仲間に会っちゃいました
ドーキュン伯爵の一室でロキがパチンと指を鳴らした。
高く澄んだ音色が室内に響き渡る。
次の瞬間、二人の女性が姿を現す。
一人は燃える様な真っ赤なベリーショートの髪と気の強そうな顔が印象に残る美女。
髪と同じ真っ赤なチェニックにパンツ、足には黒いローファー。
彼女の名前はフランメリア、ビルクーロと同じ古代竜の一柱であり、火を司っている。
もう一人は緑色の髪をショートボブにした少女。
ボーダー柄のカットソーに髪と同じグリーンのショーパン、足にはムートンのブーツ。
彼女の名前はゼーレ、命を司る古代竜である。
「来たのはフランメリアとゼーレですか」
「同族があんな目に合わされて黙っている訳にはいきません。それにビルは猿人と馴れ合い過ぎて、古代竜としての誇りを忘れておるので俺が活を入れてやります」
言葉は乱暴であるが、フランメリアはロキが見せるビルクーロの生活をいつもしっかりと見ていた。
「正直、ビルの為に動くのはくそ怠いんですけどー。ビルが死んだら、もっと怠くなりますから…何より命を粗末にされるとムカつくんですよね。誰の仕事になるのか考えろつーの」
言葉遣いこそ軽いがゼーレは命を司る古代竜。
無益な殺生を何より嫌う。
「チャーライと関わりがある者だけを結界に閉じ込めますので、後はお願いしますね」
「「御意に」」
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一方のパーティー会場は大騒ぎになっていた。
貴族にとって屋敷は城の様な物。
ましてや大勢の客を招待してのパーティーに賊が紛れ込んでいたとなっては、赤っ恥物では済まされない。
しかも、騎士であるチャーライが行商人に庇われたのだ。
「ふんっ、余計な事をしやがって。執事、誰かこいつ等を摘まみ出せ」
当然、チャーライは外の騒ぎを知る事が出来ない。
彼は商人とタツオの口を塞げば、丸く納まると思っていたのだ。
「うわっ、なにこいつ。ドン引きなんですけどー、キンモっ」
「ビルに助けられておきながら、礼を言わない所か始末する気か…馬鹿だな」
執事に代わって返事をしたのはゼーレとフランメリア。
何故なら結界の外にいる人間は、皆意識を失っていて返事を出来ないのだから。
「おい、俺にそんな口を利いて良いと思ってるのか!?パーティーで晒し者にするぞ」
チャーライの予定では、金を払えと煩かった商人の娘も晒し者にしたら大人しくなったから、二人も泣いて詫びる筈だった。
「おーい、ビル生きてるー?私が助けてやるからありがたく思えよー」
しかし、ゼーレはチャーライを無視してうずくまるビルクーロに近付いていく。
「ゼ、ゼーレ?我は夢か幻を見てるのか?」
「プッ。なーにが我よ。”お姉ちゃーん、みんなが僕を苛める”とか言ってた癖に」
ゼーレはビルクーロの事を笑いながらも回復魔法を掛けていく。
命を司る彼女にしてみれば、これ位の傷を治すのは容易い。
「あれはだな。キャラ付けと言うか、姉との円滑なコミュニケーションを取る為と言うか…傷の治し方が半端ではないか?」
回復魔法を掛け終えているもののビルクーロの腹からは、まだ血が流れている。
「ここで全快させたら怪しまれるだけじゃん。まっ、タツオ君はお姉ちゃんと大好きな幼馴染みに叱られてこい」
「お、お前ら、俺を無視するな」
腹の傷を簡単に治したゼーレが恐いのか、チャーライはフランメリアの肩に掴んだ。
そしてチャーライに続けとばかりに、結界に取り残された20人近い男達もにじり寄っていく。
彼らの予定では、あの日と同じ楽しいショーが始まる予定だった。
しかし、始まったのは無慈悲な断罪である。
「屑が…俺の体に触れるな」
次の瞬間、フランメリアの肩を掴んでいたチャーライの手が消し炭と化して床に落ちた。
フランメリアは火を司る古代竜である。
猿人の手を一瞬で炭化させるのは造作もない事なのだ。
一瞬で手が炭化した為か、出血すらない。
「俺の手が…なんだ、こいつ等」
「べーつに。私が誰でもあんた等には関係ないじゃん…あんた達はここで死ぬんだし。正直、あんた達みたいのに長く生きられると迷惑なんだよね。私の仕事を無駄に増やすし」
「貴族に害を成せば一族皆殺しだぞっ。お前達、かかれっ」
チャーライの合図で10人の男達がゼーレを取り囲む。
見た目こそ十代の少女であるが、ゼーレもまた億を生きたドラゴンである。
何千、何万と猿人と相対しようが怯える事はない。
「ビビってる癖に家を持ち出すなんてダサ過ぎなんですけどー。お前等が生きる為に使った命を戻してもらうね」
ゼーレがそう言った瞬間、男達の体から大小様々な光が溢れ出した。
