第18章 年齢
「ふわぁ〜」
何もすることがなさ過ぎて、口から欠伸が漏れてしまう。
あれからみんなは修行を始めた。
雷牙さんと姉ちゃんは魔法を体に纏うことが出来ないらしく、ずっと広場の隅で坐禅を組んでいる。
ゆいと琴乃さんは魔法のコントロールをするために、枝を二本並べて風で作った剣で片方は斬って片方は斬らないようにする訓練をしているらしい。
眼を雷牙さん達に向けると、姉ちゃんは静かに坐禅を組んでいるけど、雷牙さんは落ち着かないらしく、何度も体を動かして座っては立ったを繰り返している。
今度はゆい達の方に眼を向けると、ゆいは両方の木の枝を斬ってしまう事がほとんどで、琴乃さんは両方とも斬れないらしい。
「はぁ」
僕はと言うと、魔法が使えない所為でずっと隅っこに立って、みんなの様子を眺めている事しか出来ない。
そうしていると、横に人の気配を感じた。
「暇そうですね」
「わっ!?」
急に隣に現れたクレアさんの声に驚きながらもそちらに視界を向けてみると、そこにはクレアさんも少し退屈そうな顔をして僕の隣に立っていた。
「そう、ですね」
僕がそう答えると会話はそれで終わってしまい、気まずい空気が辺りに流れ始める。
「え、えっと」
気まずい空気から逃げる様に、急いで別の話題を出そうとする。
けれど話題が全然出て来ずに必死に頭を回していると、1つだけ思う所を見つけた。
「く、クレアさんって守り人なんですよね?」
「そうですよ」
「大変・・・ですね」
その言葉にクレアさんは目を見開き、その異なる色の瞳が僕を下から覗き込んで来た。
その瞳を見て少し驚いていると、クレアさんは優しい微笑みを僕に向けて来てくれた。
「悠人さんって変わってますね」
クレアさんはその2つの眼を閉じると、昔を懐かしむように、霧で見えない青空を見上げた。
「私はですね、かれこれ50年くらい守り人やってるんですよ」
「50年!?」
そんな驚きの声を上げると、クレアさんは僕の顔を下から覗き込み、可愛らしく微笑んでくれた。
「はい、その50年間で大変、だとか大丈夫?とか言ってくれたのは、貴方を合わせて7人しか居ませんよ」
「それって結構居ませんか?」
「50年でどれだけの人と会うと思ってるんですか。その中で7人は少ないんですよね」
その言葉には人生を長く体験した人にしか分からな様な重みが含まれていた。
そんか重みに遠い懐かしさを覚えていると、またも気になることがあってしまった。
「失礼かもですけど、クレアさんって結構歳いってるんですね」
「えぇ、これでも僕はかなりおじいちゃんなんですよ」
へーそうなんだと納得していると、ふと、クレアさんの言葉の一部分が頭に強く引っかかった。
「えっと・・・おじい、ちゃん?」
「あっ、言ってませんでしたね。僕は不死の国唯一の男ですよ」
「・・・えぇぇぇ!!!??」
僕の大きな叫び声は霧が立ち篭める辺りに力強く響き渡った。
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「出来た!」
片方の木の枝は切れ、もう片方の枝は切れてない。
それに遅れて気が付くと、心からの喜びの声が口から漏れてしまうと同時に、作っていた風の短剣が空に解けるように消えてしまった。
横に居る琴乃に自慢しようと、琴乃に向かって精一杯の笑みを浮かべると、琴乃も静かに笑みを浮かべ、並べている木の枝に風で作った刀を振るう。
すると風の刃は片方の木の枝はすり抜け、もう片方の木の枝を真っ二つに切ってしまった。
「うざい」
「そっちこそ!」
私の笑みに琴乃も笑みを浮かべると、辺りの風が静かに騒めくのを感じた。
「おぉ、二人とももう出来たんですね」
後ろから急に声が聞こえ、すぐさま後ろを振り向くと、そこにはクレアが立っており、戦慄してしまう。
だってクレアの存在に、声を掛けられるまで一切気が付かなったから。
