第七十五話 こいのきゅーぴっど
「なに? 最前線のハートマ砦が落とされただと?」
細長い髭をはやした、浅黒い筋肉質な男、イ・ハ辺境伯が、部下へとギョロりと視線を向ける。
「は、はい! イ・ハ様。……駐留していた兵士たちは暫時撤退し、後方の砦に兵力を結集しております。なんでも、カレハ族の連中が正体不明の最新攻城兵器を使ってきた、とかなんとか」
汗をかきかき。ゲーゼルライヒのイ・ハ辺境伯へと、部下が報告をする。
辺境伯の居城は、ゲーゼルライヒの石造りの城と、カレハ族の木製の居城のハイブリッドといえるようなものであり、ところどころ、カレハ族の色とりどりな意匠が施され、異国情緒が現れている。
「そんな兵器を相手が持っているというならば、立てこもっておってもどうにもならんだろう。白兵戦を挑むしかあるまい。……至急、騎兵部隊を集めるように」
「し、しかしイ・ハ様。報告では、弓矢もまったく歯が立たず、さらには、魔導の業をも使うとのこと。相手の正体がわからぬうちに仕掛けるのは、いささかリスクが高いかと」
「わかっておる。だが、長引けば、中央からの余計な手出しがありうる。それだけは避けたい」
「……御意」
頭を下げる部下。
そこで、廊下の方から、ざわざわとした声がわき起こった。
「なんだ?」
「失礼いたします! お父様にお願いしたきことがあり、まかりこしました」
長身で、少し浅黒い美女が、ホールの扉を開け放ち、口上を述べた。
その顔を見て、辺境伯は顔をしかめる。
「またそれか、ミオよ。すでに奴らと我らは敵同士。元は同じ民族同士とは言え、大義のためには、殺し殺される関係よ。そのことは何度も話したであろうが」
ミオと呼ばれた辺境伯の娘は、周囲を衛兵に囲まれながらも、なんとか父に談判せんと声を張り上げる。
「どうか、どうか、話し合いで収まらぬものでしょうか」
「……くどい。女、子供が政に口を差し挟むでない。お前たち、娘をつまみ出せ」
「「はっ!」」
「お父様! 彼らにも話しが通じる方がいるのです。どうか、どうか私の話だけでも!」
「くどいっ!」
ミオは声を限りに叫ぶが、部屋からつまみだされてしまった。
「……我らカレハ族同士がいがみ合いを続けることで、ゲーゼルライヒの民と、カレハ族とが血で血を洗う泥沼の戦争とならずに、世の平穏が保たれているということになぜ気づかぬのだ」
イ・ハは誰に聞かせるでもなく、一人呟いた。
◆◇◆◇◆
「あー、貴様たちが、先の戦いで武勲を立てた傭兵か?」
声をかけられた。
若い男の声だ。
男の隣には、カレハ族の傭兵隊長のウル・ナも同行している。
傭兵隊長さんは若い男の顔色を伺っている様子なので、きっと隊長さんよりも身分が高いのだろう。
若い男は、浅黒い肌で割と細身。
黒い髪を三つ編みにしているのが、目につく。
仲間たちは、特に会話に参加しようという雰囲気はないので、仕方がなく、私が対応することとする。
「たぶんそうだとは思いますが、お名前を伺っても?」
「うむ。俺の名は、リ・エト。族長会議の末席に連なるものだ」
「リ・エト様ですね。で、私たちのような傭兵にどのような御用で?」
卑屈になりすぎず、さりとて、礼を失しない範囲で応対をする。
こちらは一介の傭兵であることをことさらに強調しておく。
ただでさえ目立っているので、これ以上注目されるのは、なるべく避けたい。
「……うむ。折り入って、少し相談があってな。ここの傭兵団の頭目のアインスというものと話がしたい」
「アインスですか……って、私ですね。あれ? 頭目?」
「アインスさん。私が気をきかせて、私たちの責任者です、と受付に登録しておきました」
侍女のカミーナがビシッと挙手をしている。
下手人はあんたか。
「ちょっと、なんで売女が私たちの代表なのよ。ここは当然お兄様が……もごもご」
「まあまあ、落ち着けエミー」
いつもどおりエミーが切れているのを、魔王様が口を手でふさいで宥めている。
その他の仲間たちは生暖かい目でこちらを見守ってくれているだけだ。
介入しようという意思はまったく感じられない。
というよりも、こういった状況を楽しんでいるでしょ。あなたたち……。
「……ま、まあ、形式上は私が責任者ではあります。で、どのような御用ですか?」
仕方がないので、話を聞くことにする。
「すまんが、他の者には聞かれたくない。こちらについてきてくれ」
「……はあ、わかりました。おいでベリアル」
にゃー。
黒猫姿のベリアルが、音もたてず、私の後ろをついてくる。どんなときでも、護衛にベリアルを連れていれば、概ね安心だ。
しばらく駐屯地を歩いていると、大きめのテントが目にはいり、そのまま中へと入る。
中は、テントとは思えないくらいに広くて暖かい。
