第一話
夏の日差しがギラギラと照り付ける。太陽光線が肌に突き刺さるようだ。
—なんでこんな真夏の炎天下に、屋外でバーベキューなんだ。
すでに私が着ているポロシャツは、汗でべっとりしている。目の前で煙を上げながら赤から褐色に変色していく分厚い肉を見ていると、余計に暑さを感じてしまう。この肉の温度は、何度くらいあるのだろうか。もし私の体が小さくなって、この肉の中に閉じ込められたら、一瞬で焼死するだろうな。そんなばかな空想でもしていないと、あまりに暑くて気が変になりそうだ。私がこれだけ暑いのだから、肉を焼いている部下たちの暑さは計り知れない。私はそんな部下たちに額の汗を拭いながら愛想笑いを浮かべてはいたが、私の心の中では憂鬱が渦巻いていた。
この街の市役所長の任に就いて三年が過ぎた。特に大きな問題を起こすことなく、平穏無事な日々を送ってきた。地元の住民たちとの交流も、今日のような部下たちとのコミュニケーションも怠ったことはない。むしろ積極的に取り組んできた。しかし、人は慣れる。所長と言う地位がそうさせるのだろうか。私はいつの間にか周りの人たちへの感謝の気持ちも薄れてしまい、こんなイベントすら面倒臭くて仕方がなくなっていた。笑顔を繕ってはみせるが、そんなことすら苦痛に思える。早く冷房の効いた涼しい部屋に戻りたい。
部下たちは、肉を焼いてはせっせと運んできてくれる。私は笑ってそれを受け取る。
―もうそんなに肉が欲しい歳でもなんだがなぁ。
コップのビールを飲み干せば、待ってましたとばかりに注ぎに来る。私は笑ってキャンプ用のプラスチックのコップを差し出す。
―もう冷えていないビールは飽き飽きだ。
部下たちの気遣いを嬉しいとは思うが、早く冷房の効いた部屋に戻りたい。そのことばかりを考えてしまう。
「所長、そう言えば明日は、あの新設橋梁工事の現場見学ですよね。私もお供します。でも明日も暑いんでしょうねぇ」
工事課の課長が話しかけてきた。
「あぁ、橋の架設工事が終わって舗装をするらしい。その視察だよ。炎天下は待逃れない。これも仕事だ」
私は浮かない声で返事をした。
―なにを楽しそうに言っているんだ。普通の暑さじゃないんだぞ。
私には、彼の気持ちが理解できなかった。
「所長、ご存知ですか。舗装工事に最中に現場監督や作業員が行方不明になるって話し。さっきまで作業をしていたのに気が付いたらいなくなっていたらしいですよ。舗装工事の時になると、魔物でも出るんですかね」
部下が嬉しそうな顔をして言ってきた。
「そんなの有りもしないただの都市伝説だろ。作業中にトイレに行ってなかなか帰って来なかったとか、現場監督なら涼しい車の中で休憩していていたとか、おおよそそんなものなんじゃないのか」
あまりにもくだらない話しだったので、私は無表情のまま淡々と答えた。
「そうですよね。真相なんてきっとそう言うものなんでしょうね。でも不正に下請けさんから金を着服した現場監督とか、作業員さんから嫌われていた施工管理員が消えたって話ですよ」
部下はしつこく現場で人が行方不明になる話を続けた。
「ばかばかしい。それじゃ、おれたちは真っ先に消されるな」
私は言ったことはまんざら嘘ではない。安い工事費で業者に泣き寝入りをさせている。消されるなら私の方が先だ。
「全くですね」
部下は私の表情に気が付いていないのか、嬉しそうな顔を崩さない。私はこんなどうでもいい話の相手もしなければならないのだろうか。所長とは実に面倒臭いポジションだ。
キャンプ場の広場は芝生張りなのに、じっとしているだけで汗が絶え間なく流れた。明日の視察現場での暑さは、この比にならないだろう。橋梁工事の現場は足元のコンクリートから太陽の照り返しが遠慮なく襲ってくる。さらに、その橋の上に敷設するアスファルト合材の温度は百度を超える。近付いただけで火傷しそうだ。なぜこんな時期にそんな場所へ行かなければならないのだろうか・・・、私はただただ明日のことが憂鬱でならなかった。




