第108話 使者として
ーーーシャルス視点ーーー
「あれがパストーレの首都か?」
オイラは馬に乗って並走するパストーレの兵に聞く
「ああ、パストーレの首都『パルン』だ」
兵士が答える
彼とは国境を越えた時に出会った
最初は敵と認識されて襲われたが、使者であることと文書に印されてるオーシャンの印を見て信じてくれた
それからは彼の案内でパストーレの首都を目指した
一緒に移動して、たまに酒を飲んだりして打ち解けた
うん、こいつは良い奴だ!
「止まれ!! 何者だ!!」
パルンの門番をしてる兵に止められる
「『リュウリ』の都を担当してる『ベルク』と申します! オーシャンからの使者を連れて参りました!」
兵……ベルクが説明してくれる
「オーシャンの使者? その化物がか?」
あー、そう言う? そんな反応しちゃう?
「見た目は我等とは違いますが、オーシャンの鎧と、文書の印を確認しました! 彼はオーシャンからの使者で間違いありません」
「ふん、オーシャンも妙な奴を飼ってるな……得体の知れない者を入れられるか! 文書を寄越せ!」
見張りの兵が手を伸ばす
「断る! ちゃんとこれをテリアンヌ・パストーレ殿に渡すのがオイラの仕事だ!! あんたは信用できないな!」
破り捨てられたら堪らない! 渡してたまるか!
「なに? 猫風情が!」
「あ? 猫嘗めてんのか? お前よか強いぞ?」
兵が剣を抜く
「よし、殺す……使者なんて居なかった!」
「ちょ!? 落ち着いてくださいって! それは不味いから!! シャルスも口が悪い!」
ベルクが慌てる
「なんだ? やるのか?」
応戦するぞ?
「あんた使者だろ!? ちょっと落ち着けって!!」
ベルクがオイラの肩を掴んで諭す
わかったよ……
「さっさと中に入れてくれたら終わる話なんだけどな……」
「だったら俺が届けるから! 俺だったら入っても良いだろ?」
ベルクが兵を見る
「その化物を連れてきた奴をか? 入れるわけないだろ?」
こいつ……
やっぱりぶっ飛ばした方が良くないか?
「騒がしい! 何騒いどるんじゃ!!」
外壁の上から怒号が飛ぶ
上を見ると老人が居た
「ブライ様!? いえ、不審な者がやって来て……すぐに追い返しますから!!」
「不審? なんじゃ獣人ではないか……むっ、オーシャンの鎧を着ておるな?」
これはチャンスか?
「オイラはシャルス! カイト・オーシャン様に仕える者だ!
カイト様からの使者としてやって来た!!」
そう言って文書を高く挙げる
「……使者か……門を開けろ!」
ブライが言う
「し、しかし……」
兵が渋る
「儂の命令が聞けないのか?」
「い、いえ! 直ちに!!」
兵が慌てて門を開ける
ざまぁ!
「さて、俺は案内も終えたし帰る、これ以上持ち場を離れる訳にはいかないからな」
「あぁ、助かった、帰りにまた寄るから飲もうぜ!」
「楽しみにしている!」
ベルクは馬を走らせた……数日の付き合いだが、楽しかったな!
「さてと……」
オイラは門を抜けてパルンに入った
・・・・・・・・・
パルンに入ると丁度ブライが外壁から降りてきた
「獣人とは珍しいな、こうして見るのは久方ぶりじゃな」
「あんたはオイラ達の事を知ってるのか?」
「うむ、かつてはこのパストーレと交友が有ったものじゃ、もう50年は昔の事じゃがな」
そう言って歩き出す
「どうした? テリアンヌ様に会うのじゃろ?」
「んっ? 案内してくれるの?」
「敵国とはいえ使者を無下にはせんよ」
「じゃあ、頼んます!」
オイラはブライについていく
「あ、ブライ様! 魚買わない?」
「おお、獲れたてか、後で買いに来させよう」
「毎度!!」
「ブライ様! 串焼きいるかい? 焼けたてだよ!」
「ふむ、2つ貰おう」
「毎度!!」
活気があるなぁ
「ほら、シャルスじゃったか? 食え」
「あ、あざっす!!」
串焼きを1つ貰う
食べてみる
「美味い!! これは貝に塩を振ったのか? シンプルなのに何本でも食えそうだ!」
「そうじゃろ? このパルンは港もあるからな、新鮮な魚介類が豊富なんじゃよ……猫のお前には宝の山じゃろ?」
「ああ! 魚は大好きだ!!」
そんな風に城まで歩いた
道中、殆んどの店の人に声を掛けられるブライ
「慕われてるな……」
「長く生きてると付き合いも多くなるからのぉ」
そう言えばオルベリンも色んな人に慕われてたな……
「さぁ、着いたぞ、ここがパルン城じゃ」
「おお……」
立派な城だ……オーシャンの城には負けるが……ヘイナスの城よりは立派だ
「ブライ様! その猫は?」
「オーシャンからの使者じゃ、入るぞ」
「はっ!」
見張りの兵が城門を開ける
そしてオイラとブライは城に入った
・・・・・・・
「そこの、こやつを客室に案内せい」
「畏まりました」
ブライがメイドに指示を出す
「テリアンヌ様に話を通しておくから寛いでおれ」
「了解!」
オイラはメイドについていく
案内された部屋に着く
「何か飲まれますか? お茶菓子等も用意しますが?」
「いや平気平気、気にしないで良いよ」
オイラは窓を開ける、そして外を見る
「おおー海が近い!!」
潮の匂い……うん、いいなぁ
「住みやすそうで良いところだな」
「ありがとうございます」
オイラはメイドと話す
メイドから見たらオイラは寛いでる風に見えるかな?
