第139話 パストーレとの激闘 22
ーーーアルス視点ーーー
マイルス・パストーレ
その名前はよく知っている
昔、東方地方中に悪名が広まった男だ
犯した罪は……『跡継ぎの殺害未遂』
多分……跡継ぎってのはテリアンヌ・パストーレの事だ
その跡継ぎを殺そうとして失敗して……パストーレを追放された
兄であるマイルスが何故跡継ぎじゃなかったのか
それは僕は知らない
「そんな……そんな馬鹿な!」
僕は距離を離して呼吸を整える
くっ! 左肩の傷が深い……
「嘘だと思うか?」
マーレスが言う
「嘘だろ! 追放された人間が……しかも跡継ぎ……弟を殺そうとした人間がなんで許されてる!! あり得ないだろ!!」
「色々理由があってな、俺は許されて将として雇われてる……これは事実だ」
「……っ!」
いや、もうこの際嘘か本当かはどうでもいい
今、理解するべき事は……
僕は負傷して、マーレスはピンピンしてるって事
形勢は不利だ
どうする?
左肩は……痛むけど動かせる……でも、無理したら悪化しそうだ……
「くっ……」
「勝負あったな? 降伏するか?」
余裕を見せてくるマーレス
「断る!!」
まだ戦える!!
「諦めが悪い奴だな……」
「そういう血筋なんだよ!!」
僕は距離を詰めて、刀の先端がマーレスに届くように振る
「っと!」
それを後退して避けるマーレス
考えろ……どうやったら倒せるか……考えるんだ!!
・・・・・・・・
ーーーマーレス視点ーーー
血筋……ね……
「羨ましい事だな……」
俺はアルスの刀を避けながら呟く
血の繋がり……俺にはそんな相手はいない
何故なら、俺は養子だったからだ
「やぁぁぁぁ!!」
「ふっ!」
アルスのカタナを防ぐ
こいつ……まだ動けるのか……
そんな傷だらけになってまで尽くす相手なのか?
あのカイト・オーシャンが
『たった1人の兄さんなんだ!』
さっきのアルスの言葉を思い出す
「兄ね……」
それなら、俺だってそうだ……
『マイルス兄様!!』
俺は……兄だからな
勝って……帰らなきゃいけないんだよ!!
・・・・・・・・
ずっとずっと昔の事だ
『……ごほごほ!』
俺は冷たい路地裏で死にかけていた
両親はいない
物心がついた時には路地裏で独りだった
周りには似たような境遇の大人がいた
彼等の行動を真似てゴミを漁り、盗みを働き
何とか生きていた
そんな俺に限界が来ていた……
『……いや……だ……』
間近に迫る死の恐怖
思い浮かべるのは鼠や蛆に身体を食われていく死骸になった自分
何も良いことはなかった
見下され、蔑まれ、見放され……
人間として扱われなかった……
『なん……で?』
なんでこんな目に?
誰にも愛されない……
嫌だ……嫌だ!
俺は路地裏を出ようと這う
『や……だ……』
暗いのは嫌だ
寒いのは嫌だ
寂しいのは嫌だ
痛いのは嫌だ
苦しいのは嫌だ
死ぬのは嫌だ
『だれ……か……』
誰でもいい
何でもいい
光を……癒しを……
俺を……見つけて……
『おい! 大丈夫か!』
誰かに抱き上げられる
『メルノユ様! 汚いですから触らない方が……』
『馬鹿者!! そんな事を言っておる場合か!!』
誰?
