12.約束してくれませんか
日が沈み、店から小屋に帰ってきてセレナはベッドに腰掛け、ノワールを撫でていた。
「なんか、あった?」
クラウスが隣に座り、声をかけてくる。
『クラウスはな、人と関わりたくないんだよ。人と関係を持つことに、恐怖すら覚えてる』
セレナと話しているときのクラウスは、そんなようすには見えなかった。
何が、あったのだろう。
それを聞いて、クラウスを傷付けてしまうのが恐ろしい。
そうして聞き出せずにいるセレナに、
「何かあるなら、遠慮しないで言って」
なおも迷った末、セレナはクラウスの言葉を信じることにした。
「クラウス」
「うん」
「───あなたは、どうしてここで暮らしているの・・・?」
クラウスが息を吸い込む音が聞こえた。橙色の瞳は動揺を隠しきれておらず、頼りなく揺れている。
「・・・ハイレンが、言ったのか」
「・・・うん」
クラウスはため息をついた。目を伏せ、ぽつりと問いかける。
「セレナ。僕は何歳に見える?」
突然の質問に驚きながらも、セレナは思ったことを口にした。
「十六か、十七?」
クラウスは無言で首を横に振る。
「───僕は、今年でもう三百年生きている」
「───」
「僕が生まれたのは、ここよりもっと北の街だった・・・」
どこにでもいるような両親のもとに生まれたクラウスは、他の子と比べて成長がかなり遅かった。かなり、という言葉でもまだ足りない。
例えば、同じ年に生まれた子が成人するころに、クラウスは歩けるようになった。
両親は驚きはしたものの、変わらずクラウスを愛してくれた。まわりの人も、受け入れてくれることがほとんどだった。
クラウスは、不自由なことなく幸せに過ごしていた。
だが、そんな日々も、終わりを迎える。
愛情も、何一つ欠けることのなかったクラウス。
───だからこそ、クラウスに深い傷を刻んだ。
ごく普通の両親と、成長速度が著しく遅い息子。
どれほど足掻いても、どうにもできないものがひとつ。
寿命だ。
クラウスが三歳になるころに両親は他界した。
それは、クラウスにとって大きな衝撃だった。
自分と同じ年に生まれた子達が、年老いていく。
周りにいて可愛がってくれた人々も、いなくなっていく。
常に、クラウスは見送る側。
───いつしか、他人と関わることが恐ろしくなっていた。
人と関わらなければ、置いて逝かれる哀しみを味わうこともない。
自分は、ひとりなのだと、共に歩ける人なんていないのだと、そう言い聞かせて、クラウスは森に小屋を建て、暮らし始めた。
クラウスが口を閉じ、沈黙が落ちた。
どこかで魔獣の声が響き、夜の静寂を乱す。
何か言わなければ、と思うが、乾いた唇からは呼吸音が漏れるのみ。
───それぐらい、クラウスの語った過去は重かった。
クラウスが寂しげに俯くのが分かる。
何も言えない己が恨めしい。
セレナが辛いとき、クラウスが言ってくれたような、救いになる言葉は、何も。
故に───
そっと手をのばし、クラウスの背に触れた。そのまま、安心させるように撫でる。クラウスはびくりと体を震わせ、すぐに力を抜いた。
「───クラウスは何で私をここに連れてきたの?」
聞けば、彼を傷つける。それでも、聞かずにはいられなかった。
「・・・分からない」
掠れた声が返ってきた。無意識のうちに、言葉がこぼれる。
「いつか・・・」
「───いつか、私に教えてね」
クラウスが顔を上げ、セレナを見る。
「セレナは・・・恐ろしくないの?」
「恐ろしい?」
「だって僕は、人と違うんだ。セレナは・・・」
恐ろしい。恐ろしくないわけない。
でもそれは───
「───私が恐ろしいのは、クラウスと死ぬまで一緒にいることができないから」
クラウスが意表を突かれたように黙り込む。
「私のほうが先にいなくなって、きっとあなたを傷つけるから」
「───っ」
伝えたいことが、あふれてくる。
胸が熱くて、瞬きする刹那さえももったいなくて。
───ずっとずっと、彼を見ていたくて。
たまらなく悔しくて、恐ろしい。
だから。
「クラウス。───約束して」
小指を差し出す。
「私のいたところだと、こうやって小指をからめて約束するの」
おずおずと小指を同じように差しだし、二人の指がからまった。
寿命という大きな隔たりがある二人が、未来の約束をする。
───セレナが微笑むと、クラウスもつられたように笑った。