でも、オイラは別に寛いでる訳じゃないんだよな
オイラは街を見ている、正確に言うなら道かな?
ブライに連れられた時は真っ直ぐ城に来れた
でもこの後のテリアンヌとの謁見で、場合によっては逃げなきゃいけなくなる
そうなった時の逃走経路を確認しているのだ
(ふむ、屋根の上を走れば外壁の近くまでは行けそうだな……)
問題は門だな
城門はこの城の上から跳べば越えれそうだ
しかし、外壁はどの建物から跳んでも厳しそうだ
外壁をよじ登るか、門を無理矢理開けさせるか……
そう言えばさっきブライは港があるって言っていたな……
小船を奪って海から脱出するか?
その時は何日か城下街で隠れて警戒が弱まるのを待つしかなさそうだな
「ここの名産って何? やっぱり魚?」
「塩ですね、他の港でも塩は作れますが、パルンの塩は質が良いと評判ですよ!」
「へぇ、塩か……そう言えばさっき食べた串焼きもかなり美味かったな……そっかぁ」
もし穏やかに謁見が終わったら……買って帰るかな
「失礼します!」
兵が1人やって来た
「えっと、使者の方は貴方ですか?」
「うんオイラ」
「準備が整いましたので案内します……こちらに」
オイラは兵についていく
・・・・・・・
玉座の間に到着した
「使者の方をお連れしました!」
兵が言うと玉座の間を警護してる兵2人が扉を開く
「どうぞ、お入りください」
ここからは1人で行けって事か
よし! 頑張るかな!!
オイラは玉座の間に入る
「…………」
入って先ず目に入ったのは6人の男だ
左右に3人ずつ……入り口から玉座までに等間隔で並んでいた
そして玉座を見る
玉座に座ってる人物……恐らくこいつがテリアンヌ・パストーレだ
……なんだこいつ? 鎧を着こんで冑を被って……露出が一切無い
肌が全然見えない……凄い守りだなぁ……
そしてオイラから見てテリアンヌの左にブライが立ってる
右には女性……格好から見て軍師かな? レリスの旦那と似たような格好をしてる
「どうした? 来ないのか?」
不意にテリアンヌが言う
「あ、失礼しました!!」
オイラは早足で歩く
男達の間を通る……多分こいつらがパストーレの将だな
全員が武装してる……窓は2つか……バルコニーもあるし、逃げるなら窓からだな
そしてテリアンヌから少し離れた所……カーペットって言うのかな? 赤い敷物が途切れた所で止まる
「えっと……」
オイラはコッソリと紙を取り出す、使者としての挨拶を書いた紙だ
レリスの旦那から貰ってたんだよな
「お、お初にお目にかけます、カイト・オーシャン様の使者として……」
な、何て読むんだこれ? いいや! 適当にいこう!
「使者として来ました! シャルスと申します!!」
膝をついて礼をする
「ふむ、ブライの言った通り、獣人だな……あ、失礼した、私がテリアンヌ・パストーレだ……使者として来たそうだな、用件は何だ?」
なんかぎこちない
「こちらの文書を渡すように言われました」
オイラは文書を差し出す
「『ミーティ』」
「はい」
ミーティと呼ばれた女性がこっちに来る
やっぱりこの人が軍師か……ミーティが文書を受け取り
不審な所が無いか確認してる……
「はい、オーシャンの文書で間違いありませんね……細工は無さそうです……どうぞ」
そして文書をテリアンヌに渡した
「では……」
テリアンヌは文書の封を切り、中を読む
「…………」
…………
数分の静寂
そして
「ははは! どうやらオーシャンは我等に降伏を勧めてるらしい!」
笑うテリアンヌ
「どうします? 受けるので?」
将の1人が聞く
「まさか! 降伏するのならこちらから使者を送るさ!」
そう言ってテリアンヌは文書を破く
ミーティが灰皿を差し出す
テリアンヌは破いた文書を灰皿に入れて
「オーシャンへの返答はこれだ!」
そう言って文書に火を点けた
燃えていく文書……
「……つまりオーシャンと戦うって事で?」
オイラが聞く
「ああ、カイト・オーシャンに伝えろ、我等は最後の最後まで戦うとな!」
……よし、これでオイラの仕事は終わりだな!