それに気付けなかった悔しさか、クレアの異質さかは分からないけど、体が警戒を解いてくれない。
「そんな身構えないで下さいって。取り敢えずそれが出来たのでしたら、次の訓練をしましょう」
そんな私を無視する様にクレアは微笑み、私より小さい手を合わせてじっとりとこちらを眺め始めた。
それに気持ち悪さを感じていると、クレアは二つの変な色をした眼もこちらに向けて来た。
「では、お二人とも魔法を体に纏って下さい」
首を傾げながらも、言われるがままに魔法を体に纏うと、自分の周りのある風がやけに静かなことに気がついた。
その突然の変化に疑問を感じていると、クレアは大人っぽい笑顔をこちらに向けて来た。
「想像で作る魔法はですね、自分に無害な物と敵を傷つける有害な物が有ります。さっきの訓練はそれをしっかり分別する訓練でした。だから今、貴方達の周りの風は自分にとっては全て追い風になっています」
その話を噛み砕いて自分が少しでも強くなったんだと理解すると、気分が少し高揚してくる。
けれどそんな私とは裏腹に、琴乃は何故か暗い顔をしていた。
「すみません、質問があります」
「はい、何ですか?」
「俺の方がゆいより風が弱いのですが、何故でしょう?」
少し心配そうに聞く琴乃にクレアは少し困ったような顔をした。
言われてみれば、琴乃の周りに漂う風は私より荒く、安定していないようだった。
「えっとですね、それは琴乃さんの魔法が体に纏うのが苦手なんですよね」
「では、俺はゆいより弱いという事ですか?」
「いえいえ、そういう訳じゃありません。琴乃さんは刀に風を纏うことは出来ますか?」
「・・・?はい」
琴乃はクレアの言葉に合わせて刀を鞘から引き抜き、抜いた刀に風を纏わせると、それは私に纏っている風よりも静かで、それに触れたくないと強く感じる様な風だった。
「魔法はですね、自分にとって得意な事が必ずあるんです。だから1つが劣っているからといって、全てが劣るわけではないんですよ」
クレアの言葉に琴乃は安堵の息を漏らすと、またクレアは気持ち悪い微笑みをその顔に浮かべた。
「話を戻しますね。今からの修行はですね、貴方達で戦ってもらいます」
戦いと聞いて気分が高揚してくるそのクレアの話には引っかかる所があった。
「貴方達で?」
「そうです。ゆいさんと・・・えっと、お名前、なんでしてたっけ?」
「琴乃です」
「ありがとうございます。今からは琴乃さんとゆいさんで戦って貰います。あっ、殺し合いの方ではなく、ため試合の方ですよ」
そんなどうでもいい言葉に合わせてすぐに短剣を背中に背負った鞘から引き抜き、琴乃から数歩離れる。
前々から琴乃とは戦ってみたいと思っていたから、今から戦えると思うと心が踊る様な気分だ。
「あっ、でも魔法は二人とも持続させたままでお願いします」
クレアの言葉に頷き、琴乃をしっかり目で捉えると、琴乃も静かに刀を構えていた。
「では、始め!」
その合図に合わせて地面を強く蹴り、身を低くしながら琴乃に向かって突っ込んだ。
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「えっと、ゆいさんのお姉さん」
少女の様な声がし、それに反応する様に眼を開けると、しゃがんで私と同じ目線になっているクレアさんが、私の前にいつの間にか立っていた。
「えっと、雅です」
「雅さんですね、覚えました。それでですね、その弓を貸して貰って良いですか?」
「・・・どうぞ。」
急に神器を貸してくれと言われ少し驚いてしまうけど、断る理由も無いため、布の上に置いている弓をクレアさんに手渡す。
「ありがとうございます」
クレアさんは私に頭を軽く下げると、その弓を構え、弦を何度も引こうとするけど、クレアさんは弦を全く引けなかった。
それを8度くらい繰り返すと、クレアさんは大きなため息をつき、弦を引くのを諦めた。
「これ、一体どのくらいの重さがあるんですか?」