小さな光は麦や野菜のマナで、大きな光は牛や豚のマナである。
男達の体は一瞬のうちに干からびてしまいミイラの様になってしまった。
「な、なんなんだ…お前達は?」
残されたチャーライ達は、ただただ怯えていた。
「何でもいいじゃん。てか、猿人なんかに教えたくないしー」
「くっ、今に見てろ。きっと、パパが王家に連絡をして軍隊を連れて来るからな」
普通の少女なら軍隊と聞けば怯えてしまうだろう。
「うわっ、パパだって。キモいんですけどー」
「ゼーレ、時間がもったいない。お前にチャンスをやる。今から結界の機能を一部解除して外に声が聞こえる様にしてやる。だから、お前が犯した罪を全て告白しろ」
フランメリアとしては猿人の生死に対して、何も関心がなかった。
「罪?この国では貴族は特権階級なんだ。庶民に何をしようが罪には問われないんだよ」
「そうか、ならお前達の罪で火を燃やそう。罪が深ければ深い程、火は熱く大きく燃え上がる。断罪の焔」
フランメリアの言葉が終わると、チャーライ達の足が燃えだした。
正確にはチャーライ達の足が自然発火したのだ。
「その火を消す方法はただ一つ。お前達の罪を悔い改めて、告白する事だけだ…ビル、迎えが来たぞ」
「あれがビルのお姉ちゃん?似てなさ過ぎ、姉弟なんて無理あり過ぎなんですけどー。それに幼馴染みの女の子も可愛いじゃん。ビル、振られ決定だね」
昔、ビルクーロならゼーレに強気に反論していたかも知れないが、弱気なタツオとなった今では反論のはの字も出て来なかった。
――――――――――――――
ブルーメは焦っていた。
何しろ、屋敷が静かになったと思ったら弟との連絡も取れなくなったのだ。
同時に屋敷内で幾人ものマナが失われたのも確認されている。
「ブ、ブルーメさん。大変です!!一大事です、世界の終わりです。パーティーに呼ばれた商人の中にタッ君の名前もありました。これは屋敷に突入しかありません」
その紙は偶然チャーライの馬車から見つかったのである。
何故か本来はパーティーに呼ばれていないタツオの名前も記されていた。
それもその筈、その紙はロキが作ったのだから。
「確かに、このままじゃ不味いわね…フロル、行ける?」
「当たり前です!!他の女にタッ君を触らせるなんてあり得ません」
「待て!!屋敷に勝手に入るのは認めん!!第一、屋敷には鍵が掛かって」
ドーキュン伯爵が鍵が掛かっていると、言おうと瞬間、ドアが大きな音をたてて開いた。
まるでブルーメ達を誘うかの様に。
結局、王宮騎士団が到着するのに合わせて屋敷に入る事になった。
襲撃を警戒しながら屋敷に入るも、もぬけの殻でパーティー会場までなんの障害もなく進む事が出来た。
しかし、全員がパーティー会場に着くなりそれは始まる。
チャーライ・ドーキュン達の罪の告白。
不思議な事にそれは屋敷の中だけではなく、王都中に響いたと言う。
「タツオ!!」「タッ君!!」
ブルーメは床に倒れ込んでいるブオも気になったが、それよりも腹からは血を流している弟の方が心配で堪らない。
同じくドーキュン伯爵も息子の元に駆け付けた。
「タッ君、タッ君、タッ君」
フロルは半狂乱になりながらもタツオにすがりつく。
「貴女方が弟を助けてくれたんですか?」
「正解ー。弱っちい癖に、商人を庇って刺されるなんて馬鹿だよねー」
タツオは反論しようとするも、フロルにお姫様抱っこされて阻止される。
「フロル、歩けるから一人で歩けるって」
タツオとしては、フランメリアやゼーレに見られたくはない姿なのだ。
「駄目!!タッ君、お腹を刺されたんだよ!!ちゃんと治るまで私に看病されなさい」
しかし、フロルとしては王宮騎士団やヴァルキリーにタツオを任する気はこれっぽっちもなかった。
「ええい、ここは俺の屋敷だ!!全員、出て行け。チャーライ、大丈夫か?可愛そうに」
しかし、チャーライは必死に罪の告白を続けている。
何しろ、一瞬でも気を許せば火が燃え上がってくるのだ。
「さてと、俺達も帰るか…そうだ、ブルーメとか言ったな。お前の弟はお前のの男を救う為に、命を賭したんだ。余り、叱るなよ」
「それじゃタツオ。まったねー」
狙い過ぎている二人の言葉にタツオの体が震えた。
「ターツーオー、そんな事をして私が喜ぶとでも思ったの!?この馬鹿っ!!」
姉は涙目で叱ってくる。
その涙は腹の傷以上に堪えた。
「タッ君、私はあんな女に負けないからね」
幼馴染みの温もりは人を疑い掛けた心を癒してくれた。
ちなみにドーキュン伯爵にも断罪の焔は飛び火して、様々な罪を告白。
ドーキュン親子は死罪になったと言う。
そしてフランメリアは、ビルクーロにこんな言葉を残していた。
「アンデッドドラゴンを、甦らせたのはこの世界のドラゴンだ」