「すまないが、ウル隊長。君も席を外してくれないか」
「傭兵と二人きりなどと、あぶのうございますぞ、若」
「ウル。頼む」
「……。はっ」
苦渋の顔を浮かべながらも、そういって、傭兵隊長さんもテントから出ていってしまったので、私たち二人と猫一匹だけが、テントの中に残ることになった。
しかし私のような可憐な美少女に向かって危険などとは大変失礼なやつね。
リ・エトと名乗った若者が、床の絨毯の上にどかりと座る。
「君も座ってくれ」
「はぁ。では、お言葉に甘えまして」
そういって、私は若者の対面に着座する。
建物内の床、カーペットは敷いてある、の上に直座りって、なんとなく懐かしい感じだ。
「先程も名乗ったが俺はリ・エト。カレハ族を取り仕切る、偉大なる族長ヨウ・ハの息子だ」
「はぁ。で、その族長の息子さんが、私ら一介の傭兵にどのような御用ですか?」
「……君は口が固い方かね?」
うーん、どう答えたものだろうか。
「どちらかと言えば固いとは思いますが、依頼内容にもよりますね。命をかける場合には、それなりの対価も必要ですし」
「なるほど。なかなかに抜け目がないな。……君たちの腕前はすでに聞き及んでいる。傭兵隊がすでに進軍の決心をしているのであれば、俺のような若輩者が横から口を挟むことはない」
そこでいったん、口を閉じるリ・エト。
私は続きを待つべく、じっと、その瞳を見つめる。
「……鉄火場に慣れ親しんでいる君たちに、特別に頼みたい任務があるのだ」
「任務、ですか」
まあ、正直、どんな危ない任務だろうが、実行するのは容易いようには思うが、一応、神妙に聞いておく。
「うむ。これから向かう、ゲーゼルライヒの戦場にて、一人。そうたった一人の女性を救いだして欲しいのだ」
「女性ですか」
「そうだ。俺にとって大事な、そう命よりも大事な女性だ」
「ははあ。その方はどのような方なのですか?」
面と向かってそんな恥ずかしい台詞を言われるとなんだか、他人事とはいえ、こそばゆい。
「……彼女の名はミオ・ハ。我らが宿敵イ・ハ辺境伯の一人娘だ」
◆◇◆◇◆
「……というわけで、イ・ハ辺境伯の一人娘を救いだして欲しい、という特別な依頼を受けたんですけど、どうしましょうか?」
いつものとおり、私は依頼を仲間に丸投げすることにした。私の仕事はあくまでも人の話を聞いてくるだけだ。というよりも、十二分にすでに仕事をしたといっても差し支えないと思う。
「これは素晴らしく絶妙なタイミングでの依頼ですよ、アインスさん。僕たちは傭兵としてゲーゼルライヒに攻めこむのではなく、愛のキューピッドとして、そのミオ・ハさんと、リ・エトさんとをくっつけるのを仕事にすれば良いのです」
なぜか満面の笑みでゼクスが頷いている。大いに胡散臭い。
「悪い顔をしているぞ、ゼクス」
ニヤリと魔王様がゼクスに笑いかけている。
「もしかして、最初から仕組んでましたか?」
私がジト目でゼクスを見つめる。
「いえいえ。可能性の一つとして事前に調査をしていただけですよ。しかし、もっとも平和裏にことを進めることができるプランであることには間違いありません」
「そうなんですか?」
「はい。僕が考えているもっとも平和なプランは、そのお二方が、幸せにくっつくことが前提ですから」
「つまり、この二人をくっつけることで民族融和を図って、平和を作るということか? そんなにうまく行くか?」
胡散臭そうにオクトーバー司教が唸る。
「でも、それだと、ゲーゼルライヒが民族問題を解決してしまって、我がシュガークリーへと派兵しやすくなってしまうのではないでしょうか?」
カミーナが首をかしげる。
私は少しだけ、考えてみる。
相争っているカレハ族同士が手を結ぶとして、ゲーゼルライヒ側に領土が併合されるならばたしかに争いは収まるだろう。
だが、手を結び、ゲーゼルライヒの辺境伯領が独立することとなると……。
「ね、ねえ、ちょっと待って。ちなみに、二人がうまくくっつくとして、ゲーゼルライヒ内の辺境伯の領土って」
「はい。当然に独立となるでしょう」
ニッコリ笑顔なゼクス。
こいつのことだから、それがどのような影響をもたらすのかも計算ずくだろう。
少しだけ背筋が凍る。
「そ、それだと、ゲーゼルライヒが本気になっちゃわないかしら」
具体的に言うと、血で血を洗う感じに。
「大丈夫ですよ、アインスさん」
そこで、天使の微笑みのような顔をこちらに向けてくるゼクス。
「勢力均衡こそ最大の平和ですから、弱い方に我々が加勢するだけです」
恐ろしいことを平然と言ってのけた。
というわけで、なんとか更新です。
過去分の後書きを、そろそろ消さないと、などと思ってますが。
次回更新も、来週あたりにできれば、と思っております。




