14.ゲレンデソングとBGM
14.ゲレンデソングとBGM
必死で車を走らせる健司。 白いセダンが追ってきていることにも気が付いていない。 セダンはずっと張りついているわけでもなく、抜いたり抜かれたり、離れたり近づいたり、車線を替えたりしながら、尾行しているように思われないよう気をつけながら、確実に黒いクーペをマークしていた。
同じような車が多いので、やりようによっては目立たないのだろう。 セダンがクーペの左側に付けた時、奈美恵はそれが、若田部の部下だと気が付いた。 運転しているのはサラリーマンに変装して護衛をしてくれていたマッチョの男だった。
ということは、俊彦にも行き先が報告されているはず。 俊彦のことだから、きっと今頃、車で追いかけているだろう。 奈美恵はそう思った。 そして『助けられるかもしれない』そう言った俊彦の顔が浮かんだ。
冬に入ってスキーシーズンが近づいてくると、テレビのCMやラジオでも“ゲレンデソング”といわれる曲がよくかけられる。 麻紀はそういった曲のテンポのよさが好きで、特に広瀬香美を好んで聴いていた。 自分の店でも、BGMとしてよくCDをかけていた。
事件の後、俊彦は一緒にすむはずだった部屋を引き払った。 二人の思い出につながる物は麻紀の物も自分の物も全て処分した。 そうやって、自分の記憶の中から麻紀の記憶を消そうとした。
麻紀が他界してから8年後の暮れに、俊彦はデパートのCDショップで、ふと目に入ったCDを手に取った。 広瀬香美の『タイアップコレクション~広瀬香美のテレビで聞いたあの曲達~』だった。
今までは忘れようとしていたことだが、もう想い出として、そばに置いておけるだけの気持ちの整理はついていると確信していた俊彦は、敢えてこのCDを手に取った。 そして、そのCDを購入した。
部屋に帰ると、早速、聞いてみた。 もう涙は流れて来なかった。 そして、心地よい懐かしささえ覚えた。 『麻紀、もう大丈夫だ。 次へ行っても…』
一般道に入り、山沿いの道をしばらく走ると健司は白いセダンが付いてくるのに気が付いた。 さすがに夜になると交通量も減ってくる。 健司はそのまま車を走らせた。
やがていくつものゴルフ場が道路の両側に見えてくる場所に差し掛かると、そのうちの一つのゴルフ場へ入って行った。
追跡していたマッチョは、一旦、ゴルフ場の入り口付近に車を止めて俊彦に連絡を入れた。
「黒木さん、ヤツらゴルフ場に入って行きました。 どうしますか?」マッチョが言う。
「目を離すなよ。 チャンスがあったらマリを保護してくれ」俊彦が指示すると、マッチョは「分かりました」そう言って、クーペの後を追って車をゴルフ場へ進めた。
その瞬間、クーペがものすごい勢いで逆走してくる。 あっという間にセダンとすれ違うと、ゴルフ場の外へ飛び出していった。 マッチョは慌てて、Uターンし、クーペを追った。 クーペは猛スピードで軽井沢駅の方へ走って行った。
ゴルフ場のクラブハウス前には、軽のワゴン車が停めてある。 二台の車のエンジン音が遠ざかって、しばらくすると、ヘッドライトに灯かりがともり、ゆっくりと動き出した。
そのワゴン車は何かを警戒しながら走っているかのように、ゆっくりとしたスピードで軽井沢バイパスに入ると、中軽井沢方面へ進んでいった。 そして、軽井沢警察署の手前の交差点を右折し北上すると、かなり遠回りをして旧軽井沢の方へ向かっていった。
クーペは軽井沢駅の手前で検問に引っかかり、車を停止させた。 マッチョは検問の手前で車を止めると、その様子を見守った。 警察官に誘導され、車から出てきたのは、いかにもヤクザと思しき二人組だった。
「やられた!」マッチョはすぐに俊彦に連絡を入れた。
「黒木さん、すみません。 見失いました」最初にそう詫びると、見失った経緯を説明した。
「分かった。 それなら、今度はその二人組をマークしてくれ」俊彦はマッチョにそう指示した。
間もなく俊彦もゴルフ場が点在するあたりに差し掛かる。 さっき、マッチョから報告があったゴルフ場の前を通りかかると、俊彦はそのゴルフ場へ入って行った。 マリたちを見失った以上、やみくもに車を走らせても意味がない。
途中で車を止め、路面を観察した。 Uターンしたタイヤの跡、これはおそらくマッチョのセダン。 通りに出る手前には二台分のタイヤの跡。 相当スピードを出していたようだ。 囮の二人組と入れ替わったクーペとそれを追いかけたマッチョのセダンのものに違いない。 そして舗装された路面にたまった土の部分に2台のものと違うタイヤの跡。 マリ達はこの車に乗り換えたに違いない。




