第20章 距離
「んっ、ううぅ?」
体の痛みと喉の渇きで目を覚まし、気だるい体を布団からゆっくりと起こすと、朝の日差しが少しだけ私の部屋に入っているのが見えた。
「今・・・何時だろ?」
少しだけ痛む頭を抑えながら、壁に掛けている時計を見ると、朝の6時を過ぎていた。
「あっ、ご飯の準備しなきゃ」
なぜか痛む腰をさすりながら布団から立ち上がろうとすると、隣の掛け布団が膨らんでいる事に気が付いた。
「・・・?」
少し驚きながらその何かを確認するためにそっと掛け布団をめくってみると、それにには子供のように丸まっているクレアが、小さな寝息を立てていた。
「ふふっ、また潜り込んだの?」
その子供のように幼い顔を見ると、微笑ましくなってしまい、私より歳上なクレアの頭をそっと撫でてしまう。
気持ちよさそうに笑みを浮かべるクレアをしばらく撫で続けていると、ふと時間の事が気になってしまい、時計の方に顔を向けると、時計の長い針が4を回っていた。
「あっ、そろそろ作り始めないと」
立ち上がる前に寝ている笑みを浮かべ、掛け布団をクレアにもう一度被せ、ゆっくりと立ち上がる。
(さて、今日は何を作ろうかな?)
体を伸ばしながらそんな事を考え、足を運んで襖を開けると、朝の眩しい日差しが眼の中に入り込んできた。
少しの時間、光に当たり、体をもう一度伸ばして台所へ向かっていると、悠人くんが花をしゃがんで見ているのに気が付いた。
「おはよう悠人くん。早起きだね」
「おはようございます、心花さん」
人なつこい犬のようにこちらにやって来る悠人くんは、クレアとはまた違った幼さを感じた。
そんな事を思っていると、悠人くんが私の顔を覗き込むように見ている事に気が付いた。
「どうしたの?」
「いえ、ここの花って心花さんが世話をしてるんですか?」
「うんん、その花はクレアが作ってくれた花で、枯れる事は無いらしいの」
「枯れる事がない花、ですか」
私の話を聞いてか、悠人くんは咲いている花を何か懐かしむように見ていた。
その顔を見ていると、とある事が頭に思い浮かんだ。
「思い人?」
「ちっ、違いますよ!ただ、話を思い出しただけです」
「話し?」
「はい、花は枯れるから美しいって言われてるけど、枯れない花も美しいと思うって言う話です」
昨日、あんなにビクビク怖がっていた悠人くんが、急に歌人のような事を言いだすものだからとても意外に思えてしまい、笑みが溢れてしまう。
「悠人くんは意外に感性が強いね」
「あ、でもこれは聞いた話ですよ」
「そうなんだ」
悠人くんの楽しい話を聞く一方で、そろそろご飯を作らなきゃという気持ちが生まれ、悠人くんに笑顔を向けて話を切り上げ、台所に向かう。
縁側をしばらく進み、木でできた引き戸を開けて台所へ入り、冷蔵庫の中を確認する。
冷蔵庫の中には卵がかなり余っており、卵を使った洋食でも作ろうかなと考える。
とりあえず冷蔵庫の中で冷やしている水をコップに注ぎ、それを一気に飲み干す。
「ぷはぁ」
乾いた喉に冷たい水が染み込む気持ち良さを感じながら、下の引き出しからフライパンを出し、窓を開けてコンロに火を掛ける。
フライパンが温まったのを確認して卵の中身を落とすと、ジュワーと焼ける音が辺りに広がり、その間に他の物を作る準備をしようとすると、後ろで引き戸が開く音がした。
「おはほうごじゃいましゅ」
そんな寝ぼけ過ぎた声を聞いて後ろを振り向くと、まだ眠たそうに眼をこするクレアが、よたよたとこちらに歩いて来た。
「おはようクレア」
クレアは極端に朝が弱いせいで、本当に幼い子供のように見えてくる。
そんなクレアは私に軽く頭を下げると、新しいコップに冷やしておいた水を注ぎ、それをゆっくりと飲み干すと、自分の頭を左手でくしゃくしゃにし、眼を少しだけハッキリとさせた。
「心花さん、手伝いますよ」
「ほんと?じゃあ目玉焼きが焦げないように見てて」
私の言葉にクレアは頷くと、眠たそうな眼で目玉焼きをじっと見始めた。
その間に鍋に食用の水を入れて火にかけ、冷蔵庫から味噌を取り出す。
