5章 8話
掲示板回(遺伝子組み換え)
『帰還のロザリオ』は飛ぶように売れた。
稼いでいるプレイヤーならギリギリ手が届くような超強気の値段設定だというのに、店に並べた分は即座に完売した。事前に情報を知らせておいた攻略組が大体を買い占め、遅れてきた中堅プレイヤーと裕福な生産職が残りを争った。これくらいの攻略組優遇は許されるだろう。
ただ、予測してたことだけど、荒れた。滅茶苦茶荒れた。
「もうやだ……。どっか引きこもる……」
店に出ると買いそびれたプレイヤーたちが殺気すらにじませながら「再販はまだか」と掴みかかってくるから、早々に自室に引きこもった。さっきからピンピンと通知を知らせまくっているメッセージや個人チャットも全部無視だ。
まるで犯罪者のような扱いだ。この世には運営も警察も無い。統治機構無き群衆を熱狂させれば大火事になる。
『こちらリース、こちらリース。ただいま現場に来ております。アトリエは現在多数のプレイヤーたちに取り囲まれ、プレイヤーたちは店長を出せ、ロザリオを出せと口々に叫んでいます。オーバー』
「こちらラストワン。引越し先を検討中。オーバー」
『現実逃避が早いですよラストワンさん』
ギルドチャットでリースと連絡を取る。このチャットは職連に加入している全プレイヤーにも通知されていて、ギルドメンバーからも温かい声援をもらえた。
『今アトリエ付近で露店開いてんだけど、普段の数倍売れてるわ。ありがとう店長!』
『まじかよ俺も行く。今こそ在庫ポーションをさばく時』
『テラスの釣り堀来てみろって。人多すぎて釣り大会みたいになってるぞ』
『なんか牧場の牛使って闘牛ショー始まってんだけど。誰だあのプレイヤー』
『畑で青空カラオケコンテストが開かれてるよ。みんなカボチャに座って見物してる』
『世界樹の下で宴会なう』
『宴会客目当てで屋台焼きそばなう』
「ちくしょうお前らは馬鹿だ」
『まぁまぁ……。皆さん娯楽に飢えてるんですよ。あ、私も焼きそば1つください』
温かい声援(?)をもらえた。もうやだこいつら。
設定をいじって、リースに自室への入室許可を出す。
「リース。自室入れるようにしたから、来て」
『分かりました。塩焼きそばとソース焼きそば、どっちがいいですか?』
「塩で」
『まいどありー!』と威勢のいい声がギルドチャットから聞こえてくる。楽しみやがってこんちくしょう。
ほどなくして入ってきたリースから塩焼きそばをもらう。お返しに、工芸スキルの熟練上げで作った『打ち上げ花火』を何スタックか手渡しておく。
「あーあー、みんな。リースに『打ち上げ花火』渡しとくから、もうちょっとして日が暮れたら適当に遊んで」
『ひゃっほう花火大会だ! さっすが店長!』
『いよっ大将! 粋だねェ!』
『あれ、店長実はなんだかんだで結構楽しんでない?』
「本音を言うと私も祭りに参加したい」
そう言うと、ギルドチャットは「どんまい」という温かい声援(真)に包まれた。なんだよこいつら。泣くぞ。
それはさておき、一度ギルドチャットを閉じて通常のチャットに切り替える。
そして私は、真面目な顔で切り出した。
「さてリースさんや。本題に入りましょうか」
「ふぁい?」
「焼きそばを食べてからにしましょうか」
「ふぁい」
塩焼きそばを食べる。おいしいです。
食後のほうじ茶も用意して、一服。
「さてリースさんや。本題に入りましょうか」
「Take2ですね」
「『帰還のロザリオ』の売上金が出ました。さっさと基金を設立してヘイトを逸らしたく思います」
「いやもうヘイトどうこうって言うより、外のアレはただ騒ぎたいだけのお祭りに変わりつつあるんですが」
「ヘイトを逸らしたく思います(半泣き)」
「かわいい」
「しばくぞ」
歯に挟まった青のりが翌朝まで取れない呪いをかける。焼きそばで身を滅ぼせ。
「ではさっそく取り掛かりましょうか。まずギルドメニューから寄付の項目を開いてください」
「寄付総額は0ゴールドになってるね。まだ誰も寄付してないの?」
「職連は設立から日が浅く、寄付を募るようなこともまだしていないので。とりあえず寄付を解禁します。入れたいだけ入れてください」
わかった。とりあえず5億いれてみる。
「…………5億」
「うん。5億」
「こんな桁、初めて見ました……」
「サファイアが37個採れたんだ。サファイア1個につきロザリオが5個作れて、ロザリオ1個3mで売ったから。端数抜いてすっきり5億」
「その端数とやらが5500万ゴールドになるんですが……」
「必要だったら追加するよ?」
「いえ、もう十分すぎます」
これだけのお金を一手に集めたのは、私のゲーマー歴でも初めてかも知れない。あっはっは。人格歪みそう。
しかもこの5億、また『宝石の原石』を採掘しに行けばまた手に入るからね。プレイヤー間で流通する資産の大半を吸い上げられるかもしれない。がんばるぞ。
リースは一言断って、ギルドチャットに切り替える。
『えー、みなさん。ギルドメニューから寄付の項目を確認してください。我々は大金持ちになりました』
『えっちょっえっ』
『なにこれ5億ってなにこれどういうこと』
『非現実的すぎて真顔が止まらない』
『5億万円ってなんだよ今日日小学生でも言わねーよ』
