9.イルミネーションとコートのポケット
9.イルミネーションとコートのポケット
俊彦とマリは、しばらく何も言わずに歩いた。 商店街に出ると、クリスマスのイルミネーションに彩られたショーウインドウから漏れてくる明かりが二人を照らした。
マリは俊彦に確かめたいことがあったが、俊彦が何も言わないので、あえて聞かないことにした。
駅前に差し掛かった頃、俊彦が口を開いた。 「このまま歩いて帰るか…」マリは黙って頷いた。 ここから俊彦のマンションまで、歩けば20分ほどかかる。
マリはコートのポケットに突っこまれた俊彦の腕に絡ませた手を滑らせ、同じポケットの中でしっかり握りしめた。
「温かい…」
「加藤健司が東京から離れた」ポケットの中のマリの手に一瞬、力が入った。 俊彦は続けた。
「相当追い込まれているようだ。 かなりヤバいことになるかもしれない」
「…」マリは黙ったままだ。
「まだ好きなんじゃないのか?」その言葉にマリは立ち止った。 少し驚いているようでもあったが、明らかに動揺している。「やっぱり…」
松波の事務所に戻った健司は、松波に連れられて松波が経営しているクラブのVIPルームに来ていた。 そこで松波と差し向かいで話を聞いていた。
「どうだ? できるか?」松波はドスの利いた声で健司を問い詰めた。
「任せて下さい」健司はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「お前ならできると信じてるぞ。 シャバでゆっくり遊べるのは今日が最後になるかもしれない。 あとはゆっくり楽しんでいけ」そう言うと松波は健司を残して店を出た。 すると、松波と入れ替わりに女が一人入って来た。
「よろしくね」女は健司の横に座ると、ピッタリ寄り添って健司の手を握った。
この辺りでは一番の高級ホテルの一室。 女の名義でチェックインした。 健司と女は裸でベッドに横たわっていた。
「松波が私を他の男につけるなんて初めてだわ」女はそういうと、軽くキスをして足を絡めてきた。
「よく見ると、あなたいい男ね。 そう言えば、まだ名乗ってなかったわね。 私、奈美よ」その名を聞いて健司は飛び起きた。「奈美?」
「どうかした?」奈美はそう言うと、健司の胸に顔をうずめた。
マリはそれから、少し離れて俊彦の後ろを歩いた。 俊彦はまたしばらく黙っていた。
しばらくすると、今度はマリが話し始めた。 俊彦は立ち止って振り向き、マリの話を聞いた。
「運が悪かっただけなの…。 本当は優しい人なんだ…」俊彦は最初にマリが見せてくれた写真を思い出した。 幸せそうな二人の写真。
風が出てくると、急に気温が下がったように寒さが増してきた。 俊彦は自分のコートをマリに掛けて、肩を抱いた。「今日はもう帰ろう」
部屋に戻ると俊彦はキッチンへ直行した。 いつものようにコーヒーを淹れ、リビングに運んできた。 マリはいつもの席に座っている。
マリはコーヒーが入ったマグカップで手を温めるように両手で抱えた。 しばらくそうしてから口に運んだ。
「あの人はどうなるんですか?」不安げな表情で俊彦に聞く。
「それは俺にも分からない… が、もしかしたら助けられるかもしれない」俊彦はなにか手立てがあるような言い方をした。
「私のために無理はしないでくださいネ」そう言って、マリは俊彦の手を握りしめた。 俊彦は「心配無用」そう言って、ウインクして見せた。
少なからず、マリは俊彦に好意を寄せている。 俊彦もそんなマリの気持ちには気づいていた。
健司のそばを離れた時点で、マリは二度と健司には会うまいと心に決めていた。 自分がいれば、健司がダメになる。 たとえ、立ち直って、やり直そうと言われても一緒に暮らすつもりはなかった。 それは、マリが健司を愛しているが故の選択だった。
そして、健司のもとを離れてこの町にやってきた。 行き詰った時に俊彦に助けられた。 そのことで俊彦に恩を感じているのは間違いない。 ただ、それが恋愛感情なのかどうかは自分でも分からなかった。 しかし、確実に言えるのは、今でも健司を愛しているということだった。




