公開資料-3
世界評議機構(2165年設立)
地球全体に関わる問題について意思決定を行う、世界最高の合議機関。
大統領などの単独最高権力者は存在せず、各地域・各局による議論を通じて世界全体としての方針を決定する。
基本思想
誰にも絶対的な権限はないが、全員が意思決定に影響する。
誰か一人に責任を負わせないが、全員が自らの判断に責任を自覚する。
世界評議機構は、この権限と責任を社会全体で共有する思想を基本とする。
構成
各局からは原則として局長・局長補佐、各地域からは地域代表・地域代表補佐が参加する。
局長が世界評議機構の議長を務める場合は、局長が局代表としての立場から一時的に外れ、副局長と局長補佐がその局を代表する。
地域代表・地域代表補佐の選出方法は地方に委任する。
議題が提出されるまで
地域で世界規模と思われる問題が発生した場合、地域代表・補佐が関係する局の補佐へ相談する。
局の補佐は必要に応じて他局や専門家を加え、非公開で事前協議を行う。事前協議は会議直前だけではなく、案件発生時から数週間・数か月にわたって続く場合もある。
世界規模で判断すべき案件と判断されれば、局長・局長補佐から正式議題として世界評議機構へ提出される。
正式議題では、提起した地域・地域代表・補佐も公開される。
一度ある局に却下された案件を別局へ相談することも可能。別局から正式議題となった場合は、以前却下された事実も公開され、世界評議機構でその理由を確認する。却下が妥当だったなら問題とはされない。
臨時会議
世界規模の緊急事態では、関係局が必要な準備・初動を進めながら、臨時会議が即時招集される場合もある。各局・地域から情報を集約し、必要に応じて早期に世界全体としての対応を決定する。
公開と人類による評価
正式な会議は全世界へリアルタイム中継される。事前協議は非公開。
AIを除く全人類は、会議参加者それぞれに対して「いいね!/悪いね!」による評価を行える。
評価対象は個人単位で、局長・局長補佐・地域代表・地域代表補佐など。
これによって、人類の意思や各人物への信頼がリアルタイムで可視化され、世界評議機構も判断材料として扱う。
ただし、「いいね!/悪いね!」自体に議決権はなく、人気投票によって世界の方針を決定する制度ではない。
議長
議長は世界最高権力者ではなく、世界評議機構を取りまとめる責任者。
前回会議における全人類からの評価を重要な材料として、世界評議機構が次回の議長を決める。高評価者の強制就任ではなく、本人は辞退できる。
局長に限らず、世界評議機構で優れた発言をした地域代表・補佐などが議長になることも可能。
議長は議論、専門家の判断、地域からの意見、人類の反応を総合し、世界評議機構として採るべき方針を最終的に判断して宣言する。多数決ではなく、必要なら会議を延長して再考・追加説明を求め、少数意見を採用することもできる。
ただし、独断する権限ではなく、判断の理由と結果は全人類に公開され、その後の評価を受ける。
責任
議長や参加者が、その時点で得られる情報を基に誠実に判断した結果として決定を誤った場合、結果論だけを理由として個人を処罰しない。
また、議長だけでなく、その議長に判断を委ねた世界評議機構も選任と委任への責任を共有し、公開された判断とその結果は、参加者それぞれのその後の信頼や評価に反映される。
失敗した場合は検証・被害救済・方針修正を行うが、誠実な判断の失敗と、不正・隠蔽・私益・悪意による判断は明確に区別する。
局長による重大な不正などについては、世界評議機構名義で局長を解任できる。
地域代表については原則として世界評議機構に人事権はなく、全人類から極端に低い評価を受けた場合でも、その人物をどう扱うかは当該地域が決定する。
基本構造
• 地域が現地を見る。
• 局が専門分野を見る。
• 世界評議機構が世界全体を見る。
• 人類全体が世界評議機構を見る。
複数の立場による議論と公開性そのものを、相互監視として機能させる。
第1回世界会議(約2兆1,518億円)
2050年、世界共同宇宙資源開発計画の協議のため、コンゴ民主共和国・キンシャサで開催。開催地を特定の大国の利益としないため、当時貧困の深刻だった地域へ開催による投資と経済効果をもたらす考えから選定された。必要な会議施設・インフラは参加各国が共同で整備した。この時はまだ定期的に開催する構想はなかった。
第2回世界会議(約494億円)
2063年、二度の宇宙コロニー落下事故を受け、宇宙安全・設計・運用の世界共通基準を成立させるため、再びキンシャサで開催。復旧直後で新たな開催地を整える時間がなく、大国開催による主導権争いも避けるため、既存の会議都市を再使用した。各基準を正式に成立させるとともに、次回は開催利益を他地域へ回すため別の発展途上地域で開催すると約束し、開催地は後日選定することとした。
第3回世界会議(約2兆3,526億円)
2067年、前年から世界は核の完全放棄へ動き始め、非核国も巻き込んだ調査・交渉を経て合意に到達。核兵器の段階的かつ急速な軍縮と永久放棄に正式調印した。開催地は奇しくも、トラテロルコ条約署名100周年かつ核兵器禁止条約発効の要件となった50番目の批准国コマヤグアであった。
第4回世界会議(約77億円+1兆6,804億円)
2081年、2075年にモルドバと統合したルーマニア・ブカレストで世界会議を開催。更なる世界協調と効率化へ規格共通化に合意。恒例の復興事業は他国へ譲り、温暖化による豪雨激甚化や氷河融解による増水で多数の災害に見舞われたネパールのダン・デウクリ地域を、被災者の移住先となる都市として基盤開発した。
第5回世界会議(約308億円+9兆21億円)
2098年、アメリカは2年前に完成した大気循環システム理論と国内試験を基に、世界各地で実証し完成させる共同開発を提案。開発拠点ボルダーで世界会議を開き、各国首脳は実証結果から地球環境の回復を確信・期待した。同時に、海面上昇で土地を失った人々や灼熱に晒される人々を一斉救助するため、自助5兆293億円、要支援国へ3兆9,728億円を計上し、従来にない世界規模の救援を実施。さらに戦争・環境・政治問題の改善で大規模開発支援の必要性も低下したため、次回開催時は通信回線で世界会議を行う方針を決定した。