『ロザリオ売れすぎわろた』
『ちくわ大明神』
『ちょっとサファイア掘ってくる』
『やめとけ死ぬぞマジで死ぬぞやめろください』
『こほん。阿鼻叫喚の中ですが、お聞きください。この寄付は先日お伝えしたとおり、前線プレイヤーを支援するための基金として運用します。さしあたりましてアトリエ周辺に露店を設置しているみなさま、販売価格を3割引いてください。差額は後ほど基金から補填させていただきます。職連店舗の設立につきましては後ほど担当者を用意するので、そちらに』
『担当者って誰よ?』
『絶賛募集中です』
『見切り発車すぎわろた』
『おいおい大丈夫なのかよ』
『私の前で半泣きになってる某アトリエ店長が一刻も早くヘイトを逸らしたいと言うので、とりあえず見切り発車です。彼女のためにも混乱等起こさないようご協力いただけたらと思います』
『おk把握』
『任せとけって』
『そう言う事なら僕が担当引き受けますよ。でも1人じゃ辛いんで、後2人ほど協力お願いします』
『じゃあ俺が』
『じゃあ俺も』
『なら俺だって』
『んじゃついでに俺も』
『どうぞどうぞ』『どうぞどうぞ』『どうぞどうぞ』
「仲いいなお前ら」
『半泣き店長おいすー^^息してるぅぅぅうう??↑↑』
『ギルマス、店長のスクショうpはよ』
「もうやだこいつら」
ギルドチャットは好き勝手盛り上がり、リースは相談があるのか去っていった。しばらくすると窓の外から花火が上がり、どんちゃん騒ぎはいつまでも続いている。
もう知らない。私は寝るぞ。勝手にしろやい。
*****
混乱(祭りとも言う)が落ち着くのに数日を要した。
生産ドームの向かいに建てられた職連店舗は歓声とともに迎え入れられ、安価な商品の数々は前線プレイヤーたちに大いに喜ばれた。この職連店舗の設立に使われたのがロザリオの売上という噂が流れたおかげで、私に一極集中していたヘイトはかなり穏やかになってくれた。社会貢献の大切さを身にしみて痛感する次第である。
そしてこの店舗、安価な価格を保ちながらもしっかりと利益を出していた。さすがは生産職の総本山である職連の手腕と言うべきか、基金の額は減るどころかじわじわと増えている。
また、基金担当者含む職連幹部の話し合いで基金の運用方法を色々と取り決めた。だいたい聞き流してたけど、低レベル層への装備の無償支援だとか中堅層を対象にした素材買い取りキャンペーンだとか最前線への補給拠点設置だとか、色々と使うらしい。
すでに私の手元を離れたお金だ。私としては攻略組の支援のために使って欲しいけど、職連で話し合って決めたことに文句をつけるつもりはない。実際に運用してくれる担当者の方々に感謝する次第です。
人気のないタイミングを見計らい、こっそりと外に出る。いつもの作業用エプロンじゃなくて体をすっぽり覆うクローク姿で。久々に浴びる太陽が嬉しくて涙が出そうだ。
港地区の路地裏にたどり着いて、少し待つ。しばらくすると人影が入ってきた。
物陰からその人に声をかける。
「人生の調べとは何か」
「沈黙せよ、我が同胞」
「よし入れ」
「なあ、このやり取り意味あったか?」
無いです。
「久々だね、銀太」
「おう。随分と大変だったみたいだな」
「もうロザリオが売れるのなんのでさ。一歩でも外出ようものならたちまち取り囲まれるし。私はどこぞのアイドルかっての」
「歌って踊ってみたらどうだ? 人気出るかもしれねーぜ」
「ひらっひらのスカート履いてね。やってられるか」
パーティを組んで早々に移動する。人目につかないルートは予習済みだ。
「で、今日も『宝石の原石』掘りに行くのか?」
「それなんだけどさぁ。私、なんだかんだあって職連に所属することになったんだよね」
「ああ。あらましは噂で大体知ってるぜ」
「そこまで噂されてるのか……。まあいいや。んで、『宝石の原石』を大量入手する方法を職連に教えてきたんだけどさ、そのやり方を知ったギルマスのリースが今度こそブチ切れたの。それで護衛をつけなきゃ掘りにいっちゃダメってことを強引に議決されまして」
「お、おおう……。すげえな職連のマスター、店長を止められるほどの実力者なのか」
「どういう意味ですか」
「気にすんな。んで、その護衛とやらはどこに居んだ?」
「烈火山洞窟まで行けるのなんて攻略組だけだよ。まさか攻略組を捕まえるわけにも行かないし、中堅層が烈火山洞窟まで行けるようになるまでお預けになりそう」
「なるほどなぁ。んじゃ俺もさっさとレベル上げとくわ」
「ついてくる気ですか」
「ここまで来たらもう道連れよ」
だーらだーらとだべりつつ、のんべんだらりと路地裏ウォーキング。城門の近くまで行くとさすがに人目もあるけど、クロークで顔を隠してるから今のところバレてない。
「それじゃあ今日はどこ行くんだ?」
「35レベルMAPの秘密の花園。お花畑でお散歩しよう」
「オッケー分かった。35レベルなら俺でも通用しそうだな」
「勢い余って敵倒さないでよ。パーティ組んでるんだから私にも経験値入っちゃう」
「わかってるっての」
城門前に設置されている転移門に触れる。意識は一瞬白く染まり、秘密の花園の最寄り地点へと転移した。
なんかうちの主人公いつも寝てる気がする・・・。