「では失礼します!!」
オイラは振り返って玉座の間を出ようと歩く
「待て」
呼び止められた!!
「は、はい?」
ヤバイなぁ、やっぱり襲われるかな? 窓は……うん、左の窓から逃げよう
「シャルスだったな……君は何故カイト・オーシャンに仕える?」
「へっ?」
何を言ってるんだこいつ?
「いや、君が何故彼に仕えてるのか気になってな……」
「…………」
敵意は感じない……
「カイト様が仕えるべき人だと感じたからです」
それしか言い様がない
「ほぅ、君は獣人だろ? 肩身が狭い思いをしているのではないか?」
「最初こそそうでしたが、今では皆に受け入れられてます……それにカイト様は最初からオイラを受け入れてくれました」
あの人は器がでかいんだ!
「そうか……君がそこまで言うほどか……」
「さっきから何なんですか?」
「君が良ければ寝返って貰おうと思ってな……まあ、難しそうだ」
「!?」
はっ? 使者に寝返りを誘うか普通?
「私は獣人を差別するつもりは無い、君がオーシャンに不満を持っていれば私が迎え入れようと思ったのだがな……」
「断ります、オイラの主はカイト様です」
「その様だな……残念だよ……うん、本当に残念だよ……帰って良いよ、あ、何なら泊まるかい?」
「いや帰ります……失礼しました」
どうやら襲うつもりは無いみたいだ……オイラは玉座の間を出る
その時、耳に入った
「港……民……」
「出来て……はい……」
テリアンヌとミーティがそんな会話をしているのを
・・・・・・・・・・
城を出る……ここまで襲撃は無し
しかし警戒はする……どこから仕掛けてくるかわからないからな
あ、塩は買っておこう
店を何軒か覗いて、塩を見つけて買う
持って帰ってカイト様に献上しよう
あと……アルス達へのお土産も買ってと
「あ、この布も買うからこれで包んで貰っていい?」
「はいよ!」
なんでそんな事をするって?
道中に何が起こるかわからないからね、衝撃を受けても大丈夫な様にするんだ!
よし、後は帰るだけだ……帰りにリュウリによってベルクに会わないとな!
そしてオイラはパルンを出た
襲撃は無かった
・・・・・・・・
パルンを出て1日経った
オイラは走りながら森に入った、行きでも通った道だ
「…………遂に来たか」
そして感じる敵意、殺意
オイラは止まる
すると森から6人の男が出てきた
「へっへ! 珍しい奴がいるな!」
「兄貴! 獣人ですぜ! 売れば高値がつきやす!!」
賊か?
テリアンヌからの刺客では無いのか?
「あー、お前ら何?」
「猫が喋ったぞ!?」
「そう言う者だ!! おい猫! 俺達は泣く子も黙る『バベル山賊団』だ!! 命が惜しいなら抵抗するなよ?」
「バベ? 何? あー、つまり敵って事だよなぁ?」
「あん? なんだ? やんのか?」
「敵で良いんだな!!」
ゴキッ!
ボキッ!
『!?』
オイラは素早く賊2人の首を折る
「なっ!? 何が起きた!?」
「いつの間に!?」
「驚いてる暇があるのか?」
俺は殺した賊の斧を奪って投げる
ザシュ!
「かっ!」
命中! 頭が割れた!!
「この!」
「遅い!」
ボキッ!
「うごぉ!?」
「ひぃ!?」
怯える男
オイラは容赦することなくその男の喉に爪を突き刺す
ドシュ!
「がっ!?」
ドサッ!
「よし、後はお前だけだな!」
兄貴と呼ばれた男を見る
「な、なんだよこれ! だ、旦那!! 話が違うぞ!!」
男が喚く
旦那?
「……はぁ、やはり賊は役に立たんな」
森から1人の男が出てきた
軽装で……旅人か?
「あ、あんた言ったよな!? 猫1匹を捕まえる簡単な仕事だって!! なんだよこれ!」
賊が男に近寄る
「言った通りだ……猫1匹を捕まえるだけの簡単な仕事だ……それをお前達はしくじったって話だろ?」
冷たい目で賊を見る男
「ふ、ふざけるな!!」
賊が掴みかかる
「触るな、汚れる」
ゴキッ!
