すればマイルスを捕らえる事が出来る
厄介な男を始末できるって事だ
「……うーん、本当に謀叛を起こしたって可能性は?」
アルスが聞いてくる
「ティンク達がここに居る時点で、その可能性は0だ……ティンク達を人質にした方が良いのは普通にわかるだろ?」
「でも、逆にティンクさん達をオーシャンから離した……」
「そうだ、これでレリスが謀叛を成功させるつもりが無いのは理解できたろ?」
「まあね……でもマイルスの始末の為にここまでやる? 普通に捕まえればよくない?」
「マイルスが何かしたって証拠が無いのに捕まえるのか? それは民からの信用を失うだけだぞ?」
気分で人を捕らえる奴だと思われかねない
「だけど謀叛に関わったなら……現行犯って事で捕まえられる」
この謀叛で上手く逃げていたマイルスを捕まえられる
そうすれば……敵は居なくなる
「私兵を起こした貴族も……一緒に始末するために?」
「多分な、俺のやり方が気に入らない奴は多いだろうし……」
民を食い物にしようとした連中は、俺の存在が邪魔だろうしな
「つまり、レリスの謀叛は内側の敵を排除する為の強行策って所だな」
膿を出すって言うのか?
「レリスが兄さんを裏切ったって可能性は全く無いんだね」
安心したように言うアルス
「ああ、天地がひっくり返るくらいにあり得ないな……それに、レリスは言っていたからな……」
『貴方様の後ろは私が護ります』
兵から聞いた時は、敵の援軍は防ぐって意味だと思っていた
でも、違った
「戦場以外で俺の背を任せられるのは……アイツくらいだな」
レリスが居たから……俺は安心して戦に出れるんだ
「これからも、護ってもらわないとな!」
・・・・・・・・・・
ーーーレリス視点ーーー
『いいか? お前がカイトを始末するんだ』
『……はい』
アルス様が産まれた頃
父からそう言われた
それだけ、たったそれだけで……私は当時3歳だったカイト様を殺そうとした
階段から突き落としたり
森の中で置き去りにしたり
石をぶつけた事もあったな
それでも……
『レリス~♪』
彼は私の側に来た
理解できなかった
普通は離れるのに……彼の考えがわからなかった
『ぼくもお兄ちゃんになったんだよ!!』
目を輝かせる彼……
『……そうですか』
『レリスみたいにならなきゃね!!』
『?』
この時は意味がわからなかった
ある日、父から飴を渡された
『?』
『それをカイトに渡せ』
『……わかりました』
父の言う通りに動く
『あ、レリス!!』
オルベリンと一緒に中庭に居た彼が駆け寄る
『…………』
飴を差し出す
『? くれるの?』
『……うん』
『わーい!!』
彼は嬉しそうに飴を口に入れる
『甘い!』
嬉しそうに食べる
そして……
『……ごふっ!?』
吐血した
『坊っちゃん!!』
オルベリンが駆け寄る
『ゴホッ! ゲホッ!』
彼の口から血と一緒に少し溶けた飴が出てくる
『レリス! 貴様何を食わせた!!』
『!?』
オルベリンが私を睨む……殺気のこもった……化物の眼
『げほっ! オル、ベリン……大、じょ……ぶ……』
『坊っちゃん! 早く医者に診せなくては!』
オルベリンは彼と地面に落ちた飴を手に取り走り去る
『…………』
人形をその場に残して
・・・・・・・
飴からは猛毒が仕込まれていた
彼は解毒薬を飲まされて、数日間寝込んだ
『レリス……あの飴は何処で手に入れた? 誰がお前に渡した?』
ベルドルト様が私に聞く
『…………』
私は黙った……何も言うなと父に言われたから
『兄上』
『マイルス……』
『誰に利用されたかはわかりませんが……我が子がカイト様に毒を飲ませたのは事実……心苦しいですが、処罰するべきかと』
『……レリスは何者かに利用されただけだ……』
