第110話 料理長の奮闘
ここはオーシャンの城
その厨房に彼女は居た
「…………」
彼女は『ミント』
このオーシャン城の料理長を任されている女性だ
まだ25歳という若さだが、料理の腕を評価されて今の立場になった
元々はヘイナスに居たが、オーシャンが完成したときに一部の使用人と一緒にオーシャンに移動したのだ
そんな彼女は目の前の物を見て頭を抱えている
目の前にはベススから送られてきた香辛料だ
初めて見る香辛料……どう使えばいいのか、どんな料理に合っているのか、それが全くわからないのだ
「……」
しかし、彼女は慌てない
以前も醤油で悩んだものだ……
しかし、あれも試行錯誤を繰り返して今では普通に使いこなせる様になった
今回もそうだ、色々と試してみる……それだけである
「…………」
先ずは香りを試してみる
彼女は香りも"味"だと認識している
食事とは、味覚と嗅覚を総動員して楽しむものだと思っているのだ
「……(クンクン」
次々と香りを嗅ぐ
ツンとくるもの
ピリピリと痺れるもの
香りが無いもの
それぞれの香りを理解していく
「…………」
次に味を確かめる
それぞれを小皿に移して、先ずはそのまま舐めてみる
「……!?」
赤い香辛料を舐めた時、あまりの辛さに悶絶する
「……」
水を飲んで口を洗う
この赤いのは大量に使わない方がいい、それを真っ先に理解した
「……」
気を取り直して次々と舐めてみる
「…………」
全てを舐めてみて、そのままの味を理解した
次は焼いてみる、加工することで味が変わるものがあるからだ
香辛料も例外ではない……どんな変化が起こるのか、理解しないといけない
ジュゥゥゥ!!
フライパンが熱せられる音
香ばしい香りが厨房に拡がる
廊下に香りが漏れているのか、メイドや兵が覗いてくる
「…………」
一通り焼いてみた、2つほど、甘味が出た香辛料がある
「…………」
次は煮込む
簡単なスープを作る、それを数枚の小皿に入れて、香辛料を各々入れていく
そして味を確かめる
「…………」
茶色の香辛料はスープの味を一気に変えてしまった
意外なことに激辛な赤い香辛料はスープの味を引き立てた
こんな事があるから料理は面白いのだと、彼女はフッと笑う
「…………」
そして今から試作品を作る
取り敢えず簡単な物だ、使う香辛料を決める
ジュゥゥゥ!!
フライパンから肉が焼ける音が響く
バッ!
肉が焼ける手前で香辛料を投入
そして一気に仕上げる
そこに……
「ミントさーん、水を少し貰いに来ました!」
レムレがやって来た、彼は今日は非番だったのだが、自主的に鍛練するために城にやって来ていた
そして鍛練を終えて、喉が渇いたから水を貰いに来たのだ
「…………」
ミントはちょうどいいとばかりにレムレを手招く
「?」
レムレは呼ばれるまま、椅子に座る
目の前に水を置かれて
そして直ぐに料理を置かれた
「あ、試作してたんですか?」
レムレの質問に頷くミント
「うわぁ! 運が良かった!」
喜ぶレムレ、彼もミントの腕前は理解してある
メイド時代からお世話になったのだ、彼女から色々と教わったりもした
「それじゃあ……」
レムレは先ず水を飲んで喉を潤す
そしてナイフとフォークを手に取り
「いただきます!」
差し出された試作品……チキンステーキを一口食べる
「……ん!!」
チキンを噛み締める
ジュワっと拡がる肉汁
そしてふわっと香るハーブの香り
その後にやってくる、初めて感じる香り
「……美味しい!!」
目を輝かせるレムレ
食べる手が止まらない
気がついたらあっという間に料理を食べ終えていた
「ミントさん、これ凄いですよ!! 意識が持っていかれましたもん!!」
「…………」
ミントは微笑むとレムレにデザートを出す
試作に協力してくれた人には毎回デザートを出す、これは彼女の拘りだ
「ご馳走さまでした!!」
デザートも完食したレムレ
ミントと少し会話をして、礼を言ってから厨房を出ていった
「…………」
レムレの反応を見て、試作品の成功を確認したミント
今日の夕食のメニューは決まった
・・・・・・・・・
ーーーカイト視点ーーー
「んっ? 今日はミントが直接配膳するのか?」
ファルにこれからのミルムの予定を伝えたり
レリスと打ち合わせをしたりした後、部屋に戻ったらミントが居た
彼女の側には料理を運ぶワゴン
ティンクも既に待機している
「…………」
無言で彼女は椅子を引く
そこに座れって事か……
俺は椅子に座る
「どんな料理が出るんでしょうね?」
ワクワクしているティンク
トン、と先ずはスープが出される
「……いただきます」
「いただきます!」
俺とティンクはスープをスプーンですくい、一口飲む
ピリッとした辛味……ブラックペッパーとは違った味
スープを飲む度に食欲が刺激されていく
そしてスープを飲み終わる
片付けられる皿
そして次の料理を出される
「これは……チキンステーキか?」
俺は首を傾げる
6つに切り分けられたチキン
そのどれもが色が違った
茶色、黒、赤、黄、きつね色、そしてハーブがかかった物
トン、ミントがテーブルの左側を指で叩く
「左から食えって事か?」
頷くミント
「じゃあ、茶色のを……」
一口サイズの茶色のチキンをフォークで口に運ぶ
「あ、これは……」
「ベススで食べたカリーと似た味がします!」
ティンクが言う
確かにカレーと似た味だ……少し薄いか?