目が……見えない……
あ、でも……
温かい……
・・・・・・・・
『んっ……』
目が覚めると見覚えの無い場所だった
『……?』
身体中には布が巻かれていた
呼吸もかなり楽になって事に気付いた
『生き……てる?』
状況を理解する
どうやら助かったようだ
『???』
ここが何処なのかを考えていると
『おっ! 気がついたか!』
『!?』
いきなり声を掛けられて驚く
振り返ると男性が掛けられてる布の間から顔を出していた
『あ、えっ?』
どう反応したらいいのか困る
『混乱してるな、まあ仕方ないだろう……少し待っていろ』
男性はそう言うと顔を引っ込める
そして布の向こう側から
『メルノユ様に伝えろ、子供が目を覚ましたと』
『はっ!!』
そんな会話が聞こえた
少ししてからさっきのとは違う男性がやって来た
『おお、気がついたようだな!』
『あっ、えっ?』
また俺は混乱する
目の前に立つ男性が……その、なんだろ、凄く……小さい
子供である自分と同じくらいの身長しかないのだ
困惑する俺
『むっ? どうした? ドワーフが珍しいか?』
『どわーふ?』
そんなの知らない
『まあ、私はそれでも小さい方だが……』
『器はデカイですな』
『こらこら、褒めるな褒めるな』
『…………』
反応に困る
『ふむ……掴みは良いみたいだな』
何故そうなる?
『さて、打ち解けた所で……』
打ち解けた?
『坊や、名前は言えるか?』
『……』
名前……
俺に名前は無い
『……名前なんて……無い』
『ふむ? 両親は?』
『……いない』
『むむむ?』
『メルノユ様、恐らく捨て子が育ったのかと……物心がつくまえから路地裏に居たのでは?』
『……そうなのか?』
メルノユの呼ばれた男は俺を見る
『……ん』
取り敢えず頷く
『……しかし言葉を理解しておるぞ?』
『……周りの大人が喋ってるのを覚えた』
『ほほぅ……教わったのではなく、覚えたか』
感心しているメルノユ
『ふむ、それなら自分の年齢もわかるまい……』
年齢? そんなの知らない
『ふむふむ……』
メルノユはそう言って考え始める
そして……
『よし! 決めた! この子を私の息子にしよう!』
『はぁ!?』
側にいた男が驚く
『何を言ってるのですかメルノユ様! 保護するのはともかく……養子にするとはとんでもない!!』
男が叫ぶ
『何を言うか! この子は行く宛が無いのだぞ? それなら私が引き取るべきだろ?』
『わざわざ養子にしなくても良いではないですか! 兵士の見習いにするなり他に方法があるじゃないですか!』
『この子は言葉を教わらずに覚えたのだぞ? 物覚えが良いと言うことだ、丁度子供もおらんし、良いではないか!』
『ぐっ! どうやら自分1人では説得は無理そうですね』
『バベルク諦めろ! もう決めたのだ!』
それからバベルクと呼ばれた男は色んな人間を連れてきたが……最終的にメルノユに全員が言い負かされた
『よし、もう異議は無いな!』
『…………』
メルノユに言い負かされた全員がションボリとする
『よし! 決定だ! 坊や! これからは私が君の父親だ! 父と呼べ!』
『……えっ?』
訳がわからなかった
『ふむ、名前も与えないとな……今日からマイルス、マイルス・パストーレと名乗れ!』
こうして、マイルス・パストーレは誕生した
・・・・・・・・
それから数年、俺は父上の跡継ぎとして、色んな教育をされた
最初こそ戸惑ったが、命の恩人である父の為に、俺は必死に学んだ
政治、算術、マナーに武術
必死に学び、結果を出した
そうしていたら、いつの間にかブライを始めとした将達に認められていた
この頃にはしっかりと跡継ぎとして認められたのだ
しかし……問題が起きた
『ほぎゃー! ほぎゃー!』
『おお! 産まれたか!!』
父上に実の子供が産まれたのだ
『父上……』
『おお! マイルス! 産まれたぞ! 今日からお前はこの子の……テリアンヌの兄だ!』
別にテリアンヌが産まれたからって父上が俺を蔑ろにした訳ではない
寧ろ平等に接してくれた