水が沸騰するのを待つ間に味噌汁の具材を切ろうと包丁を上の段の引き出しから取ると、少し焦げる臭いが鼻に届いた。
「あっ、クレア。少しだけお水を入れてくれない?」
「分かり、ました」
クレアは自分が飲んでいた水をフライパンに勢いよく入れると、大きな音とともに水が勢いよく跳ねた。
そのせいでクレアは床に尻餅を付いたせいでコップは宙を舞うが、そのコップはクレアのお腹の上に落ちたお陰で割れずに済んだ。
「だ、大丈夫!?」
「はい・・・大丈夫・・・です。すみませんでした」
クレアは落ちたコップを持って立ち上がると、ハッキリと起きた眼でこちらに見てくる。
それを見て安心していると、もう鍋に入れた水が沸騰しそうになっている事に気が付いた。
「あっ、もう少しでご飯出来るから悠人くん呼んできて」
「分かりました」
クレアはコップをカウンターの上に置くと、後ろにある空いていた戸から出て行き、その小さな足音は遠のいていった。
「さっ、頑張ろう!」
気だるい体の自分に喝を入れ、クレア達が喜ぶ姿を想像しながら、料理作りを再開した。
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「おっ、ぇぇっ!」
急な吐き気に襲われ、口から生暖かい物が大量に溢れ出してしまう。
幸い厠に居たから床が汚れる事は無かったけど、喉が焼けるように痛い。
「はぁ、はぁ」
喉を抑える右腕にも痛みがあり、痛みとは違う違和感も感じる。
そんな激しい気持ち悪さを感じていると、厠の扉が優しく叩かれ、その叩き方でお姉ちゃんが外にいる事が分かった。
「ゆい・・・大丈夫?」
「う、うん、大丈夫」
痛む喉でそう答え、口周りに付いた気持ち悪いものを右の袖で拭き取ってから外に出る。
お姉ちゃんに変な心配をさせないようにお姉ちゃんに笑顔を向けるけど、お姉ちゃんは何も言わずに、私の頭を優しく撫でてくれた。
そのせいで目が少し潤んでしまうけど、涙が出るのを必死に耐えて、お姉ちゃんと一緒に元居た部屋に足を運ぶ。
部屋に戻ると、雷牙と琴乃は何か小さく丸い物を食べており、私達を待っていた様に紬が入り口で立っていた。
「ゆい、取り敢えずこれでも食っとけ」
紬はそんな事を言うと、私に向かって小さな袋を投げてきた。
投げられた袋の中には、きな粉がまぶされた小さな丸薬の様なものがたくさん入っていたけど、その丸薬からは甘く美味しそうな匂いがした。
「兵糧丸じゃ、食欲なくてもそれくらいなら食えるじゃろ」
兵糧丸と呼ばれる物を3粒口の中に頬張ると、とても弾力と甘みが強く、昨日から何も食べていない体に染み渡る様な味がした。
「私も・・・貰いますね」
「おう、食え食え」
お姉ちゃんは紬に頭を下げて1粒兵糧丸を頬張ると、顔を明るくさせてその顔に笑顔を浮かべた。
「後これも飲んどけ」
紬は竹の水筒を2つ私達に投げ、それを受け取って1本はお姉ちゃんに上げてその中に入った水を飲む。
すると、水とは思えない甘い味が口に広がり、喉にへばり付いた痛みが胃に洗い流されるのを感じ、安心した様な吐息が口から漏れた。
「・・・甘い」
「砂糖入れとるけな」
砂糖と呼ばれるものが入っている美味しい水を一気に飲み干すと、気だるい体が少しだけ熱くなり、体に力が入るようになってきた。
右腕の拳を強く握って腕にある違和感を消そうとしていると、紬は座っている雷牙達の方に顔を向けた。
「さて、飯食ったばかりで悪いが外に出るぞ」
「・・・何故です?」
急にそんな事を言う紬に琴乃が疑問の声を上げると、紬は少し申し訳なさそうな顔をしてため息を吐いた。
「お主らを見極めるためじゃ。ほれ、神器」
床に置いていた短剣を投げられ、鞘がついた短剣を左手で受け止めると、紬から付いて来いと言われ、それに付いて行って紬達と城の外に出ると、城に隣している森の前に連れてこられた。
「森の中入るけ、気をつけろよ。この時期は蜂が多くて困る」
「蜂!?」
そんな女々しい声を上げたのは、意外にも雷牙だった。
「なんじゃ?お主、森育ちなのに虫ダメなんか?」
「えぇ。こいつ虫全般がダメなんです」