「詳しくは分かりませんけど、多分五俵くらいですね」
「「五俵!!?」」
クレアさんと隣にいた雷牙さんが耳を塞ぎたくなるほどの大声で叫び、頭の上に付いた耳を両手で押さえると、失礼だけど心の中に不快感を感じてしまう。
「えっ、五俵ってヤバくね?私は一俵が限界だったぞ!」
「300キロって・・考えたく無いですね」
何をそんなに驚いているのかと考えていると、クレアさんが神器を私の前に差し出してきた。
「ありがとうございました」
「いえ」
クレアさんに頭を下げて差し出された私の神器を受け取り、布の上に短弓をそっと戻すと、ふっと疑問が頭の中に思い浮かんだ。
「あの、ふと思ったんですけど良いですか?」
「はい、なんですか?」
クレアさんに質問の許可をもらい、自分が気になった事を聞いてみる。
「例えばゆいの神器を私が持ったとして、その神器の力を私は使えるのですか?」
「それは多分無理ですね。神器に意思はありませんけど、心は有るんです。だから条件に沿った人じゃないと力を貸してくれないんですよね。多分ですが、ゆいさんの神器は風の魔法を使う不死じゃないと力を貸してくれないと思います」
その答えに少し残念がっていると、クレアさんが私の顔を覗き込むように見ている事に気が付いた。
「さて、話を戻しますけど、魔法を体に纏う事は出来ましたか?」
何気ないクレアさんの言葉に心臓がドクンと高鳴ってしまい、顔が引きつってしまう。
「まだ・・・ですね」
「私はできないな」
引き気味に話す私を置いて、雷牙さんは愚痴るようにクレアさんに話すと、クレアさんの異なる2つの色の眼が雷牙さんの方に向いた。
「なにが分からないとか分かります?」
「んー、多分だけどよ、雷を体に纏うって想像でき無いんだよな」
雷牙さんの答えは私と同じものだった。
魔法は朧な想像だと発動してくれない。
その火の熱さ、燃える臭い、火が弾ける音、それら全てを頭の中に組み込まないと魔法は発動しない。
だから魔法を使うためには自分が一度燃えみないといけないのかも知れない。
「まぁ、言われてみればそうですね。風なら何となく分かりますけど電気は難しいですね」
クレアさんは顎に手を当て、唸る様にその小さな首を傾げると、何かを思い付いた明るい顔をし、雷牙さんにまた眼を向けた。
「魔法使えるって言ってましたよね。ちょっとそれを見せて下さい」
「んっ、分かった」
クレアさんの言葉に雷牙さんは頷き、その場に立ち上がって右手に小手をはめて目をつぶると、右腕にバチバチと光る紫色の光が現れ始めた。
「落雷、ですか?」
クレアさんの漏らすような言葉に、雷牙さんは顔を暗くさせながら静かに頷いた。
「多分・・・な」
「じゃあですね、その電気を少し弱めて下さい」
「おう」
クレアさんの言葉に雷牙さんは目を細めてさらに集中する様な仕草を見せると、雷牙さんの右手に纏う光と音が少しだけ弱まった。
その辺りを照らす様な光に見惚れていると、クレアさんはその腕を雷牙さんに向けて、なんの躊躇もなく押した。
「なっ!?」
その腕が雷牙さんの肩に当たった瞬間、雷牙さんは不自然な形で硬直し、体が小刻みに震え始める。
「雷牙さん!?」
私がその手を急いで掴もうとするが、クレアさんは伸ばした私の手を叩き、雷牙さんの小手をなんの躊躇もなく掴むと、無理やりその手を雷牙さんから離した。
そうすると、雷牙さんは膝から崩れ落ちて地面に尻餅を付いた。
「ハァッ、ハァッ、な、何すんだよお前!」
「この方が覚えやすいと思っただけですよ」
悪気なく話すクレアさんを雷牙さんは鋭く睨むが、クレアさんは本当に悪気が無いのか、笑みを浮かべたまま居る。
「とりあえずやってみて下さい。感電したんですからきっと出来ますよ」
雷牙さんはクレアさんを睨みながら眼を細めると、雷牙さんの体の周りを紫色の光が弾け始める。
