19.執念の10年間と女の性(さが)の3年間
19.執念の10年間と女の性の3年間
奈美恵は自分でもどうなっているのか分からなかった。 それと同時に、まわりの空気が嫌な感じになっているのではないかが気になった。
「黒木さん、マリさんをいじめないでくださいよ」小林が心配そうに言う。
「お前、マリさんに気があるのか?」向井が聞く。 小林は何も答えず、ただ顔を真っ赤に染めた。 一瞬でテーブルに笑いが戻って来た。
「どうだい、マリさん、黒木みたいな堅物なんか放っておいて、ウチの小林と付き合ってみたらどうかね?」若田部が真顔で話した。
「組長、悪い冗談はやめて下さい」小林は居ても立っても居られないというようにおどおどした態度で言った。 すると、間髪いれずに向井のこぶしが飛んできた。
「組長というなって言われただろう」向井が怒鳴りつける。
「おい、向井! 堅気の皆さんの前で暴力はいかん」若田部が静かに言う。すると、向井が土下座を始めた。
「やめんか!」今度は若田部も向井を怒鳴りつけた。 その瞬間、席にいる5人は冷ややかな視線に包まれるのを感じた。 奈美恵はいつの間にか笑顔に変わっていた。
「組長、どうして個室にしなかったんですか?」俊彦がひそひそ話をするようなポーズだけとって言った。
「個室からだと、外の景色が…。 あっ! 今、組長といっただろう、黒木君」若田部が慌てて立ち上がると、俊彦と奈美恵は腹を抱えて笑い出した。 向井と小林は『やれやれ』と顔を見合わせた。
食事が終わると、俊彦は奈美恵を部屋まで送って行った。 若田部にバーへ誘われていたので、奈美恵を送り届けるとバーへ向かった。 小林は俊彦が戻るまで部屋の前で見張っていると言ったが「その方が心配だ」と俊彦に言われたので、一緒にバーへ行くことにした。
バーには若田部に向井。 そして権藤もいた。 目立たない、奥のボックス席で俊彦を待っていた。
「ずいぶん野暮ったいメンバーばかり集めたもんだ」俊彦が苦笑する。
「あの娘とはどうなんだい?」若田部が聞く。 そして続ける。
「俺は10年前のあの日から、お前さんに申し訳なくて生きていることが辛かった」若田部はそう言って目頭を押さえた。
「そんなに気にしないでくれ。 もう想い出に変わった」俊彦は若田部をかばった。
「それに犯人もすぐ捕まったじゃないか」俊彦がそう言うと、若田部は俊彦の両手をつかんで泣き出した。
「あのとき捕まったのは本当の犯人じゃない。 黒幕は他にいた。 今日、ようやく証拠をつかんだよ。 松波だった」若田部は俊彦の目を見て手を固く握った。
「それじゃあ…」俊彦はようやく、若田部の涙の訳が分かった。
「ああ! 松波が今日、逮捕されたのは10年前の事件も含めてのことだ。 黒木さん、あんたのおかげだ。 しいては、あの娘のおかげと言ってもいい。 俺には麻紀さんが、松波を追い込むためにあの娘をよこしたとしか思えないよ」涙を拭きながら若田部の表情にようやく笑みが戻って来た。
「このおやじとは腐れ縁だが、10年間、ずっとその話ばかり聞かされたよ。 何とか本当の犯人を捕まえたいってね。 たいした執念だった」権藤はタバコに火をつけながらそう言うと、若田部の肩をポンと叩いた。 俊彦もタバコに火を付けた。
「あんたがあの娘と一緒になるんなら、どれほど嬉しいか…」そう言うと若田部はまた涙ぐんできた。
「しかしなあ…。 マリには…」俊彦は困ったように口ごもった。
「なあに、心配ない。 女なんてのは3年付き合って子供ができなければ、次の男を探すように出来てるんだ。 女の性ってやつだ。 今日捕まった元彼とはもう3年付き合ったっていうじゃないか。 そろそろ離れる頃だ。 ヤツが捕まったのは、いいきっかけになる」若田部は凛として言いきった。
「それで、彼女は今後どうすると言ってるんだ?」権藤が聞く。 タバコの煙を思いっきり噴き出す。 若田部がその煙にむせかえり咳をした。
「元彼を待ってると言っていた…」そう言う俊彦の言葉をさえぎり、権藤がけしかける。
「そんなことを聞いてるわけじゃない。 待つにしても、どこでどうやって待つんだ? 母親とも疎遠だっていうじゃないか。 地元では暮らせないんじゃないのか。 それなら、今まで通り、あんたの部屋に置いてやればいいじゃないか。 そして、既成事実ってやつを作っちまえよ」権藤は鼻息荒くそう言うと、グラスの中のストレートブランディを一気に飲み干した。
「とても刑事の言うことじゃないな」若田部が難癖を付けた。
「まあ、二人ともよして下さいよ。 奈美恵とのことはこれからゆっくり考えます」俊彦がそう言っているそばから、権藤は意識を失って床に転げ落ちた。 俊彦はびっくりして権藤に駆け寄った。 若田部はそれを制して説明した。
「こいつの悪い癖だ。 興奮すると、一気飲みして酔いつぶれる。 薄い水割りにしとけばいいものを、飲めないくせにストレートにこだわる。 いいから、ほっとけ」




