命令されちゃいました
王都ヴァールに続く街道を一台の馬車が地響きを上げながら走っていた。
巨大な馬車で八頭の馬が引っ張っている。
その馬車の上を一匹の黒いドラゴンが飛んでいた。
黒いドラゴンが上空に向けて飛び上がろうとした瞬間、ドラゴンの口からグエッと呻き声が漏れた。
首に着けられた紐で馬車に引き戻されたのだ。
黒いドラゴンはタツオである。
涙目で紐の先を見るタツオ。
タツオに着けられた紐を掴んでいるのは、姉のブルーメである。
「ビルクーロ、余りチョロチョロしないの。大人しく座ってなさい」
タツオ達はにデスベア城に捕まっていた少年達の護衛を兼ねて馬車に乗っていたのだ。
「竜にとって空を飛ぶのは息をするのと変わらないんじゃぞ。ただ、座っているだけなぞ息が詰まるわ」
言葉は荒いが、今のタツオの声は甲高くどこか滑稽に聞こえる。
「はいはい、馬車に余裕で着いて来れる様になったら飛んでも良いわよ」
タツオは体が小さくなった所為で、非行速度が格段に落ちていた。
「ブルーメさん、ビルクーロちゃんを抱っこしても良いですか?」
「ずるーい、私も抱っこしたい」
「ちっちゃくて可愛いよねー」
小山の様な巨体を誇っていたビルクーロも今や手の平サイズ。
馬車の護衛に着いたヴァルキリー候補生の玩具となっていた。
「ちょっと待て。我はドラゴンぞ。猫や犬と同じに扱うではない!!」
いくら吼えても今のタツオを怖がる者はいない。
「我だって生意気で可愛いー」
「ブルーメさん。この子、新人候補生の訓練に使えるんじゃないですか?」
「それ良いかもー。この子、トカゲサイズだから怖くないし…フロルもそう思うでしょ」
「皆様、今は護衛の最中ですよ。騒いでも構いませんが、油断は死に繋がりるのを忘れてないで下さいね」
それは冷淡とも言える返答である。
フロル自信も不思議に思っていたが、ビルクーロが候補生に持て囃されるのを見ると何故かイライラして来るのだ。
「もう、フロルは真面目なんだから。ブルーメさん、良いですよね」
「考えておくわ。私として早く元の大きさに戻って欲しいし…ビルクーロ、こっちにいらっしゃい」
タツオは候補生達の手から逃れて、ブルーメの膝の上にちょこんと座った。
「ブルーメさん、少年達は大丈夫なんでしょうか?」
デスベア城に捕まっていた少年達は意識が曖昧で会話すらまともに出来ていない。
「それは専門家に聞かないと分からないわね…ビルクーロは何か分かる?」
「小僧共はデスベア城のアンデットに生気を吸われたんだ。聖水を飲ませて養生させれば問題ない」
タツオがブルーメの膝の上でどや顔を決める。
「そうなの。偉い、偉い」
ブルーメはそう言うとタツオの喉をくすぐり始めた。
「止めぬか、我はドラゴンぞ…グルゥー」
タツオは何とか逆らってみるが、思わず喉を鳴らしてしまう。
「可愛いー。ブルーメさん、この子はどこで飼うんですか?」
「私、鳥籠を持ってますよ。寮で飼いませんか?」
孤高の竜ビルクーロもペット扱いされていた。
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もう少しで王都に着くという時である。
突然、馬車が急停止したのだ。
見ると数人の騎士が街道を封鎖していた。
「止まれっ!!緊急事態により、この街道は封鎖する」
騎士は表情を険しくしており、事の重大性が伺える。
「私はヴァルキリー隊のブルーメです。何があったんですか?」
ブルーメの名前を聞いた騎士の表情が若干和らいだ。
「この先にある屋敷に強盗が押し入り、家人や客を人質にして立て籠りしたんです」
「この先にあるお屋敷と言えばドーキュンは」
ブルーメがドーキュン伯爵と言い掛けた時、タツオが無理矢理にブルーメの口を塞いだ。
『お姉ちゃん、駄目。貴族にとって屋敷はお城みたいなものなんだよ。ましてやドーキュン伯爵の長男はエインヘリャルに居るんだから世間に広まったら改易されかねないんだから』
『そうね、タツオありがとう』
「分かりました。それでは迂回させてもらいます」
ブルーメが騎士に頭を下げていると、一人の中年男性が近付いて来る。
オレンジ色の髪の丸々と太った男で着ている服装から身分の高さが伺えた。
「宮廷騎士団はまだか?このままでは息子がチャラーイの命が危ないんだぞ…そこのヴァルキリー、お前のドラゴンを貸せっ」
中年男性はタツオを見かけるなり、鷲掴みにしようとする。
「この子は私の契約竜です。ビルクーロに何かをさせたいのならヴァルキリー隊を通して下さい」
「俺はドーキュン伯爵の当主エバーリだぞ。息子が人質にされているんだ!!そのチビドラゴンを屋敷に忍び込ませろっ。これは命令だっ」
話を聞くとチャラーイの他にも人質がいるらしい。
「決して戦闘はさせないと言うならお力をお貸しします」
「ふん、元よりそのチビドラゴンには期待しておらぬわっ。宮廷騎士団が潜入する手助けをさせろ」
こうして手乗り竜ビルクーロに潜入作戦が命じられたのである。
「良いか、そのチビドラゴンに汲み取り口から潜入する様に命令しろ」
タツオは鼻を摘まむと汲み取り口へと姿を消して行った。