その綺麗な光を見ていると、雷牙さんは私に少し退がれと手で表現した。
それを疑問に思いながらも後ろへお尻を動かしていると、クレアさんは明るい笑顔を雷牙さんに向けた。
「ほら、できましたね」
「お前なぁ」
雷牙さんも気さくな笑みを浮かべながらため息を吐き、その場にゆっくりと立ち上がった次の瞬間、激しい音が耳の奥を叩いた。
音のせいで目を閉じてしまうが、片目だけを強引に開けて周りを見てみると、はるか遠くに吹き飛んだクレアさんと、何かを殴った様な構えをした雷牙さんが見えた。
「あー、ジヌかとおぼった」
痛む耳にそんな聞き取りずらい声が聞こえると、クレアさんは平然と体を起こしたけど、その顔を見て、頭の奥がカッと熱くなった。
クレアさんの左頬からは赤い肉と白い歯が見えており、肉が焼けた蒸せ返るような臭いが辺りに広がっていた。
「いだいなぁ」
肉が焦げる様な臭いに気持ち悪さを感じていると、クレアさんは自分の傷口に小さな手を当てた。
するとその傷口から白い煙が大量に吹き出して肉が唸るように動くと、その傷は綺麗に閉じ、クレアさんは何事も無かったように雷牙さんに笑顔を向けた。
「雷牙さん、満足してくれました?」
「あぁ・・・満足したよ」
その光景に困惑してしまう。
どうしてこの2人は、傷付いたのにこんなにも平然で居られるのだろうか。
「えっ、クレアさん大丈夫ですか?」
悠人の声が聞こえそちらを見ると、地面に倒れているクレアさんに手を差し伸べている悠人の姿が見えた。
「ありがとうございます」
クレアさんは悠人の差し出された手を取り、ゆっくりと立ち上がると、私の顔をじっと見つめ始めた。
その不気味さに押され、弓を取って立ち上がる。
「あぅ、何もしませんのでご安心を」
そんな私を落ち着かせるような綺麗な声は、前からでは無く、私の横から聞こえた。
急いで首をそちらに向けると、雷牙さんの前にクレアさんはいつの間にか立っていた。
そのせいで汗が額に吹き出てしまうが、クレアさんはさっき言った通りに何もせず、ゆい達が修行をしている方を指差した。
「雷牙さん、琴乃さんと変わってゆいさんと遊んでて下さい」
「遊ぶ?」
「はい」
クレアさんが指差した方を見てみると、ゆいと琴乃さんは共に笑みを浮かべながら、激しく打ち合っていたけれど、違和感に気付く。
鋼同士がぶつかり合う音がしない。
「え、音が」
自分の耳がおかしくなったのかと思い、頭の上の耳を触るが、こそばゆい感覚が走るだけでそれ以外はなんの異常も無い。
「魔法ですよ。今から解除しますね」
クレアさんが私の疑問に答える様にそう呟いて指を鳴らすと、激しく鋼がぶつかり合う音が耳の奥を叩き始めた。
「音を隠す、魔法ですか?」
「違いますよ」
なら、とクレアさんに質問しようとした瞬間、クレアさんは視界から瞬きした瞬間に消えた。
そしてゆい達の方から一際大きな音が聞こえると、2つの硬いものが地面に落ちる音がした。
「一旦終了です。琴乃さんは私について来て下さい」
「・・・じゃあ私は何をしてればいいの?」
戦いに魔を刺されたのが気に障ったのか、ゆいは不機嫌そうな声を漏らすが、クレアさんはにっこりと作った笑みをその顔に浮かべた。
「ゆいさんは雷牙さんと戦ってて下さい」
「分かった!」
雷牙さんと戦えると聞いたゆいは不機嫌そうな声から一転してとても明るい声を出し、可愛らしい笑みをその顔に浮かべた。
それが嬉しくなり、自分の顔に微笑みを浮かべていると、クレアさんもゆいに温かい笑みを浮かべ、琴乃さんに顔を向けた。
「では琴乃さん、行きましょうか」
クレアさんは琴乃さんの名前を呼ぶと、琴乃さんは刀を拾い、刀身を肘で少し拭いてから刀を黒い鞘に収めた。
それを見てか隣にいた雷牙さんはゆいの方へ向かって行く。
こっちへ来た琴乃さんが私の隣に座ると、クレアさんは両手を合わせて私達に優しく微笑んだ。
「さて、琴乃さんにこっちに来てもらった理由はですね、魔法の造形の訓練をしたいからです」