「うるせぇ!耳の中に蟻が入ってきてマジで怖かったんだぞ!!」
琴乃の後ろに隠れる雷牙の姿は、とても普段からは想像が出来ないほど怯えていた。
「はぁ、ちと待っとれ」
怯える雷牙に紬はため息を吐き、歩いて城の物置のような場所に入って行った。
しばらくすると紬は竹で出来た入れ物を右手に、左手に布を絞ったようなものを持ってきた。
「雅、すまんがこれの下に火付けてくれぬか?」
「あっ、はい」
紬が持って来た布を絞った様な物にお姉ちゃんが魔法で火を付けると、喉に粉が吸い付くような感覚に襲われむせてしまう。
「す、すまんが我慢しといてくれ。雷牙はこれ持ってゴホッ、おれば虫はようてこん」
むせながらも紬は竹の入れ物に燃える布を入れて雷牙に渡すと、雷牙はおどおどしながら、煙が出る筒を受け取って紬に頭を下げる。
「そいじゃ行くぞ」
紬は私達に向かって声をかけると、森の中の中に続く道を進んで行き、それに私達も付いていく。
その道は全く人の手がかかっておらず、結構ガタガタした道だったけど、そんな人の手が加えられていない、久しぶりの自然の感覚を体で感じてしまう。
木々がざわめく音。
葉が擦れる音。
風が通る音。
虫の羽音。
それら全ての音が獣人族の里を思い出させる様で、少し嫌な気持ちになってしまう。
「着いたぞ」
そんな複雑な思いを感じていると前から声がかかり、顔を上げてみると、そこには小さな社のようなものが建っていた。
「なにこれ?」
「昔はとある神を祀っとたんじゃが、今じゃ彼奴らが住み込んどる」
紬はめんどくさそうな顔をし、その社の引き戸に近づき、勢いよく引き戸を開いた。
その瞬間、中から誰かが飛び出し、紬に飛びかかるが、その誰かの伸びた右腕を紬は交わし、その右腕を掴むと、誰かを私たちの方にぶん投げた。
投げられたそいつは空中で身を捻ると、足と手で勢いを止め、その大きな体と青色の髪を私達にみせつけた。
その人は胸にサラシと腰には布のような物を巻いているだけの、かなり露出が多い格好をしていた。
「いいねぇ!久々に試合おうぜ!!」
「アホか美琴。今日は此奴らに教えて欲しくてわざわざ来たんじゃ」
美琴と言われる女性の大きな体を羨ましがりながら見ていると、違和感に気がついた。
その姿はお兄ちゃんと同じ人間ではなく、私達と同じ、頭の上に何かが乗っていた。
それは、赤黒い角だった。
「鬼?」
「あ?なんだそこの金ピカやろう。鬼がそんな怖えか?」
左耳に付けた金色の耳飾りを揺らしながら、美琴は赤い眼を雷牙に向けた。
ただそれだけなのに、背中にざわっと鳥肌がたち、気を付けろと警戒を告げた。
「いや、私が住んでいた場所にも鬼がいたからなんというか、懐かしい気持ちになっただけだ」
おどおどと答える雷牙に、美琴は睨みながら顔をどんどん近付けて行き、あと少しで顔がぶつかる所まで近づけると、美琴は急に優しそうな笑みを雷牙に浮かべた。
「おーそうかそうか。嬉しいぞ、私を怖がらない奴がいて」
美琴は急に笑顔になり、雷牙から顔を離す。
美琴からの私達を見定める様な視線に気持ち悪さを感じていると、真琴は紬の方を振り向いた。
「で、紬。こいつらに何を教えりゃいい?」
「うーむ、とりあえず戦い方の指摘やな」
「りょーかい、じゃあ全員とっとと付いて来な」
美琴は少し楽しそうな顔をその顔に浮かべると、社の裏側に行ってしまう。
その状況がよく分からずにチラっと紬の方を見ると、とりあえず付いて行けと指で指示された。
しぶしぶお姉ちゃん達と一緒に美琴に付いて行き、社の裏には着いたが、そこには何か目立つ物があるわけでもなく、ただ何もない空き地が有っただけだった。
美琴はその空き地の真ん中ら辺に行って笑みを浮かべると、私達の方に綺麗な赤い眼を向けて来た。
「さて、んじゃ全員かかってこい。あ、魔法は無しな」
その言葉に心臓がドクンと高鳴る。
高鳴った鼓動を隠すように背中の鞘から短剣を抜き、身を低くしながら突っ込み、美琴の首を狙う。
しかし、剣脊を手の甲で弾かれ、軌道が変わってしまう。
(っ!?)
