第111話 シャルス帰還
「……うーん」
俺は頭を抱えていた
「カイト様? どうされたのですか?」
「なぁ、レリス……シャルスが出発してから何日経った?」
「……3週間ですね」
「……遅くないか?」
シャルスの足なら1週間くらいでパストーレに着くと思っていたが……
「これくらいなら誤差の範囲では? 私は1ヶ月はかかると予想していましたが?」
「そうか?」
うーむ……レリスはこう言うが
なんか胸騒ぎがするんだよな……
「誰か派遣しますか?」
「……うーん」
どうするかな……
「いや、止めておこう……入れ違いになるかもしれないし」
もう少し待ってみよう……どこかで遊んで息抜きをしてるだけかもしれないし
「そう言えば賊の方はどうなった?」
「順調ですよ、この数日でオーシャン全土の賊の討伐数は100人を越えました、旧カイナス地方がやはり多いですね、ゲルド達が援護に行ってますが、それでも人手が足りないかと」
「そっか……この間の連中もカイナス側から流れてきてたよな」
ティンク達を襲った賊達を拷問して拠点を吐かせた
そいつらもカイナス地方の出身だった
全く、ケーミストめ、死んでも迷惑をかけてくるか
「そう言えばカイト様、視察にはいつ頃向かいますか?」
「港の事か? そうだな……」
俺は近々漁港の視察に行くことになってる
この東方には港が3つある
1つはパストーレの首都、パルンにある
他にはパルンから南、そこにも港がある
その港はオーシャンとパストーレで共有している、その港は奪い合わないってのが昔結ばれた条約がある
それが無かったらオーシャンは塩不足になってたな……
シャンバルとかが利用した港がここだな
最後の1つはこのオーシャンの都からずっと北……カイナスとガガルガの国境付近にある……
ギリギリの場所にヤークレンとの国境もあるけどな、そこは漁港として利用されてる
まあ、今は完全にオーシャンの所有する港になってるがな!!
視察するのはこの漁港だ、オーシャン領になったから、領主として見に行かないといけないんだよな
「パストーレとの戦が始まる前に行っておきたいが……」
ふと、頭に過る考え
「なあレリス」
「はい?」
「護衛は多目に連れていくんだよな?」
「えぇ、今回はゲルドとレルガ……それとアルス様にルミルとレムレを連れていきますね、それに……私も同行します」
そう、今回は珍しくレリスも同行する
漁師達と話し合わないといけないからな、彼が必要なのだ
「ちょっと我が儘を言っても良いか?」
「我が儘?」
・・・・・・・・
俺は中庭に向かった、この時間ならここに……居た居た!
「ティンク! ミルム!」
「カイトさん?」
「あ、お兄様!」
「…………」
俺を見るティンク
駆け寄るミルム
ミルムの側で礼をするファル
「来週、出掛けるぞ!」
「えっ? お出掛けですか?」
ティンクが聞いてくる
「ああ、港に行くぞ!」
「港!? 海! 海!?」
ミルムが目を輝かせる
「あぁ、海だ! 皆で行くぞ!」
「やったぁぁぁぁぁ!!」
飛び跳ねるミルム
「大丈夫なんですか?」
ティンクが側に来て聞いてくる
「ああ、今回は護衛を多目に連れていくし、海……見せたかったからな……」
「カイトさん……」
ティンクが俺の手を握る
ティンクもミルムも海を見たことが無いからな
今回の視察を利用させて貰うことにした
「来週出発するから、予定を空けておくように! いいね?」
「はい、わかりました!」
「はーい!!」
「…………えっと」
「どうしたファル?」
「あ、あたしもですか?」
「当たり前だろ? ミルムの事、任せたからな?」
「……はい!!」
さて、次は……
・・・・・・・・・
俺はオルベリンの屋敷に来た
「カイト様? どうなされましたか?」
「オルベリンに用があってな、部屋か? 中庭か?」
「部屋の筈ですが……」
執事チラリと中庭の方を見る
この間みたいな事があるからな
「じゃあ部屋の方に行ってみる、君は仕事を続けてていいから」
俺は屋敷に入る
そしてオルベリンの部屋に向かう
…………途中で窓から中庭を覗く、うん、居ないな
そして部屋の前に着く
コンコン
扉をノックする
ガチャ
すぐに扉が開いた
「カイト様?」
「うん? 貴方は?」
見覚えの無い老人が扉を開けた
「自分はただの一兵士です、では失礼します」
老人が廊下に出る
その手には封筒があるのをチラリと見て、老人を見送った
「坊っちゃん? どうされましたか?」
部屋の中からオルベリンが聞いてくる
「あ、いや……今のご老人は?」
「あやつはシュルですな、出世はしませんでしたが、オーシャン軍の兵をしておりましたぞ?」
「そうなのか? 彼に悪いが……全く覚えてないな……」
「ははは、ワシの直属の部下でしたからな、ワシの隠居と一緒に引退しましたから、坊っちゃんが知らないのも無理はないかと」
「そっか……なら気にするのは止めるかな……椅子借りるぞ?」
俺はベッドの上で座っているオルベリンの近くに椅子を運んで座る
「それで、どうされたので?」
オルベリンが聞いてくる
「ちょっとな、オルベリン……最近の体調はどうだ?」
「調子は良好ですな、医者からも多少なら動いても問題ないと言われております」
「そっか、それなら来週さ……一緒に港に行かないか? 北の方の」
「護衛ですかな?」
目を輝かせるオルベリン
「いや、普通に一緒に来てほしいだけだ、護衛は充分居るからな」
「ふむ、そうですか」
残念そうなオルベリン……どんだけ戦いたいんだよ……養生って言葉理解してる?
