8章 17話
アトリエに帰ってから、死んだように眠った。
たっぷり12時間は寝てから起きて、リビングに設置した簡易ベッドでまだ寝ていた銀太を見て、それから昨日のことを思い出した。
そっか、勝ったんだっけ。
「いっつつ……」
昨晩の打ち上げでちょびっとだけ飲んだ『幻惑酒』がまだ残っているのか、頭がくらくらする。アルコールの代用品にしては効きすぎだし、そもそもアルコールの味なんて知らない。っていうか馬鹿騒ぎするのにわざわざあんなもん持ち出さなくたっていいじゃんかー。
職連の奴らは欲しいものはなんでも作るから始末に負えない。みんなあんなのが良いなんてどうかしてる。
眠気覚ましと酔い覚ましに牛乳を一瓶煽る。効果があるかは知らないけれど目は覚めた。
朝食を、と冷蔵庫を漁る。最近畑の世話とか後回しにしていたからか、食材が大分減っていた。とりあえず卵とチーズとパンがあったからそれでどうにかすることにした。ベーコンはまた今度だ。
銀太はまだ寝てるけど、起こせば食べるだろう。問題は、
「ドラゴンって何食べるんだろう」
銀太の傍らで翼を畳んで眠る、銀色の小さな竜。昨日赤龍を討伐して入手した竜の子どもだ。
赤龍に直接とどめを刺した銀太は竜の卵を入手した。孵化させてみると出てきたのがあの幼竜だ。竜の従魔なんて珍しいどころか、私ですら見たことがない。赤龍自体は一周目の時も討伐していたから、よほどレアなのか、もしくは何か条件があるのか。
竜の鱗は銀太の髪の色とよく似ていて、一緒に眠る姿はまるで親子のようだった。指でフレームを作ってスクリーンショットをぱちり。
竜が何食べるかは知らないけれど、とりあえずリンゴを切ってみる。食べなかったらその時はその時だ。
チーズエッグトーストが焼きあがったころ、後ろから大きなあくびが聞こえた。匂いにつられて起きてきたか。
「んぁ……。朝か」
「おはよ。朝じゃあないけどね」
「おはよう。起きた時間が朝ってことでどうだ?」
「ダメです」
ゲーム内時間は午後6時。寝坊で許される時間じゃなかった。
月夜の決戦からそのまま打ち上げに移行し、寝た時間が朝だ。この時間に起きるのは無理も無いのだけれども。
「ねえ、その子何食べるの?」
食卓に朝食(?)を並べながら聞く。
「ん。お前何食うんだ?」
『ぴ』
「だそうだ」
「日本語に翻訳してほしい」
銀太にはわかるらしい。一体どういう言語なんだろう。
銀太が幼竜の頭を撫でると、幼竜は気持ちよさそうに目を細めて翼をはためかせた。
…………かわいい。
「なんでも食うってさ。出されたものは残さず美味しくいただきます、だそうだ」
「雑食か。生贄とか要求されなくてよかった」
「全ての命に感謝を、とも言ってるぜ」
「殊勝な心がけですこと」
そこらの人間よりよっぽど殊勝だった。
ほれほれ食うか、と銀太がトーストをちぎると、幼竜は元気よく食いついた。それを見ながら私もトーストをかじる。
後は朝日さえ登ってれば完璧なんだけど、残念ながら窓から差し込むのは夕日だ。
「……かわいいな」
小さな口で一生懸命にリンゴを食べる幼竜を見て、思わず口元がゆるむ。リンゴ、ちょっと大きかったかな。手で割って食べやすいサイズにしてやると、幼竜は私の手からそのままリンゴを食べた。
よしよし、たんとお食べ。いっぱい食べて大きくなれよ。
「ねえ銀太、この子って名前つけた?」
「名前……。そういやまだだったな」
名前を考えだしたのか、銀太はトースト片手に頭をひねりだす。考える事10秒、竜鱗の色を見て一言。
「命名、銀竜」
「安直だ」
「こう言うのはフィーリングが第一ってな」
銀竜ー、と呼ばれて竜は銀太の胸にぱたぱたと飛んでいった。当人がそれでいいならいっか。
銀太とじゃれる銀竜の姿を見て、ふと思い出す。そう言えば私の下僕はどうなったんだろう。
「サモン、『ヘラクレス』」
パチンと指を鳴らして『ヘラクレス』を呼び出すと、がしゃんがしょんと壊れた『ヘラクレス』のコックピットからヘラクレスオオカブトムシが転がってきた。