短剣に体重を乗せ、体を跳ねりながら横腹に蹴りを入れようとするが、その足を手の平で止められ、そのまま下に落とされた。
その痛みと体制で、すぐには攻撃が出来ない。
そんな私を援護するように、雷牙と琴乃が突っ込んで来たけど、雷牙の拳もいなされ腕を掴まれ、その雷牙の肘が下に向くように美琴は掴んだ腕を捻った。
「っ!!」
美琴が腕を折る気だと分かり、すぐさま短剣を振ろうとするが、右腕の違和感のせいで短剣の狙いが定まらず、美琴の前髪を切っただけだった。
(なん、で!?)
困惑している美琴と私の間に琴乃が割り込み、素早い剣速で美琴を斬りつけようとするが、美琴には攻撃は届かず、美琴は雷牙の腕を離してその場から一気に離れた。
その離れた美琴をお姉ちゃんがこの前とは比べ物にならないほどの鋭い矢を放つけど、その矢が美琴の頭を貫く寸前で避けられ、美琴の後ろにある木を数本貫いた。
「へぇ、なかなかやるじゃねえか」
美琴は私たちの攻撃を全く気にも止めずに楽しそうな笑みを浮かべると、私たちの方に急に歩いてくる。
その笑みに体が反応し、体が短剣を身構えるが、何故か美琴からは敵意というか、ゾッとするような空気が感じなくなった。
「とりあえず辞めだ。武器下ろせ」
「なんで!?」
その言葉に体がカッと熱くなり、その意味が分からない怒りに振り回されるように風が身体を纏い、美琴の腹を狙う。
すると、鈍い音が聞こえた。
ふと我に帰ると、自分が持っていた短剣は赤く染まっており、頭の上に生暖かいものがかかった。
「なん、で?」
「そういう、とこだ」
口から血を流しながらも苦しそうに笑う美琴を見て、短剣を手放してしまう。
「ぐっ!」
美琴は腹に刺さった短剣に手をかけると、苦しそうな声を出しながらゆっくりとその短剣を引き抜いた。
ぼたぼたと血を流す美琴は、その傷口を左手で抑えながら短剣を私の足元に向かって投げ、その短剣は地面に突き刺さった。
「と、とりあえず紬、布持って来てくれ。臓物が出る」
「おう、持って来たぞ」
急に私達の後ろから声が聞こえ、そっちを振り向くと、そこには白い布を大量に持った紬が立っていた。
「とりあえず向こう向け」
紬の言葉に美琴は素直に従い、背中を私達の方に向けると、真琴の腹あたりに布を巻き始めた。
「おし、いいぞ」
「・・・すまん」
布を赤く染めた美琴は紬の肩に捕まり、苦しそうに社の裏にあった縁側に座ると、地面に俯いてしまう。
「お主らも座れ」
ドクンドクンと高鳴る鼓動を隠すように、血が垂れる地面に刺さった短剣を引き抜き、紬の言う通りに縁側に座る。
私が座ると、暗い顔をしたお姉ちゃん達も縁側に座った。
それからうるさい鼓動と、頭にかかった生暖かい血の気持ち悪さをずっと感じていると、美琴の腹から白い煙が上がり始め、私の頭の上の気持ち悪い血の感覚も無くなり始めた。
「さて、痛みも和らいだし、話を始めるぞ」
美琴はさっきまで苦しがっていたのに、痛みが和らいだ途端、自分が刺されていなかったかの様に平然と立ち上がり、話をし始めた。
「まずちっこいの、おめぇ右腕を最近斬られたな」
その言葉を聞いた途端、熱かったはずの心臓には冷たい血の様な感触が流れ始めた。
そんな気持ち悪い感覚を感じていると、いつのまにか、美琴が私の前に立っていた。
美琴の腕が私の顔に向かって来るのが見え、体が反射的に反応して顔を守る。
けれど美琴は私の右腕を掴むと、肘の少し上らへんを優しく揉み始めた。
すると、腕にあった違和感が少しだけマシになった。
「違和感を感じたらとりあえず揉んでろ。一週間もすれば治る」
優しく私の腕を揉んでくれる美琴の姿は、何故かとても大きく、優しく見えた。
「金ピカも足を揉んでおけよ。その違和感は早く治さないと大変なことになるからな」
美琴は私の腕から手を離して私の頭に軽く手を置いてから、次は琴乃の前に行った。
「ありゃ舞か?」
「っ!?お、教える筋合いはありません」
