13.真っ白い雪と赤い血
13.真っ白い雪と赤い血
関越道を北上する黒いクーペ。 付かず離れず尾行を続ける白いセダン。 クーペを運転しているのは加藤健司。 北関東のヤクザ、松波に元国交省の役人を消すよう命令されたが未遂に終わった。 本人はまだそのことを知らない。 助手席には恋人の川村奈美恵が乗っている。
「建ちゃん、どうするつもり? 逃げ切れないよ。 自首して」奈美恵は懸命に健司を説得しようとしている。
「大丈夫さ。 絶対逃げてみせる。 誰も知らないところで二人っきりで暮らそう」健司は、はるか前方を見つめ、ひたすら車を走らせる。 間もなく藤岡ジャンクションに差し掛かる。
俊彦は制限速度をはるかに超えたスピードでマリ達を追っていた。 本庄児玉を通過し、間もなく上里に差し掛かる。 向井の手下とは定期的に連絡を取り合っていた。
「黒木さん、ヤツら藤岡から上信越に入ります」と、連絡が入る。
『上信越? 軽井沢の方か…』俊彦の頭の中に麻紀と式を挙げた軽井沢の教会が浮かぶ。 そして…。
イブに軽井沢で結婚式を挙げた二人は、そのまま年明けまで軽井沢に滞在する予定にしていた。 結婚式は二人だけで挙げるはずだった。 ところが若田部がどうしても二人を祝いたいと言い、『一人で来るなら』という俊彦の条件をのんで出席した。 本人はお忍びのつもりだったが、若田部を目の敵にしていた組織の鉄砲玉につけられていた。
その日の夜は、若田部が仕切ってホテルのレストランを貸し切り、祝いの席を設けた。
「クリスマスイブの夜にホテルのレストランを貸し切るなんて、まさか、脅したりしていないだろうな?」俊彦は若田部に皮肉を言った。
「バカなことを言うな! お前さんが結婚するっていうから、今日予約を入れている連中に他へ行くようにお願いしたんだよ」と若田部はさらりと言う。
「そういうのを脅しっていうんだ。 しかし、よく予約者のリストが手に入ったな?」
「ここの支配人は昔からよく知っているんだ。 ゴルフの時はいつも使っていたからな」
「なるほど…」俊彦は『やれやれ』というふうに両手を掲げた。
麻紀は二人の会話がおかしくて、けらけら笑っていた。 会場にはピアノの生演奏でポップ調にアレンジしたショパンのメロディが流れていた。
そんな夜も更けていき、そろそろお開きにすることにした。 外は真っ白な雪が降り始めていた。
俊彦は若田部に手を差し伸べた。 若田部が握手をするために俊彦の方へ一歩近づいた。 その時…。 銃声が聞こえたと思った瞬間、麻紀が床に倒れた。 麻紀の周りは見る見る赤い血に染まって行った。
俊彦は取り乱し、ひたすら麻紀の名を叫んだ。 若田部は撃った男を追いかけた。 銃声を聞いたホテルの警備員がその男を取り押さえた。 若田部はその男を思いっきり殴ると、誰の仕業か聞き出そうとした。 しかし、男はその場で銃口を口に突っこみ引き金を引いた。
間もなく日付が変わろうとする頃、ホテルの周りは救急車とパトカーに囲まれていた。 俊彦は麻紀と一緒に救急車に乗り込み、病院へ向かった。 若田部は、警察の事情聴取を受けている。
明らかに、若田部を狙ったものだった。 若田部が俊彦と握手をするために一歩動いたところを弾丸が通り過ぎ、正面にいた麻紀の腹に命中したのだ。
病院に着くと麻紀は集中治療室に運びこまれた。 俊彦はロビーでひたすら祈った。 間もなく若田部も警察の事情聴取を終えて病院にやって来た。 若田部は俊彦に詫び、励ました。 俊彦の祈りもむなしく、空が明るくなり始めた頃、麻紀は静かに息を引き取った。
夜から降り始めた雪が窓の外の景色を真っ白な世界に変えていた。 まるで、今の俊彦の心の中のように。
俊彦はさらにスピードを上げた。 藤岡ジャンクションから上信越自動車道へ入った。 浅間山トンネルを抜けたあたりで追跡している向井の部下に連絡を入れた。
「二人は今どこにいる」電波の状況が良くない。 おそらくトンネルの中か…。 だとすれば高岩山トンネルのあたりか…。 俊彦は思ったほど差が詰まっていないことに焦りを感じていた。
それからすぐに連絡が入った。「碓氷軽井沢インターから一般道に入ります」
『軽井沢に入るのか…』俊彦は複雑な思いを胸に仕舞い込み、追跡班に念を押した。
「絶対に見失うなよ」




