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プロローグ

 冒険者には、二つの終わり方がある。

 

 一つは、Bランク以上。

 

 年金が出る。怪我は治療される。体が衰えたら、軽い依頼を回され、やがて引退できる。つまりは人間として、老後を迎えられる。

 

 もう一つは――Cランク以下。

 

 治療費は払えず、古傷は悪化し、やがて動けなくなる。ギルドは仕事を回さなくなり、誰にも見向きされなくなる。そして、野生動物みたいに静かに消える。

 

 「最近、あいつ見ないな」

 「まあな、でもどうでもいいだろ」

 

 それで終わりだ。俺はその終わり方を何度も見てきた。

 戦場を生き延びた仲間が、街の裏で物乞いになっていた。別のやつは冬を越えられなかった。治療費が払えず、ただ寝たきりになって、気づいたら死んでいた。

 

 名前はもう思い出せない。誰も覚えていないからだ。

 俺もいずれはそうなる。――Bランクに届かなければ。

 俺の三十五歳の誕生日まで、あと十四日。それが人生の期限だった。

 

 

 冒険者ギルドの掲示板には、いつも他人の未来が貼り出されている。討伐依頼。護衛依頼。採取依頼。遺跡調査。魔物の巣の駆除。

 

 羊皮紙に書かれたそれらは、若い冒険者たちにとっては夢への階段であり、商人にとっては安全を買う手段であり、貴族にとっては面倒ごとを金で押しつけるための便利な窓口だった。

 

 だが、俺にとっては違う。そこに貼られているのは、未来ではない。期限であり限界だ。

 

 三十五歳まで、あと十四日。そして、Bランク昇格の年齢制限は三十五歳まで。

 

 この年齢を越えると、昇格試験そのものが受けられなくなる。理由は建前上、高難度任務に耐えうる身体能力の保証だ。

 

 だが、実際は違う。ギルドが中年冒険者を切るための制度だ。

 俺は身をもって知っている。ギルドは動けなくなった人間をわざわざ飼ってはくれない。動けなくなった兵士はただの負債だ。それはあの戦争の時から変わらなかった。

 

 木造のギルドホールには、朝から酒と汗と安い革鎧の匂いが混じっている。磨耗した木床が、重い靴の下で軋む。

 

 途中、壁際の長椅子が目に入った。そこには俺と同じ重装装備の冒険者たちが力なく並んで座っていた。

 

 誰も喋らない。歪んだ鎧とひび割れた盾。鈍い目に包帯を巻いた手。そして義足。

 まるで壊れた工具置き場だった。若い頃は最前線にいたはずの連中だ。

 

 だが今は、高ランク任務から弾かれ、低報酬の雑務を奪い合っている。戦術の変化に適応出来なかったからだ。

 

 かつて掲示板の左端には、彼らのような重装前衛向けの依頼が並んでいた。

 橋の防衛。避難民の護衛。砦からの撤退支援。大型魔物の足止め。物資隊の殿。

 重い鎧を着て、盾を構え、誰かが逃げる時間を稼ぐ仕事。俺たちのような人間が、まだ必要とされた仕事だ。

 

 だが今、その手の依頼はほとんど見なくなった。

 

 代わりに増えたのは、短時間討伐、巣穴への高速突入、素材回収、斥候込みの少人数狩猟。どれも機動力のある若手向けだった。依頼票の端には、最近よく見る評価項目が小さく記されている。

 

 ――標準達成時間。

 ――推奨損耗率。

 ――再受注可能日数。

 

 つまり、どれだけ早く、安く、無傷で帰ってこられるか。

 

 昔は、前衛が傷を負っても、仲間を守れば評価された。今は違う。傷を負った時点で、査定表には損耗として記録される。

 

 俺たちのような人間は、戦場では必要でも、紙の上では赤字だった。

 長椅子の反対側では若い冒険者たちが、掲示板の前で声を張り上げていた。

 

 「おい、このゴブリン討伐、報酬うまくねえか?」

 「馬鹿、場所見ろよ。北の森だぞ。去年、Dランクが三人死んだとこだ」

 「じゃあ俺たちが成功させりゃ、一気に評価上がるってことだろ!」

 

 笑い声が上がる。声だけでなく、彼らの装備も軽かった。

 

 俺の分厚い鎧とは対照的な機動性を重視した薄い革鎧。膝までしかないブーツ。小さな丸盾。腰には短剣と投げナイフ。中には、魔導煙幕の筒や索敵符を吊っている奴もいる。

 

 俺たちの世代とは違う。昔は、前に出る奴ほど重くなった。盾を厚くし、肩当てを足し、胸甲を重ねた。重装ほど死ににくい。そう信じられていた。

 

 今は逆だ。軽装ほど、死ににくい。そもそも昔と比べて、敵の攻撃力そのものが上がったのだ。真正面から受けても耐えられない。だから攻撃を受ける前に仕留める。

 

 それが今の冒険者の常識だった。若い連中が間違っているとは思わない。

 

 避けられるなら、避けた方がいい。敵の攻撃を受けずに済むなら、それが一番正しい。昔の時代がおかしかったのだ。敵の攻撃を真正面から、盾と鎧で受け、骨が軋んでも後衛の前に立つ。そんなものは勇敢さではない。人間の身体を消耗品として使う戦い方だった。

 

 時代に俺だけが置いていかれた。そう思うだけで、胸の奥が締め付けられる。

 

 あいつらには時間がある。失敗しても、次がある。逃げても、やり直せる。酒場で笑って、翌朝また剣を担げる。だけど俺にはもうないんだ。

 

 若い連中の脇を抜け、俺は受付へ向かった。受付カウンターの奥では、栗色の髪を後ろで結んだ若い女性が書類を整理している。

 

 エルナ。俺と同い年のギルド受付補佐。彼女は十年間、このカウンターに立ち続けている。だが未だに正規職員ではない。雑用、書類運び、怪我人の応急処置、時には冒険者からの八つ当たりの受け皿。便利に使われている女性だった。

 

 俺が近づくと、彼女は顔を上げた。

 

 「ロイドさん。おはようございます」

 

 彼女は笑おうとした。だが、その笑みは途中で少し崩れた。お互い分かっている。今日のクエストが、俺にとってどんな意味を持つのか。

 

 「ああ」

 俺はできるだけ平静な声を出した。

 「例の護衛依頼、出発は昼でいいんだったな」

 

 この依頼を達成すれば、俺は無事Bランク昇格審査の条件を満たす。

 ここから隣町まで山脈を越えて商隊を護衛する仕事だ。危険度は低くないが、無茶な依頼ではない。だからと言って、甘く見ているわけでもない。地形図を使い、商隊の進行ルートや護衛プランを何度も確認したし、コンディションも十二分に仕上げてきた。

 

 だが、エルナの表情が一瞬だけ固まった。それを見て、嫌な予感がした。

 

 「それが……ロイドさん。その依頼なんですが」

 

 彼女は手元の書類を握りしめた。指先が白くなっている。

 

 「今朝、取り消しになりました」

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