「嘘が下手だな」
美琴は呆れ声を出しながら笑い、琴乃の頭をくしゃくしゃと撫でると、琴乃は複雑そうな顔を美琴に向けた。
「剣技は文句無しだ。だが、攻撃までが遅い」
「いえ、これはもともと舞なので、人に向けるものではありません」
「真面目か。そんな事言ってたらなんも守れねえぞ」
その言葉を琴乃は噛みしめるように聞くと、右拳を強く握りしめた。
そんな琴乃の顔を見た美琴は、最後に頭を軽く撫でて手を離すと、私たち全員を視界に入れるように後ろに下がった。
「で、私が最後に言いたい事はな、お前ら全員守り人に向いてねぇ」
突然そんな事を言い出し、その言葉には正直イラッとした。
しかしそんな気持ちとは別に、自分にも思い当たる節があった。
「ちっこいのは自分で分かったな。他の奴らは分かるか?」
「もしかして・・躊躇いがある、とかですか?」
少し不安げに答えるお姉ちゃんに、美琴は両腕を組んで頷いた。
「そうだ。ちっこいのは右手に違和感があったとはいえ、本気でやれば私の腕くらいは持ってけてたし、灰色も金ピカも同様だ。そして赤色は私が違和感に気づく前に矢を放っていれば私は死んでいたぞ」
その話は黙って聞き入れるしか無いほど正論だった。
もしあの時、蹴りをせずに肘を壊そうとすれば、いくらでも壊せた。
けど、頭がそう行動することを拒んだ。
「それが私が言う、お前らは守り人に向いてねぇ理由だ」
その言葉に頭がまた熱くなって行くが、手に爪を押し当て、頭を少し冷やす。
そうしていると、美琴は冷たい眼をこちらに向けて来た。
「まぁ、それを次に生かすかこれで辞めるかはゆっくり決めろ」
「あー、美琴。すまんが此奴らにお主と戦わせた理由、まだ言ってないんじゃが」
紬の言葉に美琴は顔を固め、髪をわしゃわしゃと掻きむしり始めた。
「えぇっとつまり、私はただ一人でカッコつけてた、って事か?」
「ちと違う気もするが、まぁ、そんなとこじゃろうな」
紬の言葉に美琴は急激に顔を赤くさせていき、ふらふらとした足取りで、森の中に入って行った。
その美琴のよく分からない行動に、紬はため息をついた。
「とりあえずお主らからしたらちんぷんかんぷんやと思うけ、一から説明するわ」
紬はそう言うと、落ちていた木の枝を使って地面に図を描き始める。
「まずお主らはクレアの試練に失格したじゃろ。そのせいで、今お主らは守られる不死と守る不死の中間地点におる」
紬は地面にガリガリと四角い図を描き、それを枝で半分に仕切りながら説明をして行く。
「そいで美琴はクレアの試練を失敗した奴に、そのどちらになるかを決める奴じゃ。まぁ、彼奴は優し過ぎるけ、さっきみたいに自分らで決めろと絶対に言うんじゃがな」
少し笑っていた紬だったけど、私達に木の枝を指すとその顔が鋭くなり、紬から出る圧が肌にぶつかる。
「して、お主らはどうする?守り人を続けるか、ここで辞めるか。今決めろ」
「「「続けます!」」」
「続ける!」
紬の答えに間髪入れず答えると、全員の声と答えが重なってしまった。
そんな偶然に紬は圧を消しながら笑い、森に向かって持っていた木の枝の原型が無くなる勢いで投げた。
紬はそんな意味不明な行動をとると、紬はこっちに優しい笑みを向けて来た。
「おし、お主らの答えは分かった。じゃが口だけでは意味がない。そんな訳で、ここでお主らは修行せい」
「修行、ですか」
琴乃がなにかを懐かしむような声を出すと、茂みから音がした。
そちらに目を急いで向けると、茂みから頭に数枚の葉を乗せた美琴が出てきていた。
「んで、紬。話は聞こえてたが、こいつらを無償で修行させるにはある程度の報酬がいるよな?」
ニマニマと笑みを浮かべる美琴に、紬はため息を吐くと、袖から白い箱みたいな物を取り出した。
紬はそれを開いて何かを弄ると、プルルルルという変な音が聞こえ始め、紬は開いたその箱の様な物の下側を口元に持っていった。
「紬さん?何かありました?」
