第七十七話 ぷろでゅーさーなのです
遠くの方から何か、叫び声のようなものが聞こえてきた。
どうやら、向こうの方でも魔王様たちがどんぱちを始めたみたいなので、私たちも急いでイ・ハ辺境伯の娘、ミオさんを見つけだし、合流することとした。
「リ・エトさん。ミオさんが、どこにいるのかはわかっておいでなのですか?」
「うむ。前にミオから、屋敷における部屋の位置も聞いてある。それに二人で会うときの合図もちゃんと事前に決めてあるからね。……もし、自室にいるのならば、彼女ならばきっと俺のことをわかってくれるはずだよ」
族長の息子のリ・エトさんはどや顔で、自信満々に頷いている。
作戦の失敗などこれっぽっちも考えていない、若者特有の自信過剰さが顔に出ているように見受けられる。
大丈夫かなあ、と少しだけ心配になるものの、まあ、自信がない顔でいるよりかは、こちらの方が何倍かはマシかもしれない。
とりあえずそんな風に思うこととする。
「アインスさん、あちらをご覧下さい」
「ひあっ!」
びっくりした。
不意にゼクスが小さな声で、耳元に声をかけてきて、息を吹きかけられるくらいに顔が近くにあったので、びっくりしてしまった。
「な、なんでしょうか、ゼクス様」
「いえ。ゲーゼルライヒも、中々に動きが素早いな、と。ほら、ご覧なさい。あそこの森の影に見える騎兵の一隊。彼らは辺境伯の部下ではなく、ゲーゼルライヒ王国直属の騎士団の方々ですよ。……所属は、北方を管轄するゲーゼルライヒ王国騎士団『白熊』の、その中でも斥候を担当している『狐』騎士隊の皆さんですね」
すらすらとゼクスが解説を始めた。
ゲーゼルライヒの騎士団がもう動いたの、と驚くと同時、それだけではなく、ゼクスの情報把握の力に舌をまく。
この人も絶対に敵に回してはいけない人だなあ、と。
「『白熊』の『狐』か。時間がなかったので、俺のところからは、『鷲』と『亀』に草を仕込むくらいしかできなかったぞ」
横から、オクトーバー司教がぬーっと、話に割り込んできた。
「それで十分でしょう。あとは、いつ彼らが仕掛けてくるか、ですが……」
そこで、顎をつまみ、一人思案を始めたゼクス。
「お。ミオが顔を出してくれた! ミオ! 俺だ。リ・エトだ!」
「え!? リ様!」
ミオと呼ばれた浅黒い肌の美女が、窓から顔を出し、こちらを見ながらびっくりした顔をしている。
彼女が、リ・エトさんの思い人ですか。
「ミオ! 俺は君を迎えにここまでやって来たぞ。……俺と君との実家はこの通り、いまだ相争っている関係にあるが、俺と君との絆は永遠だ。これは、我らが『祖霊』に誓ってもよい。こんなときだからこそ、ぜひ言わせて欲しい。ミオ、俺とともに来てくれ!」
力強く拳を握りしめ、情熱的に呼び掛けるリ・エトさん。
でも、なんとなく、この状況で言う台詞なの? とか思えてきてしまう。
「リ様。ですが、今は非常時……。お父様は、どこからか現れた、ゴーレムや死者、それに魔獣の軍勢に、それこそ命を賭けて戦っておられるのです。そんなお父様を見捨て、私一人がどうしてのうのうと逃げ出せましょう!」
「ああ! 俺のミオ! どうか、どうか、そんな悲しいことを言わないでおくれ!」
……。
端から見ていると、なんとなく、三文芝居を見せられている気分になってくるが、まあ、そこはいい。
でも、そうか。魔王様たちがやり過ぎて、もう、戦場がしっちゃかめっちゃかになってしまっているのね。
「……えーと、ゼクス様。今、マオール様たちに連絡とかってできます?」
「? はい。可能ですが、どうされたのですか」
「いえ。少しだけ面白いことを考えたものですから。……可能であれば私のアイデアをマオール様に伝えていただければ、と」
「わかりました。では、僕は何を伝えればよいのですか?」
「それはですね……」
私は、魔王様にやっていただくことをゼクスに伝えた。
それを聞いて、最初、訝しそうに聞いていたゼクスが、急にお腹を抱えて笑い出してしまった。
「……ふふふ。いやー、さすがアインスさん。なかなかにエンターテイナーな素質がありすね。しかし、そうですね。あなたのアイデアは実に面白そうだ。細部はマオールと僕とで詰めますから、ミオさんの説得は任せましたよ」
「あー。はい。そうですね」
私はくるりと振り向き、屋敷の窓から、顔を出しているミオさんに語りかけた。
「……私はカレハ族傭兵団の一部隊の指揮を任されているアインスというものですが、あなたは、お父上を救いだしたいですか?」
「当然です!」
怒ったように言うミオさん。
「な、なにを言い始めるんだ? そんなことが可能なのか?」
おろおろと困ったような声をあげるリ・エトさん。あなた、少し頼りないから、黙っていなさい。
「なに、簡単なことですよ。あなたが、カレハ族の『祖霊』とやらを呼び出して、この狂気に陥っている状況を鎮めればよいのです」
「そ、祖霊様を呼び出すって……そ、それこそ、なんらかの奇跡でも起きない限りは……」
ミオは、力弱く首をふっている。
「……というか、祖霊なんぞは、いないだろ。いたとしても、邪悪な霊魂だしな」
ぶつぶつとオクトーバー司教が呟いているが、この際、黙殺する。
「大丈夫です。あなたは、ただただ、私たちと一緒に来てもらって、祖霊様とやらに、一心不乱に祈るだけで良いんですよ。あとは、私にお任せください。そうすれば、お父様も助かり、あなた方もうまく結ばれる、という寸法です」
「本当にそんなことが……?」
藁にもすがりたそうな瞳を向けてくるミオさん。
私は大きく頷いた。
「『祖霊』様は、いつでも見守ってくくださっております」
「……。アインスさん。いつも思うのですが、ペテンの才能だけは突出しておりますよね」
横から、ジト目のカミーナが、小声で何かを言ってきたが、全力で黙殺することとした。
私は希代のエンターテイナー。プロデューサーなのです!
今回も作業時間が確保できず、難産でした。
最近、やる気の問題なのか、スランプなのか、なかなかに進みません。申し訳ないです。
次回更新も、なんとか、来週中にできれば、と。