それは母上も同じだ
だから……俺は何の問題もなくテリアンヌを受け入れられて……兄として接したのだ
しかし……周りは違った
『マイルス様が相応しい!!』
『いや! 実子であるテリアンヌ様こそ跡継ぎだ!!』
一部の将や貴族が跡継ぎの事で揉めたのだ
『メルノユ様! どちらを跡継ぎにするのですか!!』
『メルノユ殿! まさか他人を跡継ぎにしませんよね? パストーレの血を絶やすのですか?』
『貴様! 血を優先するのか! テリアンヌ様は~~だろうが!!』
『そんなの些細な問題だ!!』
この騒ぎが大きくなった時は……
俺は成人して、かなりの結果を残していた
テリアンヌはまだ幼かったな……
『マイルス兄様……』
『大丈夫だテリアンヌ……大丈夫だ』
怯えるテリアンヌ……どうにかしないとな……
このままではパストーレは分裂してしまう
過去の歴史からそう考える俺
そして俺は……
『父上……相談があります』
『マイルス? どうした?』
『実は……』
俺は父上に話す
跡継ぎ問題を解決する策を
・・・・・・・・・
『マイルス兄様? どうしたのですか?』
『ああ、テリアンヌ……ちょっとな』
俺はテリアンヌを呼び出した
そして……
『悪いが……死んでくれ?』
『えっ?』
俺は剣を抜き、テリアンヌに斬りかかる
『っ!?』
驚くテリアンヌ
剣がテリアンヌの首に届きそうな所で
矢が放たれる
俺の右肩に刺さる
『ぐわっ!』
『マイルス! 貴様何をしようとした!!』
ブライが駆け寄ってくる
そして俺を捕まえる……
そうだ、これでいい
これで……俺は処罰される
父上の前に連れていかれる
話を聞いた父上は激昂し……
『マイルス! 貴様を追放する!!』
そう言って……俺は裁いた
追放処分……当然、俺は勘当される
つまり、パストーレの次期領主はテリアンヌしかいなくなる
これが俺の狙いだった
父上も了承してくれた
『すまない……マイルス』
『良いんですよ、俺の全ては父上やテリアンヌの為に有るのですから』
こうして俺はパストーレ追放された……
それから数日後に俺はパルンの兵士募集に参加した
名前をマーレスに変えてな
マイルスに似ている見た目だが……ただ似てるだけの別人が兵士になるだけだ
そしてたまたま強くて結果を出したから、将に出世した
ただそれだけだ
こうして、マイルス・パストーレはいなくなり
マーレスが現れたのだ
・・・・・・・・
『マイルス兄様』
前日の事だ、テリアンヌが俺に話し掛けてきた
『……テリアンヌ様、俺はマーレスですよ』
『あ……すいません……』
全く……いい加減慣れろよ
『それで? どうしましたか?』
『その……明日は……私の側に……』
『そういうわけにはいきませんね、ブライやペンクルだけに負担をかけるわけにはいきません』
『そ、そうですけど……』
『……不安なのか?』
『…………』
『全く……ほら』
俺はテリアンヌの手を握る
『あ……』
『大丈夫だ、俺達は強い……今のオーシャン軍はオルベリンを連れてきてないんだ……勝ち目はある』
『…………』
『テリアンヌ、お前は堂々と俺達を待っていればいい……必ず、勝利を届けてやる』
『……兄様』
・・・・・・・・・
そうだ、俺は勝たなきゃいけない
アルス・オーシャン……お前にも負けられない理由があるように
俺だって負けられない理由がある!!
「決着をつけるか……」
俺は構える
「っ!」
アルスも構える
一気に駆け寄る
「はぁ!」
俺は剣を振る
「くぅ!」
アルスがカタナで受け流す
「っと!」
ドゴォ!
「がっ!?」
俺は体勢が崩れる前にアルスを蹴飛ばす
アルスは飛ばされるが体勢をすぐに立て直した
しぶといな……
・・・・・・・・・
ーーーアルス視点ーーー
「ぐっ!」
蹴られた箇所が痛む
「そろそろ本当に降伏したらどうだ?」
「こと……わる……」
「はぁ……仕方ない、本当は捕らえたかったが……だいぶ時間を食ったし、殺すか」
「っ!!」
全身を突き刺すような殺気
こいつ……さっきまでは手を抜いてたっていうのか!?