その声を聞いて頭の奥が熱くなる。
その声の主は・・・クレア。
私達をなんの躊躇いもなく殺し、お兄ちゃんと私たちを引き離した張本人の声。
「急ですまんが、西の神社に来てくれ」
「あっ、分かりました」
クレアは紬に要件も聞かずに返事を返すと、プッと音が聞こえ、箱からはクレアの声が聞こえなくなった。
そのクレアの声に不快感を覚えてしまうけど、紬が持っている見たことがないものに興味が出てしまう。
「なにそれ?」
「んっ、これか?」
好奇心に身を任せて紬にそう聞いてみると、その白い箱の様な物を紬は私に見せて来てくれた。
「これはケータイという科の国の装置じゃ。これがあるおかげで遠くに声が届くけ、わざわざそこに行かんでも済む」
紬は少し自慢げに言いながら、そのケータイと言われるものを閉じ、袖の中に直した。
そんな物があるんだと思いながら少しの間、揺れる木々を見ていると、急に森のざわめきが激しくなった。
そして一筋の光が森の中から見えると、紬の前にクレアがいつの間にか立っていた。
「何か御用ですか?」
「さっそくですまんが、美琴と戦ってくれ」
紬の話を聞いたクレアは心底嫌そうな顔をすると、ものすごく重たいため息を吐いた。
「なんでそんなめんどくさいことを」
「此奴らが守り人を続けると言ったからじゃよ」
その話を聞いてかクレアはこちらをじっと見始めた。
そのせいで斬られた右腕が疼くのを感じるけど、気迫では負けまいと、クレアを睨み返す。
そうするとクレアはあそこにいた時とは考えられない、とても優しい笑みを浮かべた。
「まだ恐怖はありますけど、たしかに強くなりますね」
「じゃろ?」
紬達は何かよく分からない話をしていると、クレアは手の平を上にして眼をつぶると、私の頭を貫いた、半透明な劔がその手の上に現れた。
「さて、ちょっと今忙しいのでさっさと終わらせましょう」
「お前がさっさと負けないようにしろよ?」
「待て待て!お主ら本気でやるなよ?神器の力は無し。魔法も一個までじゃ」
紬の言葉に2人は頷くと、無言のままお互いの距離を離す。
「お主ら、ちゃんと見ておけよ。これがお主らが目指す者達じゃ」
その言葉に合わせて辺りの空気が乾くと、鼓動の音が聞こえなくなり、体に汗が滲む。
「んじゃ、はじめ」
その開戦の合図と共にすさまじい音が辺りに響いた。
眼に映ったのは笑みを浮かべてクレアを殴り殺そうとする美琴と、それらをさばき、伸びる腕を避けながら反撃するクレアだった。
その速すぎる攻防を見ていると、美琴の上から光の剣が降った。
しかし、美琴はクレアの腹めがけ蹴りを入れて吹っ飛ばし、クレアに追撃する事で魔法から身を守りながら攻撃を続ける。
その蹴りは釼で防がれてはいたが、体制を崩したクレアに容赦なく美琴は右の突きを撃つ。
クレアは地面から砂が舞うほどの威力の突きを間一髪の所で躱して体に光を纏うと、美琴から一気に距離を離し、今度はクレアが攻めに転じた。
眼で追えないほど速い動きで美琴を翻弄し、美琴の背中や肩を斬りつける。
けど、なぜ私たちと戦った時のように腕や足を狙わないのかが理解が出来なかった。
そんな事を思っていると美琴は体をぐらりと動かし、クレアの目にも止まらない攻撃に合わせ、釼を蹴り上げた。
「っう!?」
クレアは釼を離さないよう体を回すが、その隙に美琴はクレアの腹あたりに抱きつき、ミシッと生々しい音が響いた。
美琴はクレアを絞め殺そうとしているのだと分かった
瞬間、肉を貫いた音が辺りに響いた。
眼に映ったのは、光の槍がクレアの背を貫き、その槍の先端は美琴の首を貫いていた。
その光の槍が消えると、美琴は喉から血を大量に流し、その腕を緩めてしまう。
「ごぼっ!!」
その隙を突いてクレアは美琴の顎に膝を入れるが、それは悪手だった。
その攻撃に耐えた美琴は、空中で避けれないクレアに腰が入った蹴りを放つ。
