第七十六話 さもん・もんすたーぐんだん
「こちらの作戦としてはしごく簡単です。まずは敵を引き付ける『本体』と、その隙に辺境伯の娘ミオさんの身柄を保護する『搦め手』の二手に別れたいと思います」
そこで一同を眺めてみると、皆の反応が薄い。
ここまでは、どうやら反対はないみたいだ。
まあ、作戦といっても非常に簡単なものだ。
この作戦は、一応、傭兵団の責任者として、傭兵隊長さんと一言、二言会話したときに、大まかな方針を決めて、その方針について、依頼主のリ・エトさんの賛同を得たもの、といっただけのものであり、大雑把なことこの上ない。
正直、複雑怪奇な作戦を立てたところで、まともに機能するとは思っていないので、こういったことは奇を照らわずに、シンプルに考えてみることにしたのだ。なるようにしかならないしね。
「相手は騎兵千騎に、歩兵千人。対して、こちらは傭兵隊が二百。現状、十倍以上の戦力です。まともに真っ正面から戦っては、普通であれば勝てないので、集団戦闘に強い方に『本体』を任せたいと思っているのですが」
そういって、ヘイシルの方を見つめる。
この人は当代一の大魔術師でもあるので、こういった戦略的戦いには向いているだろう。
「というわけで、ヘイシルさん。本体でどうにかなりませんか?」
「うむ。委細、心得た。アインス殿。吾輩にまかせたまへ」
ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべるヘイシルさん。嫌な予感しかしない。
「ではお願いしますね。あ、ちなみに私はどちらに行ってもあんまりお役に立てそうもないので、一応、ミオさんの説得に当たろうかと思います。残念ですが、ヘイシルさんとは別行動ですね」
私は早々とヘイシルさんと別に行動をとることを力強く宣言する。
ヘイシルは悲しそうな瞳で、こちらを見つめてきた。
「それでしたら、私はアインスさんの護衛として、搦め手側に志願いたします」
侍女のカミーナが、すっと手をあげる。
さすがカミーナ。私と以心伝心ね。
「私は、こそこそしているなんて嫌よ。兵士相手に気分よく、暴れたいわね」
魔王様の妹エミーは、今日もわがまま放題だ。
「エミーが兵士たちの相手をするならば、やり過ぎないように俺が見張るしかないか。しかしそうすると……」
魔王様がそこまで言って、カミーナと、黒猫のベリアルを見つめる。
「まあ、大丈夫だとは思うが……。すまんがゼクス、お前はアインスたちと行動を共にしてやってくれないか?」
「ふふふ。わかりました。マオールさん」
「でも、お前、余計なことはするなよ! いいか」
「マオールさんは本当に心配性ですね。僕はなにもいたしませんから、ご安心ください」
苦笑をしているゼクス。
この二人にいったい何があったのだろうか。
「……まあ、俺は、どちらでもいいんだが、忍び込んだりするのは、得意分野ではあるな。と、いうわけで、搦め手側にするかな」
オクトーバー司教は、一人頷きながら、そんなことを言っている。
しかし、忍び込みが得意な司教って、いったい何ですか?
