買取査定
ギルドへ戻った時には、日が傾き始めていた。受付には朝と同じくエルナがいた。俺を見るなり、少し驚いた顔をする。
「お帰りなさい。早かったですね」
「ああ」
俺は袋をカウンターへ置いた。ずしり、と木の天板が鳴る。袋の口を開き、中から青白い結晶を一つ取り出した。淡い光が、受付の周りを照らす。エルナの目が大きく開いた。
「これ……魔力結晶、ですか?」
「北東の森で見つけた」
周囲の冒険者たちがざわつき始めた。
「森の調査で?」
「銅貨十枚のハズレ依頼だろ?」
ダレスも少し離れた場所でこちらを見ていた。西街道の護衛から戻ったばかりらしい。鎧には泥がつき、顔には疲れが残っている。彼は袋の中身を見たまま、何も言わなかった。
エルナは慌てて査定用の木箱を取り出した。
「確認します。ええと……採取量、品質、採取場所。それから――」
羽ペンを取り、通常の採取品報告書へ書き込み始める。まだ慣れていない手つきだ。俺は袋の中から、もう一本結晶を取り出した。エルナがそれを受け取り、光へ透かす。
「透明度は高いですね。欠けも少ないです」
「奥にはまだ残っている」
「残っている?」
羽ペンが止まった。
「これだけではないんですか?」
「そうだ」
「どこかに落ちていたものではなく?」
「岩から直接剥がした」
エルナの表情が変わった。
「……母岩についていたんですか?」
「ああ」
今度こそ、完全に手が止まった。彼女は書きかけの報告書と結晶を交互に見る。そして、何かを思い出したように机の下から厚い規定集を引っ張り出した。何枚かめくる。指先が止まる。
「……少し待ってください」
「どうした?」
「これは普通の採取品査定ではありません」
エルナは椅子から立ち上がった。
「鉱床発見報告に切り替える必要があります」
近くにいた職員が顔を上げる。
「鉱床?」
「はい。母岩から複数採取。現地に残存ありです」
職員の顔から、眠そうな表情が消えた。
「場所は?」
エルナが答えかけて、途中で止まった。そして俺を見る。
「ロイドさん。場所はここでは言わないでください」
「分かった」
周囲を見る。さっきまで遠巻きにしていた冒険者たちが、今は明らかに耳をこちらへ向けている。エルナは結晶を木箱へ戻し、蓋を閉じた。
「査定官を呼びます」
奥へ駆けていく。数分もしないうちに、灰色の髪をした男が出てきた。
五十代くらい。細身だが、背筋は伸びている。胸元にはギルドの上級査定官を示す銀の徽章。
男は挨拶もそこそこに、木箱を開いた。結晶を一本持ち上げる。光へ透かす。爪で表面を軽く弾く。それから、小さな測定石を近づけた。青白い光が少し強くなる。男の眉が動いた。
「北東の森で採ったらしいな。露頭だったか?」
「地下空洞だ」
「入口からどれくらい入った」
「歩いて数分。途中にゴブリン。奥にホブゴブリンが一体いた」
「結晶は一か所だけか?」
「いや。岩肌にまとまっていた。全部は採らずに残してある」
男は俺を見る。
「母岩から自分で剥がしたんだな?」
「ああ。間違いない」
男は結晶を木箱へ戻した。そしてエルナへ言う。
「採取品報告を破棄。鉱床発見の仮登録に切り替えろ」
エルナが慌てて別の書類を出す。
「はい」
「通常窓口では扱うな。第二記録室を使え」
「第二記録室?」
思わず聞くと、男は俺を見た。
「場所を記録する。ここで話して、明日の朝には森中の冒険者が穴を掘っていたら困る」
確かに。価値がある場所ほど、人が集まる。そして人が集まれば、その価値そのものまで壊れることがある。
「危険情報も一緒に残してほしい」俺は言った。「ホブゴブリン一体。ゴブリン複数。入口は狭い。単独採掘は推奨しない」
査定官が一瞬だけこちらを見る。
「採れる量より先に、それを言うか」