クレアは左腕で蹴りを防ごうとするが、クレアはそのまま吹き飛ばされ、その防いだ腕は限界を留めていないほどぐちゃぐちゃに折れていた。
口から血を吐き出しながらも、クレアは余った足と釼で勢いを殺すと、右腕を喉を抑える美琴に向けた。
すると美琴の四肢に鎖が巻き付くと、その鎖の上から劔や槍が降り注ぎ、美琴の四肢を固定する。
「っ!!」
クレアは体に光を纏い、肉を抉りながらも無理やり動こうとする美琴の首に釼を当てた。
「わだじの・・・かぢです」
「ほい、それまで」
紬の合図に合わせて、美琴に刺さっていた剣などが消え、美琴とクレアはほぼ同時に膝を地面に着いた。
すると突然、クレアが持っていた劔が急に光を放ち、その暖かな光が2人を包むと、その2人の傷が瞬く間に癒え、何事も無かったように2人は起き上がった。
「これで私の3勝2敗です」
「あぁ!クッソ負けた!」
さっきまで殺しあっていた2人が、仲が良さそうな会話をしている事に恐怖を覚えてしまった。
そんな恐怖を隠すように、爪を手の平に食い込ませていると、紬がこちらに振り向いた。
「お主ら、これが今の守り人の力じゃ」
そんな言葉を聞き、戦慄する。
私はこの人たちとどのくらい離れているかが、明確に分かったから。
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「終わった〜」
そんな声を悠人が漏らすと、ペンを置いて椅子から立ち上がり、体を伸ばして気持ちよさそうに唸る。
「おつかれさん」
そんな労いと笑みを悠人に向けると、悠人はその顔に幼い笑みを浮かべた。
悠人だけがクレアの試験を合格したと聞いた時はかなり驚いたが、クレアが問題無しだという事を素直に信用し、ちょっとした契約書を書かせていた。
そんな事を思い出しながら、今の時間を確認しようと机の中にある時計を見ると、いつのまにか夜の8時を過ぎていた。
それに驚いていると、悠人が少し不安そうな顔をこちらに向けて来ている事に気が付いた。
「大和さん、僕、これからどうしたら良いですか?」
「とりあえず今から陽毬を呼ぶから、そいつに食堂に案内して貰え」
大和は私の言葉に少し表情を曇らせた。
そに疑問を感じながらも机の中にある赤い宝石に類似した通信魔道具を取り出し、それを使って陽毬に合図を送る。
ふと、悠人の顔を見ると、不安そうな顔はいつのまにか何か疑問を抱えているような感情を持っていた。
「どうした?何か気になることでもあるか?」
「あ、顔に出てました?すみません!」
悠人は謝りながら頭を下げてくる。
そんな気を使っているような悠人を見て、胸の中に不快な気持ちが生まれてしまうが、一息吐いて心を落ち着かせる。
「いや大丈夫だ。なにか気になる事があるんだったらなんでも聞いてくれ」
悠人が怖がらないように作った気さくな笑みを悠人に向けると、悠人も顔を明るくさせてその顔に笑みを浮かべた。
「皆さんの名前に苗字って無いんですか?」
そんな何気ない質問の内容を聞いて心臓の鼓動が跳ね上がり、顔から血の気が一気に引いてしまった。
「どうかしました?」
「いや・・・危ねぇって思っただけだ」
「えっ?どうしてですか?」
なぜかグイグイくる悠人を見て、これは危ういなと思い、何かトラブルが起こらない様に本当の事を話して行く。
「私たちには苗字、もとい本名はあった。けど捨てたんだ。だから周りに名前に関しては質問すんなよ」
しょうがないと思いながら悠人に本当の事を話すと、悠人の顔は一気に青ざめ、物凄い速さでその場に土下座をした。
「ほんとすみませんでした!」
「いやそこまでしろとは言ってないから取り敢えず頭上げろって!」
悠人に顔を上げさせようと椅子から急いで立ち上がるが、椅子から立ち上がった瞬間、腰から嫌な音がなり、机に両腕を付いてしまう。
(いってぇぇぇ!!)
その痛みで、自分が軽率な行動をしてしまったと後悔してしまう。
(8時間も座ってた・・・からか?)
