第101話 形だけの使者
ーーー翌日ーーー
「……んっ」
目が覚める
外を見るとカーテンの隙間から光が見える
「……朝か」
俺は起き上がる
身体が少しダルい……昨日は頑張りすぎたな
寝かせないとか言ったが、体力が尽きて結局爆睡する
予想通りのオチだよ!!
まあ、仕方ないよな?
「んぅ……」
俺の左隣で幸せそうに寝ているティンク
俺が起き上がって乱れた毛布……そこから見えるティンクの身体……
……このまま愛でようか、なんて考えも浮かぶが……
うん自重しよう……盛りまくるのは若い証拠だが……うん、しまくるのはね?
節度、節度は大事だ……1日中しまくるのは獣だからな
…………たまにならいいのかもしれないが
いやいや! 今は駄目だ!
やる事は多いし! さっさと支度を済ませて仕事だ!
俺はベッドを出る
そして寝ているティンクに毛布を掛けなおす
「……さて、軽く朝食を済ませて……風呂も入っておくか」
汗かいたし……
俺はそう考えながら時計を見る
「……んん?」
えっと? 長針は真下を指してて……短針は11と12の間……
つまり11時30分……それが現在の時刻だ
「……っ!?」
ね、寝過ごしたぁぁぁぁぁぁ!?
・・・・・・・・・
俺は部屋を静かに出て、廊下に居たメイドに軽めの朝食の用意を頼む
その間に風呂で簡単に汗を流し、身嗜みを整える
風呂場を出たら、丁度メイドがサンドイッチを持ってきたので2つ手に取り、食べながら玉座の間に向かう
行儀が悪いが遅刻してるからな!!
ああ、社畜時代を思い出すな! あの頃も時間に追われてて忙しかった!
いや今回は自業自得だけどな!?
そして玉座の間に到着した
「おや? カイト様?」
レリスが俺を見て『どしたん?』って顔だ
「すまない、寝過ごした」
俺は謝りながら玉座に座る
「そんな事気にせずに、休まれてよろしかったのですよ? お疲れでしょうに」
「そんなわけにはいかないさ、やる事は山積みだろ?」
ゆっくりするのは全部終わってからだ!
「勤勉な事ですね」
やれやれ、て顔された
「さて、仕事に取り掛かろうか!」
遅刻した分を取り戻さないとな!
・・・・・・・・
内政関係の話し合いや兵の報告を聞く
「それでは、これから新兵の適性訓練を行ってきます」
レルガの報告を聞く
「ああ、頼んだ……ところで適性訓練って何をやっているんだ?」
俺はレルガに聞く
兵の訓練関係はレルガに一任しているから、詳しいことは知らないんだよな……気になるし聞いておこう
「んっ? カイト様はご存知なかったので?」
レルガが逆に聞いてきた
「ああ、詳しくは知らないな」
「そうですか、なら時間も無いので簡単に説明します」
すまないね
「カイト様はオーシャンの兵種はご存知で?」
「流石にそれは把握してるさ、『歩兵』『騎馬兵』『弓兵』だろ?」
そこまで無知ではないさ
歩兵は白兵戦の基本だ、1番兵も多い
この中から密偵や偵察を派遣したりするしな
騎馬兵は文字通り馬に乗った兵だ、戦では真っ先に敵と交戦するし、敵の追撃での主戦力だ
弓兵は中距離から遠距離を担当する
迫ってくる敵の数を減らしたり、籠城戦でも活躍するな
「はい、その通りです、本当は更に細かいですが……まあ、その認識で大丈夫でしょう」
更に何々兵~とか話してたらきりが無いからな
「適性訓練は文字通り、新兵がどの兵種の適性が有るかを調べ、鍛えるものです」
「ふむふむ……」
「まあ、この訓練を受けるのは自分がどの兵種を担当するか決めてない新兵に行うのですがね、例えば歩兵なら白兵戦の模擬戦、物資の運搬の訓練等を……騎馬兵なら馬に乗せての行軍、戦闘訓練等を……弓兵は弓の訓練を行います」
成る程な
「それで自分にあった兵種を選んで、編成されるわけか」
「はい、ですので我が軍の兵は屈強な者達となるのです」
こういう細かい工夫が、オーシャンを勝利に導くんだよな
レルガは最近戦功の事で凹んでいるが、彼が鍛えた兵が居るから勝てているんだ
充分貢献してくれてると思うんだがな
「これからも頼むぞ、レルガ」
「はっ! では失礼します」
レルガは玉座の間を出ていった
足取りが軽やかだったのは気のせいではないだろうな
・・・・・・・・
ーーーシャルス視点ーーー
「……あーと?」
同期の兵達と訓練をしていたら、カイトの旦那に呼び出されたオイラ
玉座の間に着くと玉座にカイトの旦那が座っていた
レリスの旦那もカイトの旦那の側に立っている
「オイラは何で呼ばれたので?」
何か失敗したかな?
「あー、いや、シャルス、君に頼みが有って来てもらったんだ」
「頼み?」
いったいなんだ?