「がぁぁぁぁぁ!?」
男は躊躇いなく賊の右腕を折った
そして……
「全く……折角生かしてやったのに……もういい、俺が直接殺る、じゃあな役立たず」
ヒュン!
ブシュ!
「あ? ……へぁ? あああああ!?」
ボトリ
賊の身体が剣で横に斬られた
上半身が地面に落ちる
最初は何が起こったのか理解できなかった賊は呆然として……そして叫び、もがき……死んだ
「…………」
気配でわかる……こいつは強い
「さて、次はお前だ猫」
剣を構える男
「っ!」
オイラは鉤爪を装備する
こいつと戦うのは危険だ……隙をつくって逃げるしかない!
トン!
「っ!」
男が一瞬で目の前に移動した
ヒュン!
そして剣を振る
オイラは剣を紙一重で避ける
「ほう、良い反応だ」
素早く剣を振る男
キィン!
鉤爪で受け止める
それからも男は剣を振る
それを必死に避ける
す、隙が無い!!
なんだよコイツ!
ダン!
オイラは後ろに跳んで距離を離す
「お前何者だ!! ただの旅人じゃないだろ!!」
「……まぁ、ここまで斬り合えばわかるか……俺は『マーレス』……この名に聞き覚えがあるだろう?」
「マーレス!?」
思い出す……オーシャンから出発する前日……準備をしていたオイラにレリスの旦那が訪ねて来て
『シャルス……パストーレではブライという老人とマーレスと言う男に気を付けろ』
『強いんですかい?』
『ああ、ブライはオルベリンと何度も戦った老将だ……経験ではパストーレでは1番だろうね……マーレスは……パストーレ最強の男だ』
『えっ? ブライじゃないんですか?……パストーレならブライって聞きましたが?』
『確かにブライもとても強い……実際に戦えばブライの方が勝つだろう……しかし、それは戦での話だ、戦い……殺し合いではマーレスの方が強い……間違いなくな、だから悪いことは言わない……コイツらと戦うことになったら絶対に逃げなさい……良いな?』
『はい!!』
「お前がマーレスか!」
ヤバい……逃げないと間違いなく殺られる!
「さて、俺が何故名乗ったかわかるな?」
「オイラを絶対に殺すって事か!」
「ああ、お前みたいな奴は始末しないといけないからな……しかし、もう一度だけチャンスをやるか……どうだ? テリアンヌ様に仕えないか? そうすれば仲間として迎えてやるぞ?」
「…………」
ここで頷けばオイラは助かるかもしれない
だけど……それは絶対にしない……カイトの旦那を……皆を裏切るなら……死んだ方がマシだ!!
「断る!!」
「そうか、じゃあ」
「っ!?」
マーレスが目の前に立っていた
オイラは反応できなかった
「死ね」
ザシュ!
「ガッ!」
腹部に走る痛み
あ、オイラ……斬られたのか……
・・・・・・・
ドサッ!
腹部から血を流し倒れるシャルス
「…………」
全く動かない……
「……」
ドゴ!
腹部を踏むマーレス
「…………」
無反応のシャルス
「死んだか……これで任務完了だな……」
そう言ってマーレスは口笛を吹く
走ってくる馬
「オーシャンの連中も直ぐに送ってやるよ」
シャルスにそう言ってマーレスは馬を走らせて帰っていった
………………
「…………」
ピク!
シャルスの耳が動く
そして……
「いっでぇぇぇぇ!!」
起き上がり腹を押さえる
「あの野郎! 普通確認の為に踏むか!? よく耐えたよオイラ!」
シャルスは死んでは無かった
恐らく一生に一度の最高の『死んだふり』をしたのだ
「くそ、出血が酷い! えっと……確か……あった!」
シャルスは荷物を漁る
死んだふりをして助かったが……このままでは出血が原因で死にかねない
「ワイン! おじさんが言ってた! 酒には消毒効果があるって!」
シャルスはワインを傷にかける
「っぅぅぅぅ!」
激痛
「はぁ、はぁ、くそ、死んでたまるか!! 生きて帰るんだ!!」
シャルスは土産を包んでいた布を取る
そして傷口に巻いて締め付ける
「ぐぅぅぅぅぅ!!」
激痛
「がっ、はぁ! はぁ! くっ! ぐぅぅぅ!!」
立ち上がる……そしてゆっくりと歩く
「確か……近くに村があった筈だ……そこで……傷口を縫ってもらえば……」
シャルスの頭にいくつもの不安が過る
医者は居るのか?
居ても治療してくれるのか?
マーレスが戻ってくるのではないか?
そもそもオイラは村までもつのか?
「……いや、もつもたないじゃない……生きるんだ!!」
シャルスは歩く
主からの使命を果たすために
友との約束を守るために