「造形?」
琴乃さんが疑問の声を上げると、それに反応するようにクレアさんは笑みを深くした。
「造形とは簡単に言えば物を作ることです。今から琴乃さん達には魔法で何かを作ってもらいます」
「その訓練は、俺に必要なものなのでしょうか?」
「はい、とっても必要ですよ。雅さん、魔法で矢を作ってみてください」
クレアさんの急に話題を振られ、少しビックリしながらも言われるがままに魔法で矢を作る。
「それを私に撃って、当たると思いますか?」
そう聞かれ、頭の中で想像する。
クレアさんとは戦った事が無いからこの人の強さがイマイチわからないけど、この人の喋り方や声色、雰囲気がクレアさんの強さを物語っているため、到底当たるとは思えなかった。
「いえ、当たらないと思います」
自分の正直な気持ちをそうぶつけると、クレアさんは嬉しそうな笑みを小さな顔に浮かべた。
「正解です。では、当てるためにはどうします?」
「確実に当たる状況を作り出す、しか無いと思います」
「はい、正解です」
「結局俺は必要なのですか?」
クレアさんの話に割り込む様に琴乃さんは不機嫌そうにそう尋ねると、クレアさんは笑みを浮かべたまま、琴乃さんの方をじっとりと眺め始めた。
「えぇ。だって琴乃さん、これ覚えないとゆいさんに負けますよ」
クレアさんの何気ない言葉に、琴乃さんの辺りの空気が一気に暗いものに変わってしまった。
「貴方とゆいさんが渡り合えたのは、貴方の方が技量が優れていたからです。けど、ゆいさんはこのまま行けば貴方以上の技量を身に付けます。そうすると貴方は手も足も出なくなりますよ」
クレアさんの話に琴乃さんは心当たりがあるのか、厳しい顔をしたまま、話を聞いていた。
「だから、貴方を成長させる為に造形は必要なんです。・・・分かりましたか?」
「・・・はい、痛いほど分かりました」
右手を握りしめている琴乃さんの姿を見て、それが悔しがっているのだと分かってしまう。
そんな琴乃さんにおこがましいと思うけど、何か言葉を投げかけようとするが、そんな私を待たずにクレアさんは話を続けて行く。
「なら良いです。では、早速造形のトレーニングを始めましょう」
クレアさんはとれーにんぐという聞きなれない言葉を使いながら淡々と話を進め始める。
「初めて造形をする際にはですね、まずどのような形を作るか決めます。けれど、その形を実戦で想像する事はかなり難しい事ですから、その形に名前を付けてやって下さい」
「名前?」
「とりあえずやってみますね、『禁足の鎖』」
クレアさんは小さな手の平を上にしてそう唱えると、足元から眩しい光を纏った鎖がクレアさんの体に軽く巻きついた。
(わぁ・・・」
そんな綺麗な鎖を右手でそっと触ろうとすると、私の手を避ける様に鎖が動き、私の右手に軽く巻き付き、鎖の冷たい感覚が皮膚に感じ始めた。
「とまぁこのように、名前と形を結び付けて行くと名前を言うだけで魔法が使えるようになります」
そんなクレアさんの話に聞き入っていると、自分が魔法を使えている所を想像してしまい、胸の鼓動が高鳴り始め、そんな理想を期待している自分がいる事に気が付いてしまった。
そんな期待をしていると、クレアさんは今日一番の作った様な笑顔を私達に向けて来た。
「じゃあ早速、形を決めて下さい」
その言葉を聞いて、私が真っ先に思い浮かんだのは炎の矢だった。
それがどうしてかは自分でも良く分からないけど、なんとなくこれが良いと思ってしまう。
「出来ました」
「おっ、早いですね。では名前を決めてください。そしたら名前を言いながら、それを永遠と作り続けるだけです」
「えっと質問なんですけど、良いですか?」
「はい、どうぞ」
クレアさんに質問の許可をもらって、私の考えを話し始める。
「矢に複数名前を付ける事は可能ですか?」
「えっと・・・どういう意味ですか?」
「それは」