「人を送り込むなら必要だ」
男は小さく頷いた。
「悪くない」
第二記録室は、受付の奥にある小さな部屋だった。窓はない。厚い木の机と、鍵付きの書棚があるだけだ。
エルナが地図を広げる。俺は北東の森の位置を指した。二股の白樺。苔に覆われた大岩。雷で倒れた巨木。地下空洞の入口。
エルナが慎重に書き写していく。その横で、上級査定官が結晶の重量と魔力密度を確認していた。しばらくして、彼が低く言った。
「小さいな」
「鉱脈が?」
「ああ。持ち帰った結晶から見る限り、大鉱床ではないだろう」
やはり。一度目の人生でも、小鉱脈だった。
「それでも調査するのか?」
俺が聞くと、査定官は当然のように答えた。
「する」
「だが小さいと言ったろ」
「規模だけが価値じゃない」
男は地図へ指を置いた。街。北東の森。その距離を指先でなぞる。
「半日だ。最近見つかる鉱床は、もっと遠くにある。街の近くにある鉱床は貴重なんだ。規模が小さくてもな」
なるほど、意味は分かった。街から遠ければ、それだけ輸送費用は増える。輸送隊に護衛を付け、街道の安全も維持しなければならない。とにかく運ぶだけでも金がかかる。
「近い方が、安く採れる」
俺が言うと、査定官がこちらを見る。
「その通りだ」
エルナが羽ペンを止めた。
「それに、最近は小さな鉱床でも登録するよう通達が出ています」
「最近?」
「あ……」
エルナは言ってから、少し迷ったように査定官を見る。男は止めなかった。
「魔力結晶の買い取り相場が上がっている」
簡潔に言う。
「去年より?」
「ああ」
俺は木箱の中の結晶を見る。一度目の人生の記憶では、この程度なら銀貨三十枚前後だったはずだ。細かな額までは覚えていない。だが。
「そこまで重要なのか」
俺が聞くと、査定官は書類へ署名しながら答えた。
「魔力結晶は、魔道具屋が喜ぶだけの商品じゃない」
羽ペンを置く。
「魔導炉が動く。薬が作れる。街灯が点く。冬の暖房も、軍の装備も動く。だから登録された鉱床は、どれだけ小さくても記録する。市場を見ている冒険者なら知っていると思ったが」
「最近退役したばかりなんでな」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。戦争帰りなら、市場価格に疎くても不思議ではない。エルナは計算盤を弾いた。
「持ち込み分の買い取りは、銀貨四十八枚」
俺は少し眉を上げた。やはり高い。
「さらに鉱床発見の報奨として銀貨十二枚。合わせて銀貨六十枚となります」
銀貨六十枚。今朝までの俺の全財産は銀貨三枚だった。一度目の人生なら、何か月もかけて稼ぐ額。それが一日で手に入る。圧倒的な効率だ。俺が考えていたより、ギルド側の反応も大きかった。小鉱脈。それでも、場所を封緘し、上級査定官を呼び、正式調査を出す。
「さらに正式な採掘依頼が出れば、場所の発見者として一定期間の歩合がつく可能性があります」
エルナは言った。
「本当に……すごいです、ロイドさん」
その言葉が、胸に残った。すごい。前の人生では、ほとんど言われなかった言葉だ。重い盾を持つ。危険な場所へ行く。怪我をする。それだけの男だった。だが今は違う。俺は、成果を持ち帰った。
「たまたまだ」
そう答えながらも、笑いそうになってしまう。たまたまじゃない。俺は知っている。だが、今はそれでいい。
俺は第二記録室から離れた。受付前ではまだざわめきが続いている。視線が集まる。構わない。むしろ、利用する。評価は、使うものだ。ここからだ。
俺はゆっくりと息を吐いた。最初の一手は、成功した。だが、これは序章に過ぎない。奪われたものは、こんなものじゃない。もっと大きい。もっと重い。やり直しは始まったばかりだ。