あー、そういえば防水処理してないのに水中くぐらせて、おまけに赤龍との戦いの最中もほったらかしにしてたんだっけか。頑丈な『ヒヒイロカネ』製とは言え限界だったらしい。
(もぅマヂ無理)って顔してるヘラクレスオオカブトムシにリンゴと『アムリタ』を与え、『ヘラクレス』の様子を確認する。よしよし、このくらいの損壊なら修理はできそうだ。今度の改造は燃費を改善して、防水処理してそれから――。
がちゃがちゃとメカをいじっていると、銀太が「あっ」と声を漏らした。
ぽんとフォークを上に投げる。天井にあたって跳ね返ったフォークは、ヘラクレスに食いつこうとする銀竜の鼻先寸前に突き刺さった。
「食べちゃダメ。いい?」
優しい声で警告すると、銀竜は『ぴぃ……』とか細く鳴いた。
*****
アーキリス神殿まで戻ってきた。
「ほい、注文の品物」
『ほう……。生きて帰ってきたか』
「余裕だっつの」
アーキリスに『竜の心炎』を含めたアイテムもろもろを渡し、クエストを完遂する。ぺろりーんと安っぽいSEが鳴って、報酬が振り込まれた。
……今更こんなはした金もらっても嬉しくもなんともない。
貰うものを貰ったアーキリスは、少し待ってろと言い残して炉に火を入れた。炉から舞い上がる透明の炎が一瞬視界を惑わす。炎が引けば、そこには亀裂が修復されたラグアの十字架が出来上がっていた。
「直ったの?」
『あくまで御神体はな。ラグアの負った傷が治ったわけではない』
「じゃあダメじゃん」
『ふん。吾輩の仕事はここまでだ。では、達者でな』
「おい待て。羅針盤はどうした」
『……ちっ。覚えておったか』
アーキリス像に剣を突きつけると、アーキリスはいやいやながらも『ロイヤル・リリーの羅針盤』を渡した。こいつ、私が言わなかったらそのままパクるつもりだったな。
これは生産職の魂だ。そうそうくれてやるわけにはいかない。
『ロイヤル・リリーの羅針盤』を大事にしまい、修理されたラグアの十字架を背負う。で、ラグアを完治させるにはこれをリグリの神殿まで持っていかなきゃいけないんだっけ。
「もーちょっとだ、頑張れよ」
『…………』
声をかけても返事はない。ただ、この前見に来た時よりは色濃い気配を感じる。
もう少しだ。もう少しで、終わる。
神殿を出て帰ろうとしたとき、砂漠の中央に剣が突き刺さっていた。
『極極鉄』だ。
『人よ』
ゼルストは姿を見せず、声だけで語る。
「ゼルスト……。もう次の使い手を探すの?」
『無論。ひとつの英雄譚はここに終幕を迎え、どこかでまた新たな英雄譚が産声を上げる。我はただその時を待とう』
銀太は『極極鉄』を気に入ってたし、ゼルストもまた銀太を認めていたみたいだったから、てっきりこのまま仲良くやっていくのかと思ってたけど。そうか、ゼルストは次の使い手を探しに行くのか。
『人よ。これを授けよう』
ゼルストがそう言うと、私の手に宝珠が握られていた。
『決戦の宝珠』。ゼルストが下賜する神具の1つで、使用すれば決着がつくまで脱出不可能な結界を構築する消費アイテムだ。
「なぜこれを、私に?」
『銀の勇者は証明した。次は汝の番だ』
「……そういうこと」
よりにもよって、おあつらえ向きのアイテムだった。
礼を言う。これで、準備はほぼ整った。
『…………。我もまた迷っているのだ。汝にこれを渡すことが、本当に正しいのかどうか』
「正しい答えなど無く、考える時間はとうに過ぎた。だから後は前に走るだけだよ」
『それが死路だとしてもか? それとも、それこそが活路であると?』
何言ってんのさ。
否定もせず、肯定もしない。私の歩んできたこの道が答えだ。
『汝にも聞いておこう。汝にとって力とは何だ』
『極極鉄』の前を立ち去ろうとすると、私の背中にゼルストが問う。
力、力か。私の力。その源にあるもの。
「殺意、悲しみ、怒り、追慕、復讐、色々あるけど、やっぱり一番は……」
それは決して、綺麗な気持ちなんかじゃなかった。
言葉で飾って覆い隠して良いような安い気持ちじゃないから、そのまま素直に答える。
「――――絶望、かな」




