悪魔の子セリーネ・アルビリオン
『良し、ここまで来ればひとまず安心だろう』
「はあ、はあ……う、うん」
『……一度休んでおくか』
息も絶え絶えなセリーネを見て、俺は休憩する事を提案する。彼女もその提案に静かに頷いた。
(走った距離はそこまでの筈だが、バテるのが早いな?)
一体なぜ……そう思ったが、俺は根本的な問題に気付いてセリーネのステータスを確認する。
名前:セリーネ
種族:人間 職業:貴族
状態:不調、疲労
レベル:2
魔力:10/10
体力:7 筋力:21 (+15) 敏捷:18 (+10)
器用:18 (+10) 知力:9 運:12
『スキル』
筋力強化Lv3、敏捷強化Lv2、鎌術Lv1
『称号』
執行者
『装備』
ボロ切れの布
処刑の鎌
『罪状』カルマ値:0
なし
(やっぱり、体力が低すぎるな)
いや、低い訳じゃない。他のステータスは俺がスキルで無理やり向上させているだけで、体力値も年相応だ。ただ、追っ手から逃げるには少し心許ない。
(天使サマ、ガキに【体力強化】を覚えさせろ)
『スキルポイントを五消費して、執行者セリーネ・アルビリオンに、スキル【体力強化】を獲得します』
(よし……おいガキ、少しはマシになったか?』
「え? ……あれ、少し楽になった?」
さっきまで息切れしていたのが嘘のように、セリーネは元の調子を取り戻していた。
(よし……だがどうする? そろそろスキルポイントの残りもキツくなってきた)
さっきから色々とスキルを覚えさせたせいで、残りのスキルポイントは十三だ。
スキルを新しく覚えさせるのに五ポイント、スキルレベルを上げるのに、そのスキルのレベル分だけポイントを消費する。
(基礎能力だけ上げても、騎士共に包囲されたこの町を脱出する事は難しい。今必要なのは、相手の裏を掛けるスキルだ)
「……ねえ」
使えるスキルをじっくり選別していると、セリーネが俺に話しかけてきた。
『どうした?』
「どうしてあなたは、私を助けたの?」
『あん? あー……そういう話は後にしねえか? 今はピンチな状況だしよ』
「……みんなは、私の事を悪魔の子って呼ぶ」
セリーネは、手に持つ鎌を眺める。鎌の刃には、光の反射でセリーネの顔が写し出された。
「白い髪に真っ赤な瞳……古くから伝えられる悪魔が持つ特徴と同じ容姿を持って生まれた私は、色んな人から忌み嫌われてきた」
刃に写った自分を見ながら、セリーネは自身の白い髪にそっと触れる。
「けど、お母様とお父様、それとごく僅かな人達だけは私を受け入れてくれた。私は悪魔なんかじゃないって言ってくれた……なのに」
撫でるように触れていた髪を、急にぎゅっと鷲掴む。そのまま引きちぎる勢いだ。
「私、やっぱり悪魔だったんだ。あんな、あんな事をするなんて……!」
目に涙をいっぱいに溜め込ませて、彼女は縮め込む。
「私は、私は……!」
『お、おい待て、なんで自分がやったみたいな反応するんだ。お前やってないんだろ?』
「……え?」
聞き捨てならない発言をしたので思わず突っ込むと、セリーネは意表を突かれたような反応をする。
「どうして、そんな事が分かるの?」
セリーネは目を丸くして俺に聞いてくる。まあ、今更隠し事をするもんでもないしな。
『分かるんだよ。俺には相手のステータス……ああ、能力みたいなのが分かって、ついでに相手がどんな罪を犯したのかも知れるんだ。で、その罪がお前には無かった』
これが昔から悪さばかりしてた奴なら自業自得だと見捨てられるが、なんの罪も無いガキとなれば……なあ?