『その何者かはわからないのでしょう?』
『…………お前の息子だろうに……』
『もっとしっかりと教育するべきでした』
『…………っ!』
私の罰は追放だった
8歳の子供を1人で都から追い出す
運が良ければ助かるかもしれないが……死刑に等しいものだった
追放される日……城を出て城門をくぐる
そのまま都の門に向かう
『…………』
民や兵からの視線
幼い子供への哀れみ
彼を死なせようとしたという事実からの畏怖
様々な視線だった
『…………レリス』
ベルドルト様は私の後ろを着いてきた……止めたいのに……止められない
そんな感情が読み取れた
……父であるマイルスは見送りもしていないのに
『…………』
この時も……私は何も感じていなかった
悲しみも、これからへの恐怖も
何も無かった
筈だったのに……
『…………』
外壁に着いたのに……門をくぐろうとすると足が重くなる
『…………』
あと数歩が……歩けない
『…………』
そして、やっと足が震えてるのに気付いた
足だけじゃなかった……腕も……身体も震えていた
それでも結果は変わらない
私が彼に毒を飲ませた……それが事実だ
罪を負ったのは私だ
罰を受けるのは私だ
それが全てなんだ
震える身体を動かして、1歩、1歩と歩く
あと1歩で都の外に出る……
その時……
『レリスゥゥゥゥゥゥゥ!!』
『!?』
彼の声が聞こえた
振り返る
『レリスゥゥゥゥゥゥゥ!!』
彼が居た
オルベリンにしがみついて、馬に乗る彼が
『カイト! オルベリン!』
ベルドルト様が驚く
彼がオルベリンと一緒に馬から降りて走る
『カイト! 何故ここに来た! お前はまだ……むぅ!?』
ベルドルト様の横を駆け抜ける彼
オルベリンがベルドルト様に何かを話す
『レリス!!』
彼が私の目の前に立つ
私をあざ笑いに来たのだろうか?
何も無い人形を……
『どこに行くの!!』
そんなの……私が知るわけない
『嫌だよ!! レリスが居なくなるのは嫌だ!!』
『っ!!』
彼の眼から涙が溢れる
そして私にしがみつき
『レリスが居なくなるのはやだぁぁぁ!! レリスはぼくのお兄ちゃんなんだぁぁぁぁ!!』
『…………ぁ』
そう言われて……どうして彼が私から離れないのかわかった
彼にとって……人形だった私は……お兄ちゃんだった
『レリスみたいにならなきゃね!!』
その言葉は……私をお兄ちゃんとして見ているって意味だった
『……ぁぁ……』
それを理解したら……眼から涙が溢れた
産まれて初めて……泣いた
彼を……カイトを抱き締める
『カイト……居なくなんてならない……ずっと、ずっと君を支えるから!!』
こうして、人形は人間になったのだ
・・・・・・・・・
「……んっ」
眼を開く……どうやら椅子で寝ていたようだ
「随分と……昔の夢を見たな……」
あの後、ベルドルト様が色々と動いてくれて……私の罪は許された
何より死にかけたカイト様が離れたくないと言ったのだ……
その意志を尊重してくださった
「……マイルスは上手く逃げたがな」
飴をマイルスから渡された事を伝えたが……偽者が私を騙したって話になっていたな……
「……今度は……逃がさない」
マイルス……ついでにワールも……この謀叛を利用して始末する!
「カイト様が私の思惑に気付いてくれるか……まあ、気付かなかったら私も処罰されるだけだからいいが……」
謀叛の場合は処刑が基本だ……
どうせ1度は死んだ命だ……カイト様の為に死ねるなら本望だ
「レリス様!」
私の部屋に兵が駆け込む
「どうしました?」
「カイト様の軍勢が到着しました!!」
「そうですか……では、手筈通りに」
「はっ!!」
さあ、終わらせますか……長い因縁を……