「雅殿!」
クレアさんに私が考えた魔法の事を説明しようとすると、隣から琴乃さんが割って入って来て、私達の話を遮った。
耳の奥に痛みを感じながら、真剣な眼をする琴乃さんに顔を向ける。
「えっと・・・どうしました?」
「これから戦うかもしれない相手に、自分の手の内は明かさない方がいいと思います」
その話を聞いて、ハッと気が付いてしまう。
クレアさんに、自分の魔法の事を教えようとしている事に。
それに気付き、急いで口を両手で押さえると、クレアさんは少し可笑しそうに笑い、私達に背を向けた。
「まぁ、そう取られますよね。じゃあ私は見ませんのでお2人で頑張って下さい」
クレアさん呆気なく身を引くと、光速で悠人の隣に行ってしまう。
そのクレアさんの行動に少し悠人の心配しながら、琴乃さんに顔を向ける。
「ありがとうございます、琴乃さん」
「いえ・・・俺も少し失敗がありまして」
琴乃さんにお礼を言うと、琴乃さんは顔を少し赤らめながらそう言葉を漏らした。
その琴乃さんの顔は、何故かとても可愛らしく見え、その顔を見た瞬間、心音が高まってしまった。
「・・・?」
それが何故かは私が分からないけど、取り敢えず琴乃さんから視線を外し、自分が考えた魔法の造形の修行を始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あっ、クレア!」
クレアさんが訓練を切り上げて、甘ったるい花の匂いに耐えながら屋敷に帰っていると、縁側に座っている心花さんが、とても嬉しそうな声を出してこちらに小走りで寄ってくる。
「ただいまです」
心花さんは僕の前にいるクレアさんを抱きしめようとするけど、それをクレアさんは器用に避け、ため息を吐いた。
「クレアのいけず〜」
「えっと心花さん、大変申し訳ないんですけど全員分の軽食を用意してくれませんか?」
「うん、分かった」
心花さんはとても綺麗な笑顔を見せ、屋敷に帰っていってしまう。
そんな明るい心花さんを見ていると、こっちの心まで明るくなってしまう。
「心花さん、ごきげんですね」
僕の前を歩くクレアさんにそう言うけど、クレアさんは何か暗い顔をした。
「そう・・・ですね」
クレアさんはそんな一言だけ言い残し、僕の視界から消えると、クレアさんはいつの間にか屋敷の縁側に座っていた。
「そういえば姉ちゃん、ゆい、匂い大丈夫?」
「匂い?」
クレアさんがなんで不機嫌なのかを考えながら姉ちゃん達にそう聞くけど、姉ちゃんは心底不思議そうな顔をした。
「えっと、ここ花の匂いが凄く強いから、姉ちゃん達大変なんじゃないかな?って思って」
「ここの花は匂いしてないよ。お兄ちゃんこそ大丈夫?」
ゆいから真顔でそう言われ、自分がおかしいのか?と困惑してしまう。
けれどその考えとは正反対に、花の甘ったるい匂いは強さを増していく。
「取り敢えず・・・私は疲れたから・・・座らせてくれ」
花の匂いに疑問を覚えていると、雷牙さんが疲れた声を出しながら、僕とゆいの間を通って、フラフラとした足取りで屋敷に向かって歩いて行く。
「では俺も」
琴乃さんも疲れているのか、たった一言だけ言い残し、縁側に歩いて行ってしまう。
「そういえば姉ちゃんは何してたの?」
「えっと、秘密」
姉ちゃんがずっと座って何かを話していた事を思い出してからそう聞いてみるけど、姉ちゃんは顔を赤らめるだけで、はっきりとは答えてくれなかった。
「私たちも行こ」
「わっ!?」
そんな姉ちゃんの反応に首を傾げていると、ゆいから急に腕を引っ張れて転けそうになるけど、右足を踏ん張って転ばない様に気を付けながらゆいに引っ張られて行くと、何処か懐かしい屋敷の前に着き、縁側に座ったゆいの隣にそっと座ると、ゆいはとても可愛らしい笑みを浮かべてくれた。
甘ったるい花の匂いにも少し慣れて来たから、辺りの花を見ながらぼーっとしていると、心花さんが屋敷の奥からお盆にガラスのお椀をたくさん乗せてこちらにやって来るのが見えた。