……まあ、いいか。
「では、私たち搦め手側はリ・エトさんたちと一緒に別行動を。マオール様たち本体側は、傭兵隊長さんと一緒に、大暴れして、辺境伯の気を引いてくださいね」
「うむ。任せておけ」
魔王様が良い笑顔でサムズアップをしてきた。
なんとなく、嫌な予感しかしなかった。
◆◇◆◇◆
「『隕石召喚』を大量に叩き込んでやれば、戦闘など一瞬で終わるのであるが」
「馬鹿か。そんなことをしたら、皆殺しになってしまう。協定にも違反するしな。……それにそんなことをすれば、アインスも悲しむだろうが。連中を無力化すれば良いだけなのだから、適当なレベルの従僕を召喚すれば良い」
「まあ、そうであるな」
そういって、ヘイシルは、ゴニョゴニョと、詠唱をしつつ、地面になにやら壮大な魔方陣を構築していく。
「よし。俺もたまには楽をするか」
そういって、魔王が懐から、宝石やら動物の牙らしきものやら様々な道具を取り出しつつ、それらを空中に放り投げ、詠唱を始めた。
「万物の源たるマナよ。その持てる力、叡智を解放せん。『創造木製人形』、『創造竜牙兵』」
魔王が詠唱を終えた後、地面に転がった宝石やら骨やらは、光輝きながら、徐々にその姿を変えていく。
「整列せよ!」
魔王の厳しい命令一下、その目前には、偉容を誇る異形の軍団。千を優に越える数の木製の巨大なゴーレムと、剣、槍や弓、それに盾を備えた骸骨兵士が、整然と並んでいた。
「では吾輩も。……冥王の忠実なる僕たちよ。吾輩の求めに応じ、冥王との契約に基づき、その責務を果たせ。『亡者召喚』」
ヘイシルの低い声にあわせて、辺り一面の地面から、こちらも軽く千を越える数の、スケルトンやら、まだ一部に肉体が残っているゾンビやらが、次々とわいて出てきた。
普通の感性の人間が見れば、誰も彼もが、恐れ戦かずにはいられない光景だ。
「お兄様たちが頑張っておられるし、私も頑張らないと。……出でよ、私の可愛いペットたち!」
エミーの甲高い声に合わせ、空間がぐにゃりと歪み、うねうねとゆれる、いそぎんちゃくのような奇っ怪な魔法の生物や、身の丈が十メートルは越えようかという、タコの顔をもつ二足歩行の化け物が次々とあらわれた。
周囲にいた仲間のはずの傭兵たちが、その異形に恐れおののき、次々に戦場から逃げ出し始めた。
「なんとまあ、役立たずの連中であるか。……仕方がないので、吾輩がこの状況を隠蔽してやるのである。『天候操作』。霧よ出でよ」
ヘイシルの詠唱に伴い、良く晴れていたはずの平野に、徐々に霧が立ち込める。
明らかに異様な光景だ。
「よし。これならば、俺たちの仕業だとは相手にも思われまい。なるべく死者を出さぬように気をつけてやれよ。……よし、全軍進軍せよ」
魔王の合図に合わせ、まさしく、モンスターの異形の軍団が、辺境伯の軍へと襲いかかった。
◆◇◆◇◆
「霧が濃いな」
イ・ハ辺境伯は馬上から周囲を見渡し、その平原の異常さを感じとった。
いつもならば良く晴れた日には、気持ちが良い風が吹いてくる平原が、今は身体にまとわりついてくるような、冷たくじめじめとした霧が辺り一面に漂っている。
「普段はこのようなことはないのですが……」
部下の一人が、恐る恐るといった体で報告をする。
戦闘を前にしての弱気な発言は、それだけで軍の士気を下げるので避けなければならない。
本来であれば撤退を強く宣言したい部下ではあったが、そこはぐっと我慢をしている。
「たまには、こういった天候のときもあるだろうよ。さて、事前に放った斥候からの報告は?」
「……そ、それが、まだでして」
「もう、だいぶ時が経っているというのに、いったい何をしておるのだ」
辺境伯が渋面を作ると同時、本陣のテントが勢いよく開け放たれる。
「ほ、報告いたします! て、敵襲です!」
「な、なんだと! 警戒をしておらんかったのか!」
「そ、それどころではございません! 敵は、敵は……!」
「はっきり言わぬか!」
辺境伯が部下を怒鳴りつけた。
「敵は、アンデッドとゴーレム、それに魔獣の混成軍団です!」
悲鳴のような声音で、部下が叫んだ。
「なに!」
辺境伯が、テントの入り口から外を眺めてみると、馬を一頭、軽々と持ち上げている、身の丈十メートルを越える、タコの魔神が目に入った。
他に目を向けると、自軍の弓や槍の攻撃に一切無頓着な、アンデッドやゴーレムたちの不死の軍団が、目前に迫っていた。
「な、なんなのだこれは……。我々はカレハ族の蛮族どもを相手にしていたのではなかったのか」
目前のあまりな光景に絶句する辺境伯は、ただただ呻くことしかできなかった。
今回は、実質二日しか執筆時間を確保できなかったので、大変でした。。。
次回も一応、来週には更新できれば、と。




