18.マリと奈美恵
18.マリと奈美恵
ホテルの駐車場には俊彦のRV車、奈美恵のクーペ、マッチョのセダン、そして若田部が乗って来たベンツが並んで停められていた。 ベンツは向井が運転して若田部と権藤を乗せてきた。 軽井沢警察署で、権藤がマリのクーペを回収してホテルまで持ってきた。
夕方に降り始めた雪は、交通量の多い路面以外を白く覆っていた。
俊彦と奈美恵がレストランへ向かう途中、ロビーで権藤とすれ違った。
「権藤さんは?」俊彦がしらばっくれて聞くと「バカなことを聞くな! 刑事がヤクザと一緒に飯を食うわけにはいかんでしょう」そう言って奈美恵にウインクすると、玄関から外に出て行った。
レストランには既に他のメンバーが揃っていた。 俊彦は奈美恵をエスコートして席についた。 若田部は奈美恵の姿を見て驚いた。
「黒木君、彼女は…」若田部は言葉に詰まった。
奈美恵は10年前、俊彦と結婚式を挙げたばかりのディナーで、麻紀が着ていたものと同じドレスを着ていた。 ドレスばかりではない。 当時の麻紀にそっくりなのだ。 若田部の目から知らず知らずのうちに涙が溢れて来た。
「若田部さん、幽霊じゃありませんよ」そう言って俊彦がニッコリ笑う。 向井やマッチョは若田部がなくところを初めて見たので驚いた。 奈美恵も訳が分からず、うろたえている。
「君には話していなかったけど、実は…」俊彦は奈美恵に10年前のことを話した。
「…君が10年前の麻紀さんにうり二つなんだ」若田部が付け加えた。
奈美恵は驚いた。 そして『トシさんが愛した、ただ一人の人…』心の中でつぶやいた。
「さあ、湿っぽい話はこれでおしまいだ。 組長がせっかく段取りしてくれた食事会だ。 おおいに楽しもうじゃないか」と俊彦が話しを変えた。
「おい、黒木君、組長はまずいよ。 他のお客さんが誤解するだろう」若田部が首を振った。 そんな二人の会話に奈美恵はフッと笑みをこぼした。 その光景を目の当たりにして、『まるで、10年前の出来事をリセットして、はじめからやり直しているようだ』若田部はふとそう思った。
10年前の事件は俊彦以上に若田部の心を痛めつけていたのだ。 実行犯はその場で取り押さえられ、そのまま逮捕、無期懲役の実刑判決が下り、今も服役中だ。 黒幕が誰なのか? 警察も若田部も血眼になって調べたが、結局、突発的衝動による実行犯の単独犯行ということで片づけられた。
あれから10年。 若田部は執念で黒幕を突き止めた。
黒幕は、当時、東京での麻薬売買ルートを若田部のせいでつぶされた松波だった。 俊彦からマリの元彼についての情報を依頼され、調べているうちに、10年前の事件との関連性が浮かんできたのだ。 以来、権藤と長野県警を巻き込んで徹底的に洗いなおしていたのだった。
ディナーの席では話が弾んでいた。
「今回のいちばんの手柄はマッチョくんだな」俊彦がそう言う。
「一度。ポカをやらかしたな」若田部が睨みつける。
「あら、私も小林さんがいちばん活躍したと思うわ」奈美恵がマッチョの方を見て微笑んだ。
「小林? マッチョくんは小林って名前だったのか?」と俊彦。「マリはどうして知ってるんだい」俊彦が続けて聞く。
「だって何回か護衛してもらったことがあるもの」そう言って、今度は軽く小林に手を振って見せた。 小林もニッコリ笑って奈美恵に手を振った。 すると、向井のゲンコツが脳天に炸裂した。「分をわきまえろ」向井は小林を睨みつけた。
「そういえばマリちゃんの本当の名前は奈美恵だったな」俊彦は奈美恵を見た。
「そうだけど、マリでいいわよ」奈美恵はそう言った。
「そうか…。 それは、すなわち、俺の前では奈美恵でいられないってことなのかい?」俊彦にそう言われてマリはドキッとした。 確かに、健司のことがある。 今日、健司を見送った時は、健司が出所してくるのを待とうと思った。 しかし、それとは裏腹に、もう健司は今までの健司と違って、きっと一人でもちゃんとやっていけるという確信もあった。 そう思うと、かえって、自分がそばにいない方がいいのではないかとも考えた。 何よりも、俊彦の気持ちが、今まで、まったく分からなかったということもある。 たった今、俊彦が口にした言葉の真意はどういうことなんだろう? 急に俊彦の存在が奈美恵の中で大きくなり始めていることを実感した。
「違うのよ。 自分でも分からないの。 わたし、トシさんのことは大好きよ。 でも、トシさんはそうは思っていないのに…。 だから怖いの。 ずっと裏切られてきたから…」そう言うと、どうしてだか分からないが、奈美恵は涙が止まらなくなった。