「水まま、作ってきたよ」
心花さんは聞きなれない名前の料理を持って来てくれると、それをゆいに渡し、今度は僕にもてわたしてくれる。
「あっ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
心花さんは僕に綺麗な笑みを浮かべ、それに見惚れていると、横から脇腹に肘が飛んできた。
「どっ、どうしたの?」
「別に」
隣にいるゆいが何故か不機嫌になってしまい、それに不思議がっていると、ゆいの反対側に座った姉ちゃんが木で作られた箸をくれた。
「ありがとう」
「ゆいにも回してね」
受け取った木の箸をゆいに回してガラスのお椀の中に目を向けると、そこにはお米の様なものと、その上に赤いものが乗っていた。
「これ、お米ですか?」
「うん、炊いたお米を水で洗ったもの。まぁ、不味くはないと思うから食べてみて」
言われるがままにお米の所だけを箸で掬って食べてみると、冷たい風が口の中に広がる様な味がした。
「美味しいですね」
「ありがとう。これ夏に食べると美味しいんだよね」
心花さん明るい笑みを浮かべると、心花さんも水ままを食べ始めた。
その顔を見て肩の力が抜けてしまい、水ままの上に乗った赤い物を口に運んだ。
すると、口の中に強烈な酸っぱさが溢れ、そのせいでむせてしまい、お椀の中の水を零してしまう。
「ゲホッ!」
「悠人!?大丈夫?」
「うっ、うん、大丈夫」
隣にいる姉ちゃんが僕を心配してくれ、背中をゆっくりと摩ってくれるけど、それでも酸っぱさは消えることは無い。
「はい悠人さん、お水ですよ」
そんな口の中の酸っぱさを感じていると、後ろからクレアさんの声が聞こえると同時に水が入ったガラスを差し出され、それを頭を下げて受け取り、一気に口の中に流し込む。
その水のおかげで、口の中にあった強烈な酸味は胃に流れてくれ、咳をして息を整えていると、口の中はやっと落ち着いてくれた。
「あっ、ありがとうございます」
「いえいえ。ところで悠人さんは魔の国の出身なんですか?」
「えっ?」
急にそんな事を言われ、思考が止まってしまう。
「えっと・・・どうしてそう思ったんですか?」
「梅干しに慣れてないのでそうかな?と思いましたけど、違うんですか?」
またも聞いたことがない名前を言われ、思考がなかなか纏まらない。
「梅干しは知りませんけど、僕は生まれも育ちも和の国ですよ」
「あ、そうなんですね。それは失礼しました」
クレアさんは僕に頭を軽く下げると、心花さんの隣に戻ってしまう。
それを見届けると、ふと、隣が静か過ぎるなと思い、ゆい達の方に顔を向けると、そこには何かを思い詰めた様な顔をしているゆい達の姿があった。
「ゆい?」
「んっ!?なに?」
「いや、大丈夫?」
僕の言葉にゆいは慌てて笑顔を浮かべるけど、そのぎごちない笑みのせいで逆に心配してしまう。
「ほんとに大丈夫?」
「・・・うん、大丈夫だよ」
けれど次に浮かべたゆいの笑みは姉ちゃんにそっくりな綺麗な笑みで、その笑みを見て心臓がドクンと脈打ってしまう。
「そっ、そうなんだね。でも、無理しないように」
「うん、ありがとう」
多分ゆいは大丈夫だろうと心の中で思いながら、縁側に置いていた水ままを口の中に掻き込む。
さっきは急な酸味に驚いたけど、今度は酸味が来ることは知っていたため、特になんとも思わなかった。
「ごちそうさまでした」
水ままを食べ終えて合掌し、そのガラスのお椀を縁側に置くと、クレアさんの声が耳に届いた。
「悠人さん、お椀こっちに持ってきて下さい」
「あっ、はい!」
その言葉に返事を返してクレアさんの方にお椀を持って行こうとすると、左袖をゆいから引っ張られた。
「んっ」
袖を引っ張られた方を見てみると、ゆいは箸をくわえ、空のお椀を僕に伸ばしていた。
(持って行ってってことかな?)