恐らく、香辛料を配合してこの味を再現したのだろう
「……」
ミントを見るとどや顔だ
むっちゃ輝いてる
次に黒のチキンを食べる
「これは醤油か?」
懐かしい味が口に拡がる
赤いチキンは……
「!?」
辛味が拡がる、なんだろうチリペッパーのフライドチキンを食べた様な感じだ
な、なんだ? 胃が……口が……次のチキンを寄越せと言っている!!
黄色は……
「茶色のチキンよりも味が濃いカリーですね!」
「ああ、これは、パンが食べたくなるな」
そう言うと、一口サイズに切り分けられたパンを差し出された
準備いいな?
パンを食べてチキンを噛る
う、美味すぎる!!
きつね色のは?
「これは!!」
醤油を使っている、それだけなら黒と同じだが……
これは照り焼きだ!
ほんのりとした甘味が訪れる!
「ミント……醤油をここまで使いこなすか……」
「…………」
どうよ? って顔だ
「最後はハーブですね……ああ、落ち着きます」
最後に食べ慣れた味で落ち着かせる……何て事だ、このチキンステーキで色んな衝撃を受けたぞ……
服が全部弾け飛ぶかと思った!!
「…………」
皿が片付けられる
そしてデザートを出される……
これは、ピーチパイか、皆大好きなスイーツだ
「うん、美味い……流石だなミント、いつも君には驚かされるよ」
「…………♪」
彼女は嬉しそうに微笑んだ
俺達が食べ終わるのを確認して、彼女はワゴンに食器を乗せて運んでいった
「ミントさん、凄い人ですよね……色んな料理を作って……」
「ああ、彼女に作れないのは無いのかもしれない」
今度、和食を頼んでみるかな?
問題は米だな……うん
・・・・・・・・・
ーーーミント視点ーーー
カイト様とティンク様に褒められた
私の胸は嬉しさで高鳴る
「…………」
カイト様の笑顔を見て、昔を思い出す
まだ見習いだった頃……マトモな料理が作れずに、当時の料理長に怒られて
落ち込んでいた時に……幼かったカイト様は
『お腹すいたな……あ、これ頂戴!!』
『……!?』
失敗作の料理を食べるカイト様
『…………』
冷や汗が流れる私、こんな物を食べさせたなんて知れたら私は処分されてしまう!!
『う!』
『!!』
『美味しい!!』
『!?』
『これ美味しいよ!! もっと頂戴!』
『…………』
美味しそうに食べるカイト様
それを見て……私は泣いていた、自分を受け入れられた気がした
『あ、これ食べちゃ駄目だった?』
『…………』
首を振る私
『そう? あ、そろそろ行かないとルーツに怒られる! じゃあね! 頑張ってね!!』
走り去るカイト様
『…………』
カイト様を見送る私
あの人にもっと笑ってもらいたい……
私はそう思った
…………
それから、私は必死に腕を磨いた
そうしていたら、いつの間にか料理長から次の料理長に任命された
今の私が居るのは、あの時のカイト様の励ましがあったからだ
「…………」
もっと美味しいものを作ろう
そう思いながら厨房に入って、私は片付けを開始した