1 女子高生、異世界召喚されて9歳児に拳を叩き込む
異世界の大陸は人族の国が支配していた。
しかし、3000年遡ると、そこは魔族、魔獣と人族の三つ巴が、その種の存在を賭けて争う戦国時代であった。
魔王城の王座に座る魔王に、次から次へと報告がやって来た。
「第一防衛線、突破されました!」
「第二防衛線も突破です!」
「ええい、四天王は何をしておる。早くやつを退治いたせ」
「グレイブ様、ゼノン様討ち死になりました」
「ヴェロニカ様討ち死、四天王の最後の砦バルタザール様もあっけなく殺されました」
「何だと!」
魔王は怒りのあまり、報告に来た兵の頭を掴んで握り潰した。
グシャー!
地面に投げ捨てた部下の死体を見て、魔王はいくぶん冷静さを取り戻した。
──そのとき、
《お主が魔王か》
魔王の頭の中に声が響いた。しかしその姿は見えなかった。
「誰だお前は!」
ウゴゴゴゴ────!!
空気が震え、地面が唸った。
そして《認識阻害》で見えなかった姿が現れた。
──アナコンダだった。
巨躯の魔王が目線を上げた。
天井付近まで見上げた。
そのあまりにも巨大な姿に、魔王が畏怖を感じて、唾をゴクリと飲み込んだ。
◇
西村ヒロコが庭に出ると、植木の背後に隠れていた小さな
白蛇が姿を現した。
チロチロと赤い舌を出した。
「おはよう、エンマちゃん」
ヒロコはボウル(餌箱)に生卵と鶏肉を置いた。そして制服のスカートのポケットを探った。
「今日も元気そうね。『ちゅーる』も食べる?」
白蛇は差し出したチュールに鼻を付けてから、食べはじめた。
「猫の餌だけど大丈夫なのかな?」
ヒロコは高校に行く前に白蛇に餌をやるのが毎日の習慣だった。
そのとき、足元の地面が突如光りはじめた。眩しい強烈な光だ。
その光が魔法陣のような模様になった。
「えええー、なになに! これってもしかして、異世界召喚じゃない!」
気がつくと静謐なだだっ広い空間に立っていた。足元の魔法陣は光が弱まって消えてしまった。
目の前に身分の高そうな人物たちが並んでこっちを見ていた。
「おおー、よくぞいらっしゃいました。召喚者どの。私どもは、あなたが召喚されるのを今か今かと待っていたのです」
ここは魔法陣の部屋のようだ。
豪華な王冠を被った人間が二人いる。
ヒロコは見当をつけた。たぶん王と王妃だろうと。
「わしはパドアン。ヴェルディス王国の王である。王妃のフェドーラと、そちらが……」
「宰相のマントーニです」
宰相は美形の若い男だった。
(あっ、イケメン。タイプかも)
ヒロコの心臓が高鳴った。
「あ、あたしは西村ヒロコですーう」
(声がうわずった、えーん)
「ニシムラヒロコ様、あなたにはこの世界での大切なお仕事があります。どうか引き受けてください」
マントーニ宰相が言った。
「17歳の女子高生に何を頼むのですか? もしかして家庭教師とか?」
(魔王討伐とか勘弁してね)
「ほほー、そなた家庭教師ができるのか?」
王が言った。
「あ、はい。近所の小学生に教えてました。放課後のボランティアです」
「……よくはわからないが、9歳の息子の家庭教師はどうかな?」
「いいですよ。ただし三食昼寝つき。お給料もそれなりにいただきます。それから家庭教師やったら、いずれ元の世界に帰してくださいね」
王は驚いて、王妃と顔を見合わせた。
すかさずマントーニ宰相が口を挟んだ。
「よし、その条件を飲む。王様、よろしいですね」
「うむ、分かった」
そんなこんなで、ヒロコはいきなり異世界召喚されて王族の家庭教師を命じられてしまった。
「あなたはダリオ君ね。あたしは西村ヒロコです。ヒロコって呼んでね」
「お前が召喚された家庭教師か。ふーん、ちょっとかわいいからって調子乗るんじゃないぞ!」
9歳が女子高生を見上げてメンチを切る。
ガツン!
女子高生のこぶしが9歳児の頭に直撃した。
うええ──ん!
「生意気な口をきいたら、もう一発お見舞いするぞ! それから嘘泣きするな」
「あっ、バレた? なんで」
「女の子は小さい頃から嘘泣きするのよ。いわば嘘泣きのベテラン。そんなお芝居に騙されやしないよ、べーだ」
「おぬしできるな」
「おぬし……」
ヒロコは9歳児の頬をつねった。
「イテテ、また暴力かよ」
「しつけです。私はあなたのしつけを教える家庭教師なのよ、先生と呼びなさい」
「じゃ、勉強教えるんじゃないんだ」
「勉強も教えます」
「ちぇっ」
それでもダリオ王太子とヒロコは仲良くなれた。侍女もびっくりしていた。これまでどんな家庭教師でも手こずっていたからだ。
そもそも王太子に手を上げるなんて絶対にありえないらしい。
朝から夜まで、王太子の世話をするのがお仕事だった。
夜中、ドアからノックの音がした。
ヒロコが開けると、枕を抱きかかえたダリオ王太子が涙ぐんで立っていた。
「……怖い夢を見たんだ。ヒロコ、一緒に寝ていい?」
ダリオらしくない弱々しい態度だった。
「いいわよ。ただし、あたしは寝相が悪いからベッドから蹴り落としても文句言わないでね」
「ワオッ!」
ダリオ王太子は破顔して、ベッドにダイブした。
ヒロコは毎朝、王宮の敷地を散歩することにした。いざというときの逃げ道を確保しようと思ったからだ。
だが、マントーニ宰相とばったり出会って一緒に散歩することになった。
「一人で散歩したいです」
「僕とは嫌ですか?」
「そんなことないです」
ヒロコは慌てた。
「だったらいいじゃないですか。僕も毎朝散歩しています。公務で疲れた頭の中をスッキリさせるためです。朝の新鮮な空気を吸って鳥のさえずりを聞くのが一日の元気の元です」
そう言って、鉄面皮の宰相がヒロコに笑顔を見せた。
(あっ、笑顔が素敵。もっと普段から自然に笑えばいいのにね)
それから毎朝、マントーニ宰相と散歩するのが日課になった。
(監視かもしれないけど、でも楽しいわ)
ヒロコは毎朝の散歩を心待ちするようになった。
マントーニ宰相はヒロコの話の聞き役だった。つまらない話でも興味深く聞いてくれた。