「レリス」
「はい」
レリスの旦那がオイラの側にやって来る
「シャルス、君にはパストーレに降伏を勧める使者になってもらいたい」
「えっ? 戦う筈じゃあ?」
オイラが聞くと
「形だけの使者です、パストーレが降伏するとは思えませんから」
レリスの旦那は答えた
「というのも、今やオーシャンの戦力は東方で1番勢力です」
そりゃあ、オーシャンとパストーレしかないからな
「戦力の差は歴然、それがわかりきっているのに……ただ攻めるだけでは他の領がうるさいんですよ、オーシャンは弱者を攻める情けない国だとね」
そんなの気にしなくていいだろうに……
「そこで、『降伏を勧めたけど断られた、仕方がないから攻めて滅ぼした』そんな形にしたいのです」
理由はわかった
「なんでオイラなんで?」
他に強い人も居るし、なんだったらレルガの旦那やこの間配下になったゲルドの旦那を使者にすればいいのでは?
「言ったでしょう? 断られると……パストーレの怒りを買う使者です……安全の保証が出来ません」
「それって、死んでもいい奴を使者にするって事で?」
『それは違う!!』
「うぉ!?」
2人に同時に言われた
「シャルス……あー、そう思われても仕方ないけど……俺はお前なら無事に果たせると思ってるんだ」
カイトの旦那が言う
「お前は足が速いし、実力もある……もしパストーレの連中が激昂して襲ってきても、君なら逃げ切れると思ったんだ」
オイラを信頼して……
「勿論、断ってくれても構わない、危険な任務だからな……その時は何か別の方法を考えるさ」
…………
「やります! やらせてください!!」
信頼されるなら、答えないとな!!
「本当か! いやー助かる! レリス!」
「はい、シャルス、先ずはこれを」
レリスの旦那が袋と紙をオイラに渡す
「これは?」
「紙は降伏を勧める文です、オーシャンの焼き印もしてますから無視は出来ないでしょう、袋の方は軍資金です、道中の宿や食費が入ってます」
「多目に入れてるから、行きでも帰りでも遊んでいいからな?」
カイトの旦那が言う
「それとあの鎧を」
「これは……」
目の前に鎧が運ばれた……ルミルやレムレが着ている鎧と同じ形状だ
カイトの旦那が口を開く
「シャルス、君を兵長に昇格する……カイナス戦の時に活躍したからな……それにオルベリンから聞いたぞ? パレミル平原で俺を助けたのはお前らしいな? お前は俺の命を救ってくれた……礼が遅れたな、感謝する」
そう言って頭を下げるカイトの旦那
領主が……兵士の……獣人のオイラに頭を下げた
……普通ならそんな事しないのに……本当にこの人は……
「い、いや、オイラは当たり前の事をしただけで!? その、こっちこそありがとうございます!!」
こうしてオイラは使者の任を受けたのだった
・・・・・・・・・
3日後
準備を終えて兵舎を出る
「んっ?」
「やぁシャルス」
「おはようシャルス」
ルミルとレムレが居た
2人は別の家に住んでるのに……見送りに来てくれたのか
「聞いたよ、パストーレまで行くんでしょ?」
レムレが言う
「ああ、ちょっと使者としてね」
「気を付けなよ?」
「任せとけ!」
オイラは胸を叩く
「ほらシャルス」
ルミルが包みと水筒をくれた
「これは?」
「サンドイッチと紅茶、昼くらいに食べなよ……あんたの好物の魚が入ってるから」
「おお! ありがとう!!」
これは嬉しい!
「じゃあ行ってくる!」
『行ってらっしゃい!』
2人に見送られてオイラは東門を目指す
東門に着くと
「お、来たか」
「んっ? アルス?」
アルスが居た、アルスも見送り?
「大丈夫だとは思ったけど……はいこれ」
「ナイフ?」
「何が起こるかわからないから、持っていきなよ」
「……ああ、ありがとう」
狩りをした時に使わせてもらおう
「間に合った!!」
「ユリウス?」
ユリウスが走ってきた
「はぁ、はぁ、シャルス、これ! 持ってけ!」
ユリウスは中くらいの瓶を持ってきた
「……これって?」
「僕が、保存してた、ワイン! ……ふぅ……年代物だけどやるよ!」
ラベルの日付を見ると30年前の物だ……貴重品じゃないのか!?
「夏だけど夜は冷えるしさ、野宿の時とかに飲んだら暖まるぞ?」
「でも高いんじゃないのか?」
「ワインなんてまた買える! 今日買ったのを30年保存してれば同じのが出来るさ!」
り、理屈はそうだろうけど……まあくれるって言うし
「ありがとうユリウス」
オイラは鞄にワインを入れる
「じゃあ行ってくる!」
「気をつけて」
「可愛い子が居たら紹介して!!」
ユリウスぶれないなぁ……
オイラは東門からオーシャンを出た
走りながら振り向く
オーシャンの皆はオイラと普通に接してくれる
キチンと評価してくれる上司
厳しいけど鍛えてくれた師匠
そして……こうして想ってくれる仲間達
「絶対に無事に帰ってこないとな!!」
オイラは意気揚々と走る
目指すはパストーレ!!