「覚悟はいいか?」
マーレスが構える……
「ぐっ……」
僕も構え……
普通に構える?
いや、それじゃやられる……
ここは……相手の不意をつくために……
刀を鞘にしまう
「んっ? なんだ? 降伏する気になったのか?」
「まさか……マーレス、お前に見せてやるよ! 刀の真骨頂を!」
僕は構える……
オルベリンから教わった……抜刀術の構えだ
「そんなんで相手を斬れると思っているのか?」
マーレスは呆れた様に言う
「斬れる! お前よりも速くな!!」
僕は神経を集中させる……
兄さん……オルベリン……力を貸して
・・・・・・・・
ーーーマーレス視点ーーー
ふざけた奴だ
どうやったら抜身の剣に鞘に仕舞ったカタナで勝つのやら……
まあいい……もう殺すと決めたんだ、さっさと終わらせよう……
あれなら……跳躍しても問題ない……
一気に近付いて終わらせる!
俺は呼吸を整えて集中する
そして、頭の中で数える
1……2……3!!
跳ねる
アルスの目の前に移動する
そして剣を振り下ろす
とった!!
「そこだぁぁぁ!!」
ヒュン!!
そんな音が聞こえた
次に聞こえたのは
バキッ!
っと何かがへし折れる音
「なっ!?」
そして俺は状況を理解する
俺の剣が半分くらいの所で折れている事に
いや、戸惑うな! やることは変わらん!
斬れないのなら……この折れた剣を突き刺すだけだ!
顔、喉、頭……どこかに突き刺せば致命傷だ!!
アルスはカタナを振った!
次の攻撃がくる前に殺れる!!
そう思い、勝利を確信したとき……
バキィ!
「がっ!?」
顎の右側に衝撃を受ける
身体がふらついて倒れる俺……
視線を動かして……俺を殴った物をみる
「さ……や?」
おい、まさか……そのボロボロな左腕で……鞘で俺を殴ったのか?
カタナだけの攻撃と思わせて……鞘での2段階攻撃を仕掛けてきたのか?
「うそ……だろ?」
そんな事を……咄嗟にしたのか?
この……ガキが?
身体が動かない……
脳がグラグラする……
意識が……遠退く……
テリ……アン……ヌ…………………
・・・・・・・・
ーーーカイト視点ーーー
俺は走る、陣の出入り口に向かう
そして到着した
そこには……
「あ、兄さん!」
アルスが立っていた、ボロボロだが元気そうなアルスが立っていた
「アルス!!」
「うわっぷ!?」
俺はアルスを抱き締めた
「アルス! マーレスを捕らえたそうだな! 本当に……強くなったな!!」
「ちょ! 兄さん!」
「お前は最高の弟だ! 自慢の弟だ!!」
「わかった! わかったから!! 恥ずかしいよ兄さん!」
「いいだろ! 褒めさせろ!! 本当に良くやった!!」
「……もう……へへ♪」
この後、アルスは怪我を治療するために軍医のテントに向かった
「さてと……」
俺は牢に向かう
「全員……まだ気絶してるか……」
牢の中にはブライ以外のパストーレの将達が気絶していた
武器や鎧は外されて、縄で縛られて……口も布で塞いでいる……自決防止の為にな
「……明日は……コイツらを使って交渉するか……」
人質を使っての交渉だな
俺の望みは1つ、パストーレの降伏だ
パストーレは、もうブライしか将がいない
そのブライは重傷だ……
どう考えてもパストーレが戦を続けるのは不可能だ
つまり……
「俺達の勝利だな……」
良かった……勝てて良かった……
取り敢えず皆をしっかり労おう
俺はそう誓って牢から離れた
アルスVSマーレス
アルスの勝利
マーレス、捕縛
アルス、重傷の為撤退
命に別状はなかった
カイト、パストーレの将が戦場から居なくなったと判断
撤退の合図を出して兵や将達を本陣に帰還させた