「お待たせしました、大和様」
自分の行動に強く後悔していると、扉がゆっくりと開き、短い茶髪の髪をきっちり整えた陽毬が入ってきたが、私たちの様子を見ると、黒紫色の独特な眼を丸くさせた。
「どういう、状況ですか?」
「腰・・・やった」
「はぁ、だから言いましたよね、一時間起きに立つ事が大事だと」
そんな呆れた声を出しながらも、陽毬は私の隣に来てくれ、腰を摩ってくれる。
「さ、サンキュ」
そのお陰で腰が暖かくなり、取り敢えずは腰を動かせるほどには痛みが和らいだ。
腰をゆっくりと伸ばし、まだ少し痛い筋肉を伸ばしていると、今だに土下座を続けていた悠人の姿が眼に映った。
「いや悠人、そろそろ頭を上げろよ」
「いや、ほんと、すみませんでした」
悠人はゆっくりとその場に立ち上がるが、また頭を下げてそのまま頭をあげない。
その行動には、正直めんどくさいと思ってしまった。
「とりあえず陽毬、食堂に案内して適当になんか食わせてくれ。後、寝床の案内もな」
「かしこまりました」
私の言葉に陽毬は綺麗に頭を下げて頭を下げている悠人の手を取ると、悠人をエスコートするように部屋の外に行ってしまった。
それを見届けて、一息吐く。
「ふぅ。そろそろ行くか」
腰をもう一度伸ばし、部屋の電気を消してから廊下に出る。
そして歴史の間へ向かうために階段をしばらく降りる。
「さて、どこだったかな?」
しばらく階段を降りて一階に着き、白い壁に手を当てながら移動して入り口を探していると、一部分だけ、何か違う感触を感じた。
「ここか」
そこの壁を壊す勢いで押すと、腕が吸い込まれるように壁に入っていった。
それを確認し、壁の中に自分自身も入ると、白く眩しい光が私の顔を照らした。
その光に眼が慣れると、珍しく入り口の近くに座っている、白いワンピースを着た真白が『少年の願い』と書かれた本を読んでいた。
「やっと来た」
「すまん、遅れた」
呆れ声を出す真白に謝ると、真白は本をそっと閉じ、椅子から立ち上がる。
そして手の平を上にすると、上から1枚の紙がゆっくりと落ちて来ると、真白はそれを掴み、私に差し出して来てくれる。
「はい。悠人ちゃんの出来る限り分かる魔法の効果と名前」
「ありがとう」
その紙を受け取り、書かれた事をざっと読むと、悠人の魔法は極めて異例だった。
「蝿を生み出す魔法か。こんなの見たことねえぞ」
「うん、私も見たこと無い。後、下の方も見てね」
真白の言葉に従い、その紙の下の文章を読むと、さらに興味深い物が目に入った。
「不治の・・・魔法」
「まぁ、私たちとったら治りにくいだけだけどね」
その文を見て、悠人の事をあまり甘く見ないほうがいいかもしれない。
そんな考えが頭の中に生まれてしまう。
「まぁ、ありがとな。いつも助かってる」
「うんん、大和ちゃんに私は何度も助けて貰ったから」
真白はそんな事ないと言いたげに首を横に振ると、綺麗な笑顔を私に向けてくれるが、その笑顔を見ると、胸が痛み、自分を嫌悪をする気持ちが生まれてしまう。
そんな気持ちを紛らわすために、紙に目を移して下の方を読んでいると、少し笑ってしまう事を見つけてしまった。
「なぁ真白」
「なぁに?」
「『冥界の蝿』ってなんなんだ?」
半ば笑いながら真白にそう聞いてみると、真白は顔を少し赤くさせ、恥ずかしがるように顔を尖らせた。
「別にいいじゃん・・・かっこいいでしょ?」
「いや、かっこいいけどさ、なんか・・・なぁ」
私の言葉に真白はさらに顔を赤くさせ、後ろにあった椅子に勢いよく座り、本を読み始めた。
「早く帰って、大和ちゃん!」
「あ、ああ」
少し笑いながら出口に向かうが、出口から出る前に後ろを振り向き、もう一度真白の顔を見つめる。
「ありがとな」
「・・・どういたしまして。」
真白は私の顔を見ずにそう返事をする。
そんな真白に笑みを浮かべてから歴史の間から出ると、涼しい夜風が私に当たった。
そして窓から空を見上げると、雲がない空には三日月が浮かんでいた。
「・・・月は良いなぁ」
その月を見て笑みを浮かべると、今日も頑張るぞという気持ちが心の中に生まれる。
その気持ちが無くならない内に、自分の仕事場に急いで足を運んだ。