「その、パストーレとの戦が始まったら……のんびりした時間はもう取れないと思ってさ……家族で行きたいんだ」
「……坊っちゃん」
「迷惑だったか?」
「いえ、光栄です……そういうことなら、ワシも同行しましょう」
「ああ! あ、ちゃんとレイミルも連れていくからな?」
医者も居れば安心だ!
馬車も大きいのを作ってる……大人数が乗れるやつをな!!
・・・・・・・・
オルベリンと軽く談笑をしてから城に戻る俺
城門をくぐると……
「カ、カイト様!!」
レムレが走ってきた
「どうしたレムレ? そんな慌てて……」
「シャルスが帰ってきました!!」
「本当か!!」
良かった! 帰ってこれたんだな!!
「どこだ? 玉座に先に行ったのか?」
「いえ、医務室に運びました! ボロボロの状態で!」
「っ!?」
俺とレムレは走って医務室に向かう
バン!!
医務室の扉を開けて中に入る
「シャルス! 大丈夫か!」
そう言ってシャルスの姿を探すと……
「いでででででで!!」
「ほら暴れない!! 皆押さえて!」
「わかった!」
ベッドに手足を押さえられて拘束されているシャルス
そのシャルスの腹部を色々と弄るレイミル
そしてアルスとルミルとユリウスがシャルスを押さえつけていた
「……うわ」
思わず口から声が出た
凄まじい絵面だもんよ
「あ、兄さん! もう少し待ってて!」
「こうして、はい終わり!!」
「あっ! もっと、優しくして欲しかった……」
げ、元気そうだな?
「あー、どういう状況?」
俺が聞く
「あたしが……」
レイミルが前に出る
「どうやら何者かに腹部を斬られた様です、他の医者に縫ってもらっていましたが、無理して動いたから傷口が開いていたので私が縫い直しました」
「そうか、命の危険は?」
「後1日でも遅かったら危なかったですね……いや、今も危ないですが……5日はここに泊まらせます」
「えぇぇぇぇ!?」
「死にたいの?」
「すんませんでした!!」
レイミルが振り返って一言
謝るシャルス……冷や汗が出てるのは傷が痛いからだよな?
「話はしても大丈夫か?」
「少しなら良いですよ、報告を聞く程度にしてください」
そう言ってレイミルは自分の椅子に座り、薬の調合を始めた
「あー、アルス達には悪いが話は明日以降にしてもらう、先ずは報告を聞かせてほしい」
俺はシャルスの近くに行く
ルミルが椅子を運んでくれたから、それに座る
「了解! 先ず降伏の件ですが断られました!」
「だろうな、予想通りだ……テリアンヌはどんな反応だった? キレてたか?」
相手の様子からどんな人間か予想する
「笑ってやした! それで文書を燃やしましたね!」
「お前の目の前で?」
「はい!」
「ふむ……」
余裕があるように見えて……内心はぶちギレていたか?
「それと、オイラを勧誘してきました」
「シャルスを?」
「獣人を差別するつもりは無いとか言って、まるでオイラがオーシャンで差別されてるみたいな言い方でした」
不満そうに言うシャルス……まあ、最初は苦労させたから否定できないのだが……
「あ、カイトの旦那、その……鎧なんですが」
「んっ? 鎧がどうした?」
今、シャルスは鎧を着てない
治療されたし、養生しなきゃいけないから当たり前なのだが
「すいやせん!! 追っ手を騙すために捨てました!!」
手を合わせて頭を下げられる
「なんだ、そんな事なら気にするな、仕方無いことだし、新しいのを用意しよう」
「ゆ、許してくれます?」
「先ず怒るほどの事じゃないからな」
追っ手を騙すためになら仕方ない
そんなの昔の人間もやって来た事だ
「あー良かった……むっちゃ怒られるかと……」
「気にしすぎだ、鎧なんていくらでも作れるが、命は1つだからな」
ほっとするシャルス
「それで、この傷は誰にやられた? ブライか?」
「これはマーレスにやられました、あれは……何て言うか……とんでもない奴ですね」
「マーレス……」
後ろでボソッとアルスが呟く
「よく逃げ切れたな、城の中で襲われたんだろ?」
「いえ、外で1日経ってから襲撃されました、腹を斬られて、死んだフリをしてなんとか助かりました」
死んだフリか……よくバレなかったな
「その後、近くの村に行って、そこの医者に傷を縫ってもらって、直ぐに移動していたら……死体が無かったから気付かれたみたいで追っ手がきまして……」
「それで鎧を利用して敵を騙したんだな?」
「はい! 道中で野犬に殺られたのか腐乱した死体があったので、それに鎧を着せて隠れて……追っ手の兵は見事に騙されやしたね!」
ガタッ!
レイミルが突然立ち上がった
「腐乱した死体に触った? その怪我で?」
あの、レイミル? 声が震えてない? 怖いんだけど?
「カイト様、話はそこまでにしてください……処置が増えました……ルミル、レムレ、押さえて」
『はい!』
「うぇ!?」
「レ、レイミル?」
「細菌の塊に触るとか馬鹿ですか? 感染症とかあるんですよ? 」
そう言ってレイミルは色んな薬を取り出す
み、見た目だけで劇薬なのがわかる
「じゃあ、俺は戻るか!!」
俺は逃げるように離れる
絶対に見てはいけない出来事が起こる
「ちょ! カイトの旦那ぁ!!」
「頑張れよシャルス!! じゃあな!」
俺は医務室を出る
「ちょ!? まっ! ぎゃあああああああああ!!」
医務室から断末魔が聞こえる
いや、聞こえない! 俺は何も聞こえない!!
俺は耳を塞ぎながら玉座に戻った