『だから俺はお前を助けた。俺も無実の奴を裁きたくねえんでな』
「そう、だったんだ……でも」
理由について諸々話した俺だが、それでもセリーネはどこか納得し切れない様子だった。
『……なあ、なんでそんなに加害者面してるんだ? 俺は、お前は無実だって保証してるんだぜ?』
「……いの」
『あ?』
「私、事件の時の記憶が無いの」
▼▼▼
セリーネ・アルビリオンは、上級貴族の家の子だ。親から溺愛された彼女は、何一つ不自由ない生活を送っていた。
しかし、順風満帆な生活を送る彼女には一つ、致命的と言って良いほどの問題があった。
金髪碧眼の父と、茶髪翠眼の母、二人の間に生まれた筈の彼女は、どちらの髪と目の色も受け継がれなかった。
色を失った白い髪と、鮮血のような赤い目、その容姿は国で言い伝えられる悪魔の特徴そのもので、故に家族以外から受け入れられる事はなかった。
悪魔、あくま、アクマ、裏で表で忌むべき言葉を吐かれる日々。そのせいでセリーネは家に引きこもり、誰にも関わらず、一人で本を読み耽るようになった。
気にしなくて良い。何があっても私達が守る。両親はそう言って元気付けてくれたが、セリーネが本当に気にしていたのは周囲の中傷じゃなかった。
もし、自分が本当に悪魔の子だったら。
もし、悪魔が言い伝え通りの残虐非道な存在だったら。
きっと自分は、いつか周りの人達を傷付けてしまう。それが彼女には、とても怖かった。
「それこそ、気にしなくて良いことッスよ!」
いつだったか、セリーネは内に秘めたその悩みを一人の騎士に打ち明けた。
彼はロードワイズという、彼女の家と同格の家に仕える騎士だった。
アルビリオン家はロードワイズ家と親交があり、時折屋敷に招くことがあった。その際、彼は当主の護衛として付き添い、そのたびにセリーネとよく話していた。
「そ、そうなのかな?」
「そうッスそうッス! セリーネお嬢様は悪魔なんかじゃないッスから、そんな事考えても時間の無駄無駄ッス!」
「け、けど! ……もし本当に私が悪魔だったらと思うと、怖くて」
あっけらかんと答える彼に対し、それでもセリーネの中の不安は尽きない。
「……本当、優しいんッスね」
そんな彼女の姿を見て、騎士の男はふっと優しい笑みを浮かべた。
「へ? や、優しい?」
「そうッスよ! だってセリーネお嬢様は、自分のせいで誰かを傷付けるのが怖くて、家に引きこもってるんッスよね? あんなに周りから嫌なこと言われてその発想が出るなんて、もはや聖女様ッスよ!」
「え、や、そんな聖女なんて、恥ずかしい」
ベタベタに褒めちぎられたセリーネは、頬を真っ赤にしてしまう。
「今確信したッス! こんなに優しいセリーネお嬢様が、悪魔だなんてあり得ないッス! ぜーっっったい間違いないッス!」
「……」
彼の無邪気な言葉は、本気で言っている事が伺える。
「……うん、そこまで言われたら、少しだけ信じてみる」
だからセリーネも、その気持ちに応えようと思った。
……それから暫くした後、悲劇は起こった。
「……う、うーん」
定期的に開かれるアルビリオン家とロードワイズ家の交流の日。
(あれ? 私、なにして)
いつの間にか気を失っていたセリーネは、立ったまま意識を取り戻して……
「え?」
目の前には、血溜まりが広がっていた。
「なに、これ」
血溜まりの中心には二人の人間が倒れていた。
(お父様? お母様?)
そして、少し離れた場所にも一人。
(ロードワイズ公?)
死んでいる。死んでいる。死んでいる。静寂の中で空回りし続ける思考。ポタポタという水滴が落ちる音さえも五月蝿く感じて……不意に気がつく。
「……ぁ」
音の発生源は、自身の足元だった。下を見れば、指先を伝って真っ赤な雫が地面に溢れ落ちていた。
「あ、あああ」
ポタ、ポタ、ポタ、真っ赤に染まった腕は、倒れる三人の胸の大きな風穴は、
「ああああ!!!?」
彼女に、純然たる真実を教えてくれた。