そんなゆいに笑みを浮かべた空のお椀を受け取り、受け取ったお椀をクレアさんのところに持って行く。
「ここに置いておいて」
「分かりました」
心花さんが指を指したお盆の上にガラスのお椀をゆっくり置き、僕が座っていた元の場所に帰ろうとすると、ねっとりとした視線を肌に感じ、背中がぞくりと疼いてしまう。
「・・・?」
そっちの方を見てみると、クレアさんの隣に座っていた日陰さんが僕の腰あたりをじっと見ている事に気が付いた。
「どっ、どうしました?」
「いや、その神器不死殺しなんですよね?ちょっと見せてもらえないかな〜って思ってただけです」
日陰さんのはっきりとしない言い方に少し戸惑ってしまうけど、結局の所は神器を見たいと言う事だと自分の中で答えを出して刀を逆手で引き抜く。
「どうぞ」
刀の刀身を見るやいなや、日陰さんは飛び上がるように縁側から立ちあがり、無邪気な笑みを浮かべながら僕の刀に顔を近付けて来る。
「わぁ、綺麗ですね」
「いや、日陰さん!?危ないですよ!!」
僕の言葉が聞こえてないのか、日陰さんはさらに刀に顔を近付けると、刀の刀身を急にペロリと舐めた。
「なっ!?えっ!?」
日影さんのその行動に反射的に身を引き、刀を体の後ろに隠す。
「あっ、すみません。舐めちゃいました」
けれど日陰さんは自分が異様な事をしたと言う自覚が無いのか、血で染まった舌を見せながら笑う日陰さんは、僕の目には怖い人としか映っていなかった。
そんな日陰さんの姿に身を引いていると、目の端でなにかが素早く動き、気が付くとゆいが短剣を日陰さんの首に当てていた。
「離れろ!!」
そのゆいの顔は横からでも分かるほど怒り狂っていたけど、日陰さんは何も怯む事なく、ゆいに優しい眼を向けた。
「ダメですよ」
剣が首に当たっているのに日陰さんは笑みを浮かべ、その剣の柄の部分を両手で掴むと、その短剣の先端を自分の首に向けた。
けれどその行動よりも眼に強く残ったものは、日陰さんの右手だった。
だって、その右手には指が2本しか付いていなかったから。
「人はですね、動くなと言われても動く生物ですから、止めたいんだったら息の根を止めないと」
日陰さんはその剣に首を近づけ、赤い液体を流しながらゆっくりと短剣の刃先を首の中に沈めて行く。
その異様な光景に僕の顔は冷たくなって行き、僕と同様にゆいも恐怖を覚えたのか、短剣を手放して日陰さんと距離を置く。
「日陰さん」
そんな辺りを恐怖が支配している中、クレアさんの優しい声が響く。
けれどその優しい声とは裏腹に、クレアさんは怖い笑みを浮かべて、それを日陰さんに向けていた。
「やめましょう、怖がってますからね」
「ん〜、そうだね」
日陰さんはしょうがないなと言っているような顔をその顔に浮かべると、首に沈んだゆいの短剣を2本の指で引き抜いた。
短剣を引き抜くと、日陰さんの血が皮膚の下から溢れ出し、日陰さんの服を赤く染めていく。
「っ!?」
「じっとしてくださいね」
それに少し驚いていると、クレアさんはすぐに日陰さんの首を掴み、しばらくしてからその手を首から離すと、日陰さんの首の傷はいつの間にか無くなっていた。
「ありがとう」
「お礼はいいので謝りましょうね」
クレアさんの言葉に日陰さんは口を尖らせ、短剣をゆいに優しく投げ返すと、その場に仕方がなさそうに頭を下げた。
「えーと、お2人ともすみませんでした」
日陰さんはその場で頭を下げるとすぐに顔を上げ、クレアさんの横を通って縁側に荒っぽく座った。
それを見てポカンとしていると、クレアさんがこっちに複雑そうな顔をこちらに向けて来た。
「悠人さん、ゆいさん、すみませんね。ご迷惑をおかけして。はい、布です」
クレアさんもその場で優しく頭を下げてすぐに顔を上げると、僕に布を手渡してくれた。
「あっ、どうも」
その布を貰い、クレアさんに頭を下げてから刀に付いた血と唾液らしき物を布で拭き取っていると、クレアさんは僕に背を向けた。
「さてと、じゃあ皆さん、お腹も膨れたと思いますし、そろそろ実戦をしましょうか」
その時のクレアさんの顔は見えなかったけど、その言葉の声色だけは明らかに普通じゃ無かった。
「死合いという名の実戦を」
そんな言葉を聞いた瞬間、僕の背中には恐怖の鳥肌が無数に立ちあがった。




